君がカードを引いたなら   作:七紫ノごんべえ

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楓ルート 二

 各自目標を決めてからというものの、部内は日に日に大会へ向けての緊張感が高まっていた。

 アビカ甲子園には、三年生チームが参加することに決まった。また、AWGに参加する部員は総勢十七名と、それなりな数になった。

 

 白栞は主にそういった選手たちとの練習を行いつつ、日によっては部活に参加せずに近隣のショップバトルで練習している。今日はまさにその日で、部室に白栞の姿はない。

 去年の実績から、店舗予選は免除で地区大会に参加できるので他の選手よりは余裕があるはずだ。俺ならきっと未だに練習に取り組んでいないだろう。

 

 千夏は基本的に部内での対戦をメインにしている。

 正直、部内には千夏の練習相手が十分に務まる相手はいないと思うのだが……。

 まあ、部活が無い日は積極的にショップバトルに参加しているようだが、おそらく白栞のいないショップを選んでいるだろう。

 決して仲が悪いという訳ではない。ただ、ある日を境に、千夏は白栞との対戦を明確に避けている。

 何があったのか知る由もないが……。

 

「結翔くん?」

 目の前に座っている桂木さんから声をかけられて我に返る。

「ああ、悪い。ちょっと考え事してた」

「ふふ、いいよ。でも、今は私のターンなんだから集中してくれないと」

 じゃないと負けちゃうよ? などと宣う桂木さん。復帰して一か月ほどとは思えない、強気な発言だ。

 

 だが、実際その通りでもある。

 この短期間で、桂木さんは信じられないほど上達している。

 悔しいことに、本当に認めたくないが、事実だけを端的に述べるのであれば。俺は負け越しているのだ。

「ぐぬぬ……」

「ぐぬぬ、って言う人初めて見たよ」

 なりふり構ってられないのだ。俺は必死に逆転の一手を思考する。

 すでに盤面の状況は劣勢。手札の数は互角。ライフは俺が僅かに押されている。

 しかし、俺にはまだコストが残っている。手札の妨害をプレイして、なんとか桂木さんのガーディアンの召喚を阻止すれば、ギリギリで俺のライフが残る。

「よし、ここで妨害を切るぜ」

 ターンが返ってくれば、まだ逆転の芽があるはず。そう考えて妨害をプレイするが。

「じゃあ、僕もその妨害を妨害しよう」

 俺の妨害が、その効果を発揮できず消え去る。つまり、桂木さんのガーディアンを止める手立ては無くなったわけで。

「召喚したトトちゃんの効果で、僕の動物ガーディアンのパワーが上昇。全員でアタックするよ」

「ま、負けました……」

 強化されたガーディアンの一斉攻撃で、無情にも俺のライフは削りきられてしまった。

 

 

「にしても、本当に強くなったよなぁ」

 入部間もない頃からかなり呑み込みが良いとは思っていたが、ここ最近の成長は目を見張るものがある。

「師が良いから。ね、師匠?」

「だから、師匠じゃないっての」

 確かに、最初のころは俺が率先して桂木さんにアビカを教えていた。

 プレイの基礎はもちろん、デッキの組み方や汎用カードの知識、専門用語に至るまで、日々コツコツと教えていったのだ。

 もちろん本人の自主性やモチベーションには常に意識を配っていた。ティーチングイベントで培った経験もあって、そういうのは俺の得意分野だ。

「でも、僕にアビカを詳しく教えてくれたのは君だよ。だから師匠」

「ぐわー! その呼び方は止めてくれ、恥ずかしいわ!」

 とはいえ、師匠などと呼ばれるとこそばゆい。まるで俺が呼ばせているみたいじゃないか。

 百歩譲って二人しかいないなら別だが、人前で呼ばれてはたまったものではない。

 

「どうしようかなー」

 この状況を楽しんでいるようで、にやりと笑みを浮かべながら人差し指と顎に当てて考える仕草は、いかにもわざとらしかった。

 しばし考えた風の桂木さんだが、やがて閃いたように

「じゃあ、君が僕のことを楓と呼んでくれるなら、師匠呼びは止めよう」

 などと言い出した。

 

「い、いや。いきなり名前呼びは……」

 女子を名前で呼び捨てなど、明らかに高いハードルだ。

「千夏ちゃんも白栞ちゃんも名前で呼んでるし、僕のこともそれに倣って欲しいな」

「あいつらはほら、幼馴染だから……」

 白栞も千夏も、物心ついた時から一緒だったのだ。当時はまだ男女などという意識もなく、名前で呼ぶのに何の抵抗も無かった。

 

 だが、桂木さんは違う。高校生になってからできた異性の友人だ。それを名前で呼び捨てるというのは、思春期の男子高校生にはあまりにも過酷な要求ではないだろうか。

 

 さては揶揄われているのだろうかと思い、桂木さんの顔を見ると、今度は拗ねたように唇を尖らせていた。

「ふーん。あーあ、僕だけさん付けかー。距離感じちゃうなー。さみしいなー」

 口調は揶揄っている風だが、どうやら主張を曲げる気は無いらしかった。

 このままだと平行線になることは容易に想像ができたし、俺に桂木さんを説得できるだけの話術は無い。

 

「わ、分かったよ。楓……さ、ん」

 今回は折れるしかないだろうと判断し、名前で呼んでみるが、やはり落ち着かない。

 女子を名前で呼ぶというのは、こんなに大変なことなのか。結局、呼び捨てまではできなかったのだが。

「楓でいいよ。楓さんなんて、まるで昔の夫婦みたいじゃないか。ま、それが良いというならそれでも良いけど」

 とんでもないことを言い始めた。

「だああ! からかうなよ! 楓、楓な。これでいいだろ」

「ふふ。冗談だよ。うん、それでいいよ」

 桂木……楓、は。先ほどまでが嘘かのようにぱっとした笑みを浮かべていた。

 その表情と、俺が名前で呼んだという事実に、心臓の主張が強まっていく。

 

「うん。名前で呼んでくれて嬉しいよ。ありがとね」

 俺が名前を呼ぶのが嬉しい? 嬉しい、とはどういうことなのだろうか。

「さて、もう一回お相手をお願いできるかな」

「お、おう」

 

 手早く準備を進める楓。俺も慌ててデッキをシャッフルし始めた。

 対戦中もどこか集中できず、先ほどの言葉を繰り返し思い出して考えてはみたが。

 結局その言葉の真意は、俺には分からなかった。

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