君がカードを引いたなら   作:七紫ノごんべえ

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楓ルート 十八

 

 ―白栞side―

 

 あっけない幕切れで勝敗は決した。

 結果を見れば当初の想定通り、私が勝った。

 想定外だったことは、たった二つ。

 

 一つは、桂木さんの実力。

 復帰間もないからと侮っているつもりはなかった。それほど力を入れて練習しているわけでは無いとも知ってたし、勝利や強さに執着してアビカに触れていたわけでもない。

 デッキだって、大会で純粋に勝利するための構築というわけではない。好きなカードを中心に、それらが最も噛み合い真価を発揮できるように考えられたデッキだ。

 入学当初に結翔が作った原型の完成度が高かったとはいえ、ここまで戦えるレベルにチューニングしてきたデッキ調整のセンスの高さ。そして、それを発揮できる手腕。

 また、こちらのギミックを知っているとはいえ、優れた読みと勝負勘をもって試合を高度なレベルで成立させていた。

 

 これでプレイ歴一年未満のプレイヤー? 悪い冗談だ。

 

 この子と決着をつけるタイミングが今で良かった、と思った。

 あと数年後になっていたらどうなっていただろうか。本気で結翔を勝ち取るために挑んできていたら。

 私もまだ強くなれるとはいえ、次に試合をしたら確実に勝てると断言はできないだろう。

 

 

 

 そして、もう一つの想定外。

 

「さて、もういい時間になってしまったね。僕はそろそろお暇するよ」

「……なんで、そんなに余裕そうなの」

 

 この女の、何も気にしてないと言わんばかりの態度だ。

 

「桂木さん。試合に負けたの、分かってる?」

「分かってるよ。結構自信あったけど、君にアビカで勝つにはまだまだ実力不足だったみたいだ。いい経験になったよ」

「……そう。ならいいけど」

 

 まあいい。私は勝ったのだ。これで結翔に群がる悪い虫は排除できた。

 あとはこの女との思い出を塗りつぶすくらい結翔と一緒に濃密な時を過ごせばいい。

 

 思えば、奥手な結翔に合わせて随分と我慢をしてきたものだ。しかし結翔だって年頃の男。好意をしっかりぶつけて動く女に胸が高鳴っても不思議ではない。

 結果的に見れば、今回の経験は収穫だった。これを活かして、結翔へのアプローチを見直していくとしよう。

 

「じゃあ、もう結翔には近付かないでね」

 

 私の、勝者の宣言に対して。彼女は。

 

「どうして?」

 

 などと、そんな疑問を宣った。

 

 おかしなことを聞くものだ、と思った。

 

 

 アビリティカードバトル──通称アビカ。

 数十年前に発売されたそれは、世界の常識を大きく覆した。

 最近じゃ何かを決めるのにもアビカの勝敗で決定する。

 あと数年で政界にも影響を及ぼすのではと言われるほど社会的な影響力は増し続けてる。

 今時、小学生でも知っているような世界の常識は、しかし。

 

「アビカの強さなんて、僕にも、彼にもそんなに大きな価値はないよ」

 

 目の前の女には、通用しなかった。

 

「そんなわけ……そんなわけ、ない! だって結翔言ってたもん! 私と一緒に世界最強のチームを作るって! だから私は強くなった! 私と結翔の未来のために!」

「彼を見る限り、強さに拘ってるようには見えないけど」

「何も知らない癖に、分かったようなことを言うな! お前は知らないんだ。私と結翔がした、十年前の約束を!」

 

 こいつは何を言っている? まるで意味が分からない。アビカの強さは絶対だ。

 それ一つで将来が約束されることだってある。この現代を生きる人間にとって、絶対的なステータスのはずだ。

 だって、みんなそう言ってるじゃない。そう思ってるじゃない。

 結翔だって、そうだったじゃない! 

