アストラネットの異星群像(アザースターズ)   作:青いくら

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序幕Ⅰ 黒き剣のヴァンと凶星のアビゲイル②

 文明圏から置き去りにされた寒村の教会で、その少年は怨嗟の咆哮を上げていた。

 

 ───呪われろ。

 

 霊障の靄は村全体に広がり、魂を搾取する猛毒によって既に村人は死に絶えた。たった一人、その少年だけが生き残り、とうに冷え切った少女の骸を抱いて慟哭していた。

 

 ───呪われろ。この星界(せかい)の何もかも。

 

 彼は呪った。何一つ施さず、何一つ顧みず、ついにはすべてを奪い去った不条理を。

 霊障によって麻痺する手足を強いて動かし、肺腑の苦しみを憤怒によって塗り潰し、死の霧に巻かれた故郷を脱出する。ただ一人連れ出すことのできた、もはや動かず、話さず、笑うことのない少女を荒野の土に横たえる。

 

 頭上には抜けるような満天の星空。少年の血走った目が夜空を睨んだ。天に瞬く星のひとつひとつに、自分たちを見殺しにした罪を問うように。あれらの星々が狭間の土埃にまみれることはなく、地を這う虫に気を留めることもない。

 

「…………いいだろう」

 

 少年は憎悪に満ちた声を絞り出した。そして片腕を空に掲げ、頭上の星々を握り潰した。

 

「なら、俺もお前たちに遠慮はしない。何と引き換えにしようと、何を巻き添えにしようと、俺が喪ったすべてのものを取り戻す」

 

 少年は足元に横たわる少女に視線を落とした。古びた修道服に身を包んだ、亜麻色の髪の少女だった。彼女は胸の前で手を組んだまま事切れていた。最期の瞬間が訪れるまで祈り続けていたのだろう。次に生まれてくる時は、どうか霊素(ルーメ)の加護ぞあれと。

 

「……待っていてくれ。皆。エリシア」

 

 少年の頰に一筋の涙が流れた。それが、後に「黒き剣」と呼ばれる男が最後に流した涙だった。

 

◇◇◇◇◇

 

 凶星のアビゲイルは青ざめた顔で現れたものを見つめていた。メインフレームを掌握し、探索は恙無く完了したはずだった。しかし、何も終わってはいなかった。

 アビゲイルはその若者を知らない。だが、本能に根ざす直感が彼女に否応なく理解させた。───この男だ、と。

 

「……ヴァン」

「気を引き締めろ、アビゲイル。……アストラネット保安局二等捜査官、ウィリー・ガン・ファルコ。またの名を『銀の弾丸(シルバーバレット)』。些か骨の折れる相手だ」

「情報が古いっスよ、ヴァン君。二等じゃなく、今は()()っス。つい先日昇格したんスわ」

「そうか。おめでたい事だ。遅かれ早かれそうなるだろうとは思っていた」

 

 黒衣の剣士と白銀の銃手の視線が衝突し、激しく敵意の火花を散らす。アビゲイルは戦慄を噛み殺す。背負う肩書きよりも、対峙した者を圧すプレッシャーが雄弁に物語っていた。この男は、ヴァンに勝るとも劣らない使い手だ。

 

「……で、映えある一等捜査官様ともあろう者が、どういう風の吹き回しでこんな僻地に現れた?」

「ネオ・アストラから情報提供があったんスよ。調査中の未踏領域で黒き剣のヴァンを目撃した、ってな。お前が現れたとなりゃ当然ANP(おれら)は黙っちゃいねえ。分かるよな、裏サイトの使いっ走り」

「口の聞き方に気をつけろ、霊都の犬ころ。奴らが俺を使っているんじゃない。俺が、奴らを利用しているんだ」

「知らねえな。どっちだろうが大した違いはねえっスよ。……説明はこんなとこでいいか? 始めようぜ、黒き剣」

「いいだろう。そちらもメインフレームを壊したくはあるまい。……表に出ろ、銀の弾丸」

 

 銀の弾丸ウィリーは不敵に笑い、背を向けて部屋を出ていった。一見隙だらけの行動。しかし、ヴァンは無防備な背中に剣を突き立てようとはせず、眼光を尖らせながら後に続いた。

 アビゲイルは胸の前で震える手を握りしめた。彼女は恐れていた。銀の弾丸を。そして呪っていた。他ならぬ己を。

 

