雅が本当の兄の様に慕っていた分家の兄が、雅の母親を介錯した話。   作:ザワザワする人

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読んでそのまま日常回

「課長、今週分の外部協力者関連の記録です。重要度が高いものは、上に纏めてあります」

 

「うん、ありがと。今日はもう休んでいいよ。おつかれさま」

 

「え……?あ、ありがとうございます!」

 

「目のクマすごいよ。ちゃんと寝てね」

 

「はっ!睡眠任務に移行します!!」

 

「任務じゃなくていいけど……」

 

妙に気合いの入った敬礼をして、隊員が部屋から出ていく。

 

扉が閉まった後、僕は受け取った資料を捲った。

 

僕たちの基本的な業務は、ホロウ内調査記録の集約。

各機関への情報共有。

監査。

治安局、TOPS、防衛軍との連携。

そして必要であれば、現地部隊への追加調査指示。

 

やっている事は、地味と言えば地味だ。

けれど、その地味な情報一つで、誰かがホロウから無事に帰って来られることもある。

 

(誰かの助けになるなら、やるだけの事はやりたいし)

 

その中で、ある項目に目が留まった。

 

【外部協力者:邪兎屋】

 

先日のホロウ内物資回収補助。

想定外のエーテリアス出現。

協力者判断により、同行部隊の被害拡大を阻止。

 

協力者名の欄には、見覚えのある名前が並んでいた。

 

ニコ。

ビリー。

猫又。

アンビー。

 

「……アンビーさん」

 

自然と、その名前を口にしていた。

 

白い髪。

淡々とした声。

感情が読みにくい表情。

けれど、何も感じていない訳ではない人。

 

以前、少し話した時。

彼女は映画が好きだと言っていた。

 

映画から人生の大半を学べる、とも。

 

(大半……どれくらいなんだろ)

 

少し気になった。

 

謝礼の連絡は、事務的に済ませてもいい。

いや、本来はそれでいいんだけど。

 

けれど、僕は端末を手に取り、少しだけ考えた後に文章を打った。

 

【先日の件、ありがとうございました。

もしご都合が合えば、お礼も兼ねて映画でもどうですか。

謝礼とは別なので、気にしないでください。

星見流雅】

 

送信すると数秒後に既読がついた。

 

(はや)

 

さらに数秒後、返信が来る。

 

【行く】

 

短いけれど、分かりやすい。

 

続けてもう一通。

 

【ニコに確認する】

 

さらにもう一通。

 

【ニコが、奢りなら行ってこいと言っている】

 

「…………」

 

ニコさんらしい。

 

僕は苦笑しながら返信を打つ。

 

【はい。もちろん僕が出します】

 

すぐに既読が付いた。

 

【ポップコーンも含む?】

 

「…………」

 

そこはアンビーさんにとって重要らしい。

 

【含みます】

 

【了解。重要】

 

(重要なんだ……)

 

端末を置いたところで、扉が勢いよく開いた。

 

「課長!!追加で確認していただきたい資料が――」

 

「明日でいいよ」

 

「えっ」

 

「今日はもう終わり。皆も順番に上がってね」

 

「しょ、承知しました!!課長が休息を優先された!!」

 

「そんな大袈裟な話じゃ………」

 

「いえ!!課長が自ら休暇を取られるという事実は、特別執行課の労働環境改善において極めて重要な前例に――」

 

「前例にしなくていいから、普通に帰ってね」

 

「了解しました!!総員に通達します!!」

 

隊員はもう走って行ってしまった。

 

廊下の向こうから声が聞こえる。

 

『課長が休まれるぞ!!』

 

『おぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

(……みんな、そんな休みたいんだ)

 

最近の特別執行課は、少し変だ。

 

いや、かなり変だ。

 

 

 

 

 

 

映画館前に着いた時、アンビーさんは既にそこにいた。

 

人混みから少し離れた柱のそば。

背筋を伸ばし、両手を前に組みながら立っている。

 

待ち合わせというより、配置についているように見えた。

 

「お待たせしました、アンビーさん」

 

「待ってない。三分前」

 

「それ、待ってたって言うんじゃないですか?」

 

「集合時間より前だから、待機」

 

「なるほど。合理的ですね」

 

アンビーさんは小さく頷いた。

 

「あなたは時間通り」

 

「はい。遅れなくてよかったです」

 

「遅れても問題ない。上映開始には余裕がある」

 

「それでも、人を待たせるのはあまり良くないですから」

 

