雅が本当の兄の様に慕っていた分家の兄が、雅の母親を介錯した話。 作:ザワザワする人
どっかの誰かも使いそうですね。
地下水路の入口には、絶え間なく激しい水音が響いていた。
濁流は暗い横穴の奥へ続いている。
一度流れへ乗れば、自力で戻ることは難しい。水面から顔を上げることさえ、簡単ではないだろう。
リン達はフェロクスに捕獲された後、拷問を受けていた真斗を助け出し、逃走していた。
リンと負傷した真斗を乗せた浮き板は、既に水路の奥へ流されている。
残っているのは、柚葉とアリスだけ。
「よし、真斗たちは行ったね」
柚葉は二人の姿が暗闇へ消えたことを確認すると、壁際に残されていたもう一枚の板を水面へ浮かべた。
「さっ、アリスも早く」
「ええ」
アリスは頷き、浮き板へ手を伸ばす。
「しっかり掴まってね。この地下河川は流れが速いけど、その分ホロウの外へ出るのも早いから。真斗たちにも、すぐ追いつけるよ」
「分かったのだわ」
アリスの手が、板の端へ触れる。
だが、その指は板を掴まなかった。
「……柚葉は?」
「柚葉?」
「貴方は、何につかまって流れるつもりなの?」
柚葉の顔には、いつもの笑みがあった。
「私は平気だよ。アリスが行った後で、別の板を探すから」
「この場所に、他の板なんてないのだわ」
「探せば何かあるって。柚葉はラッキーだからね」
「嘘なのだわ」
アリスは浮き板から手を離した。
「へ?」
「貴方は、私たちと一緒に逃げるつもりがない」
柚葉の笑みが、僅かに固まる。
「どうしてそう思うの?」
「ここまで来る途中、貴方は何度も後ろを気にしていたわ。追っ手を警戒していただけではない。ずっと、何かを決めかねているような顔だったのだわ」
「アリスは心配性だねぇ」
「誤魔化さないで!」
アリスは柚葉の腕を掴んだ。
「私は一人では行かないのだわ。一緒に来て」
「時間がないんだよ」
「なら、なおさら二人で行くべきなのだわ!」
遠くから、複数の足音が聞こえた。
金属製の靴底が、床を叩く音。
フェロクスの手下たちが、こちらへ迫っている。
ここで追っ手に地下水路を発見されれば、先に流されたリンたちまで追跡されてしまう。
柚葉は、アリスに掴まれた腕へ視線を落とした。
「……アリス」
「……何?」
「ごめんね」
「何を」
柚葉は、自分の腕を掴むアリスの手へ触れた。
振りほどくためではない。
握らせるために。
最後に、その手の温度を確かめるように。
「この髪飾り……」
「あなたのパパは、柚葉を助けてくれたの」
アリスの表情が止まった。
「……え?」
「昔、この研究所から柚葉を逃がしてくれた人。それが、アリスのパパだった」
「どうして、柚葉が父を知っているの?」
「柚葉は、ここにいたから」
もう、隠し続けることはできない。
柚葉は、静かに笑った。
「資料にあったでしょ? プロジェクト・ニューリーフの被験体。最後まで生き残った、幸運な子供」
アリスの耳が震える。
「まさか……ES-07は……」
「うん。柚葉のこと」
「そんな……」
「アリスのパパは、偶然柚葉を見つけた。研究所で何が行われてたのかを知って、それでも見て見ぬふりをしなかった」
柚葉は、アリスの手を握る。
「あの人は柚葉を抱えて、ここまで逃げてくれた。柚葉だけを水へ流して、自分は追っ手を別の場所へ誘導した」
「では、父は交通事故で亡くなったのではなく……」
アリスの声が掠れる。
柚葉は、その問いに答えられなかった。
彼の最期を見届けたわけではない。
ただ、何が起きたのかは分かる。
