雅が本当の兄の様に慕っていた分家の兄が、雅の母親を介錯した話。   作:ザワザワする人

22 / 22
白銀に光る

研究所内部は、死んでいなかった。

 

低い機械音。

壁を這うケーブル。

薄く点滅する照明。

乾いた消毒液の匂い。

 

壊れた施設、という言葉から想像する静けさはどこにもない。

誰もいないはずなのに、ここはまだ動いている。

 

人のためではなく。

 

人を作るために。

 

「課長、右側に小部屋があります」

 

「うん。確認しよう。触るものは最小限。記録は忘れないで」

 

「了解」

 

その部屋は、他の区画と比べて妙に整っていた。

 

培養槽もない。

医療端末もない。

壁に貼られた管理表もない。

 

あるのは、棚と金属製の保管箱。

それから、半開きになった引き出しだけ。

 

僕は手袋越しに引き出しへ触れる。

 

(……ここだけ、雰囲気が違う)

 

書類が数束、奥へ押し込まれるように入っていた。

この時代に、紙。

それだけで、隠す意図があったのだと分かる。

 

「課長、撮影記録を」

 

「ちょっと待ってね」

 

隊員が端末を構える。

 

僕は一番上の資料を持ち上げた。

 

紙面に視線を落とす。

 

最初の数行を読んだ。

 

「…………」

 

呼吸が止まった。

 

一瞬、何が書かれているのか理解できなかった。

文字は読める。

意味も分かる。

 

分かるからこそ、頭が追いつかなかった。

 

「課長?」

 

隊員の声が、遠く聞こえた。

 

僕は資料を捲る。

 

一枚。

二枚。

三枚。

 

そこに並んでいる情報は、アンビーさんの記録ではなかった。

11号さんの記録でもない。

シルバー小隊そのものを直接示す資料でもない。

 

だけど、これがここにある以上、あの隻眼の女性が関わっているのは間違いない。

 

「……は?」

 

自分でも驚くくらい、間の抜けた声が出た。

 

もう一度、読み直す。

 

見間違いであってほしかった。

読み違いであってほしかった。

でも、紙面の文字は変わらない。

 

「課長、どうされました?」

 

「…………」

 

答えられなかった。

 

胸の奥が、冷たくなる。

 

怒りではない。

恐怖でもない。

ただ、あまりにも予想外の場所から、予想外の名詞が出てきた。

 

ひどく無機質な言葉の中に、それはあった。

 

「……これって……」

 

僕は資料を閉じた。

 

指先が少し震えていることに気づいて、ゆっくり息を吸う。

 

今ここで、これを読み続けるべきではない。

僕が一人で抱えるべき情報でもない。

まして、アンビーさんに見せていいものでもない。

 

これは、別の場所で判断しないといけない。

 

「二人とも」

 

「はい!」

 

同行していた隊員二人が、即座に背筋を伸ばす。

 

僕は資料の束をまとめ、証拠保全用の封筒へ入れた。

封をして、端末で記録番号を発行する。

 

「この資料を持って、すぐにホロウを出て」

 

「えっ、しかし課長は」

 

「命令だよ」

 

二人の表情が変わる。

 

僕は封筒を差し出した。

 

()()()()()()()()。直接。誰にも預けないで」

 

「六課の課長に、ですか」

 

「うん」

 

隊員の一人が封筒を受け取る。

その手に、わずかに力が入った。

 

「課長、それほどの資料なのですか」

 

「それほどだよ」

 

僕は、もう一度だけ封筒を見る。

 

中身を思い出すだけで、喉の奥が重くなる。

 

「市長へ正式共有する前に、雅に見てもらう必要がある。防衛軍にも、治安局にも、TOPSにも、絶対渡さないで」

 

「了解しました」

 

「途中で誰かに止められても、特別執行課課長命令だと言って突破して。必要なら、僕の執行許可ログを見せていいから」

 

「はい!」

 

「でも、戦わないでね。持ち帰ることが最優先」

 

「命に代えても――」

 

「代えないで」

 

「……必ず届けます!」

 

「うん。お願い」

 

