【完結済】ポケモン最強トレーナー・サトシ、バレンタインで好感度が限界突破している件   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

24 / 56
セレナの告白〜あの日の勇気を、今、言葉に

バレンタインデーの、夕暮れ。

 

ハルカ、カスミ、スイレン、ヒカリ、マオ、アイリス、リーリエ……。一人ひとりの真っ直ぐな想いを受け止めるたびに、オレの胸の奥には、まだ答えを出せていない大きな宿題が、静かに積み上がっていった。

 

テラリウムドームのセントラルスクエア。人工の夕陽が、ガラスの天井をゆっくりとオレンジ色に染めていく。オレは噴水の縁に腰掛けて、今日という一日の重さを噛み締めていた。

 

「ピカ……」

 

肩の上で、ピカチュウがオレの頬にそっと体を寄せた。

 

「ああ、分かってる。……まだ、あいつが残ってるもんな」

 

シゲルたちに「王者の責任」を突きつけられた、あの夜から。オレはもう、みんなの気持ちから目を逸らさないと決めた。だからこそ、最後の一人には、ちゃんと正面から向き合いたかった。

 

その時、噴水の反対側から、聞き覚えのある元気な声が飛んできた。

 

「サトシ、みーつけた!」

 

振り返ると、そこにいたのはユリーカだった。カロスで一緒に旅をした、シトロンの妹。あの頃はまだ小さかったのに、今では見違えるほど背が伸びている。デデンネが、その肩でちょこんと鼻を鳴らした。

 

「ユリーカ……。どうしたんだ、こんなところで」

 

ユリーカは腰に手を当てて、少しだけ大人びた顔で、でも昔と変わらない真っ直ぐな瞳でオレを見上げた。

 

「あのね、サトシ。セレナ、ずっと勇気を出そうとしてるんだよ。今日のために、何日も前からチョコを作り直して、鏡の前で何回も練習してた。……サトシ、お姉ちゃんが来たら、ちゃんと最後まで聞いてあげてね」

 

ユリーカの声は、いつものおねだりとは違う、真剣な響きを帯びていた。カロスの旅の途中、「お兄ちゃんのお嫁さんになってよー!」なんて言って回っていた小さなあの子が、今は本気で、セレナの想いをオレに託そうとしている。

 

「約束だよ、サトシ。セレナを……泣かせないであげてね」

 

「……ああ。分かった。ちゃんと、向き合うよ」

 

オレが頷くと、ユリーカは安心したように微笑んで、デデンネと一緒に、そっと回廊の奥へと駆けていった。すれ違いざま、その足音が別の、静かな足音と入れ替わる。

 

夕陽を背にして、一人の女の子が立っていた。

 

風になびく、あの頃より少しだけ短くなった髪。落ち着いた、けれどどこか華やかな空気を纏った立ち姿。手には、ポフレをベースに繊細にデコレーションされた、彼女らしい華やかなチョコの箱を、両手で大切そうに抱えている。

 

「サトシ。……待たせて、ごめんね」

 

セレナだった。オレは立ち上がり、真っ直ぐに彼女を見つめ返した。

 

「いや。来てくれて、ありがとう。セレナ」

 

数秒の沈黙。噴水の水音だけが、二人の間を静かに流れていく。先に口を開いたのは、セレナの方だった。

 

「覚えてる? サトシ。……私たちが、一番最初に会った日のこと」

 

「マサラタウンの……オーキド博士のサマーキャンプ、だよな」

 

セレナは、少しだけ驚いたように目を見開き、それから柔らかく笑った。

 

「うん。私、森で迷子になって、転んで、動けなくなって……泣いてたの。そこに来てくれたのが、サトシだった。膝にハンカチを巻いてくれて、手を引いて、『最後まで諦めちゃダメだよ!』って」

 

セレナは、胸に手を当てた。

 

「あの言葉が、あのハンカチが……ずっと、私の背中を押してくれてたんだ。カロスでサトシと再会できたのも、パフォーマーになるって決めたのも、全部……あの日の『勇気』から始まったの」

 

オレの脳裏に、カロスの旅が次々と蘇る。何度もつまずいて、それでも立ち上がって、自分だけの夢を見つけていったセレナ。オレは、その姿に、いつも眩しいものを感じていた。

 

「そしてね」

 

 セレナは、一歩、オレに近づいた。その瞳が、夕陽を映してきらきらと揺れている。

 

「カロスでお別れする時、私、エスカレーターを駆け上がって……サトシに、私なりの『答え』を返したよね。……あの時は、それで精一杯だった。言葉になんて、できなかったから」