(……間違いない。こいつだ。───この男が、()()だ)

 

◇◇◇◇◇

 

 メインフレームが隠されていた制御室を離れ、石柱が林立する通路に出る。ヴァンは油断なくウィリーの背中を見据え、一定の距離を保って後に続く。

 

 アストラネット保安局(Astral Network Police)。通称ANP(アンプ)。読んで字の如く、アストラネット関係の犯罪を取り締まる霊都の警察組織である。ヴァンにとって目障りこの上ない秩序の防人にして、避けては通れない障壁だ。

 

(……あの木っ端か)

 

 道中でソウルイーターを掃討しながら追い払ったネオ・アストラの雑兵。あれを伝ってANPに情報が流れたか。嗅ぎつけられた以上はやむを得ない。この男を排除し、領域の支配権を確保する。その先に待つ「幽世の杯」という最終目的のために。

 

「……気を付けて、ヴァン。あの男、危険だわ」

「知っている。奴とは何度か戦り合ったことがある。あれ以上の霊撃(ブラスト)使いを俺は知らん」

「でしょうね。でも、違う。そういう意味じゃない。……あの男を呼び寄せたのは、多分、私」

 

 ヴァンはアビゲイルを横目に一瞥し、すぐさま視線を敵の背に戻した。彼女は震えていた。ヴァンは彼女の懸念を一蹴した。

 

「下らん。奴がこの場に現れたのは俺が目撃者を消すのを怠ったからで、それ以上でもそれ以下でもない。迷信じみたことを口にするな」

「……分かってるでしょ、ヴァン。それが私なの。あの男こそが、私が連れてきた凶運なのよ」

「お前が連れてこずとも俺の方から出向いていた。五大神秘(ゴッド・レリック)を求めるとはそういうことだ。俺はすべてを敵に回し、勝利する。奴一人斬れないようでは『杯』を手にすることなど夢のまた夢。───言ったはずだ。俺はお前には殺されない」

 

 アビゲイルは唇を噛んだ。前方のウィリーが立ち止まった。この未踏領域は霊都にとっても貴重な資源であり、彼らとしてもメインフレームの損傷は避けたかったはず。而して、制御室からは十分に距離をとった。

 ヴァンは二刀を重ね、身の丈を超える大剣へと変形させた。ウィリーの首から上が振り向き、瞳の照準が黒衣の剣士を捉えた。アビゲイルは総毛立ち、慌てて支柱の影に逃げ込んだ。───来る。

 

 ゴウ、と唸りを上げて漆黒の闇が通路を薙いだ。ウィリーは地面をスライディングし、斬撃軌道の下に潜り込んだ。

 ヴァンは後退しながら初撃を放ち、ウィリーは前進しながらそれを躱した。片や剣、片や銃を得物とする両者のあべこべな初手。しかし、ヴァンの斬撃は刀身のリーチを遥かに超えて伸び、彼我に明確な射程差はない。互いの手の内を折り込んだ応酬だった。

 

 地面スレスレまで体を傾けたウィリーの両腕が白銀のマズルフラッシュを吐き出した。極度の集中が時間経過を限りなくゼロに近付ける。攻撃範囲を重視し、あえて集弾性のパラメーターを落とした弾幕。ヴァンは半身になってその隙間に体をねじり込み、掬い上げるような二の太刀を放つ。

 敵は瞬時に真横へ発砲、反動を利用して横に跳んだ。ドリルのごとき空中回転から体勢を復帰させ、二丁の銃を構え直す。だが、ヴァンの攻撃は終わっていない。掬い上げた大剣の鋒を切り返し、大上段の一撃を振り下ろす。

 

「……くっ!」

 

 ウィリーは片腕を掲げ、腕部装甲で斬撃を受けた。駆動音と共にアーマーが光を噴き上げ、霊素の盾が大質量の刃を押し留める。出力の差は歴然。到底止め切れはしない。が、短時間の防御で十分。空いた片腕がヴァンの胴体に狙いを定め、白銀の閃光を放った。

 

「ちっ……!」

 

 ヴァンは致命の一撃を断念、引き戻した剣を二刀に分割して弾幕を斬り払う。軌道を逸らされた霊撃(ブラスト)が乱れ飛び、後方の壁に突き刺さる。

 立合いの攻防は五分と五分。二人の超人は同時に呼気の塊を吐き出し、殺気を露わに睨み合った。

 

