ポケモン最強トレーナー・サトシ、バレンタインで好感度が限界突破している件 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
ブルーベリー学園、テラリウムドーム内のジャングルエリア。
夜になり照明が落ちたドーム内は、野生の熱気と幻想的な静寂に包まれていた。
オレは大きな木の根元にあるベンチに座り、暗闇の向こうから漂う森の匂いを吸い込んだ。
「ピカ……」
膝の上で丸くなるピカチュウが、緊張を解きほぐすように鳴く。
誰かの真っ直ぐな想いに向き合うのは、何度経験しても慣れることはない。
けれど、ここで言葉を濁すことこそが、相手への最大の非礼になると、オレは自分に言い聞かせていた。
「サトシ。このエリアの空気は、野生のエネルギーと決意が混ざり合った、非常に高貴なアロマを醸し出しているね」
暗闇から、静かにデントが姿を現した。
「デント……。起きてたのか」
「アイリスが来るよ。彼女の心のフレーバーは、今、かつてないほど鋭く磨き上げられている。サトシ、君の出す答えが、彼女という一輪の花をさらに強く咲かせるための『エッセンス』になることを願っているよ」
デントは優雅に一礼すると、夜風に溶けるように立ち去った。
親友として、そしてソムリエとして、オレたちの「最高の答え」を信じてくれているのが分かった。
やがて、頭上の枝を器用に伝う音が聞こえ、アイリスが身軽にオレの前に降り立った。
「サトシ。……ホワイトデーの返事、ちゃんと言いに来てくれたんだね」
いつもの快活な調子を装っているが、その瞳には深い緊張が宿っている。
オレは立ち上がり、アイリスの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ああ。アイリス……。気持ち、本当に嬉しかった。でも、オレは……アイリスの想いには応えられない。悪い」
アイリスの顔から、一瞬で色が失せた。
両手をきつく握り、唇を噛みしめる。
涙を見せるまいと、わざとらしく上を向いた。
「……やっぱりね。そういうところ、ホントに子どもなんだから」
震える声。
いつもの台詞が、今は自分を支えるための唯一の盾のように聞こえた。
「アイリス。オレは、アイリスと出会って、ドラゴンの強さや、才能にいつも驚かされてきた。……でも、オレの心には、生涯を懸けて守りたいと決めた大切な約束があるんだ」
(……そうだ。ずっと胸に秘めてきた、あの笑顔がある。その存在に胸を張って向き合うために、オレは一歩も引くわけにはいかない)
オレは言葉を続けた。
「アイリスの夢は、自身がその強い意志で叶えるべきものだ。オレは、ポケモンマスターを目指す。別の場所からだけど、最高のドラゴンマスターになるのを、誰よりも信じてる」
「……わかってるわよ」
アイリスは、大きく深呼吸をしてからオレを見据えた。
「サトシが決めたことなら、もう何も言わない。……だって、サトシはいつだって、自分の心に正直な『子ども』なんだもんね」
一筋の涙を乱暴に拭うと、隣に現れたオノノクスの体を優しく撫でた。
「わかったわ、サトシ。サトシが選んだ道の先が、本当に正しいか……私がドラゴンマスターになった時に、見極めてあげる。その時、もし迷子のままでいたら、今度こそ私が叱ってあげるから!」
アイリスはそう言い残すと、オノノクスと共にジャングルの暗闇へと力強く消えていった。
一人残されたベンチに、アイリスの熱い決意が残っている。
(アイリス、ありがとう。……その光に負けないくらい、オレも、決断の先にある未来へ突き進むぜ)