雅が本当の兄の様に慕っていた分家の兄が、雅の母親を介錯した話。   作:ザワザワする人

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皆さんのお陰で、こんな続けられてます。自分めちゃくちゃ飽き性なので。



温もりの後遺症

 

 

 

 

「流坊。お主最近無理しておるな?」

 

「してませんよ。青衣先輩」

 

「では、女を誑かしておるな?」

 

「え……?」

 

「してる訳ないでしょう。何を根拠に」

 

「最近、帰宅が早いではないか。それに其方と居る時感じた事のない匂いがするぞ?」

 

「……事件の被害者を匿ってるだけですよ。今までレンタルスペースとかカプセルホテルで寝てたらしいので」

 

「えぇ……!?」

 

「ほほう?隅に置けぬな色男め」

 

「先輩が思ってる様な事してませんよ」

 

「嘘をつくでない。屋根を同じくする男女でする事など一つであろう?」

 

「ち、青衣先輩!!な、な、な、何言ってるんですか!!」

 

「朱鳶よ。最近流坊は早く治安局を去るにもかかわらず、疲労困憊の様子。怪しさ満点であるな」

 

「先輩は男子中学生ですか?」

 

「へ、変な事言わないでください!!私、顔を冷やしてきます!!」

 

朱鳶は、特務捜査班の部屋から出て行った。

 

「先輩が変な事言うからですよ」

 

「元を辿れば、流坊の責であるな」

 

「それで?朱鳶をわざわざ追い出して、何が聞きたいんです?」

 

「ほほう?バレておったか。ならば話は早い。お主、あの事件を勝手に調査しておるな?」

 

「…………」

 

「沈黙は肯定と見做すぞ?」

 

「………」

 

「ダンマリか。全くとんだ問題児であることよ」

 

「上に言いますか?」

 

「さての。上に進言したとして我にメリットがあるならば話は別であるが」

 

「もう少しです。あれらの事件の()まで突き止めれば……」

 

「上も若干であるが、勘づいている様子が見られる。その証拠に、其方の昼の仕事はいつにも増しておるからな」

 

「……頑張ります」

 

「何、我も手伝おう」

 

「良いんですか?」

 

「我は後輩の仕事を手伝っただけの優しい優しい青衣先輩である」

 

「…ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

「っ……寒いな……」

 

イヴリンはいつものように依頼をこなした後に、いつも通り家へと向かう。

イヴリンは同棲に反対するべきだった。

このままでは流雅の善意に溺れてしまうとイヴリン自身も考えていた。

 

 

『これからは、ちゃんとご飯食べてください。あとちゃんと寝てください』

 

『うっ……分かった……』

 

『……行く宛が無かったら、私の家に住みますか?』

 

『え……?』

 

『どうします?』

 

『あ……なら……お言葉に甘えて……』

 

(全く情けない……)

 

過去の会話を思い出すだけで、イヴリンの頬に赤が挿す。

気付けばもう扉の前だ。

ドアノブを捻ると、いつもの様に鍵は空いている事が分かる。

ドアを開けると、キッチンから溢れ出る料理の匂いが彼女の鼻腔を刺激する。

靴を脱ぎ、リビングへと向かう。

いつも通り、流雅は料理をしていた。

 

「ただいま」

 

「お帰りなさい。お風呂にします?ご飯にします?」

 

「お腹が空いたな…先に食事を頂こう」

 

「分かりました」

 

イヴリンはジャケットをハンガーに掛けて、机に向かう。

すると、いつも二人で食事を取る机に何かが置いてある事に気づいた。

両手で抱えられる程のダンボールだった。

何が入っているのだろうと、好奇心のままにイヴリンは覗き込む。

 

「チョコ……?」

 

詳しく見ると市販の物や、何かの袋に包まれたものまで様々。

 

(そうか……そう言えば今日は)

 

「バレンタインだったので色々貰ったんです。イヴリンさんも後で食べますか?」

 

いつの間にか二人分の料理をトレーで運んで来た彼に聞かれる。

 

「君が貰った物だろう?私は遠慮しておこう」

 

「実は、はっきり言うと……食べきれないんですよ……」

 

「そんなにか?」

 

「さっき数えたら40個位あって……」

 

「はぁ〜……君は人気者なんだな」

 

