ポケモン最強トレーナー・サトシ、バレンタインで好感度が限界突破している件 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
テラリウムドーム、ポーラエリア。
放課後の静まり返った雪原に、オレの吐き出す白い息がゆっくりと溶けていく。
人工雪が淡く光を反射し、どこまでも白い世界が広がっていた。
寒さは嫌いじゃない。
シンオウを旅していた頃、雪の中を何度も進んできたからな。
――それでも。
ポケットの中にある小さな袋が、歩くたびにカサリと音を立てる。
その音が鳴るたびに、心臓が一拍、早く跳ねた。
(……落ち着け、オレ)
バトル前なら、こんな風に足が止まることはない。
なのに今日は、前に進むだけなのに、やけに勇気がいる。
「……ッ」
少し先に、見覚えのある後ろ姿があった。
白銀の景色を背に、ポッチャマと並んで雪原を眺めているヒカリ。
肩まで伸びた髪の先が、冷たい風に揺れている。
学園では、毎日顔を合わせている。
同じ授業を受けて、食堂で並んで、バトルでも組む――
それが当たり前の日常。
さっきの授業だって、一緒だった。
「今日、寒いねー」
なんて、いつも通り笑って話したばかりだ。
……それなのに。
いざ「お返し」を渡そうと思うと、足が前に出ない。
(最高のパートナー、だからか)
隣にいるのが当たり前になりすぎて、その関係を変える一歩が、怖い。
その時だった。
「――相変わらず、ぬるいな」
背後から響いた、低く、氷のように澄んだ声。振り返らなくても分かった。
「……シンジ」
この学園に交換留学生として来ている、かつての宿敵。今も変わらず、鋭い気配をまとってそこに立っていた。シンジは腕を組んだまま、感情の読めない瞳でオレを射抜く。
「何を立ち止まっている。そんな無意味な時間を費やすのが、今の貴様の全力か」
「そんなんじゃねえよ。オレは……」
言いかけて、言葉に詰まる。
シンジは、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「迷うなら、やめておけ。だが……」
シンジは一歩近づき、低い声で続けた。
「ヒカリを待たせるな。貴様が選んだ答えが、ただの『思い出作り』ではないのなら、その覚悟を証明してこい」
それだけ言うと、シンジはすれ違いざまに、オレの肩をドンッと強く突き放すように叩いた。
不意の衝撃に、足が雪を蹴る。
「……っ、分かってるよ!」
反射的に声が出た。
「サンキュー、シンジ!」
振り返ると、シンジは一度もこちらを見ることなく、吹雪の向こうへと歩いていくところだった。
(……あいつなりの、喝だな)
昔から、余計なことは言わない。
でも、核心だけは外さない。胸の奥が、じんわりと熱くなる。
「よし……!」
オレは、そのまま真っ直ぐに走り出した。
雪を踏みしめる音が、静かなポーラエリアに響く。
その音に気づいて、ヒカリがゆっくりと振り返った。
「あ、サトシ」
予想していたみたいに、穏やかに笑う。
「やっぱり、ここに来た」
白いニット帽の端を、指先でいじりながら。
少しだけ、照れくさそうに。
(……分かってたのか)
ポッチャマもこちらに気づき、「ポチャ?」と小さく鳴いたあと、空気を読んだみたいに少しだけ距離を取る。
「ヒカリ」
オレは、ヒカリの前で足を止めた。
息を整える暇も惜しくて、ポケットに手を伸ばす。
「……これ」
袋を取り出し、まっすぐ差し出す。
「バレンタインのお返しだ。受け取ってくれ!」
「……っ」
ヒカリの瞳が、はっきりと揺れた。
毎日会っている「最高のパートナー」としての日常が、その一瞬で、別の色に塗り替えられる。
ヒカリは一度、袋とオレの顔を見比べてから、震える手で、ゆっくりと――でも、逃げずに受け取った。
「……ありがと、サトシ」
胸元で袋を抱きしめる。
「信じてたよ」
顔を上げ、まっすぐに笑う。
「……『大丈夫!』ってね」
いつもの口癖。
でも、その声は微かに震えていて、潤んだ瞳には、隠しきれない想いが溢れていた。