地獄の渦中へいざ飛び込まん。
幸福の王子に寄り添うツバメ。
岩谷尚文を知る者は皆、口を揃えて斯様な所感を述べたてる。
触れれば泡の様に消えてしまう儚さとどこまでも人を守る事、癒す事だけに心血を注ぐ姫の様な優しき人。
誰かに守ってもらいたいと思いながらも誰かの為に自らの身を犠牲にする事も厭わない聖女の如き献身。
美食を振る舞い、子供達の世話を惜しまない聖母の様な振る舞い。
誰がどう見ても立派な勇者だ。その小さな双肩を支えてあげたい──
下衆を惹き寄せる事だけに特化した様な撒き餌。
自らの殻を破る本能すら忘れさせられた世界の為の奴隷。
自身の存在意義すら誰かの手に委ね切った哀れな蚕。
自らに心から惚れ込んだ者がどれだけ残虐非道に走ろうと、君の為だといえば止めもしないでしょうがないよね等と、幼稚な受け答えで納得してしまう白痴。
考える自分を持たず、大勢を巻き込みながら運命の番と共に地獄に堕ちようとする人擬きの本性を、綺麗なだけのガワでベタベタと取り繕ってるだけ。
嗤えるな、かいなでの阿呆共は。
綺麗なガワにしか目を向けず、醜い物に宿る美しさから目を逸らす為だけに浅い正しさだけで排除しようとしやがる。
嗤えるな、キッチュなファンガールは。
訳の分からない掛け事遊びを
......笑えないな、覗き見が趣味の上位者気取り共は。
自らの分け身といいながら、生み出した責任も取らず放置した挙句、手前勝手な罪を並べ立てて自分が正しいとでも言わんばかりの傲慢な感情論で回し車の借りパクまでしやがった。
所詮、卑しい捨て猫の子は卑しい捨て猫という事か。
──はっ、そうだろうな。
ゴミ捨て場で産まれた売女とゴミ捨て場に捨てられた野良猫が生み出せる物なんぞ一つだけだろう。
人を呪わば穴二つ、衆愚は勇者を救わない。
だからコレは……目の前にいる盾の勇者は──
~メルロマルク城 王座の間 中央~
その噂はここから始まった。
かつての戦争、忘れられた英雄の名が再び呼ばれたこの時から。
人々が思い出す事は今はまだ無くとも、あらぬ噂から星の様な煌きが瞬く時を。
「さぁ、救世の時!!私の!!いえ!!我々の手によって!!世界は救われるのです!!!!さぁ再び
突然尚文の視界が塞がれた。
視界を塞いだのは三勇教の教皇ビスカだった。
揺れる地面、肉が斬られる鈍い音、何か巨大な物が動いた轟音、人々の悲鳴に、不明瞭な断末魔。
「あのクソ猫ォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」
教皇は目の前で起きる惨劇を一片足りとも見せない様、尚文の視界に覆い被さる様に尚文を抱きしめ、必死に守る。
未だ、悪夢心地な岩谷尚文には何が起きたのか分からなかった。
ただ誰かがこのクソみたいな冤罪裁判に割って入った事ぐらいしか。
「ふん、ゴミ箱か」
その声の行方を追うままに尚文は視界を塞いだ主を手で軽く押し退け、惚けた頭で周囲を見渡す。
バサバサと舞い散るケバたった黒い羽根、上から下へ何かを吊り下げる様に貼り巡った、血のように赤い蜘蛛の糸に、はらりはらりと羽が絡み付く。
糸の先を辿ればそこには何処からともなく現れた、鋭く尖り捻れた骨と肉の柱が──。
──息つく暇も無く頭を木っ端微塵に吹き飛ばされた侍従達の腹を突き抜け、生まれてくる事を、望まれるべき運命を歪められ、赤子ではなくなったモノ達を、石臼が穀物を擦り潰す様に、突き出した柱の骨の節一つ一つが押し潰していた。
ようやく意識がはっきりして来たのか、私の方に視線を向ける。
縦に真っ二つになった金髪の女だったモノ。
吹き飛ばされ、腹に突き刺さった剣がそのまま突き抜け、杭の様に壁に食い込み、罪人の如く貼り付けられた赤黒髪の女。
尚文が視線を上げて行くにつれて、その全貌が明らかになって行く。
虎の脚を思わせながらもまるでクマの様にがっしりとした太い獣脚。
明らかにこの世界には存在しないであろう現代的なミリタリータイプの捲り上げられたズボン。
その背後にはガラガラと喧しく、そして妖しくくねる三尾の骨の尻尾。
