多くの方にお手に取っていただき、言葉にならない喜びに震えています…!
本当にありがとうございます!
今回はカード描写多めです。
―楓side―
「ごめんねー、忙しいのに呼んじゃってー」
「ううん、大丈夫だよ。それで、どうしたのかな? 楓ちゃん」
目の前の少女はあどけなく笑いながら立っている。
女子というのは恐ろしいものだ。笑顔の下に悪意も敵意も嫉妬も、すべて隠してしまえるのだから。
放課後の教室には、生徒は残っていなかった。
話を切り出すにはちょうどいいだろう。
「この前、お母さんがうちの生徒にお世話になったって言っててねー。私のこと、色々教えてくれたんだってー」
「そうなんだ。それがどうしたの?」
「お母さんが言うには、会社から出た時に会ったんだってー」
「……」
「凄いよねー。私、お母さんの会社のことも誰にも話してないし、写真だって見せたこと無いんだよー?」
「……それが?」
「その人は、どうやって私のお母さんのことを知ったのか気になったんだー。どうやってお母さんの顔と会社の住所を知ったんだと思うー?」
「えー。そんなの簡単だよ!」
「あなたの後をつけて家を特定してから、朝出てくるお母さんの後をつければ顔も会社も分かるじゃない?」
「怖いなあ。随分物騒なことするんだね、白栞ちゃん」
目の前の少女はこの異常な行動を隠す気は無いようだ。母に名乗った時点で分かっていたことではあったが。
愛に恋に狂った女の行動は、同じ女であるはずの僕の理解の外にある。
ここで急に包丁を取り出されても、もはや驚かないだろう。何をしでかしてもおかしくないと、肌で感じ取れた。
今日はそこまで寒くないはずだ。だというのに、室内でここまでの寒気を覚えるとは。
「まあ誰もいないし言っちゃうけど、最近ちょーっと結翔に近寄りすぎだから。釘を刺しておこうと思ったのと、桂木さんの二面性を目の当たりにすれば結翔も目を覚ますかと思ってね」
「君は本当に結翔くんのことになると見境がないね」
「だって結翔のこと大好きだもん!」
「……そう」
純粋だ、と思った。ただ純粋に彼のことを想い、彼のために動き、彼のために生きている。
しかしその実、すべてが自分のためでもある。
彼と自分が結ばれる未来のため。自分が幸せになるため。それだけのために、純粋に狂っている。
それだけだ。
怖気づいていると気取られる訳にはいかない。余裕がないと見られれば、彼女はその隙を逃さず攻勢に出るだろう。
こちらから攻め続けなければならない。
「きっと、僕のほうが彼のこと好きだと思うけど?」
「あはは! ないない。十年以上、毎日毎日結翔のことを愛してる私より、この前出会ったあなたのほうが結翔のことが好き? ありえないよ。錯覚だよ。思春期の妄想だよ」
そう語る彼女の表情には僅かな陰りも無い。心の底から、本心でそう思っているのだろう。
それだけ、結翔くんに対する気持ちに自信があるのだろう。
分かっていたが、これを説得するのは無理だ。
応援してね、などと言って諦めるような女ではない。このまま放置すれば、いつどこで爆発するか分からない爆弾と化すのは目に見えていた。
この先穏やかな幸せを手にするためには、まずこの目の前の不穏分子を早急に排除しなければ。
「きっと彼も、僕のこと好きだと思うよ?」
彼女にとって、これ以上の宣戦布告は無いだろう。
案の定、先ほどまでの不自然なまでに自然な笑みは一瞬で消え去った。
動揺や怒りが漏れないように、なんとか無表情を取り繕えているのは流石というべきか。
「……笑えないなァ」
「この前も今日も、彼は僕のピンチに駆けつけてくれたよ」
「結翔は優しいからね。友達が困ってたら助けるよ」
その言葉は、自分に言い聞かせるようでもあった。
そうして辛うじて取り戻した余裕を再び表情に変えるが、取り繕っただけであることが一目で分かる。
突き崩すなら今だろう。
「何か僕に伝えたいことがあるみたいだったよ」
「大したことじゃないよ。期待してると後で傷付くだけじゃないかな」
「じゃあ、僕が彼に告白しても問題はないかな?」
結翔くんを手にする自信はあるというのに、僕のことは危険視してるわけだ。だからこそ排除に乗り出したのだろうが……。
結果的に今回結翔くんが僕に手を差し伸べてくれたことが、僕の気持ちを、あるいは彼の気持ちすら大きく強く育ててしまったのは皮肉なものだ。
「ハッキリ言って、僕は彼に惚れてる。ぜひ交際したいと思ってるよ」
「……桂の花言葉は『不変』でしょ。結翔とは変わらずお友達でいなよ」
「僕を縛るものなんて、全て捨て去ってしまえばいい。それに……」
「鳴海楓って、いい響きじゃない?」
「調子に乗るなよ、夢想家が」
先ほどまでとは打って変わり、全身から殺意を吹き出すような白栞ちゃん。