二人は敬礼し、来た道を駆け戻っていく。

その背中を見送ってから、僕は小さく息を吐いた。

 

(……何で、あんなのが……)

 

僕は閉じた引き出しへ視線を落とす。

 

この研究所は、シルバー小隊の残骸だけではない。

 

もっと別の何かも、ここに隠している。

 

いや、あの文章から推測するに、()()()()()()んだろう。

 

「……急がないと」

 

アンビーさんとリンさんは、もう隻眼の女と向き合っているかもしれない。

 

資料の中身を考えるのは後でいい。

 

今は。

 

隊長を助けた。

証拠も送った。

次は、アンビーさんのところへ行く。

 

僕は刀の柄に右手を置き、研究所の奥へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンビー。アンビー隊長」

 

ツイッギーの声は、甘かった。

 

甘くて、柔らかくて、だからこそ気持ちが悪かった。

 

「今ならまだ手を取り合えるわ。あなたはパズルの最後のピース。協力してくれれば、絶え間なく本物の戦士を生み出し続けられるようになる」

 

私――リンは、イアスの身体でラボ全体の制御系を睨み続けていた。

画面の上では、何度も警告が点滅している。

 

生命維持装置。

培養槽。

防衛システム。

非常用電源。

どれもこれも、もう壊れていて当然の古い規格なのに、まだ動いている。

 

まるで、この場所そのものが死ぬことを拒んでいるみたいに。

 

けれど、目の前で本当に死ぬことを拒んでいたのは、このラボではない。

 

ツイッギーだった。

 

アンビーと同じ顔をして。

同じ声の名残を持って。

でも、決定的に違う何かを抱えたまま、彼女は笑っていた。

 

「そして、誰にも知られることなく実験は続くの。巨大な軍隊ができあがる、その時まで……」

 

「……っ」

 

思わず、現実での私の喉が鳴った。

 

これは、軍隊なんかじゃない。

 

ハッキングに成功した画面の隅に映る培養槽の中には、戦えるように見えない個体がいくつもいた。

いや、個体なんて言い方をするのも嫌だった。

 

人だ。

 

少なくとも、そう呼ばれるべきものだった。

 

けれどこの場所では、そう扱われていない。

 

「この軍隊で何ができるか、想像してみて!姉妹がいじめられることはもうない!新エリー都を制圧することだってできるわ!」

 

ツイッギーの声が弾む。

 

子供みたいに。

夢を語るみたいに。

 

「そして、あなたはみんなの先頭で指揮をとるの……」

 

アンビーは動かなかった。

 

いつものアンビーなら、必要な言葉だけを短く返す。

余計な感情を挟まず、淡々と状況を判断する。

 

でも今のアンビーは、何も言わなかった。

 

ただ、ツイッギーを見ていた。

 

怒っているのか。

悲しんでいるのか。

分からない。

 

でも、分かることもあった。

 

アンビーは今、過去を見ている。

 

目の前のツイッギーだけじゃない。

11号だけでもない。

シルバー小隊という、もう存在しないはずの場所を見ている。

 

「私?私はどうなってもいいわ」

 

ツイッギーは、笑ったまま言った。

 

「私が浪費した……いえ、殺してしまった姉妹たちに報いるために、処分されたっていい。好きにして」

 

その言葉で、私は息を止めた。

 

自分で言った。

 

殺した、と。

 

それでも彼女は、どこか救われたがっているように見えた。

 

罰を求めている。

でも同時に、許されたい。

拒まれたい。

止められたい。

それでも一緒に帰ってほしい。

 

矛盾だらけだった。

 

壊れている、と言えば簡単だった。

狂っている、と言えば楽だった。

 

でも、アンビーはきっと、そうは見ていないだろう。

 

「隊長」

 

ツイッギーの声が、少しだけ震えた。

 

「一緒に……私の家に来てくれる?」

 

アンビーは、少しだけ目を伏せた。

 

そして、静かに言った。

 

「こんなもの……家じゃないわ」

 

その声は、いつものアンビーの声だった。

 

淡々としている。

短い。

揺れが少ない。

 

でも今まで聞いたどの言葉より、苦しそうだった。

 