「あなたは丁寧」

 

「……そうですか?」

 

「えぇ。丁寧よ」

 

淡々と言われると、少し返事に困る。

 

アンビーさんは視線を動かし、上映作品の一覧を見た。

 

「今日は、どれを見る?」

 

「アンビーさんの見たいもので大丈夫ですよ」

 

「私が決めていいの?」

 

「はい。映画に詳しいのはアンビーさんだと思うので」

 

「分かった」

 

即答だった。

 

迷いはない。

 

アンビーさんは、一枚のポスターを指差した。

 

【死霊要塞リターンズ:最後の弾丸】

 

「これ」

 

「……最後の弾丸、ですか」

 

「前作は最後の戦場だった」

 

「最後が続いてますね」

 

「人気作だから」

 

「なるほど……」

 

世の中には、どうやら終わらない最後があるらしい。

 

チケットを二枚買う。

席は中央より少し後ろ。

 

アンビーさんは受け取ったチケットをじっと見つめた。

 

「この席で良い?」

 

「はい。画面も見やすいと思いますし、音も偏りにくい場所ですね」

 

「意外と映画に詳しいのね………?」

 

「詳しいほどではないですよ。何となくです」

 

「何となく」

 

「はい」

 

「経験則?」

 

「そうかもしれません」

 

「………へぇ」

 

アンビーさんは、何かを記憶するように小さく頷いた。

次に売店へ向かう。

 

「ポップコーンは何味にしますか?」

 

「塩」

 

「即答ですね」

 

「塩は基本。基本は裏切らない」

 

「それは分かる気がします」

 

「あなたも塩?」

 

「はい。今日は塩にします」

 

「良い判断ね

 

褒められた。

 

飲み物を選び、会計を済ませる。

僕がトレイを持とうとすると、アンビーさんが手を伸ばした。

 

「持つ」

 

「大丈夫ですよ。僕が誘ったので」

 

「片手が空いてる」

 

「はい、ですが」

 

「あなたの片手が塞がると、緊急時の対応が遅れる」

 

「映画館で緊急事態はあまり起きないと思いますけど……」

 

「起きないと断定するのは危険」

 

「……確かに、それはそうですね」

 

最近、起きないと思っていたことほど起きる。

アンビーさんはポップコーンを受け取り、軽く持ち直した。

 

「これで戦闘可能」

 

「ポップコーンを持ったままですか?」

 

「投げられる」

 

「投げないでくださいね」

 

「善処する」

 

「はい。お願いします」

 

善処。

 

少し不安な言葉だった。

 

 

 

 

映画は、開始五分で要塞が爆発した。

 

開始十分で主人公の相棒が裏切った。

十五分で改心した。

二十分でまた裏切った。

 

おもしろくて忙しい映画だった。

 

隣のアンビーさんは、瞬きも少なくスクリーンを見ている。

ポップコーンを食べる速度は一定。

炭酸を飲む間隔も一定。

 

任務のように正確で。

けれど、たぶん楽しんでいる。

 

スクリーンの中では、主人公が敵に囲まれていた。

 

『俺は一人じゃない!』

 

そう叫んだ直後、味方が窓を突き破って突入する。

アンビーさんが小さく頷いた。

 

「良い突入」

 

「そこを見るんですね」

 

「角度が良い。敵の視線を切ってるわ」

 

「なるほど。僕はそこまで考えてませんでした」

 

「あなたは、どこを見る?」

 

「僕ですか?」

 

「えぇ」

 

少し考える。

 

映画をどう見るか。

そんなことを意識したことは、あまりなかった。

そもそも、あんまり映画を見てこなかったし。

 

「……誰が、誰を助けようとしているか。そこを見ることが多いかもしれません」

 

「助ける?」

 

「はい。アクションでも、ホラーでも、恋愛でも。誰かのために動く場面は、見ていて好きです」

 

アンビーさんはスクリーンを見たまま言った。

 

「あなたらしい」

 

「そうですか?」

 

「うん」

 

そこで会話は途切れた。

 

映画の音が、二人の間を埋める。

 

しばらくして、主人公が仲間を庇って撃たれた。

劇場の空気が少しだけ沈む。

 

アンビーさんの手が止まる。

 

「映画では、誰かを庇う場面はよくあるわ」

 

「……そうですね」

 

「現実でもある」

 

声は変わらない。

けれど、その一言だけ少し重かった。

 

