ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
「加賀さん、怒んないで?ね?」
「…………」
ジト目&いつもの無表情ながらむすーっとしている感じを受ける加賀さんを宥めつつ、提督は溜め息をついた。
むすーっとしている加賀さんも可愛いが、無視されるのはおしゃべりな彼からしたら辛かったのである。
「何で怒ってるの?」
「………………女遊びとは、どういうこと?」
「女を抱きに行くと、そう言うことです」
「…………意味を聞いたわけではないのだけれど」
「加賀さん、ならどういう―――」
耳先を掠める、輪島塗。
短槍か何かを投擲したのかと錯覚するほどの衝撃音が鳴り響き、壁を削って突き刺さる。
「…………提督のばか。浮気者、変態」
「女遊びは浮気ではない。俺も向こうもお遊びの関係に過ぎないし、何よりも俺は今フリーだ。咎められる気も理由もない。しかし、変態の渾名は甘んじて受けよう」
「…………こんやはおたのしみですね」
「ああ、久しぶりだからな。そこそこ楽しいと思う……ぞ」
目から光が消えかけている加賀さんを見ると、身が竦んだ。
何だろうか。俺は何も悪いことしてないのに、理不尽に怒られているこの感じは。
「……死ね、と言いたいけれど、死んだら嫌です。だから、海で溺れかけて下さい。そして散々苦しんで生きて帰ってきて。それくらいの不幸が提督の身に降りかかっても当然だと思います」
「付き合いだしたら女遊びは止める。だが、まだフリーだ。咎められる理由はない」
遂に目から光が消えた加賀さんを前に、勇気を持って高らかに言い切る。
内心ガクブルだが、ここは絶対に譲れないのだ。
「そもそも、加賀さんが俺を誘惑するから悪い」
「そう」
こんなに怖い『そう』もないだろう。
正に一点の暖かみもなく、ツンドラの如き言い方だった。
「…………………………………それくらいわかっているわ」
「!?」
余程いい乱数を引いたのか、加賀さんが数分間の沈黙の後にそう呟く。
更なる怒りの雷が落ちると思っていた手前、拍子抜けもいいところだ。
「……ごめんなさいね」
「ぉ、おう」
一礼し、沈黙。
勝負には確かに勝ったはずなのに、この世のすべてが俺を苛んでいた。
「…………浮気しそうになってごめんなさい」
「……浮気ではないのでしょう?」
「いや、あなたが浮気だと感じればそれは浮気なのだと思い直しました。本当にすみませんでした」
「…………私はあなたの女でも何でもないもの」
拗ねた様子でそっぽを向く加賀さんに、僅かな萌えを感じる。
無表情だ。無表情なのだが、確かに彼女は拗ねている。
「……今日は仕事します」
「女遊びしないの?」
「しません。我慢します」
辛い。気鬱になりそうなほどに溜まってる身としては実に辛い。
「……そう」
さっきの言葉と同じ発音とは思えないほど、気分高揚状態の『そう』をいただき、おとなしく自室に引き下がる。
戦車の最終調整と運用テストも昨日終了し、アウトレンジ戦法の試験運用も終わった。
今日は一日女と酒に溺れる予定だったから、予定がぽっかり空いたことになる。
「女が抱きたい」
モテない海軍士官学校生の独り言のような情けない台詞をこぼし、机に突っ伏す。
遊べないことがわかっていたならば、いい。まだ我慢できる。
しかしこれはヒドい。寸止めも寸止め、さあ出発と言うところで止められたのだから。
「……何で俺がモテない海軍士官学校生のような独り言を言わなきゃならんのだ」
「モテてないからじゃないかしら」
突っ伏していた机から跳ね起き、背後を見る。
「か、加賀さん……」
「あなた、女の好感度を金と権力で何とかしてるところが大きいもの」
「悪いか」
金も権力も、俺が手に入れたものの内の一つに過ぎない。それを利用して女を釣って何が悪いというのか。
「そういう輩はあなたが没落したら去っていくわ。その…………愛とは、そう言うものじゃないと思うの」
「…………でも、加賀さんも俺が無能になったら嫌いになるじゃん」
「……もしかして、あなたが私に隙とか情けないところを見せないのはその所為?」
無言で頷く。最早今日情けない姿は二度見せた。今更重ねて何の問題があるというのか。
「…………私はあなたのことが好きなの。確かに有能さに惹かれたところはあるけれど、今となってはそんなことは問題ではないわ」
「……マジ?」
「あなたが好きよ。本当に。お金も何もないあなたでも、私の愛は変わらないわ。
長門さんもたぶん、同じことを言うでしょう」
初夏に一回、半ばに一回、そして、夏の終わりの今に一回。
「嫉妬してしまって、ごめんなさい」
色っぽいうなじがチラリと見え、胸当てに抑えつけられながらもその存在感を顕著に示す豊かな胸が視界を過ぎる。
