雅が本当の兄の様に慕っていた分家の兄が、雅の母親を介錯した話。   作:ザワザワする人

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世界は案外狭いもの

 

「お前まさか……」

 

「喋らないでください。次喋ったら撃ちます」

 

仲介人の側頭部に、拳銃を突きつけながらも彼の目は真っ直ぐ私を捉えている。

その冷たい目が、私の胸を更に締め付ける。

目が合っているのに、まるで私を見ていない。

声を出そうにも、喉が砂漠のように乾いて上手く発声できない。

 

「イヴリンさん」

 

先に声を発したのは彼だった。

 

「あの糸を机の上に置いてください。それからナイフも」

 

「分か……った」

 

一瞬でも迷った自分が、どうしようもなく嫌いになる。

自分にそんな権利など無いと言うのに。

彼に言われるがままに、私は糸の先に取り付けられたナイフとその糸を操る為のグローブを脱いで、机においた。

 

「……………腕をこちらに」

 

沈黙の後に、彼は私の糸を使って仲介人を拘束した。

仲介人は従わざるを得ない。白髪の老人が現役の治安官に膂力で勝てる訳がないのだから。

 

「頼む、命だけは」

 

パァァァァン!!!

 

「言いましたよね、次喋ったら撃つと。次はありません。黙っててください」

 

躊躇いも無く、彼は引き金を引いた。仲介人のすぐ横の壁に銃弾がめり込み黒ずんでいる。

実弾だ。

 

「イヴリンさん」

 

彼の声に、思わず震えてしまった。

彼の右手には拳銃が握られている。いつでも私を殺せる。

 

(………当たり前か……)

 

私は、両手をゆっくりと上にあげる。

 

彼は、ゆっくりと右手をあげて左手を添える。

 

彼の銃撃の精度は先程分かった。

 

私と彼の距離は4m弱。

 

一撃で、私の頭を撃ち抜くだろう。

 

私は目を閉じる。

 

悔いがない、と言えば嘘かもしれない。

 

どこかに、残した物が、悔いがあるかもしれない。

 

でも今はこれでいいと、心の底から思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

そんな馬鹿らしい私の言葉は、銃声と重なり誰にも聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっ……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は痛みがなかったので、恐る恐る目を開けた。

 

彼の銃口からは確かに煙が出ている。

 

(外した……?)

 

私の疑問はすぐに解消された。

 

 

「クソッタレがぁ……!!」

 

 

私の後ろ。誰もいなかった筈の場所に大男が倒れていた。

 

血が出ている右手を左手で押さえている。

 

男の後ろには、持っていただろう小型のナイフが落ちていた。

 

「さっさと帰ってください。邪魔です」

 

彼の言葉に従い、そのまま大男は酒場の出入り口から出て行った。

 

「これで8回目ですかね。私を狙う暗殺者とやらは」

 

彼はそう言って、拳銃をゆっくりと床に置いた。

 

「結構疲れました。殺さない程度に痛めつけて帰ってもらうというのは」

 

そして彼は拳銃を、踵で後ろに蹴った。

ちょうど酒場の壁にコツンとぶつかり、静止する。

 

 

 

 

 

 

「お話、しましょう。イヴリンさん」

 

 

 

 

 

いつも私といる時の目に戻った彼は、躊躇いもなくそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさいマスター。騒がせてしまいましたね」

 

彼はそのままカウンターの席に座る。

 

「イヴリンさん、座ってください」

 

私も、彼の促されるまま隣の席に座った。

 

「何から話しましょうか?イヴリンさんの仕事の話からしましょうか?」

 

「………」

 

「それとも私が帰ってこなかった理由ですか?」

 

「………なんで……」

 

「それか……イヴリンさんが先程受けた依頼について」

 

 

「なぜ話す必要があるんだ!!」

 

 

「…………」

 

「私は君を殺す依頼を受けた!!!それ以前に何人も殺してきた!!君は治安官だろう!!その責務をなぜ果たさない!!」

 