「胸が悪くなるわ」

 

ツイッギーの顔から、笑みが抜け落ちた。

 

アンビーは続ける。

 

「ごめんなさい、ツイッギー……」

「あなたは、あのホロウで眠っていた方が良かったのかもしれない」

 

沈黙と共に、ラボの空気が凍ったように止まった。

 

次の瞬間、ツイッギーが笑った。

 

「あっははははははは――!!!」

 

高く、壊れたような笑い声が、実験区画に反響する。

 

「ああ、そうね。そうよね」

 

ツイッギーは笑いながら、自分の顔を片手で覆った。

 

「私だって……自分が気持ち悪いって思うもの」

 

その声に、私の背筋が冷えた。

 

嫌な予感がした。

 

ツイッギーが、服の中に手をもぐりこませ。

 

ツイッギーは迷わずその何かを掴んだのだろう。

 

緑色の薬液の入ったの注射器だった。

 

薄く光る、どこか蠱惑的な液体。

 

「……!」

 

アンビーが反応する。

 

「どきなさい!」

 

ツイッギーが叫ぶと同時に、周囲にいた一つの個体が、ふらつくように前へ出た。

 

アンビーが踏み込もうとする。

 

でも、遅い。

 

ツイッギーは注射器を自分の左腕へ突き立てた。

 

「やめ――」

 

私の声は、最後まで出なかった。

 

その瞬間。

 

何かが、視界を横切った。

 

音より先に、風が来た。

 

冷たいラボの空気が一瞬で裂ける。

 

背後から吹き込んだ衝撃が、床に積もった埃を巻き上げた。

 

誰かが、飛び込んできた。

 

速い。

 

あまりにも速い。

 

私の目では、最初は影にしか見えなかった。

 

でも、その次の瞬間には分かった。

 

 

「流雅さん!!」

 

 

彼はツイッギーの背後から、ほとんど滑空するような勢いで飛び込んできていた。

 

刀はもう抜かれていた。

 

「――っ!」

 

銀色の軌跡が走った後が、残像みたいに私の目に映っていた。

 

注射器を握ったツイッギーの右腕が、薬液を押し切るより早く、切り離されていた。

 

血飛沫はほとんど見えなかった。

代わりに、切断面から漏れた異様な薬液と、弾かれた注射器の音だけがやけにはっきり聞こえた。

 

カラン、と。

 

床に落ちる音。

 

ツイッギーの表情が、驚愕に凍る。

 

「な――」

 

流雅さんは止まらなかった。

 

勢いが強すぎた。

 

ツイッギーの右腕を落としたそのまま、彼の身体は前へ流れる。

ツイッギーもその速度に巻き込まれて、飛ばされた。

床を蹴り、体勢をずらし、アンビーのいる方向へ滑り込むように着地する。

 

アンビーのすぐ前。

 

守るように。

 

「……間に合った、かな」

 

流雅さんの声は、普段より少し低かった。

 

息は乱れている。

それでも刀を握る手はぶれていない。

 

アンビーが、目を見開いていた。

 

「あなた……」

 

「すみません。止め方が少し荒くなりました」

 

「………少し?」

 

「……かなり、ですね」

 

こんな状況なのに。

 

ほんの一瞬だけ、いつもの調子が戻った気がした。

 

でも、それも長くは続かなかった。

 

床に落ちた注射器。

 

半分ほど中身が残っている。

 

その近くに、あの少女がいた。

 

彼女は、震える手でそれを拾い上げていた。

 

「待って!」

 

私が叫ぶ。

 

アンビーも同時に声を上げた。

 

「やめなさい!」

 

でも、彼女は止まらなかった。

 

空っぽの目で。

何かに従うように。

あるいは、最初からそうするように命じられていたみたいに。

 

残った薬液を、自分の胸へ打ち込んだ。

 

「――っ!」

 

アンビーが動く。

 

流雅さんも、踏み込もうとする。

 

けれど、彼女の身体が先に反応した。

 

びくん、と大きく跳ねる。

 

足元の床が軋み、周囲の装置が一斉に警告音を鳴らし始める。

 