二尾は巨大で二振りの大剣を思わせる鎖刃。
そして残る一尾は刀の様に細く鋭い鎖刃。
不思議な装飾の付いた赤と金の腕飾りに血走った右腕と鳥の羽が生えた左腕。
黒のカットソーを張り詰めさせ、腰の筋肉を浮き立たせた筋骨隆々の巨躯の肉体。
背中にはいつの間にか、巨大な筋張った肉と骨で出来た、箱の様な物を背負っている。
視線は上がり、そして遂に、私と目が合う。
先細りしたマズルと口から覗く猛獣の牙、赤く輝く左眼、顔の右半分は布で覆われてよく分からない。
マッシュカットの白い髪に三角の尖った耳。
まごう事なき人型のキメラ。その悍ましい姿を見て尚文は──。
「黒…猫…?」
開口一番、明らかに見当違いな言葉を綴った。
───────────────────────────────────────────
「ハッ……よりにもよって【黒猫】か」
「【クロネコ】? 今貴方、【クロネコ】とおっしゃったのですか!?」
「随分と煩いな、それだけ騒げるなら
場の状況が飲み込めず惚けている盾の勇者と、黒猫という単語を耳にして慌てふためき始めた教皇を尻目に振り返り、予め収納しておいた2丁の不気味な銃器を取り出し構える。
「【ヒューメラス】」
上腕骨の名を冠する、黒猫の作り出した芸術作品、その習作の内一つ。
「とっとと、失せろ。まだ──」
絶叫と獣の叫声が向こう側、メルロマルク王のいた方向から聞こえる。数は八つ。
「一時足りとも終わってはいないぞ」
隠れていたのだろうか。…いや違う。
「鳥鴶人…あのクソアマ隠してやがったな、まだ生み損ないが残っていたか」
視線を向ければ、腰を抜かしてその場から一歩も動けなくなったメルロマルク王と、彼に向かって憎悪を剥き出しにしながら一目散に金切声を上げて疾走する、隠されていたであろう2人の侍従の少女の胎をブチ破って出て来た黒い鳥の獣が。
禍々しい光を湛えた黄色の眼を持つ、カラスの鳥人のような怪物が。
凄まじい繁殖力と凶暴性を持ち、人体に寄生して爆発的に増殖する、鴉というよりカッコウの様な生態を持ち、並々ならぬ憎悪で人を襲う、人類の仇敵が。
「
王を憎しみのままに叩き潰す前に両方の引き金を交互に引く。
ガツゥンッ。ガツゥンッ。
硬い骨の撃鉄が骨の杭を勢いよく打ち出してゆく。
ガツゥンッ。ガツゥンッ。
骨の杭を打ち出し、突き刺す画法。或いはかつてその者達が収めた、古い身体派の
ガツゥンッ。ガツゥンッ。
敵を捉えずとも、何時引き金を引くのか。
ガツゥンッ。ガツゥンッ。
狙いを定めずとも、何処に腕を向けるのか。
ガツゥンッ。ガツゥンッ。
放たれた先を確かめずとも、何者を貫いたのか。
ガツゥンッ。ガツゥンッ。ガツゥンッ。ガツゥンッ。
何千、何万と串刺しにした経験と記憶。
そして、人間の体だけで作った、人間に似た人間に非ぬ
ガツゥンッ。ガツゥンッ。ガツゥンッ。ガツゥンッ。ガツゥンッ。ガツゥンッ。
自身の肉体の延長に【ヒューメラス】が存在する故に、この新たな両手足りえる相棒が全て教えてくれる。
ガチッ。ガチッ。
「残弾ゼロ。
声に応える様に、黒猫の背に何時の間にか斜めに背負われていた棺の様な筋肉と骨の箱が赤子が胎動するかの如く部品を駆動し、クリップで留められた杭がそれぞれ左上部と右下部から勢い良く迫り出してくる。
筋肉と骨、そして血と神経で組み上げられたエンジンがガタガタと、胎動する様に箱全体に動力を送り始める。
裁縫箱【アベトロ】。
血と肉を愛する者達の寵愛を一心に受け、生きた機械仕掛けが、異世界にて初めて産声を挙げた。
【アベトロ】の覚醒の間にも黒猫は手を休める事は無い。
迫り出したクリップを【ヒューメラス】の方から押し込む様に再装填。
再び相棒が穂先を定め、残虐な芸術を描き出す。
引き金を引き、撃鉄を鳴らし、鳥鴶人が苦悶に絶叫する。
想定された用途で使われる弾体が想定されていない方法で放たれ想定された用途を果たす時、まるで解体された者が解体されていない物を解体する様に、硬い骨のガベルが執拗なまでに打ち鳴らされる度、生まれて来た事実だけが、罪そのものと言わんばかりに罪人達に磔刑という判決を繰り返し言い渡してゆく。
