ポケモン最強トレーナー・サトシ、バレンタインで好感度が限界突破している件 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
バレンタインデーを翌日に控えた、テラリウムドームの展望デッキ。
人工の月光が降り注ぐ中、オレは明日の特訓メニューを反芻していた。
「……ピカチュウ、明日はみんながチョコをくれるって言ってる。その気合に応えるには、今の倍のメニューをこなさないとな!」
「ピカァ……」
肩の上で、ピカチュウがなんとも言えない複雑な声を漏らす。
その時、背後の自動ドアが開き、四つの鋭い気配がオレを包み込んだ。
「相変わらずだな、サトシ。……いや『ワールドチャンピオン』と呼ぶべきかな?」
不敵な笑みを浮かべて現れたのは、シゲルだった。
その隣には、腕を組み、冷徹な視線を送るシンジ。
さらに背後には、静かな闘志を湛えたアランと、鋭い眼光のグラジオが立っていた。
「シゲル! シンジ! それにアランとグラジオまで……どうしたんだよ、こんな夜中に。オレとバトルか?」
オレが拳を握ると、シンジが鼻で笑った。
「……話にならん。この学園に満ちている『非合理的な熱量』の正体に、本当に気づいていないのか?」
「えっ? 熱量? ああ、みんな文化祭からずっと気合入ってるよな!」
シンジの眉間に深い皺が寄る。
「……ぬるい。バトルなら相手の呼吸を読み、戦略を立てる貴様が、なぜ自分に向けられた『意思』を読み取ろうとしない。明日、貴様が受け取るのは、単なる友情の結晶ではない。……覚悟の重さだ」
「シンジの言う通りだぜ、サトシ」
シゲルが手すりに寄りかかり、夜空を見上げた。
「サトシ君。君は世界の頂点に立った。それは、多くのトレーナーの憧れであり、目標になったということだ。……そして、君の隣に立ちたいと願う者たちにとっても、その背中は今まで以上に遠く、重いものになっているんだよ」
アランが一歩前に出た。
「サトシ。守るべきものがある強さを、お前は知っているはずだ。……だが、向けられた想いから目を逸らし続けるのは、強さではない。それは、相手の覚悟に対する侮辱だ」
グラジオが低く、刺すような声で付け加える。
「……特に、うちの妹や、お前を信じてここまで来た者たちの心を、無自覚に踏みにじるような真似は許さない。世界王者なら、その責任を、バトル以外でも示してみせろ」
ライバルたちの、かつてないほど真剣で重い言葉。
オレは、ピカチュウを抱きしめる手に力を込めた。
(……みんな、オレのことを怒ってるんじゃない。オレが『最強』になったからこそ、それに見合う『答え』を求めてくれてるんだ)
「……わかったよ。みんなが何を言いたいのか、正確にはまだ分からないかもしれない。けど……」
オレは四人の目を、真っ直ぐに見返した。
「オレは逃げない。明日、みんながくれる気持ちに、オレは全力で向き合う。それが、オレなりの『王者の責任』だ!」
シゲルは一瞬驚いたように目を見開き、やがて満足そうにクスクスと笑った。
「……合格だ。それでこそ、僕が認めた唯一のライバルだよ」
「……フン。精々、足元を掬われないことだな」
シンジが背を向ける。だが、その足取りはどこか軽やかだった。
「明日、お前がどんな答えを出すか……見届けさせてもらうぞ、サトシ」
アランとグラジオも、それぞれの想いを胸に去っていく。
一人残された展望デッキ。 オレは、少しだけ冷たくなった夜風を頬に感じながら、明日という日の本当の意味を、初めて噛み締めていた。
「……行こうぜ、ピカチュウ。明日は、特別な一日になりそうだ」
「ピカッ!」
月明かりの下、オレはピカチュウを肩に乗せ直し、昨日までの自分とは少し違う、新しい覚悟を胸に宿して一歩を踏み出した。