「嘘でしょ……」

 

私は画面を見つめたまま、声を失った。

 

薬液は止められた。

 

ツイッギーに薬液は入らなかった。

 

でも、結局、全て彼女に入った。

 

最悪は避けたのかもしれない。

 

けれど別の最悪が、目の前で始まっていた。

 

ツイッギーは切り落とされた右腕を見下ろし、それから流雅さんを見た。

 

痛みよりも先に、怒りが顔に浮かんで、流雅さんを睨んだ。

 

「あなた……!」

 

流雅さんは刀を構え直す。

 

「助けるためです」

 

「私を?」

 

「はい」

 

「ふざけないで」

 

ツイッギーの声が、低く沈む。

 

「誰が、あなたなんかに――」

 

そこで、彼女の言葉は途切れた。

 

少女の方から、骨が軋むような音がした。

 

先程まで周囲に展開していたクローン達が、一か所に集まっている。

 

アンビーが、静かに構える。

 

流雅さんも、その横で刀を下げる。

 

二人の間に、言葉はなかった。

 

でも、分かった。

 

もう、話している時間はない。

 

数多の複製体が集まり、一つになった少女の身体が、ゆっくりと起き上がる。

 

そしてラボの奥で、巨大な機械が再び唸り始めた。

 

 

 

 

 

 

床下から響く低い振動が、壁を這うケーブルへ伝わり、青白い光となって走る。

イアス越しに見える警告表示は、一瞬で赤く染まった。

 

【中枢補助炉:再起動】

【防衛機構:自律迎撃へ移行】

【複数個体融合反応】

【エーテリアス化進行】

 

「お兄ちゃん!」

 

「見えてる。……もう、人間の反応じゃない」

 

お兄ちゃんの声が、いつになく硬かった。

 

薬液を打ち込んだ少女を中心に、周囲の複製体達が崩れていく。

腕が、髪が、白い服が、輪郭を失い、無理やり一つの形へ押し込められていく。

 

それはもう、少女ではなかった。

姉妹でも、兵士でもない。

 

エーテリアス。

 

そう呼ぶしかないものだった。

 

アンビーは、その姿を見つめたまま動かなかった。

 

右手と左手に握った二本の刃。

いつも通り、無駄のない構え。

けれど、その指先だけが、ほんの少し震えていた。

 

「……戻せる?」

 

私は答えられなかった。

 

お兄ちゃんが、短く言う。

 

「無理だ」

 

アンビーは目を伏せた。

 

「そう」

 

その一言は、あまりにも静かだった。

 

ツイッギーが、床に膝をついたまま笑う。

 

「見て、アンビー……これが、私の――」

 

言い終える前に、流雅さんが動いた。

 

音がなかった。

 

気づいた時には、彼はツイッギーの前にいた。

両腰から抜かれた二本の刀。そのうち一本を逆手に持ち、もう一本を低く構えている。

 

斬るためではない。

止めるための姿勢だった。

 

「少し眠っていてください」

 

「あなた、何を――」

 

柄頭が、ツイッギーの首筋へ正確に入る。

 

ツイッギーの身体から力が抜けた。

流雅さんはそのまま彼女を受け止め、床へ静かに寝かせる。

 

「リンさん、止血をお願いします」

 

「う、うん!」

 

「死なせないでください」

 

その声は静かだった。

けれど、有無を言わせない重さがあった。

 

私は慌てて医療ユニットを起動し、ツイッギーの切断面へ止血処置を走らせる。

 

その間にも、ラボの奥から無数の機械腕が降りてきた。

 

医療用の処置器具。

拘束具。

注射針。

切断刃。

 

人を治すための形をしているのに、今は人を殺すために動いている。

 

「流雅さん、あれは中枢機械!こっちから完全停止は無理、物理的に壊すしかない!」

 

「分かりました」

 

流雅さんは二刀を構え直す。

 

一方の刀を前に。

もう一方を、わずかに後ろへ。

 

その瞬間、空気が変わった。

 

「アンビーさん」

 

「なに?」

 

アンビーは、エーテリアスから目を離さない。

 

「あの子を、お願いします」

 

