君がカードを引いたなら   作:七紫ノごんべえ

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コミティア入稿!
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楓ルート 十五

 

 校舎裏まで楓を引っ張るように歩くと。楓は戸惑いを見せながらも手を引かれるまま着いてきた。

 校庭からは部活に精を出している運動部の声が聞こえてくるが、この場には俺と楓以外は誰もいない。

 楓の表情は今までとも、先ほどまでとも変わっていた。何を考えているのか、どんな気持ちなのか。見ただけでは判断できない。

 表情を作るのが上手いのだろうか。それとも、俺が鈍いだけか。

 

「悪かったな。急に割って入って」

「いや……」

 

 否定形の返答だが、その真意はやはり俺には読み取れなかった。

 だが少なくとも、楓は俺の言葉を待っているようだ。

 残念ながら上手い切り出し方は思いつかないので、単刀直入に聞くことにした。

 

「休んでた間、何があったんだよ」

「……聞いても、楽しい話じゃないよー?」

 

 話し方は未だ違和感がある。昨日と比べると少しだけいつもの楓に戻りつつあるからだろうか。

 なんとも半端な状態だ。

 

 今度は俺が無言で続きを促す。

 楓の目を見つめていると、彼女もまた俺の目を見つめ返してきたが、やがて根負けした様子でため息をついた。

 

「母に、これ以上私を不幸にするなと言われてね。再教育という名目で、数日は水だけの生活をしていたよ。おかげで内臓がすっかり弱ってて、まだ固形物が食べられない」

「それは……!」

 虐待じゃないのか。そう続けようとしたが、楓の力ない笑みを見て押し黙る。

 

「母は僕を通じて自分の過去を清算しようとしている。父に捨てられ、傷心を乗り越える時間も無く、押し付けられた子どもを育ててきたんだ。自分のようになるなと、毎日厳しい教育だってされたけど、それだって母の負担だったはずだ。これ以上あの人を不幸にするわけにはいかないと思った」

 

 俺からすれば、大事な人を苦しめる悪人にしか見えなくても。どんなに歪んでいても。

 楓にとっては母親なのだ。

 それをあっさり切り捨てることなどできないのだろう。

 

「母の望む僕……私という存在は、どうにも性に合わなくてね。小学校には母も授業参観に来たりしていたし、校内でも常にそう振る舞う必要があった。今思えば、結構無理をしていたよ」

 

 だが、すでに完成しつつある自我を無理やり変えることなんてできず、進学を機に親の前でだけ望まれた姿を演じ続けていたわけだ。

 

「まあ、今回それが見事にバレてしまったわけだ。怒られ、軟禁され、水だけの生活。……堪えたよ。母がもう不幸になりたくないと泣きながら叫ぶ姿が、空腹よりも辛かった。女手一つで僕を育ててくれた母が、いかに大変だったかは分かっているつもりだ。これ以上は裏切れない」

 

「さっき君が来なかったら、僕はあの告白をきっと受けていたよ。母が望むことだ、僕の意思よりも母を不幸にさせないことを優先すべきだ。そのはずだった」

 

「でもね、君に手を引かれた時。僕は嬉しかったんだ。幸せだったんだ。酷い娘だよ、このままどこへでも連れて行ってほしいと思った。母を置いて、自分だけが幸せになれば良いと。僕を連れ出してくれる、助けてくれる、愛してくれる人と二人で生きて、過去にも母にも目を背けて生きていければ、どんなに良いだろうか。父も兄も、母に黙って消えていった。僕だってそれでいいじゃないか。……そう、思った」

 

「僕は、そんな薄情な女だ」

 

 壮絶な一週間だったろう。でもそれ以上に、楓の母はより壮絶な過去を経て今ここにいるのだと言う。

 楓の告白は、自分の幸せを選ぶことがまるで自身の罪であると懺悔しているかのように聞こえた。

 

 そんなわけがない。そう思うのは、俺が当事者では無いからだろうか。

 

「俺はそれが薄情なんて思わない。自分の幸せを、大事にしてほしい」

 

 俺の肯定に、楓は俯く。

 それは無責任な言葉に聞こえるだろう。そんな簡単な決断ではないことは、今更言うまでもないことだ。

 そんな酷い母親など放っておいて、自分だけ幸せになってくれというわけではない。

 話を聞いた上で、楓が自分の幸せを選ぶべきだと思ったのだ。

 

「楓のお母さんが言ってる、自分みたいにならないで欲しいっていうのは。楓には幸せになってほしいって気持ちなんだろ。それが、お母さんの最初の願いだったんだろ」

 

 楓の母親の原初の思いは、きっと娘の幸せだった。それが変容してしまっただけではないのか。

 色んな気持ちが混ざってたって、そこが叶うのが一番大事なんじゃないのか。そう思うのだ。

 

 

「正直さ。俺はどんな楓でも、それが本心で、自分に正直でいてくれるなら別にいいんだよ」

 

 初日はその変貌に面食らったが、もし楓がそのほうが楽だと言うのなら受け入れられる。

 でも、無理して全部を隠して演じているのなら話は別だ。

 

「楓がただ良い子でいようとしたら、俺は楓が無理してるかどうか気付けないかもしれない。だから、辛い時に辛いって言って、楽しい時に楽しいって言ってくれないと、多分俺は分からない」

 

 楓が辛い思いをしないようにという気持ちだって、もちろんある。

 でもそれ以上に、俺のワガママでもあった。

 

「楓が辛いとき、俺が一番に助けたいんだ。他の誰より早く俺が助けられるように、楓は楓でいてくれないか」

 

 俺が一番最初に楓のピンチに駆け付けたい。

 俺が一番最初に楓の力になりたい。

 俺だけが手を差し伸べて、俺だけの手を取ってほしい。

 だから、俺の前ではありのままであってほしい。

 物語で見た恋愛の形とは全く違うこの感情に、本当にこれは恋なのかと何度も疑うほどだった。

 今でも自信をもって恋だと言い切れない。

 

「……びっくりした。ここまで情熱的だと思わなかったから」

 

 楓は目を開いて、驚いていると一目で分かる顔をしていた。

 

「ひ、引いた?」

「ううん、全然。今まで聞いた中で、一番心に響く告白だったよ」

「こ、こく!?」

 

 告白だっただろうか。好きだとも愛してるとも言ってないのだが。

 いやまあ、いずれ告白するつもりではあったのだ。何と言うかは全然決まってなかったので、さっきの流れが告白になっていたなら、むしろ都合が良いか? 

 

「さて。僕の返事だけど……ちょっとだけ、待っててもらえるかな」

 決意を込めた、力強い楓の瞳が俺を捉える。

 

「おう。えっと……楽しみにしてる」

 

 楓はニコリと微笑みを浮かべた。期待していいのだろうか。

 意図せず告白してしまったらしい上に、さらに返事を待つことになるとは思わなかった。

 思えば、楓にはいつも振り回されている気がする。主に感情を、だが。

 

「さて、私のターンはもう終わり。今度は僕のターンだ。決着をつけてくるよ」

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