ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
加賀さん、宣戦布告。
今回のあらすじ。
どうしてこんなになるまでほうっておいたんだ!
クリスタルパレス。
大英帝国万国博覧会に於いて建造された『美術品』である。
今は観光資源として役に立っているが、皆にあきられたならば即ち何の役割も持たなくなる、悲しき建造物。
とっている場所の巨大さから見ても、維持費と利益が釣り合わなくなったとき、国が撤去させることは請け負いだろう。
「綺麗ね」
「うん、そうだね」
その無駄の極みの建造物の中に、二人は居た。
無論、加賀の誘いによる物である。
まず、彼女は彼が自分に必要以上の負荷をかけるのを―――つまり、極東から英国へ飛ばすことを―――好まないことを知っていた。
なので、これを前提条件に含んだ一計を案じることにしたのである。
出雲丸は太平洋の女王として世界一周旅行に出てしまったから、行きと同じように帰るのは難しい。
しかしながら、橿原丸がまだ居る。相棒は世界一周に行っている物の、彼女は普通に日本にいるのだ。
八月の十八日に日本を発ち、欧州諸国を巡る航路へと向かう。勿論そこにはイギリスも含まれていた。
乗船券二枚の予約を手早くねじ込み、その旨を伝え終わったとき、彼女の計画は始まっていたのである。
空間転移門を航路上に開き、道程を短縮。質量の問題で短距離転移しかできない物の、何回もそれを繰り返すことでロンドンに着くまでの時間を一日分速くすることができたのだ。
とった寝台鉄道の乗車券は、勿論その『到着予定』にあわせたもの。
それに『何かあるかもしれないから』と言うことで一日分の余裕をとっていたが為に、手持ち無沙汰になったのである。
『計画通り』
ニヤリと心の中で笑い、加賀は予め用意していた言葉を言った。
『提督、クリスタルパレスに行きたいです』、と。
「……華美な物はあまり好きじゃないけれど、これはこれでいいものね」
「いやいや、華美な物嫌いならなんで見に行こうって言ったの?」
手も繋がずにふらふら歩いていた加賀が止まり、それにつられて提督も止まる。
「提督と遊びに行きたかったからだけれど」
「………………おう」
返事をした途端、提督の右手に柔らかい指が触れた。
少し触れ、離し。少し触れ、離し。
人差し指を人差し指に絡ませ、何分もかけて手を繋いだ二人は、凄まじい初々しかった。
お互いにチラリと顔を見合わせ、男の方はすぐ逸らす。
女の方はじっーと男の横顔を見つめているが、数分後には目を離した。
クリスタルパレスの方に視点を転換したのである。
「……加賀さん」
「?」
女っぽくなったね、と言いかけ、止めた。
その言葉が非常に失礼だと言うことと、今更に気づいたのである。
確かに彼女は、女性らしさが増した。女性は恋をすると美しくなると言うが、彼女の場合は本気で正妻の座を狙いだした途端に女性的魅力が増したのである。
「綺麗になったね」
「………………」
疑問符を浮かべたままに首を傾げていた加賀の顔が一瞬で真っ赤に染まり、更に凄まじい勢いで血が顔に上がっていく。
「……そう」
繋いだ手に力が籠もり、恥じらいが顔を俯かせる。
自分から攻める分には、予想がある程度ついていた。だからいきなり顔真っ赤、というのはなかったのだ。
しかし、いきなりこんなことを言われるとは思っていなかったのである。
「……たらし」
「そうか?」
「……たらし提督」
頬を朱に染めながらも、怒っているような語気で言い切った彼女は、勿論本意ではない。
追い込まれるとキツい反応しかできないのである。
「……そうか、気をつけよう」
「気をつけなさい」
本意ではない言葉をポンポン出してしまう自分に嫌悪感を感じつつ、加賀はゆっくりと目を瞑った。
一呼吸、二呼吸。深く吸い込み、気持ちを入れ替える。
「……たらしでいいわ」
「はい?」
「でも、私だけにして」
「……」
無言でこちらを見つめる提督の目から視線を逸らさないように意識を張り詰め、言った。
「たらし込むのは、私だけにして」
「……おう」
提督の頬がゆるみ、如何にもあくどそうな弧を描く。
自分の言ったあまりのことに自分で衝撃を受けていた加賀には気づかれなかったが、それは凄まじく悪い笑みだった。