再び骨の弾丸を撃ち尽くした頃には、鳥鴶人は全て王座の後ろの壁に、ゴアジャンルに特化した現代アートの如く磔になっていた。
脳もドタマごと綺麗にブチ抜いた状態で。
「……」
ひとしきり撃ち終えた黒猫は、王座に磔にされた赤黒髪の女の胎、ただ一点を見つめたまま【アベトロ】から一枚の布を取り出して尚文に放る。
人一人が体を覆えるあの蜘蛛の糸と同じ、血の様に真っ赤な赫い布。
「あ、あの――」
「裸で走るつもりか? これでも纏っておけ。…走れるかビスカ? 走れるなら絶対に」
――後ろを向かずに全力で走れ。
そう言葉を続けようとして黒猫は口を噤んだ。
あぁ、多分…この流れはまた一悶着あるだろうな。
こういう時に限って場の流れと敵味方の位置関係が読めない奴が事態をややこしくしていくのだ。
「エアストジャベリン!!」
…そう例えばこんな風に。
黒猫の右手側から叫ばれた名前の通り、風を切って飛んで来た一条の薄緑光の風槍、しかし黒猫の骨の刀の尾刃が翻ると、いとも容易く放った主に送り返す。
「…なるほど、勇者のスキルとはその様にして放たれるのだな」
声の主には見向きもしないまま残った大剣型の双尾刃が展開、ド派手な登場をしながら、高く跳躍して飛びかかって来た槍の勇者らしき人物達を迎撃。
槍の勇者は送り返された風槍を空中で片手間にはたき落とし、お返しとばかりに黒猫に向かって雄々しく槍を突き出すも、荒々しく躍動する双尾刃の片方に阻まれ、もう片方の尾刃の腹が槍の勇者を打ち据える。
「ぐぉわっ!?」
吹き飛ばされた槍の勇者と入れ替わる様に飛び出し、黒猫を挟み込んで同時に追い立てる二人の女。
今度は黒猫の左手側、10時の方向から女が一人、腕の先を彼に向け中空に紋様が浮かぶ。
この世界における上澄みの猛者でも無傷では対処出来ないであろう、三方向からの同時攻撃が黒猫を襲う。
「はぁ……」
だが、黒猫が呆れた様に溜め息を吐くと再び三尾が展開。今度は尻尾の関節が次々と分離、節と節の間から透明な神経繊維糸が覗く鎖刃へと変形すると、骨がけたたましく響き合う旋律を奏でながら彼女達に襲い掛かる。
「突っ込む前に三度「モトヤス様!? あっ…ごほっ…」目の前にいる者が「ツヴァイト――がっ…ぁっ…」人間の敵か味方かを判別する観察眼を「あっ…あぁっ…!?」身に付けておくべきだったな、マルティ=S=メルロマルク」
一人は腹を貫かれ、もう一人は肩口から鎖刃が通りズタズタに切り裂かれ、三人目は咄嗟に剣で受け止めようとするも、受け止めた剣に衝撃が走る。
三人目の女は思わず反射で閉じた視界を開くと。
――剣が根本から切り落とされている。
不意に感じるゴツゴツした冷たい感触。
気が付けば刀の鎖刃が首元に巻き付こうとしていた。
これ以上邪魔をするなら首を捻じ切るぞ、という黒猫からの泥の様に冷たく黒い殺意。
自らの死の予兆をその場で感じ取ったのか三人目の女は完全に戦意を喪失、その場にへたり込んでしまった。
黒猫はなんて事のないルーティンワークの一環とでも言わんとばかりに、いとも容易く強襲して来た槍の勇者達の攻撃を全て捌いてしまう。
最後に突っ込んできたマルティの刺突を引き戻した鎖刃で黒猫は受け止め、後方に吹き飛ばす。
姿勢の崩れたマルティに、返す刀で続け様に飛来するもう二つの鎖刃も双方から受け身を取り襲い掛かるが…
「グネグネ動くクセに軌道が単純なのよ!!」
素早く斬り払い二連、弾かれても勢い衰えず再び攻め立てる鎖刃をくるくると剣舞の様な動作と足捌きで凌いで行く。
不意に黒猫が視線を後ろに向けた。
「…! その剣術…」
「その余裕そうな態度が気に食わないのよ!! 畜生以下の亜人の癖にッ!!」
鎖刃が一斉にマルティを襲う。
もう軌道に慣れたのか数歩後ろにステップで下り、寸前で躱す。
元いた場所に三尾の鎖刃が深々と突き刺さる。
その瞬間をマルティは逃さなかった。
なんとマルティは突き刺さった鎖刃の上に乗って黒猫に肉薄したのだ。