自分を逃がした後、彼は研究所の人間に捕まった。
ポーセルメックスは事件を隠蔽し、彼の死を事故として処理した。
「全部、柚葉のせいなんだ」
「違う!」
アリスは強く否定した。
「父が自分の意思で選んだことなのだわ!柚葉のせいじゃない!」
「でも、柚葉は助けてもらった」
足音が近づいてくる。
もう時間はない。
柚葉は、アリスの手を強引に振りほどいた。
「だから、今度は柚葉の番」
「待って!」
「アリスは生きて」
柚葉は浮き板をアリスの身体へ押しつけ、そのまま背中を突き飛ばした。
「柚葉!」
アリスの身体が、水面へ落ちる。
辛うじて浮き板へしがみついたものの、激しい流れはすぐにアリスを捉えた。
「柚葉!一緒に来るのだわ!」
アリスが手を伸ばす。
柚葉も手を伸ばしかけた。
けれど、その指先が触れることはなかった。
「ごめんね」
浮き板は水路の奥へ運ばれていく。
「柚葉!柚葉っっ!」
アリスの声が、急速に遠ざかる。
柚葉は見えなくなるまで、その姿を見送った。
それから振り返る。
地下水路へ続く通路には、既に複数の武装した男たちが立っていた。
「いたぞ!」
「小娘一人だ!」
「他の連中はどこへ行った!」
柚葉は両手を上げ、いつものように笑った。
「そんなに怒鳴らなくても、逃げませんよ~」
声が震えないように。
怖がっていると悟られないように。
少しだけ大げさに、楽しそうに笑う。
「フェロクス様のところへ案内してくれます?」
□
フェロクスは研究所の広場で、爆破作業の指揮を執っていた。
各所に設置されたエーテル爆薬。
慌ただしく動き回る作業員と警護。
崩れた設備の向こうからは、ミアズマ・フィーンドのものと思われる咆哮が響いている。
研究所に残された証拠を消し去る計画は、既に最終段階へ入っていた。
「フェロクス様、侵入者を一人捕らえました」
両腕を掴まれた柚葉が、乱暴に前へ押し出される。
フェロクスは、柚葉を冷たく一瞥した。
「小娘一人だけか。他の連中はどうした?」
「我々が駆けつけた時には、彼女しか見当たらず……」
「役立たずめ!」
フェロクスは苛立たしげに吐き捨てる。
それから、改めて柚葉へ視線を向けた。
「おい。仲間はどこへ行った?」
「さあ?」
「とぼけるな。私の言葉は聞いていたはずだ」
フェロクスは柚葉の目前まで歩み寄った。
「言わなければ、お前だけでは済まさん。お前の家族も、友人も、泗瓏囲の住民も。私がその気になれば、全員を不幸にすることなど造作もない」
柚葉は、フェロクスの目を真っ直ぐに見返した。
「その脅し、今のフェロクス様には似合わないんじゃないですか?」
「何?」
「だって、こんなに追い詰められてるんだもん」
柚葉は周囲を見回した。
「研究所は壊れかけ。怪物は暴走中。消すはずだった証拠は、侵入者に見つかっちゃった。部下の人たちも随分減ってるみたい」
フェロクスのこめかみが僅かに動く。
「取るに足らない子供を脅してる暇なんて、本当にあるんですか?」
「随分と口の回る小娘だ」
「よく言われます」
「なら、その口が動かなくなる前に仲間の居場所を吐け」
柚葉は一度だけ目を伏せた。
リンたちは、もう地下河川を抜けただろうか。
負傷した真斗は無事だろうか。
アリスは追いつけただろうか。
「フェロクス様」
柚葉は、声から軽さを消した。
「取引しませんか?」
「取引だと?」
「私以外の人には手を出さない」
フェロクスの眉が動く。
「泗瓏囲の住民にも、奇々解々にも、私の学校にも。ポーセルメックスの力を使って報復しないでください」
「随分と都合のいい要求だな」
