ポケモン最強トレーナー・サトシ、バレンタインで好感度が限界突破している件 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
ブルーベリー学園、テラリウムドーム。
放課後のコーストエリアは、春に近づいた光を帯びて、穏やかだった。
水面に反射する光が、白い通路にゆらゆらと揺れている。
コハルは、その端にあるベンチに腰掛け、足を軽く組んで待っていた。
(……落ち着かない)
今日は、ホワイトデー。
バレンタインの日に、自分からチョコを渡した。
あの時は、勢いもあった。
言葉も、気持ちも、全部出し切った。
でも――
(今日は、ゴウから、だよね)
期待してるみたいで、少し嫌。
でも、期待しないふりをするのも、もう無理だった。
「……コハル」
聞き慣れた声。
顔を上げると、ゴウが立っていた。
隣にはエースバーン。
いつもより少しだけ、服装がきちんとしている。
(……分かりやすい)
「待たせた?」
「別に。今来たとこ」
素っ気なく言ったつもりなのに、声が少し上ずった。
ゴウは、そんなことお構いなしに続ける。
「その……さ」
珍しく、言い淀む。
「今日、ホワイトデーだろ」
「知ってる」
即答。
「忘れてたら、ここ来てないでしょ」
「だよな」
苦笑して、ゴウはポケットを探る。
「これ」
差し出されたのは、白い箱だった。
飾り気は少ない。
でも、丁寧に選ばれたのが分かる。
「……ありがとう」
コハルは、そっと受け取った。
箱の感触が、妙に現実味を帯びる。
「中、見ていい?」
「うん」
箱を開けると、中には小さな焼き菓子と、簡素なメモ。
——いつも、ありがとう。
それだけ。
でも。
「……ゴウらしい」
思わず、そう口に出た。
「だろ?」
少し照れたように笑う。
「正直、何書いたらいいか分かんなくてさ。データにも答え載ってなかった」
「当たり前でしょ」
コハルはくすっと笑った。
「でも……いい」
箱を閉じて、胸に抱く。
「ちゃんと考えてくれたの、分かるから」
ゴウは、ほっとしたように息を吐いた。
「……よかった」
少し間が空く。
水の音だけが、二人の間を満たす。
「ねえ、ゴウ」
「ん?」
「バレンタインの日さ」
視線を水面に向けたまま言う。
「私、結構勇気出したんだけど」
「……うん」
「ちゃんと、伝わってた?」
ゴウは、少し考えてから答えた。
「伝わってたよ」
即答じゃない。
でも、真剣。
「だからさ」
コハルを見る。
「俺も、ちゃんと返したかった」
一歩、近づく。
「研究仲間とか、幼馴染とか……そういうの全部ひっくるめて」
言葉を探しながら。
「コハルが隣にいるのが、当たり前になってたけど」
一拍。
「当たり前じゃ、なかった」
コハルの胸が、きゅっと鳴る。
「俺は……」
少しだけ、照れたように視線を逸らす。
「……これからも、同じ方向を見ていたい」
シンプルで、不器用で。
でも、ゴウなりの精一杯。
コハルは、少しだけ間を置いてから言った。
「……遅い」
「え?」
「そういうの」
でも、すぐに笑う。
「でも、いい」
ベンチから立ち上がり、ゴウの前に立つ。
「私も、同じだから」
はっきりと。
「一緒に進もう」
エースバーンが、嬉しそうにぴょんと跳ねた。
「……そっか」
ゴウは照れくさそうに頭を掻く。
「じゃあ、これからもよろしく」
「なにそれ」
コハルは笑った。
「付き合い始めの挨拶みたい」
ゴウは一瞬固まり、
「……あ」
気づいたように言った。
「……そういうこと?」
コハルは、少しだけ顔を赤くして、視線を逸らす。
「……さあ?」
でも、否定はしなかった。
夕方の光が、二人を包む。
研究仲間でも、幼馴染でもない。
でも、まだ恋人とも言い切れない。
それでも――
確実に、同じ方向を向いている。
ブルーベリー学園のホワイトデー。
白い箱に込められた答えは、もう、十分すぎるほど甘かった。