■■黒獣戦記~盾の勇者の成り上がり異聞~ 作:黒戌ランジール
おかげさまで通算UA1600を突破いたしました。
W A R N I N G
3話以降のエピソードには残虐
又はショッキングな描写が含ま
れています。
~メルロマルク城 王座の間 天井~
世界を滅ぼす次元の波、その厄災に対抗すべく異世界から召喚される四人の勇者が一人。
世界に安寧をもたらす救世主にして、メルロマルクと敵対関係にある亜人国家の現人神。
盾の勇者岩谷尚文、罪状は強姦。
弁護人無し、アリバイ証明棄却、議会満場一致による発言機会はく奪。
寝起きを叩き起こされ、わけもわからぬまま拘束され、着の身着どころか下穿き一枚半裸で放り出され、いざ口を開こうとすれば顔面を地に擦り付けられ、あれよあれよと晒し者。
底意地の悪い女兵士に膝から背中にのしかかられ、馬の手綱の要領で髪を掴んで地面に押し付けられた顔を上に向かされる。
そこにまた一人、哀れな彼の眼前にまた兵士が歩み寄り──
見るに堪えない光景から目線を逸らせば対極に、三勇教の司祭らしき金髪の女性が、如何に例の女と第二王女が盾の勇者に純潔を穢されたかを声高に語っている。
悲劇のヒロイン擬きの茶番劇を周りの貴族と三勇教の信徒達は目に涙を浮かべながら聞き入っているが...呆れ返ってものが言えない。
「地獄か此処は...」
王座の間の天井、『帳簿』*1を使って姿と音を隠した私は、天井裏に握力のみで張り付きながらいつ口火を切ろうかと気を伺っていた。
私は全体が見渡せる位置に移動し、自身の施術の一つである右眼の戦闘用義眼を起動する。
この右眼にはライブカメラ機能が備わっている他、紐づけした映像機器のモニターに視覚情報を同期する事が出来る様になっている。当然、録画機能も搭載済み。
どの機能も全て、私自身が後付けで改造を施したものだ。
≪............≫
無線機からは特有のノイズと息遣いしか聞こえない。
無理もない。こんなあからさまな事をしようものなら、被害者から依頼されたセブン協会の復讐代行がウッキウキで首を狙いに来るか、シ協会の暗殺者が目に濃い隈を作りながら疲れた顔でこれまた首を狙いに来るだろう。
それか被害者本人の手によって簀巻きにされて道端に捨て置かれたまま
どちらにせよ自分のした悪行がそっくりそのまま帰ってくるのが都市の常識であるが故に。
都市では殆どお目にかかれない、ベクトルの違う悪意の坩堝が野放図のまま繰り広げられる光景を前に、外で待機している突入班の面々も、一様に口を閉ざしている。
見かねたリカルドが口を開く。
≪胸糞わりぃな...おいお嬢の従者さん、まだかよ...≫
≪いえまだです...槍の勇者様と第二王女様の姿が確認出来ません...これではかえってお二人に濡れ衣を被せかねません...≫
≪何でよりにもよって加害者二人がこの場に居ないんすか...!! 剣と弓の奴は何も言わないし、アイツらホントは勇者なんかじゃねぇでしょ...!!≫
≪言わないんじゃない...言えないのよ、言えばあの場にいる全員が──≫
そもそも裁判を開くまでの期間を設けなければ、集まった貴族に説明も、段取りもしようもないはず。
人を集められたと仮定しても、見解が割れて裁判が紛糾するのは確実なのよ。
「...正確には剣と弓の勢力の一部、王様、教皇を除いてだな」
私がシーチュンの言葉に続いて補足する。
≪今全員同じことを思ったな?≫
≪オーケイオーケイ。せーので全員言ってみようぜ、せーの...≫
「≪≪≪≪サクラ(か)(だな)(ですね)(っすよね)≫≫≫≫」
≪しかも金や地位ではなく、家族や身分を人質に取った恐怖でな≫
いつの時代も、どこの世界でも、恐怖はとことん人を従順にする。
だからこそ束縛は強固であり、そして脆い。
あの女の恐怖に打ち勝てる勇気、或いはそれを上回る恐怖と暴力。
そのどちらかさえあれば少なくとも反旗の一つは挙げられるだろう、ただし、勇気のみの場合、命の保証は無いが。
なので私達は恐怖と暴力を選ぶ。
(正義の味方とも、任侠とも程遠い行いだが......まぁ、程度の低い下衆の低俗な本性を哂ってやる事ぐらい......)