僕はアンビーさんを見る。

 

彼女はスクリーンから目を離していない。

表情もいつも通り。

 

何を思い出したのかは分からない。

 

分からないことを、無理に聞くべきではない。

少なくとも、今は。

 

「庇われた側が、その後も生きてくれるなら」

 

僕は小さく言った。

 

「庇った意味は、あると思います」

 

アンビーさんは答えなかった。

 

ただ、数秒後。

ポップコーンを一粒取った。

 

「生きることが、意味?」

 

「はい。少なくとも、僕はそう思いたいです」

 

「……そう」

 

スクリーンでは、撃たれた主人公が立ち上がっていた。

かなり無茶な展開だった。

 

「この主人公は強い」

 

「はい。かなり強いですね」

 

「庇う時、腰が引けていなかった」

 

「そこですか」

 

「重要」

 

「確かに、姿勢は良かったです」

 

「あなたも、似ている」

 

「僕がですか?」

 

「うん」

 

「僕はあそこまで頑丈じゃないですよ」

 

「でも、前に出るわ」

 

静かな声だった。

 

「あなたは、必要だと思ったら前に出る」

 

「……そう見えますか」

 

「見える」

 

僕は少しだけ言葉に詰まった。

 

スクリーンの光が、アンビーさんの横顔を照らしている。

白い髪が、暗い劇場の中でぼんやり浮かんで見えた。

 

「それは、あまり良くない癖かもしれませんね」

 

「良い時もある」

 

「悪い時も?」

 

「ある」

 

「はい。気をつけます」

 

アンビーさんはこちらを見た。

 

「一人で前に出るのは、よくない」

 

「……はい」

 

「あなたは人を頼るべき」

 

その言葉に、胸の奥が少し引っかかった。

 

雅にも、似たようなことを言われた。

 

ちゃんと、人を頼ってくれ、と。

 

「努力します」

 

「努力では足りない」

 

「厳しいですね」

 

「重要だから」

 

アンビーさんのこういう所は、ちょっと雅に似てるかもしれない。

 

アンビーさんはそう言って、またスクリーンへ視線を戻した。

 

僕も映画を見る。

 

けれど少しの間、映画の内容が頭に入ってこなかった。

 

 

 

 

映画が終わる頃には、要塞は三回爆発していた。

 

相棒は四回裏切った。

最後には味方になった。

主人公は「これで本当に最後だ」と言っていた。

 

たぶん、アンビーさんの言う通りなら次回作があるんだろう。

 

館内が明るくなる。

観客達が席を立ち始めても、アンビーさんは少しの間スクリーンを見ていた。

 

「どうでしたか?」

 

「良かった」

 

「どの辺りが?」

 

「爆発」

 

「分かりやすいですね」

 

「あと、最後まで諦めなかった」

 

「はい。そこは良かったです」

 

「でも弾数管理が甘い」

 

「そこは映画ですから」

 

「映画でも弾は有限」

 

「厳しいですね」

 

アンビーさんは空になったポップコーンの容器を見た。

 

「塩は正解だった」

 

「よかったです」

 

「次はキャラメルも検討する」

 

「次もあるんですね」

 

言ってから、少しだけ余計だったかもしれないと思った。

けれどアンビーさんは、当然のようにこちらを見る。

 

「あなたが嫌じゃないなら」

 

「嫌じゃないですよ」

 

「なら、あるわ」

 

即答だった。

 

あまりにも自然だったので、少しだけ返事が遅れる。

 

「……はい。では、また行きましょう」

 

「うん」

 

映画館を出ると、外は夕方だった。

 

街の明かりが少しずつ目立ち始めている。

人の流れも、昼とは違う。

 

アンビーさんはパンフレット売り場の方を見る。

 

「買う」

 

「パンフレットですか?」

 

「うん。ビリーが欲しがっている」

 

「好きそうですね」

 

「ニコは値段を気にする」

 

「それも分かります」

 

アンビーさんが邪兎屋のことを話す時、声は少しだけ柔らかくなる。

 

表情は大きく変わらない。

でも、分かる。

 

あの場所は、彼女にとって大事な場所なのだろう。

 

「あなたは?」

 

「僕ですか?」

 

「映画の感想。誰に言う?」

 

少し考える。

 

雅には話すかもしれない。

ただ、部下の皆に話すと変な方向に広がりそうで怖い。

特別執行課内で映画鑑賞報告会が始まる可能性がある。

 