 

「ねえ、白栞ちゃん。君はいつまで、結翔くんに自分の幻想を重ねてるの」

 

 ──その、たった一言で。私の心の中から、何かが崩れる音がした。

 

 

 

 ―楓side―

 

 彼女が見ていたのは、いつも隣にいた結翔くんじゃない。

 彼女にとって最も価値のあった、過去の結翔くんに過ぎない。結翔くんも、薄々それを分かっていたんだろう。

 過度な期待と好意は、彼の心を動かすどころか、重圧に縛り付けてしまったのだ。

 

 この世界において重視されている力を持ち、名声も美貌も、あらゆるものを手にしている彼女は、最も欲している存在を自らの手で縫い留めたまま走り続けてしまった。

 その距離は埋まることなく開き続け、手を伸ばしてももう届くことはない。

 

「彼を見なよ。現実を見なよ。君が見てる結翔くんは、もう存在しない。君の中にしかいない幻だよ」

「ちがう……そんなわけないよ……。私が、もっと強くなれば。結翔もきっと私を追いかけてくれるんだ……。また一緒に。私と一緒に……」

「……そう。その時が来たらいいね」

 

 ゲームの勝者である彼女が床にへたり込み、敗者である僕がそれを見下ろす形となった。

 

 

 悪いことをしたと、そう思っている。

 それと同時に、想定通りの結果に持ち込むことができたことに安堵した。

 

 現代社会において、アビカの勝敗が大きな意味を持つことなど僕でも分かってる。

 もちろん、それだけで結翔くんが白栞ちゃんと結ばれることなどないだろう。

 だが、アビカに人の気持ちを諦めさせるほどの力は無くとも、敗者は心が折れかねない。

 

 そして、彼女はそれに足る実力も人気も持っている。並みの女性なら、彼女と張り合って結翔くんを手に入れようなどと思わないだろう。

 そういった意味では、彼女のインフルエンサーとしての活動も理に適っていた。

 実力もトップクラスであり、僕みたいな素人では太刀打ちできない。

 

 だから、僕は彼女の常識の範囲外で、彼女の得意分野以外で勝つしかなかった。

 彼女は長年に渡り優位を築き続けていたが、それ故に逆境に陥ることも無く、目立って争う機会もなかった。結果的に、精神面にやや脆弱な部分があった。

 そして、彼女が信じ続けてきた常識や先入観が通用しないとなれば。異なる土俵での戦い方など、咄嗟に対応できるものでもない。

 

 彼女も、かつての結翔くんと今の結翔くんが違うことは薄々気付いていたはずだ。それでも過去に縋って、理想の彼を今に重ね続けた。

 僕は、彼女が見ないふりをしていた事実を突きつけただけだ。

 

 ケンカに負けて勝負に勝つ。これが僕の用意できる最善の策だった。

 

「……じゃあ、僕はもう行くよ」

 

 僕が横を通り過ぎて、教室から出ても。彼女はついぞ動かなかった。

 

 

 ♢♢♢

 

 待ち合わせの時間は十分ほど過ぎてしまっていたため、足早に中庭へと向かう。

 廊下に取り付けられている鏡を見ると、すこし前髪が乱れていた。これから大事な時間なのだ、しっかりと整えると、ケープを前髪に吹きかけて固定した。

 今日はそんなに風も強くはないので、これなら大丈夫だろう。

 

 中庭には、彼以外誰もいなかった。

 木々の葉は落ち始めており、じきに冬になることが伺える。

 ここ最近の気温からすれば今日は比較的暖かい。

 とはいえ、今更ながら外で待っててもらったのは申し訳ないなと思った。空き教室にでもしておくべきだったか。

 

「お待たせ、結翔くん」

「全然待ってない。今来たとこだし」

「おや。僕は待ち合わせ時間を過ぎてしまっているけど、君も過ぎていたということかな?」

「えっ! いや、それはその……」

 

 僕にからかわれているとは分かりつつ、どう返すのが正解かを必死で考えている様子だ。

 答えを求めて、視線が忙しなく宙を泳いでいた。

 

「冗談だよ。気を遣ってくれてありがとね」

「お、おう……」

「そんな優しい君が、僕は好きだよ」

「おう……えっ?」

 

 僕の言葉に固まる結翔くん。想像通りの反応に、つい笑ってしまう。

 いじられキャラの素質があるなぁ。

 もっとも、先ほど伝えた気持ちは冗談でもからかっているわけでもない。正真正銘、僕の本心だ。

 

「目線を合わせて話してくれる君が好きだ。ちょっとお調子者なのに、たまに影がある君が好きだ」

 

 子どもたちとの触れ合い方を見て、優しい人なんだと思った。

 アビカへの向き合い方を見て、弱さも持っている人なんだと思った。

 

「ピンチに颯爽と駆けつけてくれる君が好きだ。時に大胆な君が好きだ」

 

