ポケモン最強トレーナー・サトシ、バレンタインで好感度が限界突破している件 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
ブルーベリー学園のコーストエリア。
夜の波打ち際に立つと、テラリウムドームの中だというのに、アローラの海に近い潮の匂いがした。
「ピカチュウ、夜風が気持ちいいな……」
肩の上でピカチュウが短く鳴く。
ホワイトデーの月明かりが砂浜を白く照らし、寄せては返す波の音が、オレの心の迷いを洗い流していくようだった。
「……サトシ。覚悟はできているようだな」
闇の中から火の粉が舞うような気配とともに、カキが歩み寄ってきた。
「カキ……」
「スイレンが来る。あいつはいつも冗談ばかり言っているが、今夜の瞳はヴェラ火山の火口より熱く燃えていたぞ。サトシ、どんな答えを出そうと、全力でぶつかれ。それが、アローラの絆を信じた者同士の礼儀だ」
カキはオレの肩を一度、熱を込めるように強く叩き、バクガメスと共に静かに闇へと消えていった。
あいつなりに、オレの「振る側の責任」を認め、激励してくれたのだと分かった。
やがて、静かに砂を踏む音が聞こえてきた。
スイレンだ。いつものスクールバッグを肩にかけ、月明かりを背にして立っている。
「……こんばんは、サトシ。ホワイトデーのお返事、聞かせてくれる?」
声は、凪いだ海のように穏やかだった。
オレは逃げずに、スイレンの深い青色の瞳を見つめた。
「ああ。スイレン……。気持ち、本当に嬉しかった。でも、オレは……スイレンの想いには応えられない。ごめん」
一瞬、波の音だけが大きく響いた。
スイレンは驚いたふうもなく、ただ静かに目を伏せた。
「……そっか。やっぱり、私の『釣り』には、サトシはかかってくれなかったんだね」
いつものように冗談を言おうとしているが、その声が微かに震えているのを、オレは見逃さなかった。
「スイレン。オレは、アローラで一緒に海を渡り、強くなった時間を忘れない。君の『伝説のポケモンを釣る』っていう夢、そして海を愛する強さは、オレにとって大きな力になった。……でも、オレの心の中には、どうしても隣にいてほしいと願う、たった一人の存在があるんだ」
(……そうだ。ずっと胸に秘めてきた、あの笑顔がある。その存在に胸を張って向き合うために、オレはここで自分の心に嘘をつくわけにはいかない)
オレは言葉を続けた。
「スイレンのその熱い情熱は、オレを釣るためじゃなく、世界中の海を驚かせるために使うべきものだ。オレは、ポケモンマスターになる道を選ぶ。それは、スイレンが海を極める道とは、別の場所にあるんだ」
「……わかってるよ」
スイレンは、足元の砂をサンダルで弄んだ。
「私、サトシが決めたことなら、笑って見送るよ。……だって、私は海の民の娘だもん。逃げた魚を追いかけるより、もっと大きな獲物を狙うのが、私らしいでしょ?」
顔を上げると、少しだけ目を潤ませていたが、口元には不敵な笑みを浮かべていた。
「サトシ。あんたが選んだ道の先が、世界で一番輝く場所だって信じてる。もし、あんたが立ち止まることがあったら……その時は、私の竿で、力ずくで釣り上げてあげるから」
スイレンは、腰に差していた釣り竿をぎゅっと握りしめた。
「次に会う時は、伝説のポケモンを釣り上げて、あんたをびっくりさせてあげる。……それまで、サヨナラは言わないよ」
背を向けると、一度も振り返らずに夜の波打ち際を歩いていった。
その背中は、どんな大波にも屈しない、一人の立派なトレーナーのものだった。
オレは、月光に照らされた海を見つめ続けた。
(スイレン……。ありがとう。その竿は、いつか本当に世界を釣り上げるんだな)
アローラの海がくれた温かさと、今の胸の痛みが混ざり合い、オレの決意はさらに研ぎ澄まされていった。