雅が本当の兄の様に慕っていた分家の兄が、雅の母親を介錯した話。   作:ザワザワする人

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十万回の拍動の映画の結末間違ってますやん。と今日気づきました。許して。

いつも感想、お気に入り、評価、本当にありがとうございます。


闇夜に響く

「あ、やっと起きましたか」

 

男が意識を再び取り戻した時、まず視界に映ったのは自分が敗れた相手だった。

男は逃走の為か、反撃の為か、後ろで縛られている自分の腕を力任せに左右に引く。

 

「イヴリンさ……プロが縛ってくれました。動かない方がいいですよ」

 

男は溜め息を吐き、自らの失敗を改めて実感する。

男があらためて周りを見渡してみると、それは先程の戦闘の場から変わっていなかった。

 

「アストラさんから離れるわけにもいかないので、ここで始めます」

 

目の前の椅子に座る流雅に、男はさらに警戒の意思を強く抱く。

先の戦闘の終盤で見せた、あの空気の冷たさとも似て異なる。

そんな異質な空間を、流雅は作り出している。

 

「………尋問でもすんのか?」

 

「別にしませんよ。そういうの嫌いなので」

 

「は?」

 

「だから普通に話してください。あなたの安全も保障します」

 

「はっ………分かった分かった。話してやるよ。どうせ失敗したしな」

「で?何が知りてぇんだ?俺もそこまで知ってるわけじゃねぇぞ」

 

少し悩んだ後、流雅は尋ねた。

 

「今回の暗殺者って何人くらいいます?」

 

「分からねぇな。だが俺が一番強かった。これは傲慢じゃなくてまじの事実だ」

「………()()()()()()()

 

「例外?」

 

「今回の依頼は複数人が受けてる。これはいい。だがその例外が問題だ」

「依頼には制限時間が設けられてた。あのあすとら?ってやつの次のコンサートまでだと」

 

(やっぱり制限時間があったのか………)

 

「ふっ、予想出来てたって顔だな。だがな、こっからが問題だ」

「依頼を受けた俺ら全員が失敗した場合、その例外がコンサートに来るんだと」

 

「最終保険……って事ですか?」

 

「ま、そういうことじゃねぇの?」

 

「その人どのくらい強そうでした?」

 

「分からねぇ。何も分からねぇんだよ」

 

「はい?」

 

「俺だってこの業界でもう長い。ある程度は、そいつの強さだって分かる」

「けどあいつだけは違った。強さの底が見えなかった」

「ま、そういう意味じゃ俺から見たあんたと同じかもな」

 

「………ありがとうございます」

 

「別にほめてねぇよ。気持ちわりぃ。ま、俺はあんたが勝つ方に賭けるぜ。どうせあんたが負けたら俺もそいつに殺されるしな」

 

「善処します。情報ありがとうございました」

 

「けっ………感謝なんて言われなれてねぇから気持ちわりぃな」

「あ、そうだ。言い忘れてた」

 

「何をです?」

 

「あんたとあすとらはターゲットだった。でもあの金髪の女もターゲットだったぜ?」

 

「………イヴリンさんの事ですか?」

 

「いや名前なんて知らねぇよ」

 

「…誰が一番報酬が高かったんですか」

 

「覚えてねぇ~……。まぁあすとらだろ。組織が依頼を受けたのはあすとらだけらしいしな」

 

男の言葉に、流雅は強烈な違和感を抱いた。

 

(イヴリンさんは分かる。おそらく組織自体が金を出してる。裏切り者のような立ち位置のはずだ)

 

(じゃあ一体、僕の事は………誰が殺したいんだ?)

 

(僕は治安官だった頃に一度狙われてる。そっちの理由は分かる。僕がイヴリンさんから逆算して、組織をあぶりだそうとしたからだ。失敗したけど)

 

(やっぱり特別執行課が関係してる?だとしたらTOPS?でも彼らには黒枝がいる。邪魔な方だとしたら黒枝が先じゃないのか?)

 

(………考えても仕方ないか)

 

堂々巡りだと分かり、流雅は一度考えないことにした。

 

 

 

 

 

 

屋上の空気は、昼間よりもずっと冷えていた。

高所を吹き抜ける夜風は彼らが思っている以上に静かで、けれど確かな重さを持っている。

ビル群の上に広がる空は深く、そこから見下ろす新エリー都は無数の光で埋め尽くされていた。

 

車のライトが流れ、ビルの窓に灯りが点り、遠くの広告スクリーンが淡く明滅している。

そのどれもが、いつもの夜と変わらない。

昼間に市街地であれほどの戦闘、爆発が起きたとは思えないほど、世界は平然としていた。

 

屋上の端には古い木製のベンチが置かれていた。

休憩用なのだろうが、この時間にここへ来る者はほとんどいない。

 

そのベンチに、二つの影が並んで座っていた。

二人は互いに顔を向けることもなく、同じ方向へ視線を向けていた。

目の前に広がる街の灯りを、ただ静かに眺めている。

 

距離は拳二つ分ほど。

近すぎるわけでも、遠いわけでもない。

どこか気を遣ったような、まだ決まっていない距離だった。

 

