君がカードを引いたなら   作:七紫ノごんべえ

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楓ルート 十一

 

 あの日以来、クラスの女子とはあまり話さなくなったが、男子とは普通に接することができている。

 女子の世界は分からないが、男子には無縁だ。

 むしろ楓と千夏の方が心配だった。女子には女子のコミュニティがあり、男子とは異なる理でできているのだ。

 

 

「元々、あいつらのグループとは話す機会なんか無かったし。別に何も変わりねえよ」

 しかし、こちらの心配とは裏腹に、千夏はあっけらかんとした態度だった。

「本当に大丈夫か? 上履きに画鋲入れられたりとか、教科書をトイレに捨てられたりとかしてないか」

「んな度胸があるなら、あの場でアタシと取っ組み合いになってただろ。陰で動こうにも白栞は影響力が強すぎるし、敵に回したくないんだろうよ」

 言われてみれば最もだ。力では千夏に、小細工では白栞に潰されると考えているなら、おいそれとは手出しもできない。

 まして、アビカでは二人には絶対に勝てない。ならもう関わらないようにするしかないのだ。

 

「あいつら、最初っからアタシのこと怖がってたからなぁ。何でだろ」

「話し方と目つきだろ、ヤンキーもどき」

 言い終わると同時に、千夏のグーが俺の顔面めがけて繰り出された。

 だが遅い、FPSで鍛えられた俺には充分に目で追える速度だ。俺は上半身を横に捻って回避体勢をとった。

「っぐ!?」

 回避成功を確信した直後、腹部に走る衝撃。

 見ると、千夏のボディブローが俺に突き刺さっていた。

 

 こ、こいつ……顔面への鈍いストレートは囮か……っ。

 重力に引かれ、俺は地面に倒れる。どこからか、ゴングの音がした気がした。

 後で聞いたが、空手にそういった技があるらしい。世が世なら、こいつは空手少女として活躍していたかもしれない。

 

 

「今のは君が悪いよ」

 そう言いながら、床にダウンした俺に手を差し伸べてくれたのは楓だった。

「事実を述べただけだぜ?」

「それでもだよ」

 おかしな話だ。事実を言って殴られた俺のほうが悪いとは。

 楓の手を取ると、身体を起こそうとグッと力を入れて楓の手を引いた。

「え」

 楓の声と同時に、しまったと思った時には遅かった。

 千夏に起こしてもらう時の力加減で手を引いてしまい、楓のバランスが崩れる。

 俺も、楓の手を支えに起き上がろうとしていたため、支えがなくなり、教室の床に再び倒れこむ。

 そして、その上に楓が覆い被さるように倒れてしまった。

「おっと」

 楓は咄嗟に床に手をつき、頭が床や俺にぶつかるのを防いだ。だが、その顔は俺の眼前数センチのところまで来ている。

 

 目と目が合う。近すぎて一瞬ピントが合わなかったが、すぐにその瞳が鮮明になった。

 垂れた前髪が顔に当たってくすぐったい。だが、不快ではなかった。

 

 あと数センチの距離を、ほんの少し近づけたらどうなってしまうだろう。

 ただ距離を縮めるだけ。それだけで俺は俺の欲しい全てを手にできるのではないか。

 楓は動かない。すぐにだって体を起こせるはずだ。にも関わらず、瞳は未だ大きく映し出されたままだ。

 いいのか? これはもしかして、いいのでは……!? 

「結翔くん……」

「楓……」

 俺と楓の距離が、ほんの一瞬縮まり──

 

「この色ボケ野郎!」

 と、千夏の鋭い蹴りが俺の脇腹を襲ったことで再び離れた。

「いってえ! 何てことしやがる!」

「こっちのセリフだよスケベ! 女の子押し倒して浸ってんじゃねえ!」

「押し倒してねえよ引いただけだよ! 

「そーゆーこっちゃねえんだよ!」

 いや、確かに遠慮なく手を引いてしまった俺が悪いのだが。しかし、何も蹴ることはないのではないか。

 そう考えつつ先ほどまでの流れを思い返す。

 俺が強く手を引いて楓が覆い被さる形で倒れ、俺はそれにドキリとして、顔と顔の距離を……。

「俺が悪いわこれ」

 明らかに俺が悪かった。なんなら蹴ってでも止めてくれた千夏に感謝するまである。

 冷静に考えれば、一歩でも間違えればケガをしている可能性もあったわけで。楓にはただ迷惑をかけてしまった。

「すまん、楓。つい遠慮なく体重かけちまった」

 と、楓を見て謝ると。

「……う、ううん。今のは、僕も悪かったから」

 そう言っている楓の顔が、ほのかに赤く見えた。

 

 

「白栞がいたら大騒ぎだったぞ、絶対」

 千夏の言う通りかもしれない。あいつが見ていたらどんな反応をしていただろうか。

 幸い、今日は体調不良で欠席している。もし目の前で俺が楓とあんなに接触していたのを見たら、どうしただろう。

 なんとなく「楓ちゃんズルい! 私も結翔に抱きつくー!」なんて言って飛び込んでくるんじゃないかと思った。白栞ならやりそうだ。

 悲しいことに、昔から女子との関わりなんて白栞と千夏以外ろくに無かった。他の女子と話すことも稀にはあったのだが、すぐ飽きられてしまうのだ。

 継続して仲のいい女子ができた記憶はない。そう考えると、楓は特別なのかもしれない。

 

 そんなわけで、白栞が俺と仲の良い女子に対してどんな反応をするのか、俺には分からないのだ。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ま、結果的に何も変わってなくて良かったよ」