「…………俺の我慢が続いている内に退室してくれ。それか滝壺への門開いてくれ」
「……」
加賀さんが無言で手をかざすと、目の前の空間が揺らぐ。
その数秒後に、その場に門のような何かが現れた。
現在リヴァプール、高知湾、滝壺、自宅、横浜鎮守府に通じている転移門の内の一つである。
「じゃ、行ってくる。昼に迎えに来てくれ」
「はい」
修験用の服を片手に、門をくぐる。
煩悩退治の修験が、はじまった。
「すげーわ、滝。加賀さん見ても何ともないわ」
「……それは風邪をひいたからではないの?」
寝所に横臥し、梅粥を口に運ばれながらそう言うと、加賀さんの顔が微妙に変わる。
さっきまでは『私は心配しています』みたいな可愛い表情だったのが、少しは心配が和らいだなような、そんな感じ。
「いや、女性的魅力の権化みたいな加賀さんを見たら、俺の煩悩は風邪如きでは抑えられない。やっぱり滝大先生のお陰だよ」
「…………私は、そんなにあなたを誘惑してるの?」
「ああ。柔らかそうな全身もさながら、特に腿と腰回りの肉付きの良さがたまらん」
むっちりした大腿部全体を覆うような黒いニーソックスからはみ出た部分を触りたい。
もっとやっていいなら、ニーソックスと肉の間に指突っ込みたい。
顔を真っ赤にしながら看病してくれる健気さにも、勿論そそるけどね。
しかし、それにしてもいい身体をしているのは確かだった。
「……ごめんなさい」
「……いや、こちらこそごめん」
熱の所為で思考がどうかしている。
そう気づいたときには既にセクハラ発言をした後だというのだから、本当に俺は救いようがない。
「あなたは変態で女好きで傲慢で、肝心なところでうっかりしてて、味方に甘すぎるし、自分の身体を省みない」
「……仰るとおりで」
「しかも、すごく貪欲」
「……申し開きの次第もございません」
食い終わった粥を下げ終わり、加賀さんがこちらを真っ直ぐ見据え、言った。
所謂、欠点というヤツを。
「……私は嫉妬深くて、やきもち焼きで、独占欲が強くて、言い方に遠慮もないし、愛想もないわ」
「……そうかな?」
「そうよ」
目に嘲りの色も、蔑みの色も、卑屈な色も何もない。
だからこそ、簡単な反応しか返せなかった。
「あと、少し壊れているわ」
「人間たるもの一つや二つ、壊れてるとこはあるもんだ」
右手で胸をぎゅっと押し付けながら言い募る加賀さんに、そう返す。
「長門さんは、頼りになる、とてもかっこいい人」
「確かに」
軽く笑う。男勝りならば木曾もいい勝負ではあるが、頼りになるならば長門だろう。
「あの人の欠点は、誇り高すぎるとこと、拘りが強いところ。後は、抜けてるところかしら」
「……よく見てるな」
「恋敵だもの」
少し寂寥感を漂わせながら言う加賀さんの頭を撫でたくなるが、横臥している俺では手が届かない。
その間にも、寂寥感はどんどんと増していっていた。
「……二番目でもいいわ。身体だけでもいいし、お遊びでもいいって思ってたの。あなたのことを好きになったときに」
「………それはよくないなぁ、加賀さん」
「知ってるわ」
儚げな雰囲気を纏う加賀さんの手が、俺の手を強く握り締める。
全体的に柔らかい加賀さんの手のひらは、やはり長門よりも柔らかかった。
「赤城さんから言われたの。冬までに決着をつけなさいって」
「なるほど、合理的だな」
「でも、止めたわ」
「……嫌いになったってこと?」
「ありえません」
好きになったところを振られるいつものパターンに陥ったのかと思いきや、違った。
ひとまず胸をなで下ろし、はたと気づく。
では、何を止めたというのか?
「一番になります」
「はい?」
「あなたの一番になります。私しか見えなくさせます。私が正妻になって、下剋上を達成してやります」
本人を目の前にした凄まじい宣言に、一瞬働きを鈍くした思考が止まる。
―――加賀さんって、こんなにアクティブな感じだったっけ?
もっとこう、チョロい感じな柔らかさがあったような気がしなくもなく、ないんだが。
「手始めに今、私の欠点と長門さんの欠点を羅列しました。客観的に見ても主観的に見ても、私が圧倒的に不利な状況は否めません」
「せ、せやな」
「ですが、勝ちます。あなたを落とします。落ちたら、あなたから告白してください。やはり私は、好きな殿方からプロポーズをいただきたいの」
それは勿論、今からでもこちらから攻勢に出るつもりだったから望むところだけども。
「勿論、長門さんがいないからと言って攻撃の手は緩めません。戦いは先手必勝。長門さんが留守にしたのが悪いのであって、私には何の咎もないわ」
覚悟。
今までの寂寥感はどこへやら。常よりも自信を取り戻した完全体で、加賀さんはそう言い切った。
そんなことはない(大事なことだから二回言いました)。