アストラネットの異星群像(アザースターズ)   作:青いくら

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序幕Ⅳ 異なる星の祥真と開拓王カイン

 忘れ形見のサフィア、あるいは最後の王女アズール・レクス・アストラリアは、天蓋付きのベッドの下で目を覚ました。

 その部屋には黒いモノリスの柱を囲むようにして複数のベッドが並んでいた。ベッドの下には魔法陣が描かれ、鎮静作用を持つ香の匂いが室内を満たしている。アストラネットの発見以前、古き魔導師(メイガス)たちはこのような設備を用いて瞑想を深め、霊界への精神投射を行っていた。

 

 瞑想室を出たアズールを二人の男が出迎えた。片や枯木じみた老齢の男。片や屈強なる壮年の男。

 再誕の教団(リバース・オーダー)の正装たる純白のローブを纏った老齢の男は、その名をギディオンという。古き羽のギディオン。かつての王国宰相、現在では旧王国の再興を志す教団の司祭長たる男である。

 大小いくつもの戦傷を刻んだ(いかめ)しき風貌の男は、その名をガルガンドという。聖騎士、あるいは千武を統べるガルガンド。かつては王国騎士団を束ね、現在では教団の最高戦力としてアズールの護衛を務めている。

 両名は教団の最高幹部である。王都陥落の折に幼き王女を連れて落ち延び、今日に至るまで庇護してきた、アズールの右腕と左腕。

 

「お帰りなさいませ、殿下。白亜の戦鎚ゼウドナスの調伏、まことお見事にございます」

「やれやれ、ギディオンめは生きた心地がしませなんだ。どうかお慎み下さい。御身は再誕(リバース)の象徴たるお方であらせられますぞ」

「容易きことです。これしきの試練を乗り越えられずして、どうして王国の再興を成し遂げられましょうや」

 

 秘めたる本心を亡国の王女という名の偶像で鎧い、アズールは言った。ギディオンはハンカチで汗を拭い、ガルガンドは眉一つ動かさずに恭しく一礼した。

 

「殿下。お疲れのところ恐縮ですが、客人が御身への面会を求めております」

「客人? 些事をわたくしの下まで持ち込むなと申したはずです。つまらぬ用件であれば追い返しなさい」

「心得ております。つまり、御身の判断を仰ぐ必要のある事案です。客人とは、深淵の書庫の使者でございます」

 

 アズールは眉間に皺を寄せた。深淵の書庫。旧魔導師ギルドのひとつ、深淵閣を前身とする違法回線(シャドウ・ネット)の裏サイト。王政復古を標榜する再誕の教団(リバース・オーダー)と双璧を成す、霊都に敵対する反体制組織。

 

「……会いましょう。ギディオン。ガルガンド。供をなさい」

 

 司祭長と聖騎士は王女の命を受諾した。アズールは二人の臣下を伴って歩き出した。彼女は表面上平静を保っていたが、内心は穏やかではなかった。深淵の書庫。彼らが面会を求めてきたということは、つまり。

 

『早速厄介なことになりそうだな、嬢ちゃんよ』

 

 霊契の経路を通じ、ゼウドナスの声が頭の中に響いた。アズールは苦悩を面に出さぬよう努めた。……然り。面会を求めてきたということは、彼らは恐らく教団との合流を望んでいる。王国の再興と魔導師ギルドの復権。異なる目的を擁する二つの組織は、霊都という共通の敵に対して大同団結することがかなう筈だ、と。

 

(……わたくしに御せるだろうか。この流れを)

 

 危惧せずにはいられなかった。何しろ、アズールの考えが正しければ、この話は断れない。断る理由がない。本心がどうあれ、今のアズールは王国再興を志す最後の王女として振る舞わねばならない立場にある。旧王国主義者たちと正面切って対決できる準備が整うその時までは。

 教団と書庫。二つの反体制組織が交わり、社会を揺るがす一つの奔流となったとき、果たしてその力のうねりはアズールが制御できる範囲に収まるか。

 

(……できる、できないではない。やるしかない)

 

 アズールは眦を決する。これは重大な局面だ。星界全土を巻き込んだ契約戦争より十年。戦火によって荒廃した社会は再建を果たし、安定期に入りつつある。国とは王でなく、人だ。例えそれがアストラリア王家の臣民でなくとも、平和を享受する人々を苦しませるようなことがあってはならない。

 

 侍女に手伝わせ、身支度を整える。豪奢な金髪を結い上げ、晴れ渡る空の蒼穹を思わせるドレスを纏う。光り輝くような美貌を王家の正装によって飾り立て、アストラリアの末裔は謁見の間の玉座についた。彼女が相対するは、闇色のローブを纏う深淵の使徒。