 あの後楓からも話を聞いたが、例のグループとの関わりこそ完全に無くなったものの、別段報復なども無いようだ。

 しかし、楓の表情は明るくない。

「そうかな……。きっと何も変わらないなんてこと、ありはしないよ。まだ表に出ていなくて、気付けないだけさ」

 俺が知らない間に、楓がまたトラブルに巻き込まれたのだろうか。

「もしかして、あの後あいつらに何かされたのか?」

「いや、そういう訳では無いんだけどね……」

 どうやら、あれ以降楓が絡まれたりといったことは無く、今後の心配をしているといった様子だった。

 あんなことがあった後だし、不安になるのは当然だろう。俺はあえて明るく、何も気にしてない風を装う。

「今考えてても仕方ないだろ。その時になったらまた考えるってことにして、それまでは毎日しょーもないことに飽き飽きしたり、たまに訪れる幸福を享受してればいいんだよ」

 ずっと気を張ってても疲れてしまうのは明らかだ。何かあれば、また力になればいい。

 楓には、なるべく楽しく日々を過ごしてほしい。そこに一緒にいられれば更にいい。

 

「そうだね……うん、そうしよう」

 

 

 ──同時刻、某所──

 

 ウッド調の洒落たカフェに、二人の女性が入店した。

 一人はスーツを着た女性で、四十代ほどに見える。短く切られた髪は黒々としており、飾り気は無い。

 もう一人は、制服を着た十代の少女だ。

 ふわっとした黒髪のボブにぱっつん前髪。顔周りの髪を後ろに流して髪留めで纏めており、整った顔がより強調されている。

 

 アビカに詳しい者が見れば、その少女の名前はすぐに口にできるだろう。

 だが、共に入店した女性は、アビカには疎かった、それ故に、少女が世間では知名度の高いアビカプレイヤーであることは知らなかった。

 

 店員に通された席に座ると、女性はメニューを見ることもなくコーヒーを注文した。

 少女にも注文を促すと、店内をくるりと見回し、紅茶を注文する。

 

「先ほどは突然お声かけしてしまい申し訳ありません」

 礼儀正しい少女だ、と女性は感じた。仕事終わりに会社の前で突然声をかけられたのは驚いたが、制服を見れば、娘と同じ学校に通っていることが分かった。

「いえ、娘のご友人の方ですもの。それに、娘の話とあれば」

 少女は女性に対し、娘の友人だと名乗っていた。

 勤め先を知っているのは不思議だったが、娘から聞いていたのかもしれない。それほど仲のいい友人がいたとは知らなかったが、年頃の娘だ。友人の話を何から何まで報告することも無いだろう。

 そう考え、女性はその違和感を捨て去っていた。

 

「娘さん……楓さんには、いつもお世話になってます。楓さんは本当に頼りになって」

「ありがとう。それで、ご相談というのは……?」

 手塩にかけて育てた娘が学友から褒められるのは、悪い気はしなかった。

 だが、娘のことで相談があるといって呼び止められたのだ。本題は別にあるのだろうと、女性は気をもんでいた。

 

 少女が言葉を続けようとした時、店員が飲み物を運んできた。

 女性は、コーヒーに砂糖を入れてかき混ぜる。

「何か、学校で問題でもあったのかしら」

 上手く立ち回るように躾けたつもりだが、想定外の事態もあるだろう。

 少女の様子を見るに、直接娘とトラブルを起こした訳ではないと判断していた。それにしては落ち着きすぎているのだ。

 

「楓さん、学校では頼れる王子様という感じなのですが、最近ちょっとしたトラブルがありまして」

 

 少女の言葉に、コーヒーを混ぜる手が止まった。

 トラブル、というのが気になるが、それよりも聞き流せない内容があったのだ。

「……王子様?」

「ええ。中性的でかっこいいですよね。女性にとても人気がありそうで、憧れてしまいます」

 女性は、既に気が気でなかった。

 娘から聞いていた話では、うまく仲良くなれた男子がいたはずだ。幸先の良いスタートに安堵したものだが、よもや学校で男性的な立ち振る舞いをしているなど。

 あの男のような、破滅を招くふるまいなど。到底看過できなかった。

 

 矯正したつもりだったが、甘かったようだ。自分の前でのみ、その姿を見せて欺いていたのだ。

 何よりも先に怒りがこみ上げてきた。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 少女の言葉でハッと我に返る。

「え、ええ……。すみません、もしや娘のその態度で何かトラブルが……?」

 そう尋ねると、目の前の少女は困ったような表情を浮かべた。

 

 女性は、もはや少女の一挙手一投足に目が離せないでいた。

 どんな問題が飛び出してくるのか。娘は何をしたのか。

 今後、捕まえた男性との関係に問題は無いのか。

 

「実は……彼女のいる男性を誘惑している、といった話がありまして。それで先日もクラスメイトとトラブルがあったのですが、どうやらその一件だけでは無いようで」

 

 くらりと世界が揺れた。よりにもよって、恋人のいる男性を誑かすなど。

 認めたくないことだが、やはり娘にはあの男の血が濃く流れてしまっているのだ。こうならないように日々教育してきたというのに。

 

 もはや女性は、一刻も早く家に帰らねばならなかった。

 そして、娘に改めて、徹底的に教育を施す必要があった。

 全ては愛する娘のために。不幸を招かぬように。

 

「ごめんなさい、もう一度お名前をお伺いしてもよろしいかしら」

 この少女には感謝せねばならない。娘の将来を案じて、わざわざ足を運んでくれたのだ。

 後日改めてお礼をすべく、改めて名を尋ねる。

 

 

 少女はその整った顔でニコリと微笑み、久遠白栞と名乗った。

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