 支柱の影からアビゲイルが恐る恐る顔を出し、戦況を窺う。両者の力量は拮抗している。加勢したいのは山々だが、下手に手を出せばかえってヴァンの邪魔になりかねない。

 一方ヴァンは苛立ちを堪え、自制に努めていた。あとほんの少し力を込めれば腕ごと真っ二つにできたものを。しかし、深入りすればこちらが胴に風穴を開けられていた。欲を掻いて詰めのタイミングを誤るべからず。

 

「やれやれ、自信無くすぜ。当たり前のように剣で銃弾を捌くなよな。霊撃(ブラスト)にかけちゃ右に出る者無しと自負してるんスけど」

「随分と自己評価が甘いことだな。そんな豆鉄砲で俺を殺れると思うのか」

「殺らねえよ。お前を裁くのはあくまで霊都の法だ。それに、強がりは良くねえっスよ。その腕、いつまで保つ?」

 

 挑発的に笑うウィリーに対し、ヴァンは不快さを面に出さぬよう努めた。腕の筋骨が軋み、剣を握る両手に痺れを覚える。弾幕を防いだ腕にダメージが蓄積している。

 霊撃(ブラスト)。霊素の塊を弾丸として射出する基本攻撃。銀の弾丸(シルバーバレット)ウィリーが操るそれは、弾丸を構築する霊素の密度において他の追随を許さない。握り拳大の鉄球をダース単位で撃ち込むような弾幕を剣で受けては只で済まぬのは自明の理。

 詰めのタイミングを誤ってはならない。だが、長引けばこちらが不利。ヴァンは老朽化した天井を一瞥した。既に布石は打った。ここで崩す。

 

 ヴァンは二刀を合成し、黒い剣閃を放った。斬撃は上方へと大きく外れ、遺跡の天井を薙いだ。ウィリーは頭上を見上げ、目を見開いた。降り注いでくる。轟音とともに、瓦礫の雨が。

 ヴァンは初撃で通路の支柱を両断し、続く二の太刀で天井に傷を付けていた。ウィリーは大きくバックステップし、天井の崩落から身を躱した。瓦礫の雨が両者の視界を遮断する。ヴァンは上体を捻り、フィニッシュブローの予備動作に入った。

 

 黒き剣。違法改造した術式によって刀身に過負荷をかけ、限界を超えて流動させる無法の斬撃。敵に回避を強制して一手分の優位を奪り、必殺の剣を叩き込む好機を得た。ここで決める。

 

「……ッ」

 

 ぞくり、と背筋を怖気が走った。瓦礫の隙間に彼は見た。勝ち誇ったように笑う敵の口元を。そして、その背後に浮かび上がる、見上げるほどに巨大な半神の幻像(ビジョン)を。

 ウィリーの手の甲に天秤のごとき紋章が在った。彼は口を開き、厳かに宣言した。

 

「───″開廷(オープン・ザ・コート)″」

 

 紋章が清浄なる輝きを放った。次の瞬間、電流がヴァンの全身を走り抜けた。

 

「ぐあっ……!!」

 

 四肢が強張る。黒い大剣の輪郭が乱れ、火花じみたノイズを散らす。ウィリーを中心として懲罰的な力場が生じ、秩序を乱す咎人から自由を奪う。決定的な隙を晒したヴァンに対して、断罪者は容赦無く二つの銃口を突きつけた。

 マズルフラッシュが乱舞する。咄嗟に大剣を盾にして受けるも、劣化した刀身は儚く砕けた。衝撃に次ぐ衝撃。視界がひび割れ真っ赤に染まる。物陰のアビゲイルが息を呑んだ。吹き飛んだヴァンが背中から地面に叩きつけられる様を、ウィリーの背後に座す半神が無感情に見下ろしていた。

 

 刹那の昏絶からすぐさま復帰し、ヴァンは手足に力を込めて起き上がろうとした。しかし、懲罰の力場が重石のごとく落ちかかり、犯罪者に身体の自由を許さない。

 迂闊。敵は言った。昇格した、と。ANP一等捜査官、すなわち霊都の安寧秩序を司る大星霊より「法の紋章」を授かりし紋章持ち(シギルホルダー)の一角へと。であれば、当然この力を獲得していると想定しておくべきだった。

 

「固有術式……【秩序の法廷】……!」

「ご名答。切り札は最後まで取っておくもんっスよ」

 