「別に人気じゃ無いですよ。色んな人の手伝いをしてたお返しのチョコみたいなものですし」

 

「はてさてそれは本当か?」

 

「揶揄わないでください。じゃあ、まずは料理を食べましょう。今日はカレーライスです。イヴリンさん意外と辛いもの苦手でしょう?」

 

「そうだが……何故分かったんだ?」

 

「この前の副菜。ちょっと辛くしたんですけど、食事の後に水を沢山飲んでましたよね。ごめんなさい。だから今日は甘口ですよ」

 

「……君はよく私を観察してるんだな」

 

「観察じゃありませんよ、気になるから見てるんです。自分が観察対象みたいなそんな言い方はしないでください」

 

「…分かった、ありがとう」

 

「それじゃあ食べましょっか。いただきます」

 

「いただきます」

 

彼の作る料理は、いつも同じ。

どこか温かくて、どこか優しくて、それでとても美味しい。

二十分ほどで、ちょうど二人とも食べ終わる。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

「それじゃあ……」

 

「チョコを食べるのか?」

 

「まぁそうですね。できる限り早く食べないと」

 

「仕方ないな、私も手伝おう」

 

「……ごめんなさい」

 

「別にいい。チョコを取ってくれないか?」

 

「いいですよ〜……はい、これをどうぞ」

 

「ありが……」

 

そう言って彼が取り出してきたのはハート型の包装をされた物。

おそらくだが包装のすぐ下にはチョコがある。

先程、彼は殆ど義理チョコみたいな物だと言っていた。

 

ここで、イヴリンに電流走る。

 

(まさか…他にも……)

 

「すまない。他のチョコも見せてくれないか?」

 

「他のですか?別にいいですけど……あぁでもバレンタインって言うのにチョコが意外と少なかったんですよね」

 

「た、たとえば?」

 

「えっと………飴?みたいなやつとか……マカロンとかカップケーキとか……」

 

(確か……全て本命の人物に贈る物じゃないか?)

 

「一番多かったのがドーナツでしたね。チョコドーナツ」

 

(もうダメだな、多分彼は一生気づかないだろう)

 

「すまなかった……私はこれでいい」

 

そう言って私は包装を破って、ハート型のチョコを取り出す。

口にすると、市販の物とは異なる甘すぎるチョコが口の中を満たす。

私は、なぜかそれに。

 

(…………?)

 

無性に、腹が立った。

別に美味しくなかった訳ではない。手作りにしてはよく出来ている。

包装も素晴らしかった。

よく分からない感情の答えを、今は出さない事にした。

 

「あ、すっかり忘れてた……」

 

そう言って彼は、リビングを出ていった。

一人になると、どうしても先程の自分の心に正解を探そうとしてしまう。

それを紛らわそうと、またチョコを口にしてみる。

やっぱりこの甘さが、ひどく自分を苛立たせる。

改めてそれを理解したとしても、そこに至るまでの感情の経路がよく分からない。

 

「……さん?…イヴリンさん?」

 

「あ、あぁ。すまない。少しぼーっとしていた。それで、何を忘れていたんだ?」

 

「実はたまたまインターノットで見たお菓子を作ってみたんです。何日もかかったんですけどね。ちょうどいいですし、一緒に食べましょう」

 

「これは………」

 

「マロングラッセって言うらしいです。栗が入ってますけど食べられます?」

 

「あぁ、頂こう」

 

口にすると、先程の胸を締め付けていた物がするりと消え去った。

 

「美味しい……」

 

でも今度は、また別の何かが先程よりも強く心を締め付ける。

でも決して苦しくはないし、痛くもない。苛立ちも当然ない。

 

(…………?)