「……うん」

 

「僕は機械を止めるので」

 

「分かった」

 

会話は、それだけだった。

 

次の瞬間、二つの戦闘が同時に始まった。

 

機械腕が流雅さんへ殺到する。

 

一本目を左の刀で受け流し、二本目を右の刀で斬る。

三本目の針を身を沈めて避け、四本目の拘束具を逆手の刃で弾き飛ばす。

 

「お兄ちゃん、制御核は?」

 

「右奥!でも外殻が厚い。左側の冷却管を落とせば出力が下がる!」

 

「流雅さん、位置送る!」

 

「お願いします」

 

座標を送った瞬間、流雅さんは走った。

 

機械腕が檻のように進路を塞ぐ。

普通なら、そこで止まる。

 

流雅さんは空中で突き刺さった刀を掴み直し、その勢いのまま冷却管へ二本の刃を叩き込んだ。

 

一本。

二本。

三本。

 

青白い液体が霧のように噴き出し、機械の唸りが一段低くなる。

 

【冷却系破損】

【出力低下】

 

けれど、機械は止まらない。

むしろ安全制御を失い、より荒く暴れ始めた。

 

「出力は下がったけど、動きが雑になってる!」

 

「問題ないです」

 

流雅さんは短く答える。

 

「雑なら、読みやすので」

 

一方で、アンビーはエーテリアスと向き合っていた。

 

彼女もまた、二本の刃を握っている。

緑の装備が、ラボの赤い警告灯に照らされて揺れる。

 

エーテリアスが跳ぶ。

 

床を砕き、複数の腕を歪に伸ばし、アンビーへ迫る。

 

アンビーは右の刃で爪を逸らし、左の刃で伸びた腕を切り払う。

だが、深くは斬らない。

 

まだ、迷っている。

 

「アンビー……」

 

私は思わず呟いた。

 

彼女は分かっているはずだ。

もう戻せない。

もう声は届かない。

もう、殺すしかない。

 

それでも、目の前にいるものが姉妹だった事実は消えない。

 

エーテリアスの爪が、アンビーの肩を裂いた。

 

「アンビー!」

 

お兄ちゃんが叫ぶ。

 

その瞬間、機械腕を斬り伏せながら、流雅さんの声が飛んだ。

 

「アンビーさん!」

 

アンビーが、ほんの少し顔を上げる。

 

「見ています!」

 

流雅さんは二本の刀で機械腕を受け止めながら、はっきりと言った。

 

「あなたが、ちゃんと見ていることは分かっています!」

 

金属音が弾ける。

 

「だから終わらせてあげてください!」

 

殺せ、ではなかった。

 

終わらせる。

 

その言葉に、アンビーの目が揺れた。

 

そして、迷いが消えた。

 

「……えぇ」

 

アンビーは二刀を構え直す。

 

エーテリアスが再び突進する。

アンビーは真正面から迎えた。

 

右の刃で爪を受け、左の刃で歪な腕を断つ。

踏み込み、懐へ入る。

エーテル核が、胸部の奥で脈打っていた。

 

「あなた達は」

 

アンビーの声が、低く響く。

 

「もう、命令を聞かなくていい」

 

一閃。

 

核に亀裂が入る。

 

「もう、戦わなくていい」

 

二閃。

 

青白い光が漏れる。

 

「もう、誰にも使われなくていい」

 

三閃。

 

エーテリアスが、声にならない叫びを上げた。

 

アンビーは最後まで目を逸らさなかった。

 

「おやすみなさい」

 

四度目の斬撃が、核を砕いた。

 

姉妹だったものが、粒子になって崩れていく。

 

同時に、流雅さんも最後の動きに入っていた。

 

暴走した機械が、残った全ての腕を彼へ向ける。

流雅さんは片方の刀を制御核の外殻へ投げた。

 

深く突き刺さる。

 

もう片方の刀が、それへ引かれる。

 

流雅さん自身も、その力に乗った。

 

一直線。

 

機械腕の隙間を、二本の刀が互いを呼ぶ軌道で貫いていく。

 