ベンチの背もたれに軽く体を預けながら、アストラは夜景を見つめている。

風が吹くたびに、長い髪が肩の上でゆっくりと揺れた。

 

流雅は隣で、緊張しているかのような姿勢のまま座っている。

背筋は自然と伸び、無駄な動きはほとんどない。

 

傍から見れば、恋人同士が二人で夜景を楽しんでいるように見える。

実際に流雅を強制的に誘い出したのはアストラであり、神妙な面持ちで誘われた流雅が断れなかったのも事実だ。

 

二人の頭から昼間の戦闘の記憶は消えていない。

爆発音、割れたガラス、走り出す人々の足音、誰かの悲鳴。

それらは今も、二人の意識のどこかに残っている。

 

「……ねぇ」

 

静かな二人だけの時間で、アストラがぽつりと口を開いた。

声は小さく、夜風に混ざりそうなほど柔らかい。

 

「流雅」

 

「…はい」

 

隣から返る声は落ち着いていた。

短い返事だが、きちんと耳を傾けていることが分かる声だった。

 

アストラはすぐには続けない。

少しだけ時間を置き、夜景の奥へ視線を伸ばす。

遠くのビル群の光を見ながら、言葉をゆっくりと選んでいる。

 

「私さ」

「数日前の、あなたのスピーチ見てたの」

 

流雅の視線が、ほんのわずかだけアストラへと動いた。

だが顔はまだ前を向いたままだ。

 

「……あれですか」

 

少し照れくさがっているようにも聞こえるが、あくまで落ち着いた声で流雅は返す。

 

「うん」

 

アストラは小さく頷いた。

 

あの日のテレビ越しの光景を思い出すように、ほんの少し目を細める。

人が集まり、カメラが並び、照明が当たる中で、流雅は静かに言葉を紡いでいた。

それでも、不思議と耳に残る言葉だった。

 

「正直ね」

 

アストラは軽く息を吐く。

 

「ちょっと意外だった」

 

夜風がベンチの前を通り抜ける。

アストラの髪が揺れ、その影がわずかに流雅の肩に落ちた。

 

「意外ですか?」

 

「うん」

 

アストラは夜景から目を離さない。

 

「もっとこう……すごいこと言うのかと思ってた」

 

「世界を守る、とか」

 

「絶対負けない、とか」

 

「ヒーローっぽいこと」

 

その言葉のあと、少しだけ沈黙が落ちる。

街の灯りが遠くで揺れている。

 

「でも違った」

 

アストラは静かに続けた。

 

「僕は英雄じゃありませんって言ったでしょ」

 

「……言いましたね」

 

「あれ」

 

アストラはベンチの座面に視線を落とす。

木の表面を指先で軽くなぞりながら、言葉を思い出す。

 

「なんか、インスピレーションが湧いてきたの」

 

「誰かを一瞬で救うヒーローでもないって」

 

「武の天才でもないって」

 

流雅の言葉をゆっくりと繰り返す。

 

「ただ、少し輝いてるだけの人間だって」

 

夜の空気の中でその言葉は妙に静かに響いた。

アストラは膝の上で指を組み少しだけ力を込める。

 

「それなのに」

 

視線はまだずっと前を向いている。

 

「それでも助けるって言った」

 

声がほんの少しだけ低くなる。

 

「皆が見なくていいものは、自分が見るって」

 

「怖がらなくていいって」

 

遠くの街灯りが、彼女の瞳の奥で揺れていた。

 

「……あれを聞いたときに」

 

言葉が一度止まる。

胸の奥で、あの日感じた感覚を探して、言葉にする。

 

「なんか、安心したの」

 

アストラは少しだけ、自分の事を不思議に思うように笑った。

 

「私が歌ってるとさ」

 

「みんな、私のことをすごい人だと思うの」

 

「光の中にいる人だったり、輝く人みたいな」

 

「でも実際は普通だよ」

 

アストラの声は少しだけ柔らかくなった。

 

「……皆、私の歌に興味があるだけで………本当は私に興味はないのかも………」

 

「な~んて、たまに考えちゃう事もあるし」

 

昼間の爆発音が、彼女の頭の奥で微かに蘇る。

 

「今日みたいなことがあると」

「ほんとに、今度のステージに立てるのかなって思うし」

 

彼女の指先が膝の上で少し震えた。

その震えを、流雅は見逃さなかった。自分の手をゆっくりと、彼女の手に重ねる。

アストラはほんの少しだけ横目で流雅を見た。

夜景の光が、彼の横顔の輪郭を淡く照らしている。

 

「………あなたのスピーチを思い出したの」

 

()()()()()()()()って言ってた」

 

「夜に怯えて目を閉じる必要はないって」

 

「明日を怖がる必要はないって」

 

その言葉を口にすると、彼女は昼間の恐怖が少しだけ遠ざかる気がした。

 

「……あれは、本気?」

 

アストラは、ここで初めて流雅に問いかける。

流雅は、少しだけ間を置いた。

それは迷いではなく、言葉を整え、気持ちをもう一度整理する程の時間だった。

 