「それは…」

 

「それが君の情であると言うなら、私を苦しめているだけだ!!!」

 

「……傲慢ですね」

 

「私は、ずっと傲慢だったさ!!現状が変わっていることに気づいているくせに何もしなかった!!!」

 

「……そうかもしれませんね」

 

彼は否定しなかった。

 

「イヴリンさんは意外と我儘です。勝手に一人で抱え込んで、勝手に私の手に全てを委ねようとしてる」

 

彼の冷静な言葉が、苦しい。

 

「でも少し間違えてます」

 

「…どこがだ」

 

思わず聞き返す。

 

「私はもう、治安官じゃありません」

 

「……は?」

 

「本当ですよ、先程上司から退職届を渡されました」

 

「……」

 

「これで、私がイヴリンさんを逮捕する理由は無くなりましたね」

 

「でも私は……」

 

「犯罪者」

 

彼の返答は早かった。

 

「「………………」」

 

沈黙は長く、私は立ち去ろうという考えすら浮かんできた。

 

「……言うか迷いましたけど、もう言います」

 

そんな私を止めたのは彼の一言。

 

 

 

 

「私は一度、人を殺めています」

 

 

 

 

「………え?」

 

「幼少の頃、育ての親を殺めました」

 

「っ……だから」

 

「なんだと言いたいんですか?」

 

「……そうだ」

 

「私だって最初はイヴリンさんが、暗殺者だとは分かりませんでした。普通の女性だと思いました。でもそれは違った」

「イヴリンさんも最初は、私の事を普通の人間と思った。でもそれは違った」

「人間誰しもが、誰にも言えない秘密を持っています。それを全部曝け出せ、と言うのはもっと傲慢です」

 

「何が……言いたいんだ」

 

「私はイヴリンさんを普通の人と、今も思っているって事です。人間の印象は、出会って数秒で決まるらしいですよ」

 

「…分からないな」

 

「じゃあイヴリンさんは今、私の事を殺人者として見れていますか?」

 

彼が、私の顔を覗き込んできた。

私の瞳に映るのは、お帰りを言ってくれたいつもの顔だけだった。

 

「……………………」

 

「それにイヴリンさんが私と出会ってから誰も殺してないって事くらい分かります。私は一応、狐のシリオンですし鼻が効くので」

 

「…君の勘違いじゃないのか」

 

「じゃあなんでとある廃棄コンテナの中に、人が数名住んでたんでしょうか?」

 

私は、息を呑んだ。

 

「バレたのか……」

 

「ターゲットを匿う為にはどうすれば良いか。殺さずに、そしてそれが組織にバレないにはどうすれば良いか。悪くない考えです。そもそものターゲットの活動を絶てば、組織も流石に生死はイヴリンさんの報告を信じるしかない」

「長年の信頼の積み重ねもあるかもですが」

「これで、私が出会った後のイヴリンさんは誰も殺してませんね」

 

 

 

 

「……どうして」

 

気づけば、そんな言葉が零れていた。

 

「どこで気づいたんだ?」

 

彼は、少し困ったように笑う。

 

「あなたが隠すのが下手だからですよ」

 

「……」

 

胸の奥が、音を立てて軋んだ。

 

「全部一人で背負って、何も言わないで、何も求めないで」

「そんな人が、平気な顔をしていられるわけがないでしょう」

 

言葉が、優しすぎて痛い。

 

「……私は」

 

喉が震える。

 

「私は……怖かった」

 

言ってしまった瞬間、何かが壊れた。

 

「君がいなくなるのが」

「君が私を知って、軽蔑するのが」

「私が……君を殺すしかなくなるのが」

 

止まらない。

 

「だから、何も言えなかった」

「全部終わるくらいなら、このまま壊れた方がマシだと思った」

 

気づけば、俯いた視界が滲んでいた。

 

「……最低だな、私は」

 