突き刺さった刀へ到達した流雅さんは、もう一本を逆方向から振り抜いた。

 

二本の刃が、制御核を挟む。

 

「止まってください」

 

二刀が、互いに引き合う。

 

その力で、硬い外殻ごと核が押し潰されるように裂けた。

 

【中枢機構:破損】

【防衛モード:停止】

【緊急停止】

 

機械の唸りが消えていく。

 

ラボに、静寂が落ちた。

 

私はようやく、自分が息を止めていたことに気づいた。

 

「……終わった?」

 

「機械停止。エーテリアス反応、消失」

 

お兄ちゃんが画面を確認する。

 

「ツイッギーは生存。アンビーも負傷あり。流雅さんも……一応、生きてる」

 

「一応って何ですか」

 

流雅さんが息を整えながら言う。

 

その声に、少しだけいつもの調子が戻っていた。

 

アンビーは、崩れた粒子の跡を見つめていた。

 

表情は変わらない。

 

でも、泣いているように見えた。

 

流雅さんが近づく。

 

「アンビーさん」

 

「……なに?」

 

「肩、見せてください」

 

「大丈夫」

 

「大丈夫じゃない人ほど、大丈夫って言います」

 

アンビーは少し黙った。

 

それから、流雅さんを見る。

 

「あなたも」

 

「……はい」

 

こんな場所で。

こんな状況で。

 

二人は少しだけ、いつも通りだった。

 

だから私は、泣きそうになった。

 

けれど、まだ終わっていない。

 

ツイッギーは生きている。

ラボにはデータが残っている。

この場所が何をしてきたのか、全部持ち帰らないといけない。

 

私はイアスの画面を睨み直す。

 

「お兄ちゃん。中枢、抜ける?」

 

「今ならいける」

 

「じゃあ、全部持って帰ろう」

 

流雅さんが頷いた。

 

「はい。ここにあったものを、なかったことにはさせません」

 

その声は静かだった。

 

でも、冷えたラボの中で、はっきりと響いた。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

エーテル・スペアの処生術(作者:くりぢゅん)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

▼「――あぁ、これでいい。俺一人が壊れれば、正解に辿り着く」▼部屋で1人コントローラーを握っていたはずが、Zenless Zone Zero(ゼンレスゾーンゼロ)の世界に転移した主人公レン。▼死に戻りを繰り返し、自らを「目的達成のための安価な交換部品」と定義する死に損ないの観測者(リセット・ホロウ)だった。▼ ▼0でも構いません。評価とご意見をください。▼


総合評価:1848/評価:8.59/連載:9話/更新日時:2026年05月08日(金) 21:00 小説情報

脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件(作者:ライハイト)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

銀の髪。▼燃える大鉈。▼ドスを効かせつつどこか芯があり、謎の色気を感じさせる(当社比)ようなしっとりしてる声。▼タイツの上からハイレグインナーを着用したことによって素肌が隠れ、線と形がより際立つことになるお尻。▼バケモンみたいなスタイルを誇る女性陣の中で慎ましいながらも健康的な色香を放つ肢体。▼その全て性癖に刺さった。▼だから書いた。▼インフレが順調に進んで…


総合評価:3268/評価:9.01/連載:32話/更新日時:2026年07月01日(水) 07:08 小説情報

最強の盾は橘福福しか見えなくなる。〈旧題:最強の盾〉(作者:カブトムシの相棒)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

▼大姉弟子に一目惚れをした男を書いてみたくなったんや。


総合評価:1759/評価:9.1/連載:16話/更新日時:2026年05月23日(土) 23:26 小説情報

ゼロ・トゥ・ゼロ(作者:しづごころなく)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

死に戻りを得た青年の話。▼ヒロインは未定。


総合評価:7974/評価:9.02/連載:29話/更新日時:2026年03月24日(火) 21:00 小説情報

俺の親友がプロキシ!?…えっパエトーン?(作者:コロッヶ)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

アキラの後方彼氏面ベガ立ち親友ポジションがアキラの女難や、物語に巻き込まれる話


総合評価:2538/評価:8.12/連載:7話/更新日時:2026年01月21日(水) 22:05 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>