揺れる不安定な鎖刃の上を疾走しながらも姿勢を整え、渾身の斬撃を「【アベトロ】、拘束しろ」放つ事は無かった。
背負っていた箱が唐突に開き、何かが飛び出す。
腕だ。蛇腹の様に何本もの上腕骨が折り畳まれた六本の骨の腕と明らかに人のモノでは無い手が伸長してマルティの手足を握り締める様に拘束した。
「ぐっ…このッ…!」
「…クソっ!! マルティを放せっ!」
体勢を整え直した槍の勇者がその場で再び高く飛び上がり、黒猫の真上から強襲を仕掛ける。
鎖刃は全て突き刺さったままだ。両手に持っている骨の銃では防ぐ手段は無い。
「……!」
黒猫がノールックで【ヒューメラス】の指先を向け連射する。
怖気立つ骨の轟音と断続的に放たれる杭の空気を切り裂く振動が王座の間に三度響き渡る。
「なんの!風車!」
槍の勇者は怖気付かない、反撃してくる事を分かっていたのか弾丸を防ぐ為、スキルを発動する。
高速でバトンの様に回転させた槍が飛翔する杭を次々と叩き落し、撃ち落とし漏らした杭が顔の横を掠めて行く。
このままなら行ける! 後はアイツの変な武器事貫くだけ!――槍の勇者がそう判断するのは当然でその判断は間違いでは無い。
唯一の間違いは黒猫の持つ銃器が――
「
「なっ…!」
ただの残虐趣向の為に作られただけの美術品の類いでは無かったという事だ。
黒猫が頭上に右手の銃を掲げながらくるりと一回転、曲芸撃ちこと、ガンプレイと呼ばれる動作を取った瞬間。
【ヒューメラス】の筋繊維と骨格の一つ一つが収縮と弛緩を繰り返して変形して行く。
元々あったグリップを逆手に持った時、【ヒューメラス】は長銃身のスパイクガンから、トンファー型の──。
「パイルバンカー!?」
「
撃発。骨杭が、炸裂する。
クリーンヒットしたのか、叫ぶ余裕もなく空中に放り出された身体が物理法則に従い落下、大理石の床に亀裂を作りながらガシャンガシャンと超合金のオモチャが地面に叩きつけられたかの様な金属音を立てて再び後方に転がっていくが咄嗟に空中で脚部からスラスターを吹かす。受け身を取った音が黒猫の後方から聞こえる。
黒猫は思考を切り替えた、これで漸く本来の相手を処断出来る、後はこの第二王女ことマルティ=S=メルロマルクを後ろにでも放って……。
不意に黒猫の頭に引っ掛かる違和感。
まず明らか鎧を着ただけでは出ない不自然な重量感のある音がした。
全身義体ならまだしも、生身の人間からは絶対に発生し得る物では無い。
そもそもの話、都市の人間が聖武器の勇者に選ばれる事はまず有り得ない。
七星勇者の召喚の場に居合わせた事も何度かあるが、全てこの世界とも都市とも違う世界の人間のみが召喚されていた。
で…あるならば四聖武器もまた、もれなくこの法則に当てはまる筈だ。
というか、声も若干怪しかったよな? なんならうっすらケロってなかったか?
どっと吹き出した変な冷や汗を二の腕で拭えども、尚拭えない違和感を払拭する為、ゆっくりと振り返り、
強化された聴覚が捉える関節部のモーター音。
恐らく受け身を取った際に吹かしたであろう、スラスターを冷やす排気ダクトのスチーム音。
中世的な鎧とサーコートから覗く人形の様なのっぺりした手足。
何処か耽美な雰囲気漂わせるビスクドールの様な顔からレンズの奥に光るカメラアイ。
金色の髪は相当手を入れているのだろう、人の物と遜色ない天使の輪が輝いている。
彼は徐に槍の穂先を反対の肘のギアに噛ませたかと思うとギアをいきなり高速回転させて研ぎ出した。
ギャリギャリと火花が散り、槍の穂先が鋭く、煌きを伴って研磨されてゆく。
ひとしきり研ぎ終わるな否や、こちらに穂先を突き付けると、頼んでもいないのに自ら名乗り始めた。
見上げる盾の勇者と再び目が合う。
赫い布に巻かれた肢体に確かにある前後の豊かな膨らみ。
嗚呼、今日も今日とて誤解と悪評が増えていく。
※今更ですが本作はリンバスカンパニー9.5章「経験記憶」までのネタバレが含まれます。
予めご了承下さい。
皆さんは本作をどちらのモードで読まれていますか?
-
昼間モード(背景が白)
-
夜間モード(背景が黒)