ポケモン最強トレーナー・サトシ、バレンタインで好感度が限界突破している件 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
ブルーベリー学園、バトルコート裏のベンチ。
実習を終えた生徒たちの熱気がかすかに残るこの場所で、オレは一人、夕暮れを待っていた。
「ピカチュウ、緊張してるか?」
「ピカ……」
肩の上で、ピカチュウがオレの顔を覗き込む。
今日はホワイトデー。
バレンタインにヒカリから受け取った、あの真っ直ぐな想いに答えを出す日だ。
オレは、シンオウ地方で彼女と過ごした日々を思い出していた。
何度もハイタッチを交わし、互いの夢を自分のことのように追いかけてきた。
だからこそ、中途半端な気持ちで向き合うことだけはしたくなかった。
「……フン。相変わらず、バトル前のような顔をしてやがる」
不意に投げかけられた冷ややかな声。
自販機の前で缶コーヒーを手に、シンジが立っていた。
「シンジ……。まだ学園にいたのか」
「データの整理だ。……サトシ。お前が今からやろうとしていることは、バトルよりも残酷で、かつ誠実さが求められる行為だ。見くびるなよ」
シンジは一歩近づき、鋭い視線をオレに向ける。
「ヒカリはお前の背中を見て、自分のスタイルを確立した。その相手から否定される痛みが、どれほどのものか……。逃げるなよ。お前が『相棒』と呼ぶなら、最後までその誇りを守らせてやれ」
シンジはそう言い残すと、入れ違いにやってくる足音を聞き、背を向けて闇に溶けるように去っていった。
「サトシ!」
弾んだ声とともに、ヒカリがやってきた。 いつものミニスカートに、軽やかな足取り。でも、近づくにつれて、その瞳に隠された不安と期待が、オレには痛いほど伝わってきた。
「待たせてごめんね。それで……ホワイトデーの、返事……だよね?」
オレは逃げずに、ヒカリの真っ直ぐな瞳を見つめた。
「ああ。ヒカリ……。気持ち、本当に嬉しかった。でも、オレは……『特別な人』にはなれない。ゴメン!!」
一瞬、風が止まった。 ヒカリの笑顔が固まり、ゆっくりと俯く。
握りしめられた彼女の拳が、微かに震えていた。
「そっか……。うん、わかってたよ。サトシは、いつだって真っ直ぐだもんね。私のこと、ちゃんと見てくれた上での答えなんだよね」
消え入りそうな声。
でも、彼女はすぐに顔を上げ、涙を堪えて笑ってみせた。
「でも、サトシ! 私にとってサトシは、世界で一番最高の相棒なの。それだけは、変わらないよね?」
「当たり前だ!」
オレは強く頷き、右手を差し出した。
「ヒカリは、オレが負けそうな時に一番近くで応援してくれた。ヒカリがいたから、オレは強くなれたんだ。だから、その情熱を次はコンテストの舞台で、世界中の人を笑顔にするために使ってほしい。オレも、負けずに進むから!」
ヒカリは一瞬、目を見開いた。
そして、溢れ出した涙を力強く手の甲で拭うと、オレの差し出した右手に、いつものように勢いよく、パチンとハイタッチを交わした。
「……っ、わかったわよ! サトシがそう言うなら、私、世界一のトップコーディネーターになってやるんだから! サトシがポケモンマスターになった時、私がその隣に立つのに相応しい自分になって、迎えに行ってあげるわ!」
ヒカリは泣き笑いのような表情でそう叫ぶと、一度も振り返らずに、でも力強い足取りで駆け去っていった。
一人残されたベンチに、ハイタッチの熱さが残っている。
恋愛という形では応えられなかった。
けれど、オレたちの「相棒」としての絆は、この痛みを通じて、より深く、一生消えないものに変わったのだと確信した。
「……大丈夫だ、ピカチュウ。オレも、進まなきゃな」
夕焼けに染まるバトルコートを見つめながら、オレは新しい決意を胸に、一歩を踏み出した。