返事は、すぐには来なかった。

 

「ええ」

 

流雅は静かに頷いた。

 

「最低です」

 

否定しない。

それが、逆に救いだった。

 

「でも」

 

彼は続ける。

 

「このままだと、もっと最低になります」

 

「……どういう意味だ」

 

彼は一度だけ目を伏せる。

覚悟を決めるみたいに。

 

「イヴリンさん」

 

顔を上げる。

その目は、もう迷っていなかった。

 

「あなたは、私と離れた方がいい」

 

心臓が、止まった。

 

「組織は私の周囲を探り始めている」

「同棲していると知られれば、次は裏切り者としてあなたが標的になる」

 

言葉が出ない。分かっていた。

ずっと前から。

でも、彼の口から聞きたくなかった。

 

「だから」

 

彼は静かに続ける。

 

「私を殺す依頼は断ってください」

 

「………」

 

「その代わり、別の長期任務を受ける」

「あなたが、私から離れる理由になる」

 

全部、用意されていた。

私が言えない言葉を。

私が背負えない役を。

全部、彼が引き受けている。

 

「君は——」

 

「大丈夫です」

 

被せるように言う。

 

「これは、私のためでもありますから」

 

嘘だ。彼は嘘が下手だ。

でも、指摘しない。したらこれまでの物が崩れる。

 

沈黙。

 

長く、息が苦しいほどの沈黙。

 

「……分かった」

 

やっと、それだけ言えた。

 

彼は、少しだけ微笑む。

 

安心したみたいに。

 

それが、何よりも辛い。

 

「ありがとうございます」

 

礼を言われる筋合いなんてないのに。

 

「これで、あなたは生き延びられる」

 

「ここは、私が片付けておきます。組織には奴に襲われたとでも言っておいてください」

 

まるで任務完了の報告みたいな声。

 

私は立ち上がる。

 

もうここにいる理由はない。これ以上居たら、もう離れられなくなる。

 

「…………あ」

 

最後に、どうしても名前を呼びたくなる。

 

でも呼ばない。呼んだら()()()()()も言ってしまいそうになるから。

 

私は振り返る。

 

彼はいつも通りの朗らかな顔だった。

 

「……世話になった」

 

本当は違う。

 

本当は——

 

行かないでほしい。

 

一緒にいてほしい。

 

でも言わない。

 

言えば、彼の覚悟を踏みにじる。

 

「こちらこそ」

 

彼はそう言って、

 

「あなたと過ごせて、良かった」

 

と続けた。

 

もう私は限界だった。

 

私は扉を開ける。

 

夜の空気が、私の頬を冷やす。

 

「イヴリンさん」

 

呼び止められる。

 

それだけで、心が引き裂かれそうになる。

 

「どうか、お元気で」

 

「……君もだ」

 

それだけ返して、外へ出る。

 

扉が閉まる。

 

もう戻れない。

 

(これでいい)

 

胸が痛む。

 

(これで、彼は生きる)

 

だから歩く。

 

一度も振り返らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉が閉まった瞬間、酒場のざわめきはまるで最初から存在しなかったかのように途切れ、代わりに夜の冷たい空気が一気に肺の奥まで流れ込んできた。

 

それは痛みに近かった。

 

今まで自分がどれだけ張り詰めていたのかを、遅れて思い知らされるような冷たさだった。

イヴリンは歩き出す。

 

振り返らない。

 

振り返れば、あの扉の向こうにまだ居場所が残っているような錯覚に囚われてしまうと分かっていたからだ。

 

靴音だけがやけに鮮明に響く。

 

まるで自分の存在を街に告げているみたいで、ただひたすらに不快だった。

 

数分も歩かないうちに、灯りの届かない路地へと入り込む。

 

任務の際、何度も使ったことのある場所。人目がなく、気配を消しやすく、逃走経路にも向いている。

 

こんな時ですら、思考は仕事のそれだった。

 

壁に手をつく。

 