(……ないとは言い切れない)

 

「……あまり、いないかもしれません」

 

「そう」

 

アンビーさんは少し黙った。

それから、パンフレットを一冊手に取りながら言った。

 

「じゃあ、私に言えばいい」

 

「アンビーさんに?」

 

「うん」

 

「映画の感想を、ですか」

 

「映画は共有すると、情報の精度が上がる」

 

「なるほど」

 

「あと、やっぱり楽しいわ」

 

最後だけ、少し小さな声だった。

 

僕は彼女の横顔を見る。

 

アンビーさんはパンフレットの表紙を真剣に見ている。

そこには主人公が大きな銃を構えていた。

 

「はい」

 

僕は頷いた。

 

「では、次もアンビーさんに話します」

 

「うん」

 

「その時は、アンビーさんの感想も聞かせてください」

 

「分かった。弾数管理について詳しく話す」

 

「そこは確定なんですね」

 

「重要」

 

「はい。重要ですね」

 

その時、端末が震えた。

 

表示された名前は、特別執行課の内線。

 

嫌な予感がした。

 

「もしもし」

 

『課長!!現在、課長が映画館にいらっしゃるという未確認情報が課内に流れております!!』

 

「誰から?」

 

『情報源は不明です!!ですが、課長が休暇を取られたという事実により、課内の士気が異常上昇しています!!』

 

「なんで?」

 

『課長も休むなら我々も人間的生活を取り戻すべきだという機運が高まっております!!』

 

「それは良いことじゃない?」

 

『はい!!ですが一部隊員が、課長の鑑賞された映画を全員で履修すべきだと主張しておりまして!!』

 

「しなくていいよ」

 

『既に十七名がチケットを購入しました!!』

 

「………早いね~」

 

『感想文の提出形式についてご指示を!!』

 

「学生じゃないんだから、提出しなくていいよ」

 

電話口の向こうで、誰かが叫んでいる。

 

『課長の見た景色を我々も見るぞ!!』

 

『おぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

「見なくていいよ。本当に」

 

隣でアンビーさんがこちらを見ている。

 

「人気者なのね」

 

「違うと思います」

 

「違う?」

 

「たぶん、何かがおかしいです」

 

『課長!!追加報告です!!売店の塩ポップコーンが完売しました!!』

 

「………どうして?」

 

『課長が塩を選ばれたとの情報が――』

 

「どこから漏れたかな………」

 

アンビーさんが空のポップコーン容器を見る。

 

「塩は基本だから、仕方ない」

 

「アンビーさんまで……」

 

『その通りです!!塩は基本!!』

 

「聞こえてるんだ?」

 

僕は小さく息を吐いた。

 

普通の休みになると思っていた。

少なくとも、映画を見て、感想を話して、静かに帰る予定だった。

 

でも、僕の周りで普通に終わることはあまりない。

 

それでも。

 

隣には、パンフレットを大事そうに持ったアンビーさんがいる。

街は騒がしくて、夕方の光は少し眩しい。

端末の向こうでは、部下達が勝手に盛り上がっている。

 

「アンビーさん」

 

「なに?」

 

「この後、ハンバーガーでも食べますか?」

 

アンビーさんの目が、ほんの少しだけ大きくなった。

 

「行く」

 

即答だった。

 

「ニコさんへの報告は?」

 

「食べながらする」

 

「それが良さそうですね」

 

「映画の感想も、まだ途中」

 

「そうでしたね」

 

「主人公の弾数管理について、詳しく話す必要がある」

 

「はい。是非とも聞かせてください」

 

 

 

 

ハンバーガー店は、映画館から歩いて少しの場所にあった。

 

夕食時より少し早い時間だからか、店内は混みすぎてはいない。

窓際の席が空いていたので、僕達はそこに座ることにした。

 

アンビーさんはメニューを見ている。

 

かなり真剣に。

 

映画のパンフレットを見る時と同じ顔だった。

 

「決まりましたか?」

 

「まだ」

 

「ゆっくりで大丈夫ですよ」

 

「選択肢が多い」

 

「そうですね。セットもありますし」

 

「罠」

 

「罠ですか?」

 

「セットにすると得に見える。でも本当に必要かは別」

 

「かなり冷静ですね」

 

「ニコに教わった」

 

「なるほど……」

 

ニコは、こういうことに強そうだ。

がめついだけだろうけど。

アンビーさんはメニューの端から端まで視線を動かして、それから指を止めた。

 