「可愛いなぁ、加賀さんは」
「……こんな無愛想な女のどこが可愛いと言うの?」
「加賀さんは、心の表情が豊かだよね。その感情を表に出せなくて悩むのが、可愛いんじゃないかね」
「…………それは可愛い、の?」
そう不安げに問われ、少し悩む。
確かに加賀の無表情とフラットな声の所為で、時々意志を把握するのに困難が生じるのは確かだった。
最初の頃は気を使いすぎるあまり、一緒にいるのが怖かったし、その反動で長門と居ることがより一層好きになったりしたが、欠点を美点に置き換えてしまえばいい。
今となっては彼は、それでもいいと思っている。
「可愛いよ」
こんなに真摯に愛してくれる女は、居なかった。
その愛を受け入れたくもあったし、実際何回か陥落の危機にさらされることもあった。
だが、怖い。
演技、とかだったら。
決して加賀は器用ではない。そのことは提督もわかっている。好きでもない男に好きと言うことはしないだろうし、こんなにアクティブに攻めてくることもないだろう。
しかし、怖いのだ。
初恋―――と言うか、憧れの人だった女性も、家の没落で離れていった。
母も、裏切った。
久々にまともな恋心を抱いた長門には、十数回ではきかないレベルで袖にされている。
母はまあ……少し違うタイプの愛だが、愛した物悉くに報われないのが今までだった。
で、今回。
どうやらこの感情表現がフラットな美人が、自分のことを好きらしいと気づいたのである。
正直、もう限界だった。愛し、愛されたい。一生に一回でも、一瞬でもいいのだ。
相思相愛に、なってみたい。
それは、あまりにも子どもっぽい夢だった。
それを叶えてくれるかもしれない女が現れて、何回も告白された。
素直に嬉しかった。少し、自分に自信が持てたことに気づいたりもした。
だが、これが嘘だったら。
曖昧な距離がいい。自分が距離を詰めないから気持ちが離れていったのなら、自分は痛みを感じない。
こちらが傷つくほどに近づかせないようにしても、加賀はまったく怯まないのだ。
(裏切ったら―――)
繋がれた右手を、見る。
白く、小さな手。
背は自分よりも低く、華奢な身体はすぐに壊れそうな程に繊細そうだった。
(―――もしこいつが、裏切ったら)
殺すかもしれない。
本気で、こいつが憎くなる。
いや、憎いというレベルではなくなるかもしれない。
人としての尊厳を全部奪って、この世のすべての苦しみを味あわせてから、殺す。
泣こうが何をしようが、自分は絶対に止まらないだろう。
自分の娘みたいな女が得るであろう、幸せを祝うべきなのに。
想像しただけで、こんなにも殺したくなる。
「提督?」
「…………ああ、何?」
「少し、痛いのだけれど」
握っていた小さな手が、少し悲鳴を上げていた。
「すまん」
「……いいけれど」
名所という名所は、一通り回った。
手を離し、後ろから追従する加賀を半ば置き去りにしながら、提督はさっさと足を進める。
「……あの」
「何だ」
暗い憎悪を含んだ視線にさらされ、身が竦んだ。
怖い。彼のことを今、初めてそう思う。
蛇のような、冷たい眼だった。
「……怒っているのは、私の所為?」
「いや」
「……なら、なんで私をそんな眼で見るのかしら」
「そりゃ、俺が狂ってるからだよ」
情愛が狂っている。
普通裏切ったくらいで殺しはしないだろう。だが、どうしようもなく狂ってるから、殺してやりたくなる。
「加賀さんはさ、俺に殺されたい?」
「ええ」
コンマ一秒の躊躇いもなく、加賀は即決で頷いた。
「どうせ死ぬならあなたに殺されたいし、あなたが死ぬなら私を殺してから死んで欲しいわ。
勿論、ずっと生きていて欲しいけれど」
「……加賀さんも大概情愛がおかしいな」
「おかしい?」
首を傾げる。
如何にも可笑しそうに、それでいながらもフラットに。
彼女は、いとも容易く言い放った。
「私は正常。あなたも正常。周りがおかしいのよ、提督。愛すというのは、その人にすべてを捧げ、捧げてもらうこと。つまり、それぞれが愛を中心にして欠けたお互いを補い合う巴になること」
心底不思議そうな目で彼を見据え、加賀は更に言い募る。
「半身を引き千切られて、生きていける人が居るというの?」
提督は異常者だと前に書いたな。あれは本当だ。