「その代わり、フェロクス様が欲しがっていたものを返してあげます」
柚葉は襟を捲った。
首元に残る、小さな記号。
研究所で被験体を管理するために刻まれた印。
それを見た瞬間、フェロクスの目が大きく見開かれた。
「その記号は……」
「まだ覚えてたんですね」
柚葉は笑う。
「被験体ES-07。プロジェクト・ニューリーフで最後まで生き残った、幸運な子供」
フェロクスが一歩近づいた。
先ほどまでの苛立ちが消え、代わりに異様な熱が瞳へ宿る。
「お前は……まさか……」
「随分と大きくなったでしょ?」
「生きていたのか……!」
フェロクスの声が震える。
「やはり、あの地下河川へ逃げ延びていたのだな。ホロウの中で死んだものとばかり思っていたが……!」
「残念でした?」
「とんでもない!」
フェロクスは笑った。
「お前には価値がある。この研究所の全てを秤へ載せても、なお足りないほどの価値が!」
柚葉の身体が、記憶に反応したように強張る。
薄暗い部屋。
冷たい手術台。
血を採取する針。
薬品の臭い。
それでも、笑みは崩さなかった。
「なら、取引には十分ですよね?」
「自分から実験体に戻るつもりか?」
「はい」
周囲の手下たちがざわめく。
フェロクスは、柚葉を値踏みするように見つめた。
「仲間の命と引き換えに、自分の自由を差し出すと?」
「仲間だけじゃありません」
柚葉は真っ直ぐに答える。
「家族も、泗瓏囲の人たちも。私に関わった全ての人へ、二度と手を出さないでください」
「お前一人で、そこまでの価値があると思っているのか?」
「フェロクス様が一番よく知ってるんじゃないですか?」
柚葉は袖を戻した。
「私の血があれば、止まった研究を再開できる。もっと純度の高い輝磁だって作れるかもしれない」
フェロクスは黙った。
柚葉の要求。
研究を再開できる可能性。
失われたはずの、唯一の成功例。
頭の中で、それらを秤に載せているのだろう。
やがて、その口元がゆっくりと歪んだ。
「いいだろう」
柚葉を押さえていた手下たちの腕から、僅かに力が抜ける。
「お前が従順に振る舞う限り、お友達には手を出さないと約束しよう」
「口約束じゃ信用できません」
「立場を弁えろ、小娘」
「取引相手でしょ?」
柚葉は睨み返す。
「今の私は、フェロクス様が欲しがっていた実験体。なら、それなりに丁重に扱ってください」
一瞬、二人の視線がぶつかる。
やがてフェロクスは、喉の奥で低く笑った。
「相変わらず面白い子供だ」
「柚葉はもう、子供じゃありません」
口にした瞬間。
山道で流雅に言われた言葉が脳裏を過ぎった。
【これは子供がすることじゃない】
あの時は、腹が立った。
何も知らないくせに。
自分の意思で動こうとする柚葉を、昔の子供と重ねて。
けれど今、自分がしようとしていることを流が知れば、彼は何と言うだろう。
きっと、また止める
そして、今度こそ柚葉は反論できないかもしれない。
だから、ここに流がいなくてよかった。
そう思った。
「そいつを連れていけ」
フェロクスが命じる。
「傷をつけるな。暴れた場合も、命に関わる攻撃は禁止だ」
手下たちが、柚葉の両脇へ近づく。
「動かないでください」
静かな声が、フェロクスの背後から聞こえた。
同時に、冷たい刃が首筋へ触れる。
「なっ……」
フェロクスの身体が固まった。
手下たちが一斉に武器を構える。しかし、引き金を引く者はいない。
フェロクスの背後に立つ男が、その首へ刀を押し当てていた。
黒い髪。
狐の耳。
白い衣服には戦闘でついた汚れと傷が残り、背後では二本の尾が濃いミアズマの中で静かに揺れている。