「これ」

 

「ダブルチーズバーガーセットですね」

 

「あなたは?」

 

「僕は……普通のチーズバーガーにします」

 

「肉は一枚」

 

「はい」

 

「足りる?」

 

「たぶん足りますよ」

 

「あなたは忙しい。食べられる時に食べるべき」

 

「正論ですね……」

 

アンビーさんは、じっと僕を見る。

 

責めるでもなく、心配するでもなく。

ただ、確認するような目だった。

 

「じゃあ、僕も同じものにします」

 

「良い判断」

 

「ありがとうございます」

 

注文を済ませると、アンビーさんは窓の外に視線を向けた。

 

通りを歩く人達。

買い物帰りの親子。

端末を見ながら歩く学生。

何かを言い合いながら走っていく子供達。

 

六分街の夕方は、どこか落ち着かないけれど、温かい。

 

アンビーさんは少し黙っていた。

 

「映画と違う」

 

「何がですか?」

 

「街」

 

「映画の街ですか?」

 

「うん。映画の街は、だいたい爆発する」

 

「今日見た映画は特にそうでしたね」

 

「ここは、まだ爆発してない」

 

「まだ、って言うと不安になりますね」

 

「爆発しない方がいい」

 

「それはもちろんです」

 

アンビーさんは頷いた。

 

「守る対象が多い」

 

その言い方が、妙に彼女らしかった。

 

街を眺めて、綺麗だとか、賑やかだとかではなく。

守る対象が多い、と言う。

 

たぶん、そういうふうに世界を見てきたのだと思う。

 

「アンビーさんは、いつもそういうふうに見ているんですか?」

 

「そういうふう?」

 

「危険が起きた時、誰をどこへ逃がすか、とか。どこから敵が来るか、とか」

 

「うん」

 

「疲れませんか?」

 

「慣れてるわ」

 

「慣れていても、疲れることはあると思います」

 

アンビーさんはこちらを見た。

 

「あなたも同じ」

 

「……僕ですか?」

 

「あなたも、いつも考えている」

 

「そう見えますか?」

 

「見える」

 

「………隠せてるつもりだったんですけど」

 

「隠すのが下手」

 

「それは、ちょっと傷つきます」

 

「事実」

 

「はい……」

 

アンビーさんに悪気はない。

だからこそ、妙に刺さる。

 

注文したハンバーガーが運ばれてくる。

トレイの上には、包み紙に入ったバーガーとポテト、飲み物。

 

アンビーさんはまず、バーガーを両手で持った。

 

そして、数秒見つめる。

 

「どうしました?」

 

「構造確認」

 

「食べる前にですか?」

 

「崩れると損失が出る」

 

「確かに」

 

「ソースの位置が重要」

 

「ハンバーガーにも戦術があるんですね」

 

「ある」

 

アンビーさんは真剣だった。

 

そして、綺麗に一口食べた。

 

咀嚼。

沈黙。

 

「……良い」

 

「よかったです」

 

「肉が二枚なのは正しい」

 

「はい。合理的でしたね」

 

僕も同じように食べる。

 

確かに美味しい。

少し濃い味で、炭酸によく合う。

仕事終わりに食べるには、ちょうどいい。

 

(これは……疲れている時に食べると危ないですね)

 

癖になりそうだ。

アンビーさんはポテトを一本取った。

 

「映画の感想を続ける」

 

「はい。お願いします」

 

「主人公の弾数管理は甘い」

 

「最初にそこなんですね」

 

「重要」

 

「はい」

 

「でも、仲間への指示は悪くなかった。撤退経路を確保していた」

 

「かなり細かく見ていましたね」

 

「映画は教材」

 

「人生の七割でしたっけ」

 

「うん」

 

「残り三割はハンバーガー」

 

「今、学んでる」

 

「……なるほど」

 

アンビーさんはポテトを食べながら、真面目に続ける。

 

「映画では、主人公が無茶をすると、だいたい助かる」

 

「そうですね」

 

「現実では、助からないこともある」

 

「はい」

 

「だから、あなたは映画の主人公を真似しない方がいい」

 

僕は飲み物に伸ばしかけた手を止めた。

 

アンビーさんは、僕を見ている。

 

いつも通りの無表情。

でも、言葉ははっきりしていた。

 

「僕は、そんなに無茶をしているつもりはないですよ」

 

「している人は、だいたいそう言う」

 

「……そう言われると、返しづらいですね」

 

