アストラネットの異星群像(アザースターズ)   作:青いくら

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序幕Ⅲ 忘れ形見のサフィアと白亜の戦鎚ゼウドナス②

 赤銅色の大巨人、剛力無双の古強者。闘争と武器とを司り、星霊たちの中でも最も戦闘に長けた種族の一つといえる戦霊(エインヘリヤル)の王。

 白亜の戦鎚ゼウドナスの重圧に晒されながら、サフィアは内心の畏怖に蓋をし、精神をフラットに保つよう努めた。

 

 1等級。高位(グレーター)。2等級以下とは次元の違う霊体規模を誇り、一個の星霊領域を支配する上位存在。戦霊領域(ヴァルハラ)はゼウドナスの領地であり、彼によって生み出され、彼によって維持される領域でもある。

 1等級星霊の霊体は現界単位にして10から20メートル程にまで及ぶが、ゼウドナスはその中でも抜きん出た巨躯を持つ存在だ。何しろ座高だけでも数十メートルは下らない。彼が両の脚で立ち上がったとき、その全長はどれほどの数値に及ぶことか。

 

「お()ェには感心したぜ。俺様を目の前にしても堂々たるもんだ。が、それだけに惜しいな。言ったよな、最後だと。神聖なる(いくさ)によって契約を求める者の器を計る。それが戦霊ってもんだ」

 

 ゼウドナスの双眸がぎらりと輝き、山嶺のごとき巨躯が筋肉を隆起させる。天文学的な量の霊素によって編まれた強大を極める霊体。先程戦霊の群れを薙ぎ払った広域殲滅魔法【神罰招雷(ディウス・フルグール)】でも傷一つ付けられまい。それほどまでに彼我の力の差は隔絶している。

 

「惜しい相手だからこそ手心は加えねえ。お前ェの強き心身に敬意を表し、このゼウドナス自ら相手をしてやる。言い遺すことがあるなら今のうちだぜ」

 

 ゼウドナスは口角を釣り上げ、凶暴な笑みを作った。サフィアはにこりと微笑み返し、そして言った。

 

「幸甚にございます、戦霊領域(ヴァルハラ)の軍神よ。……それでは一つだけ。わたくしは『()()()()()』の所在を存じております。それを手にする方法も。……申し上げたき儀は以上です」

「………………なんてェ!!!???」

 

 軍神の声が裏返った。

 

 

序幕Ⅲ 忘れ形見のサフィアと白亜の戦鎚ゼウドナス

序幕Ⅲ ■■の忘れ形見■■■■と白亜の戦鎚ゼウドナス

 

 

「それでは始めましょう。わたくしとて魔導師(メイガス)の端くれ。神話の時代より武名を轟かせる御身の手にかかるならば本望です」

「待て。待て待て待て。早まるな嬢ちゃん。そう命を粗末にするもんじゃない」

 

 ゼウドナスは戦闘態勢に入ろうとするサフィアを制した。だらだらと滝のような汗を流しながら。

 

「? ですが、御身との契約には戦が不可欠であると仰せのはず。ならば非才の身なれど、死力を尽くして挑むのみです。一敗地に塗れ、骸を晒す覚悟はしております」

「落ち着けって、な? 俺様にだって鎚を振るうのが億劫な日くらいある。一旦さっきの話は無しにしよう。それより今の件についてもうちょい詳しい話をだな?」

 

 サフィアはそこで不敵な笑みを浮かべた。()()()()()()()()()()()()、と言わんばかりに。ゼウドナスは真っ青になった。

 

「て、てめえ!! やっぱり知ってやがるな!?」

「さて? 何のことやら」

「トボけてんじゃねえ!! そうでなきゃ唐突にンな話を振ってくるわけねえだろうが!! 俺様に対して効き目があると分かってなきゃ出さねえ話だ!!」

 

 狼狽するゼウドナスに対し、サフィアはにこにこと微笑みながら無言。彼女の内心は表情ほど穏やかではなかったが、掴んだ手応えは確かなものだった。

 

 「千の契約書」。五大神秘(ゴッド・レリック)の一角を占める大秘宝。太古の魔導師によって千柱の星霊の名が記されており、契約書を手にした者は彼ら千柱を無条件で服従させることができるという理外の魔導具。

 ゼウドナスの弱み。それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という致命的な問題であった。……そして、サフィアはその秘密を知っていた。

 

「…………何者だ、てめえ。所在とやらの信憑性は置いとくとして、俺様と『契約書』の繋がりを知ってる時点で只事じゃねえ。そんじょそこらの冒険者が到達できる秘密じゃねえぞ」

 

 サフィアはあくまでも無言。ゼウドナスの側頭部に青筋が浮いた。軍神は傍らの戦鎚(ハンマー)に手をかけた。

 

「煙に巻いときゃ俺様が下手に出るとでも思ったか? お生憎様だな。想像しなかったかよ? ンな重大な秘密を知った輩を俺が生かしておく筈がねえと」

 

 ゼウドナスは戦鎚を持ち上げ、柄に両手をかけて大上段に振り上げた。僭越極まる謁見者の頭蓋を打ち砕くべく。

 

