ポケモン最強トレーナー・サトシ、バレンタインで好感度が限界突破している件 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
テラリウムドーム、サバンナエリア。
乾燥した風が吹き抜けるこの場所は、アローラの温暖な気候をどこか思い出させる。
ポケットの中にある小袋の感触を確かめながら、黄金色に輝く草原を歩いていた。
「……マオ、この辺にいるって聞いたんだけどな」
放課後、食堂や実習室で顔を合わせるいつもの日常。
マオはいつも「サトシ、今日もいっぱい食べなよ!」明るく笑いかけてくれる。
けれど、今日はその笑顔にどう応えればいいのか、心が少しだけざわついていた。
胸の奥が、なんだか落ち着かない。
ポケットの中の小袋を確かめるたびに、心臓の音が速くなる。
バトルより緊張しているかもしれない。
(……マオ……)
声に出した瞬間、背後から聞き慣れた電子音が響いた。
「やっぱりここにいたんだね、サトシ」
振り返ると、マーマネがデバイスを片手に、少しだけ茶目っ気のある笑みを浮かべて立っていた。
トゲデマルが肩でピョコンと跳ねる。
「マーマネ……お前、何してんだ?」
「何って……君の応援だよ。サトシがここで立ち止まっちゃう確率は、僕が計算しなくても分かってたからね。マオならあそこの休憩所で、新しいレシピの試作をしてるよ。……冷めないうちに、早く行ってあげなよ」
マーマネはデバイスを閉じると、カキたちと誓い合った「男の約束」を思い出すように、オレの肩をポンと叩いた。
「サトシ。マオの笑顔を一番近くで守れるのは、君しかいないんだから」
「……マーマネ」
友人の真っ直ぐな言葉が、オレの背中を強く押した。
「サンキュー、マーマネ!」
オレは駆け出した。遠くに見える休憩所。
エプロン姿でフライパンを振るマオの姿が、夕陽に照らされて輝いていた。
「……マオ!」
声をかけると、マオは驚いたように顔を上げ、すぐにいつもの太陽みたいな笑顔を見せた。
「あ、サトシ! ちょうどいいところに。新作の試食、お願いしてもいいかな?」
その声は明るいが、オレには分かった。
マオの指先が、ほんの少し震えている。
毎日顔を合わせているのに、今日は違う。
ホワイトデーという特別な空気が、二人の間に流れている。
深呼吸した。
ポケットの中の小袋を握りしめる。
バトルなら、迷わない。
けれど、これは……オレにとって、もっと大事な勝負だ。
「試食もいいけど……これ。バレンタインのお返しだ。受け取ってくれ!」
真っ直ぐに、マオの目の前にお返しを差し出した。
「……っ」
マオの動きが止まる。
ゆっくりと手を伸ばし、オレの手からその包みを受け取った。
指先が触れた瞬間、サバンナの熱気よりも熱いものが、胸に広がった。
「……ありがとう、サトシ。……私、信じて待ってたんだよ」
その言葉に、心臓が跳ねた。
マオの笑顔は、いつもの笑顔なのに、どこか違う。
何か言わなければならない。そう思うのに、言葉が喉に張り付く。
代わりに、差し出したオレの手が、抑えきれない高揚感で震えていた。