「あなたは立場がある」

 

「はい」

 

「あなたが動くと、周りも動く」

 

「……はい」

 

「あなたが前に出すぎると、周りが追いかける」

 

それは、かなり正しい。

 

特別執行課の皆は、たぶん僕が思っている以上に僕を見ている。

僕が少し動けば、必要以上に反応する。

僕が命じれば、きっと無理もする。

 

僕は、それをちゃんと分かっていなければいけない。

 

ちゃんと隊長として。

 

「アンビーさんは、よく見ていますね」

 

「見ている」

 

「はい」

 

「あなたも、周りを見ている」

 

「そうですね」

 

「でも、自分は見ていない」

 

「…………」

 

言葉が詰まった。

 

アンビーさんはポテトをもう一本取る。

 

「ニコもよく言う」

 

「ニコさんが?」

 

「うん。自分を計算に入れない奴は、計画が雑」

 

「……耳が痛いです」

 

「ニコはお金の話だった」

 

「でしょうね」

 

「でも同じよ」

 

僕は小さく笑った。

 

たぶん、アンビーさんなりに心配してくれている。

心配という言葉を使わないだけで。

 

「気をつけます」

 

「努力?」

 

「実行します」

 

「なら良いわ」

 

短い返答。

 

それだけで、少し許されたような気がした。

 

 

 

 

食事を終える頃には、外はすっかり暗くなっていた。

 

店内の照明が窓に映っている。

アンビーさんは食べ終えた包み紙を丁寧に畳んでいた。

 

「綺麗に畳みますね」

 

「痕跡を残さない」

 

「ここは作戦現場ではないですよ」

 

「習慣」

 

「なるほど」

 

僕も包み紙を畳む。

アンビーさんほど綺麗にはならなかった。

 

「あなたは雑」

 

「すみません」

 

「悪くない。個性」

 

「慰め方が独特ですね」

 

「慰めてる」

 

「ありがとうございます」

 

その時、端末が震えた。

 

また特別執行課かと思ったけれど、表示された名前は違った。

 

雅。

 

「すみません、少しだけ」

 

「うん」

 

通話を繋ぐ。

 

「もしもし、雅?」

 

『兄上、今どこにいる』

 

「六分街のハンバーガー店だけど………」

 

『一人か?』

 

「いや、知人と」

 

『……知人?』

 

「うん」

 

電話口の向こうで、少し沈黙があった。

 

『仕事ではないのだな』

 

「うん。休み中だよ」

 

『そうか』

 

雅の声が、ほんの少しだけ柔らかくなる。

 

『ならいい。邪魔をした』

 

「何かありました?」

 

『特別執行課の隊員から、妙な連絡が来た』

 

「…………」

 

嫌な予感がする。

 

『兄上が映画館へ赴き、塩のポップコーンを選び、現在ハンバーガー店で食事をしている。これは何らかの暗号か、と』

 

「違うね」

 

『そうだろうな』

 

「ごめんね。こっちでちゃんと言っとくから」

 

『いや、構わない』

 

雅は少し間を置いた。

 

『兄上が休めているなら、それでいい』

 

「……うん。ありがと」

 

『それと』

 

「はい」

 

『人を頼れ』

 

短い言葉だった。

 

この前言われたばかりなんだけど。

 

でも、昼間のアンビーさんの言葉と重なる。

 

僕は少しだけ、窓に映る自分を見る。

思ったより疲れた顔をしていた。

 

「はい。ちゃんと」

 

『ならいい。柳がこちらをじっと見つめているのでもう切る』

 

「うん。雅も無理しないでね」

 

『………まさか兄上に言われるとは』

 

そこで通話は切れた。

 

端末を伏せると、アンビーさんがこちらを見ていた。

 

「妹さん?」

 

「はい。雅です」

 

アンビーさんは炭酸を一口飲む。

 

「その人も、あなたに同じことを言った」

 

「聞こえていましたか?」

 

「少し」

 

「……そうですね。よく言われます」

 

「なら、もっと重要」

 

「はい」

 

「複数人から同じ指摘がある時は、優先度が高い」

 

「分析が正確ですね」

 

「映画でもよくある」

 

「映画、万能ですね」

 

「万能じゃないわ。でも便利」

 

アンビーさんはそう言って、空になったカップを置いた。

 

「あなたは、頼るのが苦手?」

 

「……たぶん、そうですね」

 

「どうして?」

 

真っ直ぐな問いだった。

 