「てめえの言葉が真実なら口を塞いでそれで終わりだ。根拠のねえ出まかせならさらに良い。このゼウドナスを舐め腐った報いは命で償わせるより他に無し。分かるか。どっちにしろてめえは死ぬしかねえ」

 

 サフィアは笑顔を消した。恐怖によってではない。此処こそが勝負所だと意を決した者の表情だった。

 

「よろしいのですね?」

 

 今にも振り下ろされようとした戦鎚が止まった。ゼウドナスは眉根を寄せた。

 

「申し上げたはずです。『契約書(それ)』を手にする方法も、と。わたくしは鍵です。わたくしをお使いになれば、御身はかの秘宝を手にし、破壊することができましょう。ですが、わたくしが死ねば御身は千載一遇の好機を逸します。本当によろしいのですね?」

「……あ?」

 

 ゼウドナスの凄まじき凝視が落ちてくる。物理的な威力すら伴う霊素の暴流となって。サフィアは怯まず、見返した。臆してはならない。己の言葉は虚仮威しではないと示さねばならない。

 

「……笑わせんな。ンな出まかせを鵜呑みにするとでも? 法螺を吹くのも大概にしやがれ。てめえの言葉には何一つ証拠がねえ」

「証拠がないとは申しておりません。お見せします、ゼウドナス。わたくしの秘密を。わたくしの()()()()を」

 

 サフィアは衣服に手をかけ、胸元を開いた。ゼウドナスの瞳孔が針の先ほどにまで窄まった。軍神の憤怒は跡形もなく霧散してしまった。雷に打たれるような衝撃によって。

 

「…………何、だ、と?」

 

 サフィアの胸元に刻まれていたのは、とある星霊との契約を示す刻印だった。蒼天に君臨する太陽のごとき意匠。「天空の印」。この刻印を授けたのが何者であるかゼウドナスは知っていた。……否。その星霊を知らぬ者など星界に存在しない。かつて星界に君臨せし絶対なる太陽。蒼天に座す星霊の頂点。

 

「改めて名乗らせていただきます、白亜の戦鎚ゼウドナス」

 

 ゼウドナスは目を疑った。彼によって制されていたはずの領域の霊素が流れていく。目の前の少女の方へ。取るに足らぬ小さきものだった筈の者へ。まるで、彼女に対して傅き、忠誠を誓うかのように。これまで忘れ形見のサフィアを名乗ってきた者は、己の真の名を口にした。

 

「わたくしは忘れ形見。()()()忘れ形見。アズール・レクス・アストラリアと申します」

 

 ゼウドナスは息を呑み、震え、やがて戦鎚を下ろした。馬鹿な。そんな筈がない。だが、そうであれば何もかもが腑に落ちる。目まぐるしく変わる表情が、彼の思考が結論へと行き着く様を雄弁に物語る。

 

 旧王家(アストラリア)。それは数百年の長きに渡って現界を治めた旧時代の王者の名であった。契約戦争による王都陥落の折、最後の王とその一人娘の自決によって途絶えた筈の貴き血統。……そして、アズールとは、()()()()()()()()()()()()の名だ。

 

「…………死んだ筈、だろうが。死体まで見つかって、霊都が最後の王共々丁重に葬った。亡霊でも見てんのか、俺ぁ」

「いいえ。わたくしはここに生きております。十年前に霊都が発見した遺骸は別人のものです。……わたくしの身代わりとなるべく育てられた、影武者でした」

 

 サフィア……否、アズールの顔に沈痛な色が滲んだ。ゼウドナスは両腕を組み、胡座をかいて座り直した。彼にもはや戦意はなかった。アズールは自分の戦いが身を結んだことを知った。

 

「……信じられんが、信じるしかねえようだな。本当に王女アズールだってんならお前ェの言うことにも頷ける。……お前らが持ってやがったのか、旧王家(アストラリア)

「ええ。『千の契約書』は狭間の地に隠されたアストラリアの宝物庫に眠っています。そして、その扉を開くことができるのは旧王家の血を引く者のみ。ゆえに、わたくしこそが鍵なのです」

「事実だろうな?」

「偽りはありません。神祖たる蒼天の王に誓って。……ゼウドナス。わたくしの望みを聞き入れてくださるならば、御身を『契約書』のもとまでご案内します」

「それを切り出すのが目的だったわけか。が、口を滑らせたな。今の話が事実なら、ここでお前ェを消せば秘密と鍵を同時に葬ることができるわけだが」

「確かに。ですが現物は残ります。それに、わたくしを亡き者にしても断絶するのは嫡流のみ。各地に散らばった分家の者達は今なお健在です。彼らがいずれ『契約書』に行き着く可能性は否定できますまい。しかし、わたくしを利用なされば、かの秘宝を完全に葬り去ることがかなうのです。御身の永年に渡る頭痛の種を取り除いて差し上げることができましょう。如何ですか、白亜の戦鎚」

 

 ゼウドナスはアズールを睥睨しつつ無言。アズールは目を逸らすことなく見返した。永遠にも思える数秒の後、ゼウドナスは両手を上げた。

 