「……流?」
柚葉の声が掠れた。
流雅は柚葉を見なかった。
視線を警護たちへ向けたまま、刀を握る手に僅かに力を込める。
「武器を捨てて」
いつもの柔らかな声ではない。
冗談も迷いも感じさせない、冷たい声だった。
「フェロクスさんを死なせた場合、君たちがどう扱われるか。考えなくても分かるでしょう」
「貴様……!」
フェロクスが身を捩ろうとする。
刃が首筋へ食い込み、薄い血の線が浮かんだ。
「動かないでください。今、かなり機嫌が悪いので」
「私が誰か、分かっているのか?」
「ポーセルメックス共同CEO、フェロクス氏」
「なら、この行為が何を意味するかも」
「分かった上で、人質にしています」
流雅は言葉を遮り、柚葉を押さえている男たちへ視線を移した。
「彼女を離してください。それから、地下水路までの道を開けて」
一人の警護が流雅へ銃口を向ける。
「撃てば、お前も無事では済まないぞ」
「最初に死ぬのはフェロクスさんです」
「流!」
柚葉の声が広場へ響いた。
流雅が、初めて柚葉を見る。
研究所でフィーンドを押し留めて以来だった。
頬には新しい傷が増え、衣服も所々裂けている。それでも、その目だけは静かだった。
「何してるの?」
「柚葉を逃がす」
短い答えだった。
「流が残ったら、流が捕まるじゃん」
「柚葉が逃げてから考えるよ」
「嘘。そんな人数に囲まれて、フェロクスを人質にしたまま、どうやって逃げるの?」
流雅は答えなかった。
その沈黙だけで、柚葉には十分だった。
「離して!こんなの駄目だから!」
柚葉は腕を振りほどこうとしたが、男たちの手にさらに強く押さえつけられた。
流雅はフェロクスの首へ当てた刀を僅かに滑らせる。
新たな血が流れ、フェロクスの顔が引き攣った。
「次は頼みませんよ」
「お、お前たち!言う通りにしろ!」
フェロクスが叫ぶ。
「その小娘を離せ!道も開けろ!」
手下たちは互いの顔を窺い、ようやく柚葉の腕を離した。
別の者たちが、地下水路を塞いでいた資材を退かしていく。
通路の奥から、激しい水音が広場まで流れ込んできた。
柚葉は自由になっても動かなかった。
「柚葉、行って」
「嫌」
警護たちが流雅を囲むように位置を変えていく。
一人が側面へ回ろうとした瞬間、流雅の刃がフェロクスの首を押した。
「動かないで」
警護の足が止まる。
その隙にも、別の者が射線を探して銃口を動かしている。
残された時間は、ほとんどなかった。
「流、今度こそ柚葉の話を聞くんでしょ?」
「聞いてるよ」
「柚葉は、流を置いていきたくない。やっと会えたのに、また一人で勝手に決めないで」
流雅は僅かに目を伏せた。
その視線が、柚葉の襟元へ向く。
先ほどフェロクスへ見せた、被験体の記号。
「資料を読んだ」
柚葉の身体が強張った。
「プロジェクト・ニューリーフ。柚葉が、ここにいた子だったんだね」
「……途中から聞いてたの?」
「うん」
流雅はそれ以上を尋ねなかった。
何をされたのかも、どうして今まで黙っていたのかも。
ただ、柚葉を見ていた。
「今度は違うよ」
柚葉は拳を握り締める。
「あの頃みたいに、誰かに閉じ込められたんじゃない。柚葉が自分で決めたの。みんなを守るために、ここへ残るって」
「分かってる」
「分かってない!」
「山道では、分かってなかった」
予想していなかった言葉に、柚葉は息を止めた。
「昔の柚葉を今の君に重ねて、話を聞かなかった。あれは僕が悪かったよ」
「なら、今度は聞いてよ」
「聞いたから、残せない」
