結局、あの後も楓のことが気になって全然寝付けず、太陽が昇ったころにようやく意識が落ちた。
寝不足で、明らかに内臓が弱っている感覚。かなりしんどいが、今日は白栞との約束がある。
いつもより重い体をなんとか動かして身支度を済ませ、待ち合わせ場所へ向かう。この分なら、待ち合わせ時間よりは早く到着するだろう。
「お待たせ、結翔!」
待ち合わせ場所で待つこと数分、白栞と合流した。白栞も五分前には着いているので、別段遅刻したわけでもない。
白栞は黒いシャツの上にジーンズ生地のジャケットを羽織っており、ややボーイッシュな服装をしていた。
「珍しいな、そういう系統の服」
俺が知る限りでは、白栞はかわいらしい服装が多かったはずだ。少なくとも、今日の服は見たことが無い気がする。
「結翔、こういう方が好きかなーって思って。どう?」
俺の好みかと言われれば、別段そんなことはない。だが、特に変な服装でもないし、これはこれで良いんじゃないだろうか。
「まあ、似合ってるんじゃないか?」
知らんけど、と続けようとしたが、白栞は大層満足そうな顔で
「いやー、そうかなぁ? そんなに可愛いかなぁ~?」
と、喜んでいたため、言葉をぐっと飲み込んだ。
「とりあえず、ショップでアビカだよな?」
「うん。お昼ご飯はその後で食べて、またショップかなぁ。帰りに少しだけ買い物もしたいんだけど、いい?」
「オーケー。んじゃ、まずはショップ行くか」
白栞の実力ならそんなに練習しなくても良いのではと思うのだが、どうやら今年は昨年のリベンジを果たして優勝を狙っているらしい。
昨年の敗北は相性不利と手札事故の結果であり、それでも善戦していたので、世間の注目度はチャンピオンよりも白栞の方が高かったのだが。
国内ベスト8では満足できなかったのか、昨年よりも気合が入っていた。
とはいえ、AWGクラスの大会の練習をしたいのであれば、ネットで強い人を探したり、強い人がホームにしているショップに行って練習したほうがいいと思うのだが……。
おそらく、やる気があるのも本当だが、俺と関わる時間が欲しいという気持ちもあるのだろう。自分で言うのはどうかと思うが。
結果的に、白栞はオンライン対戦で腕を磨きつつ、普段は極力俺とアビカをするという中途半端な状態になってしまっている。
いっそ俺がアビカを辞めれば、さっさとプロにでもなれるのかもしれない。
午前中は環境のデッキを使い、手札もある程度選んで対戦を行った。
手札事故の状態で練習をするよりも、強い動きができる手札の状態で戦うことを繰り返した。
お互いのベストムーブでぶつかった場合はどうなるか。どの程度手札が弱くても戦えるのかなどを検証していった。
昼ごはんは、近所のファミレスで簡単に済ませる。
今日のメインはあくまでアビカの練習のため、長居はすまいと思っていたが、白栞はしっかりデザートまで注文していた。
「午後は長いから、今食べておかないとね」と言われると妙に説得力がある。最終的に、俺も抹茶パフェを食べ、一時間ほどの休憩時間になった。
午後の練習に関しては、お互いに手札を公開し、議論しながら試合を進めていく。
とはいえ、俺が白栞に対して真っ向から意見をぶつける事はない。アビカに関して、こいつは俺のはるか先にいるのだ。
俺が考えて指した一手を白栞が止め、プレイの理由を俺が述べる。その後、白栞がより良いと考えるプレイを解説してもらい、対戦を続行するという流れで進行していった。
これで良いのだろうか。白栞にとって、得るものなど無いのではないか。
少なくとも、今日一日を通して白栞は何も成長していないと思った。新たな発見があったわけでも、理解を深めた訳でもないだろう。