指先に力が入らない。

 

滑る。

 

膝が落ちる。

 

石畳の硬さが、遅れて体に伝わる。

 

それでも痛みはなかった。

 

代わりに、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚だけが広がっていく。

 

呼吸の仕方が分からない。

 

吸うべきなのか、吐くべきなのか。

 

肺が空のまま固まっているみたいだった。

 

(落ち着け)

 

任務前に何度も繰り返してきた自己暗示を思い出す。

 

(感情を切り離せ)

 

(これは、ただの状況だ)

 

頭の中では理解しているのに、体が従わない。

 

視界が歪む。

 

最初は何が起きているのか分からなかった。

 

ただ、頬を伝って顎へと落ちる水滴の感触で、ようやく理解する。

 

自分が泣いているのだと。

 

「……なんで」

 

声が掠れる。誰もいない場所で、初めて音になる。

 

「なんで、君なんだ」

 

問いに答える者はいない。

 

最初から分かっていたはずだった。

 

こうなる可能性を。

 

自分のいる場所が、どれだけ多くのものを奪うかを。

 

それでも手放せなかった。

 

あの部屋で過ごした何気ない時間を。

 

朝の光の中で交わした言葉を。

 

彼の言葉の温かさを。

 

自分を「普通の人間」として扱ってくれた、たった一人の存在を。

 

両手で顔を覆う。

 

肩が震える。

 

嗚咽が漏れそうになるのを必死に噛み殺す。

 

暗殺者は、音を立てない。

 

どんな状況でも。

 

それが体に染みついた習慣だった。

 

「……ごめん」

 

ようやく零れた言葉は、夜風に掻き消される程に小さかった。

 

「ごめん、流雅」

 

初めて、彼の名前をこんな形で呼んだ。

 

夜の闇が、その言葉を何事もなかったかのように飲み込んだ。

 

証明するものは何も残らない。

 

ただ胸の奥に深く、鋭い傷がついた。

 

長い時間が過ぎる。

 

やがて、涙は止まり、呼吸も整い、感情だけが削ぎ落とされた空虚が残った。

 

イヴリンはゆっくりと立ち上がる。

 

顔を拭う。

 

(行かないと)

 

今度は迷いなく歩き出す。

 

暗闇の奥へ。

 

振り返ることは、最後までなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バタンとあっけなく閉じた酒場の扉を眺めながら、ポケットから携帯を取り出す。

 

電話をかけた相手はワンコールで出た。

 

『こちらルミナス区域治安局です。事件ですか、事故ですか』

 

「事件です。あ〜……ある男が酒場に来て暴れてまして」

 

『…?酔っ払いという事でしょうか』

 

「そんな感じです。老人が一名()()()糸で雁字搦めにされてます」

 

『分っ…かりました。直ぐに向かいます。酒場の位置か店名を教えてもらえますか?』

 

「ルミナス区〇〇番〇〇〇〇-〇〇です」

 

『ありがとうございます。酒場でお待ちください』

 

再びポケットに携帯をしまって、先程糸で縛った老人に近づく。

 

「あなたは捕まるので。それから、捕まった後はさっさと情報を吐いたほうが身の為ですよ。治安局も流石に身寄りのない人をぽいっ、はしないでしょうから」

 

「ワシは、ただの仲介人だ」

 

「それしか知らないのでしたら構いません。でも違いますね。拍動が少し早くなった」

 

「………」

 

「瞳孔が少し大きくなりましたが、すぐに戻しましたね。裏社会で生き抜くコツみたいなものでしょうか?」

 

()()()の事を治安官に言っても良いんだぞ」

 

「……あいつ、とは。彼女の事ですか?」

 

「ワシはあいつにずっと依頼を渡してきた。あいつの姿なら目を閉じても浮かんでくる。それを治安官に伝えれば、お前の目論見も———っぁ……!!」

 

「すみません、聞こえませんでした。もう一度言ってくれますか?」

 

