君がカードを引いたなら   作:七紫ノごんべえ

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楓ルート 七

 

 どんなに拒んでも時間は流れてしまうわけで。気付けば、あっという間に登校日になっていた。

 まだ心の準備ができていない。いっそ楓が風邪ひいて休みとかであってほしいと思ったが、仮にそうだったとして、ただ問題が先延ばしになるだけなのは理解していた。

 なぜ、こんなに苦しいのだろうか。まだ三か月も無い付き合いにも関わらず、一番近くにいるのが俺であってほしいと考えてしまうのは、なぜなのだろう。

 今にも雨が降り出しそうな天気が、思考を余計に暗いものにしているのだろうか。

 

 いつものように白栞と千夏と合流し、学校へ向かう。

 何を話していたかすら曖昧なまま、気付けば教室が目前に迫っていた。

 前を歩いていた千夏が扉を開ける。まだ教室にいる生徒は半分にも満たなかった。

 

「おはよう」

 教室に入ってきた俺たちに対して、真っ先に挨拶をしてきたのは楓だった。

「おはよう、楓ちゃん!」

 白栞が挨拶を返し、千夏と俺もそれに続いた。

「ねえねえ、昨日ショッピングモールにいたよね?」

 と、白栞はいきなり核心に迫った。俺は全く心の準備が出来ていない。

 もしこれで否定してくれれば、二人して似た人物と見間違えただけということになるのだが。

「うん。もしかして白栞ちゃんも?」

 返された答えは肯定だった。

 改めて昨日の光景を思い出すと、胃が重くなったような感覚がした。

「うん、私は結翔とデートしてたの!」

「デートじゃなくて練習な」

 咄嗟に割って入り、否定する。

「練習もしたけど、デートもしたもん」

 断じてそんな事はない。

 だが、昨日の楓はどうだったのだろうか。あれはデートだったのだろうか。

 否定したい自分がいる一方で、あの距離感でただの友人というのは無理があるとも考えてしまう。白栞も俺に対して抱きついたりすることがあるが、それは白栞の好意によるものだ。

 何にせよ、楓が明確にあの男性に好意を抱いているのは間違いないだろう。

「そっか。結翔くんもいたんだね。声かけてくれれば良かったのに」

「いや……。邪魔しちゃ悪いだろ」

「そっか。気を遣ってくれてありがとね」

 あの状況で声などかけられないので、気を遣った訳ではない。

 

 どんどん重くなる内臓の感覚に耐え切れず、その場を離れて席に着いた。机に突っ伏せて目を閉じる。

 なぜこんな感覚に襲われているのだろうか。可能性の一つには心当たりがあったが、なにぶん経験がなく、ラノベの知識でしかないため、それが正しいのかは判別がつかない。

 

 

 モヤモヤとした気持ちのまま、気付けば放課後になっていた。

 今日は部活を休んで直帰することにした。部長にはすでに連絡済みだ。

 白栞に言うとあいつもサボる可能性があるため、伝えなかった。なんとなく一人になりたかったのだ。

 こっそりと教室を出て、玄関に向かった。日に日に湿度が上がっており、空気が肌にまとわりつくようで気持ち悪い。

 玄関にたどり着くと、楓の下駄箱に目が行った。あの時、ここに手紙が入っているのを見なければ。そして、街中で楓が男と歩いているのを見なければ、今日も楽しく過ごせていたのだろうか。

「結翔くん」

 急に後ろから声をかけられた。心臓が少しだけ高鳴る。

 一人だと思っていた所を、急に話しかけられたから驚いただけだろうか。それとも──

「部活、行かないの?」

 ──最近俺を悩ませている、楓に声をかけられたからだろうか。

 