 ウィリーは油断なく銃を構え、倒れたヴァンにじりじりと接近する。ヴァンは敵の銃手を、そしてその背後に君臨するものを睨みつけた。巨大な天秤を背負い、三面六臂の金属質な巨躯を誇る大いなるもの。1()()()。大星霊、あるいは高位星霊とも呼ばれる霊界の大領主を。

 

「……貴様がメトラ。秩序の紋章メトラか……!」

「いかにも。お初にお目にかかる、黒き剣のヴァン」

 

 威厳に満ちた声が領域全体を震撼させる。ヴァンは歯軋りする。霊素が集まらず、うまく霊術を発動できない。周囲一帯の霊素が掌握され、ヴァンの干渉を拒んでいるのだ。これがウィリーの、否、ANPの契約星霊たる秩序の紋章メトラの力。

 

「君の風評は(つと)に聞いている。違法回線に小うるさく蠢動する悪漢あり、とな。しかし、霊都は君のごとき秩序を乱すイレギュラーを容認しない。市民の平和と安全のため、君にはご退場いただこう」

「……秩序? 平和と安全、だと?」

 

 ヴァンの双眸が血走った。男の腹の底で煮え滾る憤怒が、唸るような低声となって溢れ出た。

 

「……ふざけるな。平和だの、安全だの、貴様らが語るもっともらしい能書きは、すべて大都市の外壁(かべ)の中での出来事だ。何一つ施さず、何一つ顧みなかった貴様らが、俺たちにとやかく物を言う権利などあるものか」

「……なに?」

「貴様らの言葉は何もかもまやかしだ。法だの秩序だのが本当に人を守るなら、何故エリシアは死なねばならなかった」

 

 ウィリーは僅かに表情を歪めた。しかし、メトラの鉄面皮は微動だにせず、一切の呵責なく熱のない声を投げかけた。

 

「深淵の書庫に与し、あまたの反社会的行為を働いた君の動機は法廷にて語るがいい。事と次第によっては情状酌量の余地があるだろう。確保せよ、銀の弾丸(シルバーバレット)

「……了解です、メトラ。……終わりだ、黒き剣。神妙にお縄に付け」

 

 ウィリーが銃の片方を頭の高さに掲げた。銃身の側面に術式入力パネルが出現し、檻じみたパターンを全自動で描画する。

 

霊縛(バインド)

 

 銃底から霊撃(ブラスト)のカートリッジが排出され、代わりに非殺傷型の拘束弾が装填される。白銀の銃手が深手を負ったヴァンに狙いを定めた。ヴァンは赤黒く濁った目で敵を睨んだ。終われるか。終わってたまるか。こんなところで。俺はまだ、この星界(せかい)から何も取り戻してはいない。

 

 ウィリーがトリガーを引いた。白銀の流星じみて、霊体を凍結せしめる拘束弾が迫り来る。ヴァンの瞳孔が極度に窄まり、そして───

 

 ───星屑の煌めきと共に、一陣の風が駆け抜けた。

 

「……何!?」

 

 ウィリーは驚愕した。横合いから乱入したヒト型の星霊がヴァンを掻き抱き、拘束弾を躱して飛び去った。彼は支柱の影に隠れて機を窺う少女に気付いてはいたが、あえて無視を決め込んでいた。何故なら、()()()()()()()()()()からだ。

 

「どういうことだ!? 【秩序の法廷】の中で動けるはずが……ッ!?」

 

 ウィリーは立ち竦んだ。片腕にヴァンを抱えたアビゲイルが紅い双眸を爛々と燃やし、彼に掌を突きつけていた。

 

「来ないで。私から彼を奪わないで。───でないと、私がこれから何をしでかすか、私自身にも分からない」

 

 「銀の弾丸(シルバーバレット)」の異名をとる男は気圧され、そして困惑していた。人間大の体躯であることから恐らく霊格(スケール)は2等級。高位星霊たるメトラに比肩できるはずはなく、【秩序の法廷】の圏内で身動きできる道理もない。だというのに、こいつは、何だ?

 アビゲイルの背後に星空のごとき闇が溢れた。メトラが呻いた。両腕を交差させて防御姿勢を取るウィリーめがけて、極彩色の流星群が降り注いだ。

 

「【まがつぼし】」

 

 流星が炸裂し、サイケデリックな色彩が咲き乱れた。

 網膜を痛めるような光が晴れると、黒衣の剣士と正体不明の星霊は忽然と姿を消していた。

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