本当に殺されるかもしれないな。ぼんやり考えるそれは、現実感のない言葉でありながら、起こりうる状況でもあるという矛盾もあった。
「桂木さん、夢から覚ましてあげるね」
白栞ちゃんはそう言うと、鞄からデッキケースを取り出した。
「勝負、しよっか?」
有無を言わせぬ迫力がある。こうなっては避けることはできないだろう。
私もまた、鞄に手を伸ばした。
♢♢♢
こうして彼女と机を挟んで座るのは何度目だろうか。
ここ数か月、何度もアビカの対戦を繰り返してきた。
きっとこれが、最後の機会になるだろう。
「ずいぶんシャッフルが上手くなったね」
「手先は器用なほうなんだ」
「シャッフルの順番、結翔と同じなんだ」
「そうだね。彼に教えてもらってきたから、つい。気付かぬ内に色々と影響を受けているものだね」
軽く揺さぶりをかけたつもりだが、特に反応はない。
目の前の試合に集中といった様子だ。
「さて、やろっか」
「うん。よろしくお願いします」
礼に始まり礼に終わるのは武道もアビカも同じ、とは結翔くんの言葉だが、個人的にとても気に入っている。
目の前に座る少女は、さながら達人だ。僕の実力では及ばない程の相手。とはいえ、あっさり負けてもつまらない。
それに彼と磨いた腕をここで見せつけてやるのも面白いと思った。
「僕のターンからだね。コストをチャージしてエンド」
「私のターン。ドロー、コストチャージ。エンド」
序盤は淡々と進んでいく。
カードがプレイされるのは三ターン目以降になるだろう。
白栞ちゃんの使う【オーガビートダウン】デッキは、中盤以降が強いデッキタイプだ。
僕のデッキも同様に中盤戦が得意分野だが、決定的に異なるのは研究の深度と根本的なデッキパワー。
白栞ちゃんのデッキは使い手が世界中に点在しており、それぞれが研究の成果を発信していることが多い。
インターネットで情報を集めれば、一人では考えの至らなかった知見を得ることができる。つまり、複数の脳で改善・強化が行われているようなものだ。
対して僕のデッキは、僕の好きなカードや思い入れのあるカードを軸にデッキを構築していったもの。
世界中を探せば似たデッキを使う人もいるだろうが、使い手の数は大きく劣る。つまり、まだ見ぬ知見が眠り続けている可能性が高い。
それに、僕は彼女ほどアビカに打ち込んできたわけでもない。
この数か月はそれなりな対戦経験を得たが、十年の差を埋めるには至らないだろう。
白栞ちゃんは結翔くんのためにと、強くなる努力を怠らなかった。追いつけるものではない。
だからこそ、そこに隙があると読んでいた。
「僕は〈パワフルポメラニアン・ポポ〉をプレイ」
戦いの場に似つかわしくない、薄い茶色のふわふわとした毛並み。
現実のポメラニアンに似ているフォルムだが、背景に描かれている木々と比較すると明らかに大きい。
アビカの世界観は独特で、いずれも現実離れした見た目や特徴を持っている。
これは異世界にいる生物たちが描かれているカードゲームという設定なのが理由だろう。天使や悪魔はもちろん、犬や蛇などの動物をモチーフにした生き物も多いが、それぞれ現実には無い特徴を持っている。
そういった独自の世界を眺めてるだけでも割と楽しいので、対戦中もつい見入ってしまったりする。
試合に集中し続ける白栞ちゃんとは、一戦ごとに得られるものも違うだろう。
「私のターン。〈北の鬼門〉をプレイ。効果で悪鬼トークンを生成」
白栞ちゃんの場に、禍々しい鬼が描かれたカードが置かれた。
東西南北の四つの鬼門カードが場に揃うと、切り札が登場するギミック。当然妨害していく必要があるが、白栞ちゃんも鬼門を揃えるためにこちらの妨害を妨害で打ち消してくるだろう。
これを完成させないことが、僕の一番大きな勝ち筋だ。
その後はお互いに盤面にガーディアンを召喚していき、場を整えていきつつ、相手の行動は妨害していく。一見すると膠着状態に見えるだろうが、お互いの計算のうちだ。
勝つためには相手に本命のプランを通させず、こちらが自分の勝ち筋を押し付ければいいのだが、相手も当然それは妨害してくる。
お互いにやりたいことをやれない中で、いかにサブプランを組み立てるか。もしくは、一瞬の隙を突いてプランを押し通すか。
勝ちに行くにはどちらかが必要だった。
「今日はいつもよりずいぶんと慎重に動くね」
「白栞ちゃんと戦ってきた中で、大きく差がついて負けたのはいつも僕が先行していった時だったからね。とはいえこの後、結翔くんとの予定があるし……動いていこうかな」
「この……っ! 通すわけないでしょ!」
「残念。僕はこれでエンドだ」
お互いの妨害や除去の枚数には限界がある。通すか否か、一回の判断ミスが勝敗を分ける。
