ポケモン最強トレーナー・サトシ、バレンタインで好感度が限界突破している件 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
オレは今、テラリウムドームのジャングルエリアを歩いている。
午前中の明るい陽射しが木々の間から差し込んで、葉っぱの露がキラキラ光っている。
いつもなら「すっげー! 最高の気分だ!」って走り出すところだけど……今のオレは、ポケットの中にある小さな袋を握りしめたまま、さっきから同じ場所をぐるぐる回っている気がする。
昨日、デントに「今日の君はいつもと違う香りがするね」なんて言われた時は「何言ってんだよ」って笑い飛ばした。
けど、いざアイリスに会ってお返しを渡そうと思うと、急に足がすくむ。
アイリスは、イッシュ地方で一緒に旅をした大事な仲間だ。
何度も「子どもね!」ってからかわれて、そのたびに言い返してきた。
けど、マスターズトーナメントでアイリスの全力のバトルを見た時、オレはアイリスの中に、今まで気づかなかった「強さ」と……それから、なんだかうまく言えないけど、すごく綺麗なものを見た気がしたんだ。
(もし、これを受け取ったアイリスが、いつものみたいに笑わなかったら……。アイリスが、見たこともないような女の子らしい顔をしたら、オレ……どうすればいいんだ?)
そう思うだけで、心臓がバクバクして、バトルの時よりずっと息が苦しくなる。
「……ピカ?」
肩の上のピカチュウが、心配そうにオレの顔を覗き込んできた。
「大丈夫だって、ピカチュウ。……よし、行くぞ!」
オレが自分に言い聞かせるように一歩踏み出した、その時だった。
「サトシ。そのステップ……今の君は、かつてないほど繊細で、情熱的なフレーバーを纏っているね」
木陰からデントが静かに姿を現した。
彼は茶化すような雰囲気ではなく、二人の間に流れる真剣な空気を尊重するように、穏やかな眼差しを向けている。
「デント……」
「僕が口を挟むまでもないだろう。君はもう、最高の『答え』という名のレシピを完成させている。アイリスは……ドラゴンマスターを目指す彼女は、嘘偽りのない真っ直ぐな想いだけを、正面から受け止めるはずだよ。さあ、テイスティングの時間は今だ」
デントは優雅に一礼すると、それ以上は何も言わず、サトシが通るべき道を空けるように身を引いた。
その静かな後押しに、オレの背中がスッと軽くなった。
(アイリス、どこにいるんだ……)
「――なーに、サトシ。さっきから行ったり来たりして。……相変わらず、子どもね」
頭の上から聞こえてきた声に、心臓が跳ねた。
見上げると、アイリスがツタを掴んでスルスルと降りてくるところだった。
アイリスはいつものように不敵に笑っている。
……けど、何か違う。
いつもならそのまま飛び降りてくるはずなのに、今日はツタにぶら下がったまま、少し離れた位置で止まった。
「アイリス……。あ、あのさ」
「……う、うん」
アイリスがじっとオレを見つめる。
その瞳は、バトルの時の鋭さとは違う、何かを確かめるような熱を持って潤んでいるように見えた。
(そうだ。アイリスは、待ってるんだ。オレの答えを……)
そう自覚した瞬間、ポケットの中の袋が急に熱を持ったみたいに感じられた。
沈黙が流れる。ジャングルのポケモンたちの鳴き声が遠くに聞こえる。
「サトシ。……今日は、何の日か忘れてないよね?」
アイリスの声が少しだけ震えていた。
強気な言葉とは裏腹に、彼女の手がツタをギュッと握りしめている。
アイリスは知っているんだ。
オレが今日、ここに来た意味を。
「忘れるわけないだろ。オレ、お前に……」
オレは一歩、アイリスの方へ踏み出した。
「アイリス!」
「……っ」
アイリスが肩を震わせる。
オレはポケットから袋を取り出し、まっすぐに彼女に差し出した。
「これ、バレンタインのお返しだ。……受け取ってくれ!」