「お……まえっ…いと…で………」

 

老人の細い首が、細くしなやかな糸で縛られる。

 

「瞬きで返事を。一回で肯定。二回で否定です」

 

「あなたは、治安官に捕まる」

 

「………っ……」

 

老人は素早く瞬きを一回。

 

「あなたは、今夜目の前で起こった事を誰にも言わない」

 

「…………」

 

老人は躊躇い、流雅は更に強く糸を引く。

 

流雅と老人の目が合う。

 

老人は、この目を知っている。

 

長い人生の中で、この目を見たのは片手で足りる程度。

 

そのどれよりもドス黒い————人殺しの眼をしていた。

 

「………かっ………」

 

目玉が飛び出る程に、目を見開いた老人はゆっくりと瞬きを一度行った。

 

「次が最後です。よく考えて、素早く返事をしてください」

 

流雅はシュルリと老人の首から糸を外す。

 

「あなたは金輪際、彼女と関わらない」

 

「わ、分かった!!分かったから許してくれ!!!」

 

両手を後ろで縛られた老人は、壁に寄りかかりながら萎縮する。

すると、パトカーの起動音が微かに酒場に入り込んできた。

 

「私はこれで失礼します」

 

彼は老人を縛っていた糸を切り離し、彼女のナイフをポケットにしまった。

そして、彼女と同じように酒場を出て行った。

 

外に出て、再び彼はポケットから携帯を取り出した。

今度の相手は4コールで出た。

 

『もう連絡する必要は無いと思っていたが?』

 

「今一度感謝を告げなければいけないと思いまして」

 

『俺とお前の中で結んだのはただの取引だ。感謝の言葉など必要ない』

 

「それでもです。モッキンバードの貴方の協力が無ければ、あの酒場は分かりませんでしたよ」

 

『それだけか?ならば切るぞ。こちらも忙しい』

 

「そうですね……最後に一つだけ」

 

『………なんだ?』

 

「もうあなたは、()()()()()()()では無いんですね」

 

『…誰から聞いた』

 

「覚えていないのも無理はありませんね、あなたは部屋の隅で隠れていましたから」

 

『まさかお前……星見の……』

 

「それでは失礼します。あなたの過去に幸がある事を願っています」

 

『…ちょっと待て、結局お前の立場はどうなった』

 

「別に………治安官を辞めることになっただけですよ」

 

『……そうか、すまなかった』

 

「……もう切りますね」

 

通話を切り、携帯を仕舞う。

そうすると、いつの間にか一人の世界だ。

時間帯は深夜。

勤務疲れを酒で癒す者、男女二人でこれから一夜を過ごす者、グループ内でのカーストを維持する為に過激な行為をする学生達。

これら全ては彼にとっては赤の他人、だがそれでもそれぞれが無限の可能性を秘めている。

もしかしたら、自分と関わる事になるかもしれない可能性を。

そんな当たり前を、彼は漠然と感じた。

そう彼に感じさせたのは、無論イヴリンに他ならない。

 

(必然か、偶然か……)

 

彼はまた一人になってしまった。

行く宛はある、けれど足はそこには向かわない。

絶望感に浸るわけでも、悔恨に呑まれる訳でもない。

ただ空白だった。

 

 

『すごい活躍でしたね!!()さん!!」

 

 

その空白に、入り込んできたのはあるニュースの声。

 

音のした方を見上げると、ビルの側面にある液晶にニュースが映っていた、

 

『アルゴスホロウの活性を抑え込み、巨大エーテリアス、レルナの討伐!!』

 

『彼女が何千人を救ったのかは数え切れない!!』

 

『加えて、対ホロウ六課の創設!!これからの活躍が楽しみですね!!それでは、次のニュースです!』

 

視線を落として、彼は再びどこか自らも知らぬ場所へと歩き出す。

彼の頭には、治安官退職を言い渡された時の会話が反芻していた。

 