「……やれやれ、肝の(ふて)ェこって。お前ェの勝ちだ、アストラリアの姫さんよ」

「! ……では」

「お前ェはこのゼウドナスに真っ向から戦いを挑み、そして勝利した。腕っぷしとは違う力によってな。そのよく回る口とクソ度胸に免じて望みとやらを聞いてやる。契約を求めるなら受けてやろう。……ま、大体の予想はつくがな。簒奪者たる霊都の打倒、そして王国の再興ってとこか。大戦(おおいくさ)になるがそれも一興、俺ら戦霊の本懐ってもん」

()()()

「……あん?」

 

 アズールは否定した。ゼウドナスは鼻白み、首を傾げた。

 王女アズール。十年前に自決した筈の第一王女、最後の王の一人娘。すなわち旧王国の正統なる王位継承者。それが否定した。己の望みは王国の再興ではないと。

 

「逆です、ゼウドナス。わたくしの望みは再誕の教団(リバース・オーダー)の解体、そして蒼天の王との契約破棄。すなわち、王国の歴史に完全なる終止符を打つことです」

「…………何を言ってんだ、お前ェは?」

「霊都議会の成立から十年。旧王家(アストラリア)が堰き止めていた魔法……いえ、霊術の恩恵は民間に広く普及し、市井の人々の生活を潤しています。社会は高度な発展を遂げ、王国の時代とは異なる新たな在り方を創出すべく、日々変化し続けています。

 その流れを力尽くで逆行させるようなことを、わたくしは正しき行いであるとは思いません。王家(われわれ)は既にその役目を終えたのです。怨念となって現界に滞り、霊障を及ぼすべきではありません」

 

 ゼウドナスは絶句した。アズールはさらに続けた。

 

「わたくしは霊都を打倒し、王政復古を成さんとする教団の旗頭です。ですが、彼らの目的に賛同しているわけではありません。わたくしが象徴(シンボル)として振る舞っているのは、内側から彼らを制するためです」

「……お前ェの本音を知ってる者は」

「ただ一人。かつての王国騎士団長、聖騎士ガルガンドという者が」

「千武を統べるガルガンドか。聞いた名だな。……が、何とまあ危ねえ橋を渡りやがる。するってえと、お前ェがこの先(いくさ)を構える相手は霊都ではなく」

「はい。旧王国主義者、先の時代の残党たち。わたくしはいずれ彼らと対決しなければなりません。それが御身の力を求めた理由です」

 

 ゼウドナスは太い腕を組み直し、唸り声を漏らした。アズールには彼の困惑が理解できた。何しろ、彼女自身ですら自分の正しさを信じきれてはいないのだ。

 

 父たる先王は王国再興の望みを王女(むすめ)に託して逝った。アズールの死を偽装するために、彼女の影武者が犠牲となった。そうして送り出された最後の王女は先王の遺志に背き、旧王国の残滓に引導を渡そうとしている。なんたる背信、なんたる裏切りか。

 

(……でも。それでも)

 

 しかし、それでもアズールは託されし使命を拒絶する。王国とは、父たる先王を犠牲にし、自分の身代わりに替え玉を死なせ、現在(いま)の社会を壊してまで取り戻さねばならぬものか。新たな秩序と豊かな生活を享受する市井の人々を苦しめてまで為さねばならぬ戦いか。その壮絶な自問を、彼女はどうしても是とすることはできなかった。

 

「ゼウドナス。……わたくしは間違っているとお思いですか?」

 

 アズールは俯き、問うた。彼女が顔を上げると、目の前には赤銅色の岩壁があった。それはゼウドナスの握り拳であった。

 

「知るかよ。戦霊(おれら)は正しいかどうかで(いくさ)はしねえ。俺にとって重要なのは、お前ェが俺の契約者たるに相応しい器量を示してみせたこと。ただそれだけだ」

「……ゼウドナス」

「生き残るのが王国だろうが霊都だろうが俺には関係ねえ。だが、お前ェは俺を『契約書』のもとに案内すると言った。やるからには死ぬ気でやり遂げろ、アズール・レクス・アストラリア。投げ出すことは俺が許さねえ」

 

 大巨人は容赦なき睥睨を浴びせかけた。ゼウドナスの苛烈な視線に晒され、アズールは不思議と笑みが込み上げるのを感じた。軍神の叱咤は彼女にとって不快なものではなかった。

 

「……はい。必ずや」

 

 最後の王女は手を伸ばし、赤銅色の拳に触れた。掌を通じて霊契の経路(パス)が繋がり、ゼウドナスの熱流のごとき力が流れ込むのを感じながら、アズールは胸の中で呟いた。

 

(お許しください。お父様。……()()()())

 

◇◇◇◇◇

 

 忘れ形見のサフィア。その真の名を、蒼天の忘れ形見アズール。そして、白亜の戦鎚ゼウドナス。

 ───蒼天を追われた″亡星″は、今一度夜空に輝きを放つ。最後の旧王家(アストラリア)として、旧き時代に終止符を打つために。

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