 

――あの日のことは、オレも忘れちゃいない。離れていく背中を、ただ見送ることしかできなかった、あの日のことは。

 

「それから、ミナモの埠頭で、もう一度サトシに会えて。……パルデアの修学旅行の夜も、私、本当は伝えようとしたの。でも、いつもあと一歩のところで、言えなかった」

 

セレナは、パルデアの夜、星空の下で言いかけた言葉を、オレはポケモンの鳴き声にかき消されて聞き逃していた。今なら、分かる。あれは、こういう気持ちだったんだって。

 

「でも、もう逃げない。今日は……ちゃんと、言葉にするって決めてきたから」

 

セレナは大きく息を吸い込み、震える声で、けれど一言も逃さないように、はっきりと言った。

 

「サトシ。私ね、パフォーマーとして世界一になるっていう夢がある。でも……その夢の一番てっぺんに立った時、隣で笑っていてほしいのは、サトシだけなの」

 

「幼馴染とか、旅の仲間とか……そういう言葉じゃ、もう足りない。あなたのことが、誰よりも……世界で一番、大好き。だから、お願い。私を、サトシの『特別』にしてほしい」

 

差し出された箱を通じて、セレナの指先の震えが、まっすぐにオレの胸に伝わってきた。

 

 (……あの日、森で泣いていた女の子が。オレの一言を胸に抱いて、こんなに強く、こんなに綺麗になって……今、オレという一人の人間に、その全部をぶつけてくれてるんだ)

 

マサラの森から、カロスの空、ミナモの海、パルデアの星空。ずっと繋がっていた一本の糸が、今この瞬間、確かな熱を持って、オレの手の中で結ばれようとしている。その事実に、鼓動が痛いほど速くなった。

 

「……セレナ。ありがとう。お前のその気持ち、真正面から、受け止めたぜ」

 

 オレは、逃げずにセレナの瞳をじっと見つめて、誠実に答えた。あの日、手を引いて立ち上がらせた時と同じ、真っ直ぐな気持ちで。セレナの顔に、少しだけ希望の色が滲む。

 

「じゃあ……返事は?」

 

オレは、正直に告げた。

 

「ごめん、セレナ。こんなに大事な、お前が勇気を振り絞ってくれた気持ちを……オレは、今すぐには決められないんだ。中途半端な返事で、お前の想いに応えたくない。オレも、ちゃんと真剣に向き合う時間が、欲しいんだ」

 

セレナの瞳が、一瞬だけ揺れた。でも、彼女はもう、うつむかなかった。

 

「でも……必ず、お前の気持ちに対して、オレの最高の答えを出す。返事は、ホワイトデーに必ずする。……それまで、待っていてくれ」

 

セレナは、オレの真剣な眼差しの中に、嘘が一つもないことを感じ取ったんだと思う。目尻に涙を溜めたまま、それでも、カロスの舞台で一番になろうとした時と同じ、気高くて美しい笑顔を作ってみせた。

 

「……うん。分かった。約束だよ、サトシ」

 

セレナは、大切なチョコの箱を、そっとオレの手に乗せた。

 

「これ、サトシが一番頑張れるようにって、私の『特別な想い』を全部込めて作ったの。……ホワイトデーまで、逃げないでね。私、今度こそ、ちゃんとサトシの言葉を聞くから」

 

そう言うと、セレナは一度も立ち止まることなく、夕陽に向かって、自分の足で真っ直ぐに歩き去っていった。その背中は、もう、オレの背中を追いかけるだけの女の子のものじゃない。自分の夢へ向かって進む、一人のパフォーマーの背中だった。

 

回廊の陰で、ユリーカがそっと目元を拭って、姉の後を追っていくのが見えた気がした。

 

オレは、セレナのチョコを両手で包み、そのまま、ポケットの上からぎゅっと握りしめた。

 

「ピカチュウ……。オレ、今日、いっぱいの想いを受け取ったな」

 

「ピカ……」

 

肩のピカチュウが、今日一日で一番、優しく鳴いた。

 

8人分の、真っ直ぐな想い。友情なんかじゃ括れない、一人ひとりの覚悟。それを全部、この胸に抱えて――オレは、ホワイトデーまでに、自分だけの『最高の答え』を、必ず見つけ出さなきゃいけない。

 

夕陽が、テラリウムの地平線へと沈んでいく。オレは、握りしめた温もりを胸に、静かに、でも確かな一歩を踏み出した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。