『君の行いは、治安官の風上にも置けない。犯罪者と協力しただと?市民がこれを知り、何を思うか。君はそれを想像出来ぬ程の間抜けではない筈だ』

 

『……セヴェリアン監察官。正義とは何ですか』

 

『正義とは、正しき義の元に行われる行動だ。今更なぜそのような事を問う』

 

『正しき義とは何ですか』

 

『……子供騙しもいい加減にしたまえ。何が言いたい』

 

『どんな悪人にも、公正の余地はあると言う事です。治安官は、私の考えには適さなかった。ただそれだけです』

 

『……私は君の事を買っていたんだがな』

 

『恐縮です。では、失礼します』

 

『君の理想は、間違っている。そんな世界は何処にもないし、存在したとしてそこには法も知性も存在しない』

 

(夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。………故に、夢なき者に成功なし)

 

彼の理想はほど遠い夢想郷に過ぎない。だが彼はそれを渇望する。

 

だがそれは決して、自らの許しを請う為ではない。

 

彼はただ純粋に、心から、人の善意を信じている。

 

果てしなき夢を再び追う為に、彼は誰も知らぬ何処かへ向かっている。

 

そんな彼に、声をかけた者がいた。

 

「星見流雅様で間違いないでしょうか?」

 

振り返ると、そこにいたのは彼よりも数十センチは身長のある狼のシリオンだった。

 

「星見総一郎様の命により、貴方をお連れいたします」

「どうか、お車にお乗りください」

 

だが、世界はもう彼を一人にしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(それから六課に入ったんだっけ、懐かしい〜……)

 

「す〜……す〜………」

 

「…あ、イヴリンさん?……寝たのかな?」

 

イヴリンさんに上から覆い被されるような体制で壁を背に座り込んでいたら、イヴリンさんが寝てしまったようだ。

 

(どうしよ……)

 

動かすことは出来るのだが、イヴリンさんの隈はすごい事になっているし寝かせてあげたい。

でも一応玄関は閉めておこうと思い、足を伸ばして扉を閉じようとした。

すると外から声が聞こえてきた。

 

えっと…こっちで合ってる筈……あ、もしかしてあそこかしら?」

 

声の主はゆっくりとこちらに近づいて来て、そのまま扉を開けて入って来た。

 

「あ、いた〜!!イヴリンったらなんでこんな人様の家で………」

 

「あ」

 

「……え」

 

「ん〜……?お嬢様……?なぜここに……」

 

 

三者それぞれの目があった。

 

 

「イイイ、イヴリンだってそんな関係の男性だってい、いるわよね!!!ごめんなさい!!お邪魔しちゃったわ!!」

 

「……は?…えっ…あっ……いや待て、お嬢様!!!私と彼は決して!断じて!!そんな関係では無い!!……なりたいとは…思っているが……い、いや、か、勘違いだ!!お嬢様!!」

 

「…………イヴリンさん」

 

な、なんだ!先程の事は全て忘れてくれ!!お嬢様のツアーライブ中に君が大怪我をしたと聞いて最後のライブが終わった瞬間に会いに来た……なんて言える訳がない………」

 

「元気そうですね、良かったです」

 

「…そうだな、君も顔が明るくなった」

 

「それを言うならイヴリンさんもです。あの時みたいな追われてる顔じゃないですね」

 

「…そうだな、楽しくやっている。その……ま、また会えるだろうか」

 

「勿論です。多分ですけど、組織はもう僕を追う気は無いので」

 

「そ、そうだったのか。なら…………また」

 

「えぇ。また!」

 

 

 

 

 

 

 

 

流雅は基本的に、目の前の相手との会話に集中するタイプだ。

だから今の間に鳴った彼のポケットの携帯の通知音に、気が付かなかった。

送り主は、月城柳。

 

 

 

 

『流雅さん、もう六課に来ないでください』

 

 

 




次回!雅とのイチャイチャ!!??

ぜってぇ見てくれよな!!
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