柚葉の目が揺れる。
「勝手だよ」
「うん」
「流だって同じじゃん。自分だけ残って、柚葉を逃がそうとしてる」
「そうだね」
否定も言い訳もしない。
そのことが、余計に柚葉を苛立たせた。
「だったら一緒に来てよ!」
流雅は返事をしなかった。
背後で警護の靴が床を擦る。
フェロクスも、刀から逃れる機会を窺っている。
流雅の視線が一瞬だけそちらへ向き、再び柚葉へ戻った。
「次の日曜日」
柚葉の声が掠れた。
「柚葉が料理を作るって約束したでしょ。流が食べて、感想を言うところまでが約束なの」
「覚えてるよ」
「だったら、一緒に帰ってよ」
「帰るよ」
柚葉が息を止める。
一瞬だけ、その顔に安堵が浮かんだ。
けれど、流雅は動かなかった。
「……今、一緒に帰るって言ってるの」
「分かってる」
「なら」
フェロクスの足が僅かに動いた。
同時に警護の一人が銃口を持ち上げる。
流雅はフェロクスの首元を柄頭で打った。
「ぐっ!」
身体がよろめいた瞬間、流雅が前へ踏み込む。
空いた手が腰へ走り、もう一振りの刀を抜く。
「流?」
次の瞬間。
鋭い金属音が広場へ響いた。
痛みはなかった。
ただ、柚葉の腰元へ強い重みが加わった。
流雅の刀が身体を避け、上着の裾にある厚い布地だけを正確に貫いている。
柚葉がそれを認識するより先に、流雅は刀から手を離していた。
返す動きでもう一振りを振りかぶる。
刀は回転しながら広場を横切り、地下水路の入口に残された浮き板へ突き刺さった。
警護たちの銃口が一斉に流雅へ向く。
流雅の手には、既に何も残っていなかった。
「流!」
柚葉が手を伸ばす。
その指先が届く前に、二本の刀身へ異なる色の光が走った。
離れた二刀が互いの存在を探し、一斉に震え始める。
「………お願い」
流雅の声と共に、二振りの刀が共鳴した。
柚葉の上着を貫いた刀が、浮き板へ向けて引かれる。
「待っ……!」
靴底が床を滑った。
柚葉が踏み止まる暇もない。
上着ごと身体を引かれ、地下水路の入口へ向かって一気に運ばれていく。
伸ばした手が、流雅の指先を掠める。
けれど、掴むことはできなかった。
そのまま柚葉の身体が浮き板へ倒れ込む。
直後、二本の刀が激しくぶつかった。
刀身は互いを強固に引き寄せ、間に挟まれた上着を浮き板へ縫い止める。
「流!」
柚葉が顔を上げた時には、浮き板が水面へ滑り出していた。
激しい流れが板を捉える。
柚葉は床へ手を伸ばしたが、指先が濡れた縁を掠めただけだった。
「流!」
水流が浮き板を加速させる。
地下水路の入口が急速に遠ざかっていく。
流雅はその場に立ち、柚葉を見送っていた。
丸腰の彼を、警護たちが取り囲んでいく。
フェロクスは首元を押さえ、怒りに顔を歪めた。
「この男を捕らえろ!生かして連れてこい!」
流雅の姿が、警護たちの陰へ隠れていく。
「流!」
柚葉が叫ぶ。
流雅は振り返らなかった。
迫る警護たちへ向き直り、両手を下ろしたまま静かに構える。
最後に見えたのは、その背中だった。
「絶対に来て!」
声が水路へ反響する。
「次の日曜日、絶対に来てよ!」
流雅の姿はもう見えない。
返事も聞こえなかった。
入口の光が遠ざかり、やがて暗闇に呑み込まれる。
「あんな約束……」
柚葉は上着を縫い止める刀へ触れた。
流雅が長く使ってきた、二振りの武器。
自分を逃がすために手放したもの。
「あんな約束だけ、残さないでよ……」
呟きは、激しい水音に呑み込まれた。
再び誰かに助けられ。
再び、助けてくれた人だけを置いて。
柚葉は暗い水路の先へ流されていった。