ポケモン最強トレーナー・サトシ、バレンタインで好感度が限界突破している件 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
ブルーベリー学園、テラリウムドーム。
放課後のドームは静かで、昼間の実習の名残だけが空気に残っていた。
高い天井越しに投影された人工の夕陽が、ガラス張りの回廊をオレンジ色に染めている。
水辺と緑が混ざり合うその光景は、どこか落ち着かなくて、でも優しい。
マノンは回廊の端で立ち止まり、小さな箱を胸に抱きしめていた。
(……いる)
少し先。
テラリウムを見下ろせる場所に、見慣れた背中がある。
黒いジャケット。
無駄のない立ち姿。
隣には、翼を畳んだリザードンが静かに寄り添っていた。
ブルーベリー学園に来てから、アランはよくこの場所にいた。
一人で考え事をしたい時。
自分と向き合う必要がある時。
(……声、かけられるよね)
何度も自分に言い聞かせて、マノンは一歩踏み出した。
「……アラン」
呼ぶと、彼はすぐに振り返った。
「マノン?」
一瞬の驚き。
それから、ほんの少しだけ緩む表情。
「どうしたんだ?」
「えっと……」
言葉を探して、マノンは視線を落とす。
箱を抱える指先に、自然と力が入った。
研究区画を借りて、何度も温度を調整して作ったチョコ。
慣れない設備で、失敗もした。
(でも……今日じゃなきゃ、ダメだった)
「今日さ」
顔を上げる。
「バレンタインなんだ」
夕陽の光が、二人の間に落ちる。
「アランに、渡したいものがあって」
マノンは一歩近づき、箱を差し出した。
アランの視線が、箱に落ちる。
「……俺に?」
「うん」
少しだけ、照れたように笑う。
「ブルーベリー学園に来てから、忙しそうだったし。でも……どうしても、今日がよかった」
一瞬、沈黙。
遠くで水が循環する音が、静かに響いていた。
アランは、すぐには手を伸ばさなかった。
「……マノン」
低い声。
「俺は、ここに来てからも……自分のこと、まだ整理できてない」
マノンは、首を横に振る。
「分かってる」
即答だった。
「迷ってるのも、考えてるのも」
一歩、近づく。
「でも、逃げてないよね」
視線を上げ、まっすぐに見る。
「ちゃんと学園に来て、授業も受けて、前に進こうとしてる」
少しだけ、声が柔らぐ。
「私は……そういうアランが好き」
アランの目が、わずかに見開かれる。
「強いところだけじゃない」
マノンは続けた。
「悩んで、立ち止まって、それでも進もうとするところ」
一拍。
「大切に思ってる」
夕陽が、二人の影を並べて伸ばす。
アランは、ゆっくりと手を伸ばし、箱を受け取った。
指先が触れ合う、ほんの一瞬。
「……ありがとう」
その声は、いつもより低くて、柔らかかった。
「軽く受け取れる気持ちじゃない」
箱を見つめながら、続ける。
「今の俺は……誰かの想いに、簡単に答えられる立場じゃない」
マノンは、少しだけ困ったように笑う。
「うん。知ってる」
でも、すぐに明るく言った。
「それでも、受け取ってくれたなら……それでいい」
アランは、しばらく黙っていた。
やがて、静かに口を開く。
「……ブルーベリー学園に来て」
視線を逸らしながら。
「過去から逃げずに、考え直そうって思えた」
短い沈黙。
「それは……一人じゃなかったからだ」
マノンの胸が、ぎゅっとなる。
「そばにいて、何も言わずに信じてくれた」
それは、アランなりの精一杯の言葉だった。
マノンは、ふっと笑った。
「それなら」
箱を指さす。
「このチョコは、その“お守り”」
リザードンが、低く、穏やかに鳴いた。
「溶ける前に食べてね」
「ああ」
短い返事。
でも、迷いはなかった。マノンは一歩下がる。
「じゃあ……今日は、これで」
踵を返す前、振り返る。
「ブルーベリー学園に来てよかった」
少しだけ照れて。
「アランに、また会えたから」
アランは一瞬言葉を失い――
それから、ほんの少しだけ、微笑った。
マノンが去ったあと。
アランは箱を開け、中のチョコを見つめる。
(……甘いな)
味だけじゃない。
ブルーベリー学園の夕暮れの中で、まだ名前を持たない想いが、静かに、確かに残っていた。