ポケモン最強トレーナー・サトシ、バレンタインで好感度が限界突破している件 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
オレはブルーベリー学園の学生食堂の片隅にある、テラス席にいた。
ここは夜になるとハーブの香りが漂い、どこかアイカ食堂の裏庭を思い出させる場所だ。
「ピカチュウ……。あと、もう少しだ」
ピカチュウはオレの膝の上で、元気づけるように「ピカピ!」と短く鳴いた。
オレは、今日という日の重さを噛み締めていた。
一人ひとりの想いと向き合うたびに、オレの心は削られ、重い鉛を抱えているようだった。
誰かを選び、誰かを選ばない。
その決断がどれほどの痛みを伴うか、今さらながら痛感している。
「サトシ。分析データによると、君の精神的な負荷はもう限界値に近いよ」
暗がりのベンチから、トゲデマルを連れたマーマネがひょっこり顔を出した。
「熱量」を分析していたあいつは、今もスマホロトムを手に、静かにオレを見つめていた。
「マーマネ……。まだ起きてたのか」
「マオがもうすぐ来る。あいつ、アイカ食堂の新メニューを開発する時みたいに、ずっと一生懸命、君への言葉を練ってたんだ。……計算じゃ割り切れない想いって、本当にあるんだね。サトシ。太陽は沈む時が一番綺麗だけど、一番寂しいんだよ。……最後まで、ちゃんと見てあげてよね」
マーマネはそう言うと、トゲデマルと一緒に暗い廊下へと消えていった。
やがて、軽やかな、だけどどこか躊躇うような足音が近づいてきた。
マオだ。トレードマークのキャスケットを脱ぎ、両手で大切そうに抱えている。
「こんばんは、サトシ! 待たせちゃったかな?」
彼女はいつもの太陽のような笑顔を見せたが、その声はわずかに上ずっていた。
「マオ……」
「……ホワイトデーの返事、聞かせて?」
オレは、マオの温かい、茶色の瞳をまっすぐに見つめた。
「マオ。オレの答えは……ゴメン!!」
マオの笑顔が、一瞬だけピクンと震えた。
でも、彼女は泣かなかった。代わりに、大きく、深く深呼吸をした。
「……うん! わかってた。サトシは、嘘をつけないもんね」
彼女はテラスの柵に寄りかかり、夜のドームを見上げた。
「私ね、サトシに会って、世界にはこんなに美味しいものや、楽しいことが溢れてるんだって知ったの。お母さんのことがあって、一時期は心に霧がかかってたけど……。サトシが、その霧を全部晴らしてくれたんだよ」
「マオ……。オレは、マオが作ってくれる料理や、その笑顔に何度も救われた。マオの夢……アイカ食堂を世界一にするっていう夢は、絶対に叶う。オレは、心に決めた道がある。でも、マオの夢を応援する気持ちに嘘はないんだ」
「ありがとう、サトシ」 マオは振り返り、今度は少しだけ寂しそうな、でも晴れやかな顔で笑った。
「私、もっと修行するよ。サトシが選んだその人と、いつか一緒にアイカ食堂に来てくれた時……『あぁ、やっぱりマオの料理が世界一だ!』って言わせちゃうくらいにね!」
彼女はオレの手を取り、握手するようにギュッと握った。
その手は、料理人の、温かくて力強い手だった。
「サトシ。あんたが選んだ道、絶対に後悔しないで進みなさいよ。……もしお腹が空いて倒れそうになったら、いつでもアローラに帰ってきな。最高に美味しいご飯を作って待ってるから!」
マオはキャスケットを深く被り直し、一度だけ大きく手を振ると、食堂の奥へと駆けていった。
オレは、彼女が消えた後も、手に残る温もりを感じていた。
(マオ……。お前の笑顔は、これからもたくさんの人を幸せにするんだな)
決断の重みが、オレの肩をさらに重くする。
でも、その重みこそが、オレが選んだ道に対する責任なんだ。