ポケモン最強トレーナー・サトシ、バレンタインで好感度が限界突破している件 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
オレの相棒とも言えるカスミとタケシ、テラリウムドーム、コーストエリア。
人工の太陽が容赦なく照りつけ、足元の白い砂浜を熱く焦がしている。
エメラルドグリーンの波が打ち寄せるたびに、潮の香りが鼻をくすぐる。
オレは波打ち際で立ち止まり、小さな箱を握りしめた。
「……カスミ」
カスミの顔を思い浮かべると、自然と口元が緩む。
と同時に、言いようのない緊張が胃の奥をチリチリと焼いた。
カスミとは、誰よりも長い時間を一緒に過ごしてきた。
マサラタウンを出て、右も左も分からなかったあの頃。
ピカチュウを助けるために、カスミの大切な自転車をめちゃくちゃにして……。
そこから始まったカントー、オレンジ諸島、そしてジョウトの旅。
オレがワールドチャンピオンになった後も、ずっとその存在は隣にあった。
数えきれないほどの喧嘩をした。
「このおてんば人魚!」って何度言い返したか分からない。
けれど、オレが落ち込んでいる時、一番厳しく、けれど誰よりも温かく背中を叩いてくれたのも、いつだってカスミだった。
「腐れ縁……か」
そんな便利な言葉で片付けられない想いが、今、オレの中で爆発しそうになっている。
いざ、カスミの前に立って、ホワイトデーのお返しなんていう「特別な想い」を伝える。その照れ臭さは、これまでのどんなジム戦よりも、世界大会の決勝戦よりも、オレの心臓を激しく揺さぶっていた。
「おいおい、そんな顔をしてたら、せっかくの綺麗な海が泣いちまうぜ、サトシ」
聞き馴染みのある、あの落ち着いた声が背後から響いた。
振り返ると、そこには腕を組み、海風に吹かれるタケシの姿があった。
ニビジムを出てから、オレたちの旅を一番近くで見守り、支えてくれた、最高の仲間だ。
「タケシ! いつからそこに……」
「ついさっきだ。お前がその箱を睨みつけながら、初恋の少年のように悩んでる姿を見かけたもんでな」
タケシは少しだけ悪戯っぽく目を細め、ゆっくりとオレに歩み寄ると、その大きな手をオレの肩に置いた。その手の温かさが、オレの強張った肩を少しだけほぐしてくれる。
「サトシ。お前とカスミのことは、ニビジムを出たあの日からずっと見てきた。お前たちが言葉にしなくても分かり合っていることも……、あまりに近すぎて、一番大切な言葉を飲み込み合っていることも、全部な」
タケシの言葉が、オレの胸に深く突き刺さる。
そうだ、オレたちはいつも「当たり前」のように一緒にいすぎて、一番大事なことを後回しにしてきたのかもしれない。
「カスミは今、あそこの岬で海を見ているぞ。……いいか、サトシ。カスミはジムリーダーとして立派にハナダジムを守る、強い女性だ。だけどな、好きな男の前では、ただの年相応の女の子なんだ。お前が真っ直ぐ正面からぶつかれば、カスミも必ず真っ直ぐにお前を受け止めてくれる。……お前の『全力』、見せてやれ」
「……タケシ。ああ、分かってる。オレ、カスミを世界一幸せにするって決めたんだ。サンキューな、タケシ!」
オレの瞳に、迷いのない光が宿る。
タケシの激励を受け、オレは砂を蹴って岬へと走り出した。
背中越しに、「頑張れよ、サトシ」というタケシの優しい呟きが聞こえた気がした。
岬の先端。 潮風にオレンジ色の髪をなびかせ、水平線をじっと見つめているカスミの後ろ姿が見えてきた。
かつてより少しだけ大人びたその背中。
でも、あの日から変わらない、オレの大切な、たった一人のカスミ。
「カスミーーー!!」
オレは声を限りに名前を呼んだ。
カスミが驚いたように肩を跳ねさせ、バッとこちらを振り返る。
「……ちょっと、サトシ!? 急に大声出さないでよ、びっくりして海に落ちるかと思ったじゃない!」
いつもの勝気な口調。
腰に手を当ててオレを睨みつける、いつものポーズ。
けれど、夕陽のせいだけじゃない。
カスミの頬が、リンゴみたいに赤らんでいるのを、オレは見逃さなかった。
オレは一歩、また一歩と、砂を踏みしめてカスミの目の前まで歩み寄る。
波音さえも遠ざかるような、二人の熱い沈黙が始まった。