ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
長門「まあまあまあまあ」
高級軍人「おい長門お前コラ」
大佐「まあまあまあまあ」
だいたいこれが日常。
「長門、俺の階級を言ってみろ」
ところ変わって研究室。日本に帰ってからの悶着が一段落し、いつも通りの風景がそこにはあった。
「……大佐になったことがそんなに嬉しいか」
「給料が増えるんでね」
守銭奴のようなことを言っている―――いやまあ、実際お金大好き人間ではあるが―――大佐にチラリと視線を向け、溜め息を付く。
「何故こう、がめついんだろうな」
「ガメツくて執念深くなきゃ研究なんてやってらんないよ。俺は聖人じゃないんだからさぁ……生きていくには何かと金がかかる訳よ」
英国での襲撃事件を防いだ功績により、昇進。
「あー、誰か少将の席空けてくれないもんかね」
「…………貴様は、全く―――」
暫しの沈黙の後、猛然と口撃が開始される。
怒らしたとしてもあまり怖くないのが長門型戦艦一番艦の長門。怒らしてはならないのが長門型戦艦二番艦の陸奥。姉妹で『中々怒らない』と言う点は共通している物の、長門の方が対処が楽でいい。
「聞いているのか……!」
「得た地位でやれることをキッチリやっていればいずれは昇進出来るってことでしょ?」
「そうだ。人が地位に相応しくなったときに自ずと昇進の沙汰がくるだろう。つまりは今与えられた仕事を誠心誠意こなし、不平不満を言わず、才能をひけらかさずに上司に諂うことなく間違いを指摘して糺すことこそが―――」
「指摘しなくてもいいじゃん。馬鹿は馬鹿のままで……」
喝ッ、と。
鬼のようなオーラを纏った長門の目に炎が灯った。
極端に表面の取り繕いと虚飾を嫌う長門には、この話は少々勘に障ったのか、或いは英国から帰ってきてから一回も戦っていないからか。
だが、こちらも怒られそうだからといって意見を曲げるわけにはいかない。何回目かになるが、正しいばかりではやっていけないこともあるのだから。
「そもそも部下が上司を変えるなんて無理なんだよ。
で、俺は無理だとわかっていることに打算もなしに挑むほど馬鹿じゃない。結果的には婉曲ながらも糺してるんだから諫言を呈さなくともいいわけ。わかった?」
「そうかも知れないが、それでは何も変わらないだろう。根本的に変えなければいつか不具合が生まれることは明らかだ。貴様がやっていることはその場しのぎに過ぎない」
「そうだな」
こちらから見ていて可哀想なほどに真摯で不器用な主張に肯定の意を返す。
本気で国と軍の行く末を考えて、こいつは直接諫めることにした。例え煙たがられても、職務に忠実であることを是としたのだろう。
「正しいよ、お前は」
「……ならば、何故変えようとしない。貴様ならば出来るだろう。私とは違って換えが利かないのだから」
妹と代わるように栄光の聯合艦隊旗艦から降ろされた彼女は、どこか哀愁とでも言うべき雰囲気を纏っていた。
誰よりも真面目だからこそ間違いを糺さずにはいられず、その真面目さが災いして俺の護衛に重きを置かせられる。
正直者が馬鹿を見たわけだ。
「陸奥には?」
「言っていない。無用な心配は掛けたくないからな」
ならば、もう彼女等は上層部に不信感を抱くことも、それを感じるための手掛かりを掴む機会すらも与えられないだろう。
最早幕僚会議などには呼ばれない。ただ都合のいい兵器としてのみ扱われることになる。
「お前等から感情をなくせと言う意見も出ているしな。こちらから動けば確実にお前の影響だと感づかれるだろ」
「……そう、か」
「無論言いくるめて断ったけど、意見を納めることも大切だってことをわかってくれ。正直、庇えて後一回だ」
そもそも上層部が兵器たる彼女等に感情を加えることを許可した理由は『より性能を向上させ、自ら実力を研磨することを求めた』から。詰まるところは兵器が自分で強くなってくれたら楽なんじゃないかってことで許可を出した。
俺はまあ、長門がああだったから兵器と見ることは難しい。
故に当然のように個々の存在として個性をランダムに与え伸ばす為の回路を組み込んでたわけだから……やることは合致していても、目的と詳細な内容までは合致しなかったわけだ。
今は上層部の中にも味方と言える人が居るし、セトの原核は俺しか作れないと言う制限が存在するから言いくるめて何とかすることが出来るだろう。俺発案の航空母艦もその優位性を認められていることもあって、少しくらいでは揺るがない地位を手中に収めている。長門を庇うことも容易ではあった。
「長門、もう少し器用に生きろ」
「……」