 

「我こそは蒼天の忘れ形見、アズール・レクス・アストラリア。───深淵の書庫の使者よ、大義である」

 

◇◇◇◇◇

 

「───以上が契約戦争の顛末。そして、旧王国の残党たる再誕の教団(リバース・オーダー)についてのお話となります」

「……なんか、ひどい話ですね。お姫様は十歳にもなってなかったんでしょう? 何も道連れにしなくたって」

 

 所変わってネオ・アストラ本社。カイン・アストレイアは異なる星より来たる稀人に対し、星界(ステラ)にまつわる話を語り続けていた。王都陥落に際して自決して果てた最後の王とその一人娘の話は、稀戸祥真の眉をひどく曇らせた。

 

「ええ。全く同感です。実際のところは無理心中でしょう。霊都は王家に対して降伏を勧告していました。投降すれば悪いようにはしない、と。にもかかわらず、最後の王は薄っぺらな誇り(プライド)のために死へと逃避した。一時の恥を忍んででも、まだ幼い娘を守るという選択肢を採らなかった。……度し難い暗愚です」

「社長さん?」

「……おっと、失礼いたしました。さて、次は何についてお話ししましょうか。霊都を筆頭とする主要五都市。あるいは人類生存圏の外側に広がる暗黒の地平。その他にもまだまだご説明しなければならないことが」

「…………そろそろ聞かせてください、社長さん」

 

 祥真は恐る恐るといった様子で切り出した。豪華な料理の数々。絢爛たる霊都の夜景。カインの厚遇にもかかわらず……否、その不自然な厚遇こそが少年を緊張させていた。

 

「自分で言うのは変かもですけど、おれはそこまで馬鹿じゃありません。夜の時代の第一人者(トッププレイヤー)。最大にして最強の冒険者(アドベンチャー)。『暁の隊』の人たちはあなたをそう呼んでました」

「ほう?」

「星界に来たばかりのおれでも、あなたがとんでもなく凄い人だってことくらいは分かります。だから、分からないんです。そんなあなたが、どうしておれなんかをこんなに歓迎してくれるのか。……社長さん。おれに、何をさせたいんですか?」

 

 祥真は震える声で問うた。カインは姿勢を正した。彼の蒼い瞳が妖しい光を発する様が、時空の彼方より来たる異星人(エイリアン)を震撼させた。

 

「成る程。あくまでも親睦を深めるために設けた席でしたが、そういうことであれば是非もありません。本題に入りましょう、稀戸祥真さん」

 

 開拓王カインは笑顔を浮かべた。これまでとは性質の異なる、底知れぬ野心の色を滲ませた表情だった。

 

 

序幕Ⅳ 異なる星の祥真と開拓王カイン

 

 

「う、う、うおおおお……ッッ……!!」

 

 フランベはルージュの幻像と共に手元のウインドウを覗き込み、ぎらぎらと目を輝かせた。表示されているのは彼の口座残高である。0の数が一つ、いや二つ増えている。

 常に1万LC台を低空飛行していた預貯金が今や七桁の大台を突破し、300万LC超にまで激増。常に素寒貧だった若き冒険者は、ある任務(クエスト)の達成によって莫大な額の臨時ボーナスを獲得し、ちょっとした成金状態であった。

 

「やった……やったぞ、ルージュ……!! 良い時代だ……!! 無理言って捻じ込んでもらってよかったなぁぁ……っ!!」

 

 歓喜の咆哮を上げるフランベの背中に軽い衝撃。薄紫の髪の女が彼の背中を叩き、上機嫌に声を弾ませた。フランベの異動先である「暁の隊」の隊長、(よろず)の鍵のミカエラであった。

 

「お手柄だぞっ、新入りクン。えへへ、キミがあの子を見つけてくれたおかげで私達までおこぼれに預かっちゃった。キミ、()()()()よ。将来大物になるかもね」

「……で、でへへへ。 それほどでも……あるっすかね?」

 

 フランベの表情筋が緩み、いやらしい笑みを作る。ミカエラはネオ・アストラにスカウトされる以前から名を馳せていた腕利きであり、加えて言えばスタイルの良い美人だった。

 

 先の任務で半壊した「翼の隊」は解体。初任務で惨敗を喫したフランベは人事異動で「暁の隊」に移されたが、そこで隊を率いるミカエラに直談判。傷は完治していなかったが無理を押して任務に参加し、見事大成功を収めたのだった。

 