 

私は、やっぱりまたその感情に蓋をした。

なんだか、それは閉じ込めておいた方がいいと、漠然とそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、イヴリンはいつもと同じ様に仲介人から依頼を受けにとある酒場に居た。

 

「今回の依頼はこれだ」

 

「了解した」

 

「一つ聞いて良いか?」

 

「何をだ」

 

「最近顔色が良くなってきたな。サロンにでも通い始めたか?」

 

「……言う必要があるか?」

 

「そう怒るな。表情も少しだけ柔らかくなったんじゃないか?」

 

「……気のせいだろう。失礼する」

 

「あぁそうだ。一つ言わなきゃならない事を忘れてた」

 

「何だ」

 

「どうやら最近、組織を嗅ぎ回ってる治安官がいるらしい」

 

「…?組織は治安局の一部を取り込んでいると聞いていたが」

 

「さてな。そもそもワシも治安局を取り込んでいる事が嘘か真かは知らん。だが誰かが嗅ぎ回っているというのは事実だ。数名送りこんだが、全員返り討ちだと」

 

「何者なんだ」

 

「だから知らんと言っておる。いつかお前さんにも依頼が回ってくるかもな」

 

「…特徴は?」

 

「狐のシリオンだそうだ。垂れ耳のな」

 

イヴリンの頭に、彼の姿が重なった。

 

「……失礼する」

 

考えるのをやめイヴリンは酒場を出て、いつもの事の様にあの場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

イヴリンが向かったのは勿論、流雅の家。

ドアノブを捻るといつもあの時と同じ、温かい料理の匂いが彼女の鼻を刺激する。

 

「ただい……ま?」

 

だが今日はおかしかった。

いつもの匂いがせずに、人の気配もない。

いつもイヴリンが帰る頃には流雅は居た。イヴリンの頭に不安が()ぎる。

 

廊下を通り、台所まで向かうとその不安は解消された。

いつも二人で食事を取る机に置かれていたのは一枚の置き手紙とラップに包まれた料理。

手紙を手に取り確認する。

 

『ごめんなさい。急に夜の仕事が入りました。ご飯は作っておいたのでレンジで温めてください』

 

(彼も忙しいんだな……)

 

走り書きで書かれているのを加味すると、本当に急な仕事だった様だ。

イヴリンは料理をレンジに入れ、温まるのを待つ。

その時間がひどく彼女には億劫だった。思考する時間を与えてしまうから。

先程、仲介人から告げられた言葉。

 

『いつか、お前さんにも依頼が来るかもな』

 

イヴリンは、もうほとんどは分かっている。

流雅が追っているのは自分の所属する組織であり、そしてまた流雅も組織に狙われている。

 

(依頼が来たら……私はどうすれば……)

 

もう彼女は冷酷なエージェントにはなれない。

二度とそれに戻れない程の温かさを知ってしまった。

チンッ!と、温めが完了した音に彼女の思考は止められた。

そして彼女は一人食卓に座る。

久方ぶりの一人の食事を取る彼女の背中には、切なさと後悔が入り混じっていた。

 

 

 

 

そしてこの日を境に、流雅は家に帰らなかった。

 

 

 

 

 

 

「お前らに、今回のホシについて教える!!」

 

「全員気合いを入れろ!」

 

「怪盗団、モッキンバードのボス!狡猾で策謀家」

 

「常に上流階級の社交場に顔を出し、毎度盗んだ後は派手な方法で逃げる!」

 

(まさ)しく!我々への挑発だ!!」

 

「ある時は、遂に奴を追い込んだと思った!」

 

「だが奴は!窓を割ってホロウに飛び込みやがった!!」

 

「あれはどうかしている!!」

 

「だが!!今回が奴の最期!!今回の狙いであるコイツを囮に…!」

 

「……空!!??ま、まさか奴は既に……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「などと、今更奴らは焦りに駆られているだろうな」

 

「わざわざ治安官になりすます必要が?」

 

近くに潜んでいるであろうモッキンバードを探そうと、治安局付近をヘリの光が照らし始めた。

 

「ビビアン、毎回同じ盗み方では品が無い。何より新鮮だっただろう?」

 

「……悪目立ちなのです」

 

彼らの成功を祝いそして治安局を嘲笑うかの様に、カラスが鳴く。

 

「あの慌てぶり、実に見物だろう?」

 

「それより何故バレなかったのです?ヒューゴの目と髪は特徴的なのです」

 

「今回のあちらの部隊があくまで急造部隊だったからだ。俺が予告状を出したのはつい先刻。治安官様とて暇では無い。集められたのは夜勤の者、もしくは家が近い者。そういったところだろう」

 

「情報を共有する暇が無かった……と」

 

ビビアンの返しにヒューゴは満足げに頷き、カラスもそれに応える様に鳴く。

 

「今日はよくカラスが鳴くのです」

 

「そうだな。俺たちへの祝福だろう」

 

「ヒューゴ、知らないのですか?カラスが鳴くと不幸が起こると言われているのです」

 

「不幸?誰も俺たちを捉える事など出来ないのにか?」

 

「……その自信を、少しは分けて欲しいのです」

 

ビビアンの愚痴に笑みを溢したヒューゴの胸には違和感があった。

 

(ビビアンの言う通り、今日は何故かカラスが鳴いている。気象の影響か?)