そう私が思案に耽っていた時だった。
──流れが変わった。
言いようのない強烈な悪寒が背中をツゥとなぞる。
師匠の言葉が頭の片隅をよぎる。
道を誤る事は許されても外れたり、逆らう事を禁じられた【それ】を歪め、逸脱することはあってはいけない──。
......理解した。
「......であるからして! 幾百もの罪を!! 何年にも渉って!!!犯してきた盾の悪魔という絶対的悪逆足る存在に!!!! 我ら三勇教の寛大な御慈悲の元!!!!! たった一つの善足りえる赦しを与えようというのです!!!!!!!」
ひとしきり語り終えたのか、先程の司祭が王に向かって朗々と、宣誓する。
ある種の狂気すら孕んだ言動に、王もゆっくりと半身を仰け反らせていく。
「して、その赦しとは如何なるものか......」
そんな王たちのやり取りを余所に、これまたとぼけたやり取りを繰り広げる一行。
≪盾の勇者っつうのは呼ばれるヤツ全員そんなにクズだったのか、旦那?≫
「そんな訳ある筈ないだろうリカルド...そもそも調べた限りでは、三勇教が活動を開始してから勇者が召喚されるのは今回が初めてだ」
≪じゃあ罪状に関してはマジでただのでっち上げか...フルハウスってトコだな≫
≪いや、まだ跳満といった所でしょう≫
≪なんでそこで張り合う様に賭け事の役で例え出すのウェイ?≫
下で繰り広げられる茶番に皆、いい加減うんざりして来たようだが、その一方で私は、【それ】を歪めようとする根源をまだ掴めない事が気が気ではなかった。
目立った動きがないまま時間が過ぎていく、切迫する焦りばかりが募っていく。
≪アニキ! 旦那! いました! あの女で......えっ!!?≫
切迫による視野が狭くなりそうになり始めた時、無線機越しにヴェルナーの驚嘆が聞こえた。
急ぎ下方の周囲を見渡し件の女を捜す......いた。
......いたのだが。
「シーチュン、お前が言っていた女というのは奴で本当に間違いないのか?」
≪何よ...あれ...?≫
全身と素顔をローブとフードですっぽり覆い隠した女と同じ様な恰好で全身を覆い隠した10代半ばくらいの侍従が5人、盾の勇者に向かってゆっくりとした足取りで歩を進める、先頭にいる女のフードから時折ちらりと覗く赤黒い髪は、突入前にシーチュンから直接聞いた特徴と一致していた。
それだけなら、シーチュンの声音が強張る事はなかっただろう。
膨らんでいた。
全身のシルエットが明らかに成人女性の
義眼のカメラをズームし観察してみると、侍従達もまた同年代の女性と比べて、いささか...いや大分ふくよかに見える。
少なくとも、この中世後期から近代黎明期の文明レベルの技術や経済体制しかない世界において貴族でもない身分の人間があれ程までの肥満体形になるのはまず考えにくい。
「あの年増女と取り巻きの侍従、どう思う?」
私は強襲に備えいつでも降下出来る様、五指で掴んでいた天井の取っ掛かりを、今度は足の指で器用に掴み直しながら、逆さ吊りの態勢になる。
≪どう思うも何も...あんな粗雑な影武者いるわけないでしょ!?≫
≪お嬢さんの言う通りだダンナ、チラッと下顎が見えたが、デブにしちゃあ不自然なくらい肉が着いてねぇ...シン… 「ちょっ...!気ィ緩めすぎですよアニキ...!」悪りぃ悪りぃヴェルナー、お前の意見も聞いてみるか。≫
≪うーん......デブってるにしては、やけに腹が風船みたいに丸々と突っ張りすぎじゃありません?どっちかっていうと
(身重の妊婦?...いやそんなわけあるまい、
(そもそも
≪となれば......お気を付けください、あのローブの中に暗器の類いを仕込んでいるものかと思われます。≫
「......分かった。」
皆が思い思いの見解を述べ、私が思案する中、岩谷尚文、そして他の勇者とその取り巻き、メルロマルク王、赤黒い髪の女と侍従達、そして司祭らしき金髪の女......。
あの場にいる全ての人間を視界に収めながら、空いた両腕に『腕部装飾品型次元収納セット』と『特異点機能統合型ハーフグローブ』を装着する。
(都市では問題なく使えたが、こっちの世界では...)
そんな杞憂など知らんとばかりに、この世界での新しい相棒は身に着けると同時に、金の装飾の施されたブレスレットと紅い糸のアームカバーが妖しく薄光し、黒革製のハーフグローブの指一本一本に不可思議な紋様が走る。正常に起動したようだ。
一応、保険も兼ねて試運転がてらアームカバーから赤い糸の塊を数個呼び出す。
それを天井目掛けて私が放る。数瞬した後、糸の塊は微かな破裂音を立てて爆ぜ、解けた糸が中空に張り巡らされた。
(下準備はオーケーと…後は降りるタイミングを━━)
尊厳の陵辱劇はヒートアップしつつある、このままだと盾の勇者を辱めながら殺しかねない。
そう思った矢先、茶番が佳境に入ったのだろう。司祭がいよいよもって断罪を下そうと判決を並べ立てている。
内容なぞ聞く必要もない、どうせ最初から冤罪なのだ。
わざわざ拝聴してこれ以上うんざりする必要もないだろう...。
私は気だるげに目線を上に戻そうとした。
その時だった、私の嗅覚と聴覚を強く刺激したのは。
重なって聞こえるローブを脱いだであろう衣擦れの音と、肉が打ち合い、多量の液体が地面を打つ、生々しい音。
温い水と、キツイ香水特有の甘さが混じった様な匂い。そしてそこに混じる──。
嫌という程嗅ぎ慣れた、放棄された飼育小屋の様な
「...!!!リカルド!!作戦中止だ!!全員今すぐここから離れろ!!!!」
≪ここまで来て作戦中止だぁ!?アニキィどういう──≫
≪おい──。弟妹全員脇目も振らずに全力ダッシュだ≫
≪決行直前で作戦中止だなんて──ッッ!!!??お嬢様ぁ!!!≫
≪ウェ、ウェイ!?どうし...きゃあ!?今から何が起きるっていうの!?≫
飛び降りる刹那、盾の勇者と目が合った。
青痣だらけの顔、胡乱げに開きかけた、涎が垂れる唇、粗雑に切り落とされ、周囲に散らばった鴉羽の長髪。
底の見えない虚無の孔。
そう表現しても良い程、昏く濁った生気の失った瞳。
視線が覚束ない様子から先程の歩み寄った兵士に幻覚剤の類いでも飲まされたのだろうか。
その哀れな姿が、救いすらも無いと悟り、全てを諦めた━━。
私がいた。
母がいた。父がいた。
バオユがいた。
≪逃げながら聞いてください!!今から起きるのは──!!≫
───鳥がいた。鳥がたくさん。
迫っていた
最高級品ともなれば周囲の記憶や認知からも姿を消す事が出来る。