 女子たちに囲まれて詰め寄られていた時、僕の前に現れた君を見て、王子様みたいだと思った。

 人の告白に割り込んで僕を連れ出してくれた時、このまま僕をどこか遠くへ連れ去ってほしいと思った。

 この人を手に入れるためなら、何だってしよう。そう思った。

 物語のような綺麗な恋心ではないかもしれない。これが童話の世界なら、僕は王子様に迎えに来てもらえるようなお姫様ではないだろう。

 ならば、勝ち取るまでだ。

 ありったけの気持ちを、言葉に込めて。

 

 

「僕は、君が好きだ」

 

「……俺も、楓が好きだ。だから、その……俺と、付き合ってください!」

 

 そう言って、結翔くんは頭を下げて、右手を前に突き出した。

 恋愛バラエティ番組のような状況につい笑いがこみ上げてしまう。

 そして、それ以上に。心からあふれ出る喜びが、僕の全身を駆け巡った。

 

「よろしく。僕の彼氏様?」

 

 そっと彼の右手を握る。

 結翔くんの顔は、彼が下を向いているため見えない。だが、耳は真っ赤になっていて、まるで紅葉のようだ。

 無理もない。この中庭は、さっきからどういう訳かとても暑いのだ。

 先ほどから感じる顔の熱さが、それを如実に物語っていた。

 

 

 ♢♢♢

 

 学校からの帰り道。結翔くんとの距離は、いつもと特に変わらない。

 手をつないでいるわけでも、腕を組んでいるわけでもない。

 にも関わらず。関係の名称が変わっただけで、彼を近くに感じてしまう。

 

「ところで結翔くん。ロングヘアとショートだったらどっちが好き?」

「あんまり考えたことは無かったな。うーん……」

 

 何気ない問いかけに対して、真剣な目でこちらを見る結翔くん。

 片目を瞑って、目線の先で手を動かしているのを見るに、僕の髪を隠してショートヘアのイメージを作っているのだろう。

 髪型一つで真剣に考えてくれるこの人が、たまらなく愛おしい。

 

「楓なら短いのも似合うかもな」

「うん、僕もそう思うよ。バッサリ切ってみようかなぁ」

「いいのか? 俺が言っておいてアレだけど、せっかくそんな綺麗に伸ばしてたのに」

「これは母の言いつけだから。それに、これだけ長いと手入れだって大変なんだよ?」

 

 この長く伸ばした髪は母の呪縛だ。僕としては、早々に断ち切りたかった。それに、長い髪自体あまり似合っていないように思う。

 

「ねえ、結翔くん。高校を卒業したら、二人で暮らさない?」

 

 それは、兼ねてより考えていたことだった。

 このまま母から逃れ、何のしがらみもない場所で彼と暮らす。さながら駆け落ちのようだ。

 昔のドラマには駆け落ちものが多かったと聞く。平成のロマンに倣うのも一興だろう。

 

「ほとぼりが冷めたら、この町を出ようよ。……お互い、ここには縛られてしまう理由があるから」

 

 

 

 ―結翔side―

 

「僕は、君が好きだ」

 

 かっこよく告白しようと、そう強くもない言語野を必死に働かせてなんとか編み出した告白の言葉は、後手に回ったことでその役目を果たすことなく脳内で霧散する。

 想いを告げた楓の表情は、今までにないほどきれいな笑顔だった。

 先ほどから高鳴っていた心臓の鼓動がより一層力強く脈打ち、周囲の音の全てがかき消えていく。

 ああ、極限まで心臓が動くと、耳って遠くなるんだな。そんなことを考えていた。

 

 必死に伸ばした俺の右手を、温かくて柔らかい手がそっと取る。

 想いが報われることの幸せ。これから、この人と一緒にいられることの幸せ。それ以外の一切は、この時俺の中から消え去っていた。

 

「ねえ、結翔くん。高校を卒業したら、二人で暮らさない?」

「ほとぼりが冷めたら、この町を出ようよ。……お互い、ここには縛られてしまう理由があるから」

 

 だから、楓の言葉を聞いた時。二人が結ばれることがエンディングなのではないと気付いた。

 

 

 楓の言う通り、高校卒業と同時に新しい人生をスタートさせる方がいいだろうか。少なくとも、楓はそれを望んでいるように見える。

 無理もないだろう。正直、楓の母親は楓に対してあまりに理不尽な接し方をしている。俺との交際にも反対されているようだし、説得できる確証もない。

 それに、話し合いの中で楓が傷付くことだってあるかもしれない。

 

 

 今、目の前には二つの選択肢がある。

 

「……俺は──」

 

 

 ▶・高校を卒業したら町を出る

 ・楓の母親にちゃんと挨拶しないとな

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