「本気です」

 

静かな声で答えたその声には、揺れがなかった。

アストラはその言葉を聞いて、ゆっくりと頷く。

彼女の胸の奥に残っていた突っかかりが、少しだけ静まる。

 

「そっか」

 

そして彼女はベンチの上で、ほんの少しだけ体を横へ動かした。

 

「今日、ちょっと怖かったけど」

 

夜風が二人の間を抜けていく。

 

「……大丈夫」

 

その声には、先ほどよりも少しだけ確かな落ち着きがあった。

 

「だって、こんなにもかっこよくてすごいあなたが守るって言ってるから!」

 

その言葉には、どこか素直な安心が混ざっていた。

 

「ちょっと恥ずかしいですけど………安心してください」

「僕の目が黒い内は、アストラさんは絶対に無事ですから」

 

アストラはその言葉を聞いて、なぜか小さく笑う。

 

「さん付けしてる~」

 

「あ………」

 

「まったくもう~罰ゲームが必要かしら?」

 

「………アストラさ、アストラがしたいなら別にいいですよ。過激なものじゃなければ」

 

「じゃあね~……私の歌を歌って!」

 

アストラは小悪魔のような笑顔を浮かべて、微笑んだ。

 

「……一部分だけですよ」

 

流雅が諦めたようにそう言うと、視線を夜景の方へ戻す。

アストラはその横顔を横目で見ながら、少しだけ体を流雅の方へ向けた。

 

「やった」

 

小さく嬉しそうにそう言ってから、アストラは何も言わない。

 

流雅はすぐには歌い出さなかった。

ほんの少しだけ間を置き、頭の中で旋律をなぞっているようだった。

遠くの街灯りを見つめながら、呼吸を一度整える。

 

そして――静かに、歌い始めた。

 

声は決して大きくない。

むしろ、普通に会話をするよりも少し小さいくらいだった。

夜の空気を壊さないように、そっと置くような声。

 

その声が響いた瞬間、アストラは思わず瞬きをした。

 

(……あれ)

 

流雅の声は少し低い。

 

落ち着いていて、どこか柔らかい。

けれど低音が重すぎるわけでもなく、妙に通りがいい。

 

夜風の中でも、不思議と音が輪郭を失わない。

ただ静かに旋律をなぞっているだけなのに、音程は驚くほど正確だった。

余計な癖もなく、無理に感情を乗せることもない。

 

それでも声は不思議なくらいまっすぐ耳に入ってくる。

アストラの曲は、決して簡単な旋律ではない。

プロの歌手が歌ってみたという動画でも、感情を乗せすぎてリズムを崩す者は多い。

 

なのに流雅の歌は違った。

 

ただ音楽の流れを壊さず、自然にその上を歩いていくような歌い方。

まるで夜の空気そのものが、少しだけ歌っているようだった。

屋上の静けさが、その声をさらに引き立てる。

 

遠くの車の音。

ビルの隙間を抜ける風。

 

それらが背景のように溶け込み、流雅の声だけが柔らかく浮かんでいた。

アストラは気付けば、完全にそれに夢中になっていた。

 

最初はただの罰ゲームのつもりだった。

少し困らせるくらいの、軽い冗談のつもりだった。

 

(……嘘でしょ)

 

思わず流雅の横顔を見る。

 

彼はまったく気負った様子がない。

 

ただ夜景を見ながら、淡々と歌っているだけだ。

 

その姿勢は普段の会話とほとんど変わらない。

 

なのに声だけが、驚くほど自然に旋律を掬い上げている。

 

短いフレーズが終わる。

 

歌い終えた瞬間、何事もなかったように口を閉じる。

 

そしてほんの少しだけ肩を落とした。

 

「……これでいいですか」

「……………アストラ?」

 

「ちょっと待って」

 

アストラはまだ流雅を見ていた。

 

その視線はさっきまでの軽いものではない。

 

驚いている、興味を持っている。

 

新しいゲームを目の当たりにした子供のように。

 

「ねぇ………」

 

「なんでそんなに上手いの」

 

流雅は少しだけ首を傾げる。

 

「普通だと思いますけど」

 

「普通じゃない」

 

その声は、ほとんど反射で出たものだった。

それから小さく笑う。

どこか面白いものを見つけたような笑い方だった。

 

「……なるほどね」

「面白い事思いついちゃった」

 

「はい?」

 

「私のライブの」

 

そして肩をすくめながら言った。

 

「ゲストボーカル」

 

流雅は一瞬言葉を失った。

それから小さく溜め息のような息を吐く。

 

「それは、勘弁してください」

 

「なんで?」

 

「………ちょっと恥ずかしいからです

 

アストラは楽しそうに笑った。

 

その笑い声は、夜の屋上に柔らかく溶けていく。

 

その時、アストラの頭のどこかに小さな思いが残っていた。

 

もしこの声が、大勢の観客の前で響いたらどうなるのだろう。

 

いつか、それが叶うように彼女は夜空に願うのだった。

 

 

 

 

 




更新遅くてごめんなさい。気長に待っていただけると幸いです。
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