責めるような響きはない。

ただ、本当に理由を知りたいのだと思う。

 

僕は少し考える。

 

言葉にすると、思ったより簡単だった。

 

「頼る前に、自分でやった方が早いと思ってしまうんです」

「それに、僕が頼った人がそれで傷つきでもしたら………」

 

「いたたまれない?」

 

「………ちょっと」

 

「危険ね」

 

「はい」

 

「それは、あなたが倒れた時に全部止まる」

 

「……本当に、耳が痛いです」

 

「耳は大事」

 

「そういう事では………」

 

「聞けなくなると困る」

 

「はい。確かに」

 

アンビーさんは真面目だった。

ずっと真面目だ。

 

たまに言葉の方向が少し独特なだけで。

 

「では、アンビーさん」

 

「なに?」

 

「もし今度、僕が一人で前に出ようとしていたら、止めてもらえますか?」

 

アンビーさんは瞬きをした。

 

「私が?」

 

「はい」

 

「あなたの部下じゃない」

 

「そうですね」

 

「私は邪兎屋よ」

 

「はい」

 

「でも、止めていいの?」

 

「はい。アンビーさんが必要だと思ったなら」

 

アンビーさんは少しだけ黙った。

 

それから、小さく頷く。

 

「分かった」

 

「ありがとうございます」

 

「強めに止める」

 

「……できれば、穏やかにお願いします」

 

「状況による」

 

「それはそうですね」

 

「必要なら、蹴る」

 

「け、蹴るんですか?」

 

「止まると思う」

 

「止まりますけど……」

 

(物理的に……)

 

でも、不思議と嫌じゃなかった。

 

誰かに止めてもらうこと。

誰かに見てもらうこと。

それは、少し怖いけれど。

 

たぶん、必要なことだ。

 

 

 

 

店を出ると、夜の空気が少し冷たかった。

 

昼間の騒がしさは残っているけれど、街の色は変わっている。

看板の光。

店先の明かり。

通りを流れる人の声。

 

アンビーさんはパンフレットの入った袋を持ち直した。

 

「今日は収穫が多い」

 

「映画とハンバーガーですか?」

 

「うん。あと、あなたの弱点」

 

「それを収穫に入れますか」

 

「重要情報」

 

「秘密にしておいてくださいね」

 

「ニコには?」

 

「できれば」

 

「報告義務がある」

 

「そこまで報告しなくてもいいんじゃないですか?」

 

「ニコは聞く」

 

「聞きそうですけど……」

 

「でも、詳しくは言わない」

 

「助かります」

 

「あなたが頼るのが下手、くらいにする」

 

「それはかなり核心ですけど……」

 

「核心は大事」

 

僕は苦笑した。

 

その時、アンビーさんが足を止めた。

 

「尾行」

 

「え?」

 

声を落とす。

 

僕も自然と周囲に意識を向けた。

 

通りの人混み。

店の窓。

少し離れた路地。

 

そこに、明らかにこちらを見ている影があった。

 

一人。

いや、二人。

 

隠れ方は下手ではない。

でも、アンビーさんの目は誤魔化せなかったらしい。

 

「特別執行課の人?」

 

「……どうでしょう」

 

僕は端末を取り出す。

内線に短く繋いだ。

 

「もしもし。今、僕を尾行してる人いる?」

 

『えっ』

 

「いるんだね」

 

『あっ、いえ、その、護衛という名目で!!』

 

「誰が命令したの?」

 

『自主判断です!!』

 

「自主判断で上司を尾行しないでね」

 

『申し訳ありません!!ですが課長が休暇中に万一襲撃された場合、我々は生きて帰れません!!』

 

「襲撃される前提なの?」

 

いやまぁこの前まで狙われてたけど。

 

『可能性は常に!!』

 

「……気持ちはありがたいけど、帰っていいよ」

 

『しかし!!』

 

「帰って、寝てね?」

 

『…………了解しました』

 

通話の向こうで、悔しそうな声が聞こえた。

 

『総員、撤退……!課長より睡眠命令だ……!』

 

『くっ……!』

 

『だが、これも課長の命令……!』

 

「いや、普通に帰ってね」

 

通話を切る。

 

少し離れた路地から、影が二つ、しゅんとした様子で去っていった。

 

アンビーさんはそれを見送る。

 

「あなたの部下は忠実」

 

「忠実すぎますね」

 

「良い部下」

 

「はい。良い子達です」

 