無言の抵抗とでも言うのか。明らかな否定を含んだ沈黙があたりを満たす。
その沈黙は何百編もの言葉よりも雄弁に、彼女が器用になど生きられないということを告げていた。
「長門、こういった話はもう止めにしないか?」
「……ああ」
平静さを保った返答が来るや否や、すぐさま立ち上がる。
俯きがちな長門を何とかする方法は、ただ一つ。
椅子を引いた音を聞いた瞬間に弾かれたように立ち上がった長門の手を掴み、半ば強引に外へと歩き出す。
「な、何だ?」
無理矢理引っ張ってきたからか、少し躓き気味によろけながら長門が珍しく慌てたように声を発した。
本気を出すまでもなく、少し力を込めるだけで振り払えるはずの手を払わずに、戦艦長門は歩き出す。
「何だも何も、旅行用品買いに行くんだよ」
「旅行用品……旅にでも行くのか?」
「と言うよりは、留学かな」
グイグイ引っ張られる形で曳航―――もとい、曳行されてきた戦艦長門は、軽く混乱していた頭を巡らせた。
留学。留学と言うことは、彼が未知の知識を得るために外国へ行ってしまうということ。
「…………」
「なんだ、寂しいか」
「それもあるが……外国で貴様が学ぶべきことなどあるのか?」
「そうか、寂しいか……」
しまった、失敗した。
そう思ってももう遅い。
「寂しがり屋な長門は、俺が居なくて寂しいか……寂しいんだな、長門は……」
「繰り返すな!」
握られっぱなしの左手は放棄し、右手で軽く頭を叩く。
一つの失言が命取りとなる会話の中、今のは彼女らしからぬ致命傷に近いミスだった。
「可愛いな、お前」
「やめろ」
頭を撫でようと手を突きだし、柔らかな黒髪に指が触れたか触れないかのところで長門の右手がそれを阻む。
こうして抵抗するほど嫌な訳ではないが、軽いノリで触れるのではなくきちんとした思いを持って触れてほしい。
「手厳しいな」
そんな思いに気づくことなく、大佐はフラフラと手を振った後に諦めたように引っ込める。
―――その気になれば
どこまでも飄々とした態度を崩さない彼を視界の端に捉えながら、彼女の明晰な頭脳はある可能性を常に見ていた。
―――その気になれば、私の自由を奪うことなど、彼には容易い
一般的な魔術師にも―――すなわち、凡庸であっても平均以上の実力を持つ魔術師には『強制支配(フォース)』と言う技能を扱うことが出来る。
この技能は自らの自動人形の自律性を奪うという一種の安全装置なのだが、それは悪用されることもなくはない。
高性能の自動人形ほどその容姿は人に近づく。この技能を利用して手込めにすることも不可能ではないのだ。
自分は自動人形とは似て非なる存在だが、彼にかかれば『強制支配』くらいできるだろう。何せ、開発者なのだから。
「まぁ、俺に靡かない長門が好きだから良いけど?」
また告白紛いのことを言われた。
その事実を受けて頬が少し熱を帯び、朱に染まる。
優れた人形師は自らの作った自動人形を限りなく人に近づけることが出来るらしい。
―――何も、ここまで忠実でなくともよかったものを
赤い血が流れている。厳密に言えば、赤い色に加工された魔力が自分の身を巡っている。
成長を続ける肉体を持っている。人のそれとは僅かに違うが、限りなく近いモノが自分の肉体を構成している。
眼も、爪も、髪も。全てが人のそれと似ていて、少し違う。
「私は、人に近いのか?」
「人よりも強い身体をしているって言うのがあってるのかもね。戦闘時には皮膚は弾性と伸縮性を保ちながらも硬質化するし、砲門を自在に動かせる。そんな人間は居ないでしょ?」
無言で頷く。
彼が技術について語るときは、至極真面目な語調になる。真摯に、自分の全てを傾けて没頭しているからこそのことなんだろうが……惜しい。いつもそうだったら一部の高官たちから嫌われることなど無かっただろうに。
「でも、『セトの原核』は『イヴの心臓』よりも人に近い。身体も人間の肉体を使用した『禁忌人形(バンドール)』でもないのに人のそれと大差はない。限りなく近いけど、遠い―――って、何だ?」
「頼むからいつも今の調子で居てくれ。礼儀知らずとか何とか言っている軍の高官たちを宥めるのは専ら私の仕事と化しているんだぞ……」
硬骨且つ清廉な軍人達から評価を受け、彼らから発せられる大佐への叱責を宥めるのは、長門。
一癖のある狸たちと相互利用の関係を築き上げ、巧い具合に立ち回り、兵器の癖に生意気だという彼らを宥めるのは、大佐。
ものの見事に表と裏に分かれている二人だが、不思議と仲は悪くなかった。
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