「……今日は帰るよ」

 数秒の沈黙の後に返答すると、楓はこちらに歩いてきて

「じゃあ、僕も帰ろうかな。駅まで一緒に行こう」

 と、靴を履き替え始めた。

「桂木まで部活休む必要ないだろ」

 咄嗟に出たのは拒絶の一言だった。きつい言い方になってしまっただろうか。声は荒げていないのだが、名前を呼ぶのが憚られて苗字で呼んでしまう。

「結翔くんの様子が気になってね。どうやら、追いかけてきて正解だったみたいだ」

 楓が俺の前に回り込んだ。玄関から吹いてくる風で、長い風がハラハラと揺らいでいる。

「僕、何かしてしまったかな」

「いや……そんなことは無いけど」

 ジッとこちらを見つめる双眸には、俺のシルエットが映っている。ハッキリするまでは逃がさないとでも言わんばかりに、俺の目を見つめていた。

 耐え切れずに目を反らす。

「ほら、一昨日の。下駄箱にさ、入ってたじゃん」

 上手く言葉が出ず、断片的な情報だけが口から漏れ出た。

 楓はそれを聞いて、ああ、と思い立ったような顔になった。

「今時珍しいよね、手書きのラブレターなんて。あれがどうかした?」

 やはり、あれはラブレターだったらしい。こちらの気も知らずに、何でもないように真実を告げてくる楓に、なぜか無性に腹が立った。

「彼氏がいるのに、男と二人になるもんじゃないぜ」

 そう言って、楓の横を通り過ぎようとして、

「待って」

 俺の左手が、細い両手に捕まった。

 この手を振り払って、振り返らずに帰ってしまおうと思った。自分も、楓も、みんな傷ついてしまえばいいのだと。

 

 しかし、続く楓の一言が、間一髪でその行動を食い止めた。

「彼氏って、何のこと……?」

「……え?」

 楓の表情は、困惑で染まっていた。だが、それはこちらも同じだろう。

「確かに、僕は一昨日ラブレターをもらったけど……あれは、お断りさせてもらったんだ。特に面識もない人だったからね」

 どうやら以前想像した通りだったらしい。しかし、それはあくまでラブレターの送り主とは付き合わなかったというだけだ。

 俺はもう一つの疑問点を口にする。

「で、でも。昨日、仲良さそうに男と歩いてたよな? あれは彼氏じゃないのか」

 あの距離感で友人ということもあるまい、というのは確信があった。

 あれで恋人ではないなら何だというのか。

「あれは兄だよ……」

 

 確かに、以前から楓には兄がいるとは聞いていた。アビカを始めるきっかけになったという兄。

 俺には兄弟がいないから分からないが、家族ならば多少のふれあいは自然なのかもしれない。

「じゃ、じゃあ……」

「僕に恋人はいないよ」

 再び数秒の沈黙が流れる。つまり、全部早とちりの誤解だったのだ。勝手に楓に彼氏がいると思い込んで。落ち込んでいただけだった。

 急に力が抜けて、その場にへたり込みそうになったが、靴箱を支えになんとか堪える。

 もはや俺は、何と言ったらいいのか、まるで分からなくなっていた。

「誤解は解けた?」

「ああ……その、ごめん」

「気にしてないよ。じゃあ、帰ろうか」

 

 

 帰り道。楓からはカフェに寄ろうと誘われたが断った。

 気持ちとしては行きたかったのだが、それよりも先に考えなければならないことがあったのだ。

 楓は少し残念そうにしていたし、それもまた心が痛んだのだが。

 

 家に帰って、ベッドに倒れこむ。天井を見つめながら、一度大きく深呼吸をした。

 楓がラブレターを受け取った所を見て、動揺した自分がいた。

 知らない男性と楽しそうに触れ合っていたのを見て、嫌な気持ちになった。

 ただの勘違いで彼氏がいないと知って安堵した。

 そして、また明日会えることを楽しみにしている。

 感情の上下が激しすぎて、自分でもコントロールができないでいた。昔読んだラノベに感情ジェットコースターという言葉があったが、なるほど上手い表現だ。

 

「……恋愛、かぁ」

 ここにきて初めて、俺はこの気持ちを自覚した。

 

 ──楓side──

 

 危なかった。まさかあそこまで追い詰めてしまうとは、様子がおかしいことに気づけて良かった。

 ラブレターを受け取っている所を見せたまでは良かったのだが、兄と出かけている様子を見られてしまうのは予想外だった。

 歳の近い兄だが、兄妹仲はかなり良いと自覚はある。目撃されれば恋人同士だと勘違いされても仕方ない時もあるだろう。迂闊だった。

 せっかく育てた恋愛感情を折ってしまう可能性もあっただけに、今日中に誤解が解けて良かったと心から安堵した。

 

 とはいえ、順調に好感度は稼げていることが分かった。彼の中で、少なくとも気になる異性の枠には入れているだろう。もう少し距離を詰めたいが、それは日々一緒に過ごす時間を増やせばいい。

 予想外のトラブルはあったが、結果的には問題ない。

 

 こんな計算づくで、僕に作られた感情だと知ったら、彼はなんと言うだろうか。

 僕がこんな人間だと知られたら、この魔法は解けてしまうだろうか。

 おとぎ話やドラマのような、まっすぐな気持ちの恋愛ができたなら。僕のこの感情は、桃色で甘美なものだったのだろうか。正直、白栞ちゃんが少し羨ましくもある。

 

 どうか、このまま魔法にかけられていてほしい。

 星にも女神にも見捨てられそうな願いを、誰へともなくただ祈った。

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