「でも、少し変」

 

「それは否定できません」

 

アンビーさんは頷いた。

 

「あなたに似た?」

 

「僕はあそこまでではないと思います」

 

「少し似ている」

 

「……そうですか?」

 

「うん。心配の仕方が似ている」

 

僕は返事に困った。

 

たしかに。

僕も誰かを心配する時、少し過保護になるのかもしれない。

 

そう考えると、あまり強く言えない。

 

「気をつけます」

 

「また言った」

 

「はい?」

 

「気をつける、が多い」

 

「……便利な言葉ですからね」

 

「実行」

 

「はい。実行します」

 

アンビーさんは満足そうに頷いた。

 

 

 

 

駅へ向かう道の途中、アンビーさんが足を止めた。

 

そこには、小さな映画館のポスターが貼られていた。

 

古い作品のリバイバル上映らしい。

派手な爆発も、大きな銃もない。

二人の人物が、夕焼けの中で並んで立っている絵だった。

 

アンビーさんはそれをじっと見る。

 

「気になりますか?」

 

「少し」

 

「次はこれにしますか?」

 

「アクションじゃない」

 

「そうですね」

 

「爆発もなさそう」

 

「たぶん、ないですね」

 

「でも、見てもいい」

 

「珍しいですね」

 

「映画は教材」

 

「はい」

 

「爆発しない映画からも、学べる事は多いわ」

 

「きっと学べますよ」

 

アンビーさんはこちらを見る。

 

「あなたは、こういう映画を見る?」

 

「あんまりですね」

 

「泣く?」

 

「分からないです」

 

「あなたは泣きそう」

 

「そんなにですか?」

 

「うん」

 

「……否定しきれないですね」

 

アンビーさんは、ポスターの上映時間を確認した。

 

「来週」

 

「はい。予定を確認しておきます」

 

「忙しい?」

 

「少し」

 

「休みを取るべき」

 

「はい。取れるようにします」

 

「取るべき」

 

「……取ります」

 

「良い」

 

予約ではなく、約束に近かった。

 

アンビーさんはポスターから目を離し、また歩き出す。

 

「アンビーさん」

 

「なに?」

 

「今日は、本当にありがとうございました」

 

「何回も言う」

 

「大事なことなので」

 

「そう」

 

「楽しかったです」

 

アンビーさんは少しだけ黙った。

 

それから、前を向いたまま言った。

 

「私も」

 

短い返事だった。

 

でも、それで十分だった。

 

「あなたと見る映画は、情報量が多い」

 

「それは褒めていますか?」

 

「うん」

 

「なら、ありがとうございます」

 

「次も、情報量を増やす」

 

「できれば、平和な方向でお願いします」

 

「努力する」

 

「断言はしてくれないんですね」

 

「未来は不確定」

 

「それはそうですけど」

 

駅前の明かりが見えてくる。

 

別れ際、アンビーさんはパンフレットの袋を軽く持ち上げた。

 

「ビリーに渡す」

 

「喜ぶと思います」

 

「ニコには領収書を渡す」

 

「領収書……」

 

「あなたが出した証拠」

 

「はい。必要そうですね」

 

「猫又には、敵の動きが遅かったと伝える」

 

「先に言っちゃうんですね」

 

「どうせ言う」

 

「確かに」

 

アンビーさんは一歩下がる。

 

「今日は、良い日常回だった」

 

「はい。僕もそう思います」

 

「次は、泣く映画」

 

「泣く前提なんですね」

 

「あなたは泣く」

 

「決めつけないでください」

 

「ハンカチを持ってくる」

 

「……ありがとうございます」

 

アンビーさんは小さく頷く。

 

「また」

 

「はい。また」

 

彼女はそのまま、人の流れの中へ歩いていった。

 

白い髪が、少しずつ遠くなる。

 

僕はそれを見送ってから、端末を確認した。

 

未読通知。

 

特別執行課、二十三件。

 

(……見なかったことにしたいけど)

 

でも、そういう訳にもいかない。

 

一番上の通知を開く。

 

【課長、本日の映画鑑賞に関する自主報告書の提出期限についてご相談が】

 

「いらないって言ったんだけどな……」

 

夜風の中で、僕は小さく笑った。

 

日常回は、思ったより騒がしい。

 

でも。

 

たぶん、こういう騒がしさを守るために。

僕達は、またホロウへ向かうのだと思う。

 

僕は端末をしまい、帰路についた。

 

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