このターン白栞ちゃんは妨害を使用したが、本来は通しても問題はなかったように思う。それを通さなかったのは、結翔くんの名前が出たからだろうか。
そういった意図は無かったのだが、これで妨害が釣り出せたなら儲けものだ。
「私のターン。〈南の鬼門〉をプレイ。デッキから〈西の鬼門〉をサーチする。通るなら西もプレイまで」
〈南の鬼門〉はトークン生成かサーチかを選択して使用できるカードだ。
手札を見ると、効果を発動したカードの破壊が行える妨害カードがあった。破壊するなら南か、西か……。
サーチを選択しているなら手札に〈西の鬼門〉が無い可能性もある。であれば。
「サーチは通すよ。その後の〈西の鬼門〉は妨害を使って破壊させてもらう」
「……対応は無いよ。エンドする」
さっきのターンに妨害を使った影響か、こちらの妨害が通った。
ターンは進んでいるが、お互いの場にはガーディアンが二枚ずつしかいない。
あとは除去したり打ち消したりして、場に残っていない。
しかし、さっきの展開を見るに、白栞ちゃんの手札には妨害が無い可能性が高い。ここが勝負のしかけどころだろう。
「いくよ、〈守護犬トライアル・トリトル〉を召喚!」
戦場に現れるは、漆黒の毛並みたなびく黒い犬。
怪しく光る瞳は、獣の力を引き出す。
「トトちゃんの効果。自分の獣ガーディアンのパワーに二点の補正!」
トトちゃんには二つの効果がある。そのうちの一つが、登場時に自軍の獣のガーディアンへのバフ。
これにより、相手のライフを大きく削ることもできる。
「ポポとププで白栞ちゃんに攻撃。全て通るなら七点のダメージと、僕のライフを一点回復する」
「……対応は無いよ。防御もしない」
攻撃は通り、白栞ちゃんのライフを削る。
ポメラニアンとトイプードルの攻撃を想像すると微笑ましいものだが、トトちゃんに鍛えられた彼らは獲物を狩る獣だ。
決して無視できないダメージのはずだが、トークンでの防御は行われなかった。
「ライフ一点まではもらい得、だったっけ?」
白栞ちゃんが前に言っていた。どんなに追い詰められようと、ライフ一点まではプレイヤーが攻撃を受けることは得だと。
場のガーディアンを減らされてしまう方が、後々攻め切れなかったり守れなかったりと悪い結果になることが多いのだ。
とはいえ、限度はあるのだが。
「このまま押し切れるなんて思わないでね。ターンを貰って、私は〈西の鬼門〉を手札からプレイ」
「サーチするまでもなく持ってたのか。通るよ」
この可能性を考慮していなかったわけではない。どの鬼門が手札にあるかなど、運でしかない。
結果論のプレイミスは割り切る。
「〈西の鬼門〉の効果で、トークン生成。動けるトークンはポポとププに攻撃!」
白栞ちゃんのトークンと僕のガーディアンが相打ちとなり、消えていく。
「酷いことするなあ。こんなに可愛いのに」
「場を削っておかないと、躾のなってない獣に嚙まれちゃうからね」
「まあ、僕のワンちゃんたちはそんなにヤワじゃないけど。……ターンをもらって、トトちゃんの効果!」
場を削られ続けると厳しいのはビートダウンの宿命だ。
現代のビートダウンは展開力や戦闘耐性などでそれをケアするのだが、僕のデッキはそれだけではない。
トトちゃんの、二つ目の効果。
「トトちゃんをデッキに戻して、デッキから獣ガーディアンを二枚場へ。ププとポポを再び召喚!」
僕のデッキは、トトちゃんを最大限使えるように組まれている。
ベースは結翔くんが作ってくれたもの。それを使っていくうちに調整して完成したオリジナル。
常に戦線を維持して、火力を上げて殴り切るミッドレンジビート。
「その犬みたいに尻尾巻いて逃げ帰ってくれないかな?」
「こう見えても僕は尽くすタイプでね。これと決めた相手の元をそう簡単には去らないよ。……手札から〈忠犬の誇り〉を発動して、デッキのトトちゃんを手札へ」
これで戦線はなんとか維持できている。
しかし、徐々に分が悪くなっているのは明らかだった。
これを逃すような温い相手ではないだろう。
「私のターン。〈東の鬼門〉をプレイする! 効果でトークンを生成するよ」
「当然妨害だ、鬼門は破壊させてもらう」
すべての鬼門が揃うのはよろしくない。温存していた妨害をすべて使うタイミングだ。
「もちろん私もその妨害は通さない」
「だろうね。でも、こちらも退くわけにはいかない!」
こちらの妨害を白栞ちゃんが妨害し、それをこちらが更に妨害する。なんともややこしい状況だ。
「対応は無い。〈東の鬼門〉は破壊される」
四枚目の鬼門はその出現を全うできず、消えていく。
危ない所だったが、何とか鬼門の完成は阻止できた。
そう思って、彼女の表情を見る。
その目は怪しい光を携え、弧を描いていた。
「──プレイ。〈東の鬼門〉」
──戦場に、四つ目の鬼門が顕現した。