 

ヒューゴは夜目が効く。治安局の方向にはカラスは見当たらない。

後ろを振り返っても、左右を交互に見てもそれは変わらない。

 

(いないな……上か?)

 

「さてと……そろそろ撤退するのです。寒くなってきました……ヒューゴ?何をしているのです?」

 

ビビアンの疑問に答えずに、ヒューゴは空を見上げる。

 

彼らの頭上にはカラスが一匹。

 

今も鳴き声を出している。

 

ヒューゴは過去にゴミの掃き溜めの様な場所で生活していた。

 

故に知っている。

 

カラスは賢い生物。

 

意味もなく、自らの位置を伝える様に鳴き声を出さない。

 

天敵の一種のフクロウが動き出す深夜帯であれば尚更。

 

必然的にヒューゴの思考は一つの解に辿り着く。

 

()()()()()()()()()

 

「っ……!ビビアン!逃げるぞ!!」

 

「え?きゅ、急に大きな声を出さないでください!何故なのです!」

 

「俺達の位置がバレてい「見つけましたよ」……るからだ」

 

 

 

「モッキンバードの御二方」

 

彼らが立つビルの屋上に、一人の夜狐が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の読みは当たりましたね。どうせ治安局が慌てふためくのを見たがると思いました」

 

どこか飄々としたその男は、ゆるりと話し出した。

 

「……カラスを操れるのか?」

 

ヒューゴは自らの背にビビアンを隠しながら問う。

 

「それは映画の見過ぎでしょう。私は()()()しただけです」

 

頭上のカラスは急降下し、男の肩に乗る。

男がカラスに優しく触れるとカラスは緊張が解けた様に目の色が変わり、男の肩から飛びたった。

 

「私のエーテルを微量ですが流すことによって、ある程度の知能を得ます。大雑把に言えばこう言うことですが、貴方達に術法と言っても伝わらないでしょうから」

「本当は使いたくないんです。動物の脳に大きな負荷がかかりますから」

 

「さてと、お喋りはお終いです」

 

ヒューゴの手には先程盗んだ金庫が、抱えられている。

 

(ビビアンに持たせて逃げさせる?いやそもそも俺は一人でコイツから逃げられるのか?)

 

男は片手を後ろに回し、何かを取り出そうとしている。

 

(銃であったとしてそのまま撃つか、否か。撃たれた場合どちらにせよ、どうにも出来ん)

 

(()()使うか……?)

 

ヒューゴのコートの内ポケット。

そこには治安官の標準装備と同じ銃が隠されている。

潜入の際に準備した物を、偶々所持していた。

 

(どうせ逃げられん……やるしか…)

 

目の前に現れた男は、完全にヒューゴの脚本の外側。

更に先程、男が漏らした自分の技がヒューゴの焦燥を駆り立てる。

動物を使い、空や地からの柔軟な追跡が可能であるならばそれを振り切るのは至難の技。

未だかつてない程に、モッキンバードは窮地に立たされている。

鍛え上げられたマジシャンの如きヒューゴの手先は、眼前の男よりも鋭く動く。

ヒューゴの手に、確かにピストルのグリップが握られた。

 

パァァァァン!!