白栞は「こうして一つ一つ確認していくことも大事」「反復も練習」と言うが、これじゃあまるで──。
そこまで考えて、ふと気付いた。
ああ、これは俺のための練習会だ。今年一年練習して、来年大会に出ると言った俺のごまかしを、こいつは愚直に信じて、自分の練習という名目で俺を鍛えるつもりなのだ。
そうして来年、一緒にアビカ甲子園に出るというつもりなのだろう。
世界がかかった大会を前にしてなお、白栞は俺を優先する。そして、俺は白栞にとって育むべき対象でしかない。
「……そろそろ帰るか」
「疲れちゃった? ごめんね結翔……」
違う。そうじゃない。
俺は、俺のためにこれ以上時間を無駄にしてほしくないのだ。それを、白栞は自分の配慮が足りなかったとばかりに謝ってくる。
この状況に耐えられないのだ。
「……そんなんじゃねえよ。ほら、買い物行くんだろ? この辺にしとこうぜ」
早めに帰って、少しでも本当の練習時間に充ててもらおう。
店を出る。隣の白栞は既に買い物に気持ちが移っているようで、心なしか楽しそうだった。
一方、俺は自分が白栞の足を引っ張っているという事実に気が重くなっていた。いっそ本当にアビカなどやめてしまおうか。
ふと、楓に会いたくなった。このやるせない気持ちを、楓ならばまっすぐに聞いてくれるだろう。
だが、同時に昨日の顛末が気になってしまう。スマホを見ると、メッセージは既読にこそなっているものの、特に返信は無かった。
ラブレターを貰い、告白を受けたのだろうか。もしそうなら、今までのような距離感では居られないかもしれない。
しかし、その可能性は低いのではないかというのが一晩悩んだ俺の結論だったりもする。
ラブレターに頼ったということは、少なくとも連絡先を交換していない相手ではないだろうか。とすれば、そんな関係性の相手に告白されて承諾するとはあまり考えられない。
メッセージは気になるが、案外スマホの故障か何かの可能性もあるし、忙しいということだってあるだろう。
あまり深く考えず、また休み明けに部活であった時に聞けばいい。そう考えてようやく眠れたのだった。
こんなに登校日が待ち遠しいと感じるのは初めてのことだ。
「あれ?」
隣にいた白栞が立ち止まり、声を上げた。
「どうした?」
「ほら、あそこ」
指さす方向を見る。俺たちが立ち寄ろうとしていた商業施設が見えた。
そこは服屋やスイーツ、映画館などが入っており、この近辺では一番大きい施設だ。
カップルだと定番のデートスポットなのだと、白栞が俺に熱弁していた。
そして、その建物から。
楓が見知らぬ男性と共に出てきていた。
「あれ、楓ちゃんだよね?」
「あ、ああ……そう見えるな」
多少距離が離れているので、俺の見間違えだと思いたかった。だが、俺より視力のいい白栞が見ても、その人物は楓に見えるらしかった。
しかも、その二人は、事もあろうに。
「わ、楓ちゃんめっちゃ抱きついてる!」
ほんの一瞬ではあったが、楓は確かに背後から男性に抱きついていた。
それだけの仲ということだ。少なくとも、俺は抱きつかれたことなど無い。つまり。
「あれ、彼氏かな? ねえ結翔、私も結翔に抱きついていい?」
楓の横にいるあの男は、友達以上の関係ということだ。
昨日、あのラブレターがきっかけで付き合ったのだろうか。いや、そもそも楓には、最初から彼氏がいたのかもしれない。だって、恋人の有無なんて確認したことは無いじゃないか。俺が勝手に、いないと思っていただけだ。
様々な考えが頭の中をめぐる。
すると、背後にドンと衝撃が走った。
「結翔~! ぼーっとしてないで、早くいこ?」
白栞が俺の背中に抱きついていた。我に返って先ほどの場所を見るが、楓はもう居なかった。
先ほどまでが嘘のように、学校で楓に会うことにひどく怯えている自分がいた。