「お世辞で言ってるんじゃないよ? CEOが言ってたでしょ。冒険者は()無くしては大成できないって。実力が要るのは当然として、機会に恵まれる素質がないと。その点キミは有望ってこと」

「へ、へへ、へへへへ。困りますよミカさん、そんなに誉めたって何も出な……痛ってェ!!??」

 

 フランベの耳朶に鋭い痛みが走った。ルージュの噛みつきだった。彼女の霊体はこの場にはないが、霊契の経路(パス)を通して攻撃してきた。

 

「な、何すんだァ!?」

「あ。聞いてたの、ルージュちゃん? ごめんごめん。君の彼氏を取る気はないから安心してよ。この後飲みに誘おうかと思ってたけど遠慮しとくね」

「え、いや、ミカさん、俺とルージュはそういうんじゃないんで心配は痛ってえ!!??」

 

 今度は手の甲を噛まれた。ルージュは立腹した様子でそっぽを向いた。鼻の下を伸ばしていたフランベだが、どうやらミカエラにお近づきになる機会は逃したようだった。

 

「……しっかし何者なんですかね、あのガキ。今回の報酬、普段の相場の十倍以上ですよ。貰えるもんは貰いますけど、流石にちょっと不気味というか」

「ガキ呼ばわりはやめなさいっての。……彼方の異なる星、地球(テラ)からやってきた異星人(エイリアン)、か。そんなに難しい任務ではなかったけど、思ってたよりとんでもないことを成し遂げちゃったのかもだね、私達」

「あの人の考えはよく分からねえや。あんな()()()を囲って何をしようってんですかね、CEOは」

 

 フランベは回想する。霊障渦巻く暗黒の地平にて繰り広げられた冒険の一幕を。

 彼ら「暁の隊」が成し遂げた任務(クエスト)。それは人類生存圏外における異星人(エイリアン)・稀戸祥真の発見。そして、霊都のネオ・アストラ本社への護送であった。

 

◇◇◇◇◇

 

「───ッ、らぁッ!」

 

 フランベが投げ放った炎がフックロープとなり、浮遊する岩塊を咥え込んだ。投げ縄と見えたのは、霊刃(エッジ)の刀身そのものと化したルージュであった。

 ルージュを伸ばして岩から岩へと飛び移り、重力の方向すら定かでない空間を進んでいく。フランベはフルフェイスの強固な防護服を纏っていた。周囲には黒紫の禍々しい大気が満ちており、装備なしではたちまち霊障(どく)に殺されてしまう。

 

(ん〜……10点!)

 

 新しい上司であるミカエラは、フランベの霊刃(エッジ)の出来に容赦なく赤点を叩きつけた。フランベとルージュは愕然とした。講評は次の通り。

 

(キミたちに正面切っての霊術戦はまだ早いよ。この前出くわしたのはソウルイーターだっけ? その剣じゃ肉や骨どころか皮膚にも通らないかも)

 

 ガーン。そんな擬音が二名(ふたり)の背後に浮かんだ。しかし、ミカエラは付け加えた。

 

(でもね、真っ向から魔物を薙ぎ倒すだけが冒険者じゃない。かく言う私も戦闘向きじゃないしね。冒険者の本分は霊術戦じゃなく、探索だよ。次の任務は私の指示通りにやってみてよ。そしたら新しい視点が拓けるかも)

 

 フランベは浮遊岩地帯を突破し、広い浮き島に辿り着いた。渦巻く暗雲の下に広がるは風化した遺跡群、未知なる文明の痕跡。

 刀身と分離したルージュが首元に戻ってくる。フランベは意識を集中し、ルージュとの同調を深めた。彼の視界にルージュが見ているものが重なり合う。可視光の映像にサーモグラフィーじみた熱感知と霊素感知とを重ね合わせた、彼女特有の視界。

 

『どうかな、新入りクン?』

「中型の魔物が四、いや五体。それと、あちこちに危険域の呪詛溜まりが。でも、島の外周を迂回していけば上手いこと避けて進めそうです」

『よろしい。じゃ、引き上げよろしく』

 

 音質の悪い無線越しにミカエラの声。霊障地帯ではアストラネットとの接続が安定しないことがあるため、防護服に内蔵した無線を使用する。

 下で待機している仲間たちに向けてルージュを投げ放ち、一人一人浮き島まで引き上げる。フランベは驚いていた。攻撃用の基本霊術である霊刃(エッジ)にこんな使い道があったとは。

 

 感知した難所を避けて迂回ルートを進むと、「暁の隊」はいとも容易く浮き島の最奥まで行き着いた。そびえ立つ一際大きな建造物の奥からは強い霊素反応。未踏領域に繋がるアクセスポイントか、未知なる星霊や魔導具(アイテム)の類か。いずれにせよ、この建物こそがここら一帯の()()であることに疑いはなし。