 

響いたのは一つの銃声。

 

カラスの鳴き声よりも。

 

ヘリコプターの稼働音よりも。

 

そしてヒューゴの心臓よりもうるさく。

 

ただ一つ。銃声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

流雅が居なくなった日から数日が経ち、イヴリンは再び仲介人から連絡を受け取った。

いつもの様に、ただ冷静に、と頭に言い聞かせあの酒場に向かう。

ドアベルの軽やかな音でさえも、彼女の不安定な心を揺さぶる。

 

「何か飲むか?」

 

「…結構だ」

 

今まで何十回と重ねた仲介人との決まった会話すらもどこか億劫。

イヴリンが席に着いても仲介人は喋らずに、手にあるコップを揺らす。

カランカランと、氷が鳴らす音が更にイヴリンの心臓を早くする。

 

「今回が最後の依頼だ」

 

仲介人はゆっくりと自分の隣の鞄から一枚の紙を取り出し、机に置く。

少し隅が破れている、いつも通りの紙。

左上には、ターゲットの写真が。

イヴリンはゆっくりと、背もたれに預けていた自分の体を起こす。

そして、恐る恐る目を開ける。

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

 

それが()であったと気づいた彼女の目の前は、忽然と黒く染まる。

まず、最初に来たのは安心。

良かった、無事だった、まだ生きてる。

 

現実は、そんな少しばかりの安寧をどうしようもない程に強く否定する。

先程の感情は刹那に消え去り、残ったのは心の空白感。

 

イヴリンが、彼が組織を追っていると知った時にこうなる事を予感していなかった訳では無い。

彼女は仕事上、常に最悪を想定する。また、その最悪への対応策を備える。

だが今回だけはそれは叶わなかった。

彼女にとって最悪を振り払う勇気が無かったからだ。

最悪という今この状況を、彼女は想像したく無かった。

だから、見ないふりをした。

直視するのは、余りにも恐ろしかったから。

 

今も彼女の頭に、最悪は無い。

現実の、目の前にある、突き付けられた悪夢を、彼女は未だに逃避する。

 

 

「名前はどうする?」

 

 

仲介人の声で、彼女の意識は必然的に最悪へと向けられる。

彼女が依頼を断ろうと、組織は別のエージェントを雇うだけだ。

彼女もそれを知っている。

そして、彼女は一度も依頼を断る事は無かった。

だから仲介人はいつも通りに、普通に偽名を聞く。

 

 

 

「あぁ……………」

 

 

 

だから、彼女がするのは浅い肯定だけ。

 

(どうすれば、彼を………)

 

彼女は、まだ逃避を望み続ける。

自らが逃避を望む事、それ自体が彼女の心を保たせる精神剤だ。

 

 

 

 

「……イヴリンで良い」

 

 

 

 

自分の声が、何故か遠くから聞こえた。

慌てるように出した声には動揺が詰まっていたが、仲介人はそれを意に返さない。

仕事の通りに、依頼書に名前を書き込む。それが、とても遅く見えた。

 

「期限は七日だそうだ」

 

「え………?」

 

「珍しいな、ワシも驚いた。わざわざ組織が時間制限を設けるとは」

「それ程、組織も焦ってるんだろうな」

 

七日。一週間。

人によるが、一瞬で過ぎると感じることも、一生のように長く感じることもある。

少なくとも、今のイヴリンにとってそれは余りにも短い。

 

「何か質問はあるか?」

 

「………ない」

 

仲介人は満足気に頷く。彼女の気も知らないままで。

イヴリンはもうここの空気が苦しくなり、立ち上がる。

 

(一先ず帰ろう。彼が帰っているかもしれない……もし、彼がいたら…………)

 

その続きが、どうしても出てこなかった

それでも、彼女は歩みを止めずに酒場を出ようとする。

その歩みを止めるものは何も無いし、中途半端な物で彼女は歩みを止めない。

 

 

だからこそ———

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろで、物音がした。

 

仲介人のほんの少しの呻き声が、聞こえる。

 

「動くな」

 

————その声に、耳を澄ませてしまった。

 

こんなに低い声を、聞いた事がなくても。

 

分かってしまった。

 

いつぶりだろうか。一週間も経っていない筈なのに、一年越しのように懐かしい。

 

「……………お久しぶりです…………」

 

でも今は。

 

今だけは。

 

会いたくなかった人。

 

自分が、()()()()()()()()()()

 

「イヴリンさん」

 

 

 

低い声のまま、流雅はその名を呼んだ。

 

 

 

 

 

 




雲嶽山昔話

「おぉ!すごいです師匠!!動物の言ってる事がなんとなく分かるし、ちょっと力を流したら言う事を聞いてくれます!!!これが術法なんですね!!!!」

「知らん……何それ……怖……」
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