 

「……おお……」

「いいじゃん。やっぱりそうだ。君たちには斥候(スカウト)の素質があるよ」

 

 ミカエラの賞賛を受け、フランベはむしろ呆然とした。

 伸縮、湾曲ともに自在の霊刃(エッジ)を武器ではなくツールとして用いた立体的な機動。加えてルージュの優れた感知力。経験豊富な隊長は二名(ふたり)の特性に目をつけ、部隊の先陣を切る斥候(スカウト)の役割を与えたが、それが見事図に当たる形となった。

 

「それじゃ、いよいよ本丸だよ。引き続きよろしくね」

「……うす! 行くぜ、ルージュ!」

 

 気合を入れるフランベに呼応し、ルージュが鳴き声を発した。

 戦闘要員を志してきたフランベには少々複雑だったが、ミカエラの助言は的確だった。己の目的は剣士として武名を上げることではなく、冒険者として成功することだ。今は些細な拘りを貫くよりも、何をしてでも結果が欲しい。

 

 フランベは先陣を切って建造物に飛び込んだ。いち早く安全なルートを見つけ出し、部隊の味方を先導する。やり甲斐のある役割だ。

 どうしても戦闘が避けられない際は荒事に長けた仲間を頼る。得体の知れない仕掛け(ギミック)に阻まれた際には隊長ミカエラの出番だ。「(よろず)の鍵」とは、あらゆる関門や封印をこじ開けてきた彼女の実績を称える異名である。

 

 部隊の総力を挙げて、「暁の隊」は快進撃を続ける。最奥の霊素反応が近い。ミカエラは恐らく未発見のアクセスポイントだろうと当たりをつけた。

 行ける。確かな手応えを感じながら、若き斥候とそのパートナーは未踏を蹴散らす。間もなく最後の部屋だ。強力な魔物の反応が一つ。ここを寝ぐらにする野良の魔物か、あるいは遺構の番人として配置されたものか。いずれにしても、これを突破すれば「暁の隊」は大きな成果(たから)を手にできる。……しかし。

 

「…………何かおかしくねえか、ルージュ」

 

 紅の蛇はフランベの疑問に同意した。魔物の反応が一つ。だが、動く気配がない。活性がなさすぎる。眠っている? 否。……()()()()()()

 集中を深める。アクセスポイントの反応に紛れて分かりづらいが、魔物の他に何かいる。サイズは然程大きくない。人間程度の大きさか。だが……上手く表現できないが、言い知れぬ不気味さを覚える。これは、一体?

 

「どうしたの、新入りクン?」

「……ミカさん。部屋になんか妙なのがいます。俺らが様子を見てきますんで、いざという時は頼んます」

「……分かった。気を付けてね」

 

 フランベは意を決して部屋に踏み込んだ。真っ先に目に飛び込んできたのは、部屋の中央に屹立するモノリスの柱。あれが部隊の目標たる未踏領域へのアクセスポイントだろう。次に、頭をフランベの方に向けて仰向けに昏倒している大鬼(オーガ)の巨体。部屋の入り口から視認できるのはその程度だった。

 だが、フランベは看破していた。彼はタッチパネルに霊刃(エッジ)のパターンを入力した。生成された湾曲剣の刀身にルージュの意思が宿り、伸縮自在の鞭剣となって伸びてゆく。

 

「───そこだッ!!」

 

 鞭剣の軌道が直角に折れ曲がり、モノリスの柱の裏に飛び込んだ。手応えあり。鋒に生じたルージュの顎が柱の影に隠れていたものに喰らいつき、強引に引きずり出した。

 

「◼️◼️◼️!? ◼️◼️─────!!」

 

 理解不能な叫びを発しながら、引きずり出されたものが宙を飛ぶ。フランベは目を剥いた。それは少年だった。年端もいかない、生身の人間のように見えた。そう、()()。致死の猛毒渦巻く霊障地帯において、防護服も身に付けずに平然としている。フランベは総毛立ち、渾身の力で剣を振り抜いた。

 

「◼️◼️……!」

 

 少年は石造りの壁に叩きつけられたが、さして堪えた様子もなく起き上がった。フランベは伸ばした刀身を自動巻き上げ機構のごとく引き戻し、得体の知れない少年、一見ヒトのように見える()()を凝視した。

 

 ───それが地球(テラ)より来たる異星人(エイリアン)、稀戸祥真の姿を星界人類が初めて確認した瞬間であった。

 

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