雅が本当の兄の様に慕っていた分家の兄が、雅の母親を介錯した話。 作:ザワザワする人
なにか、深い深い大きな水の塊に沈んでいくような感覚だった。
抵抗することなく、ゆっくりと沈んでいく。
呼吸が出来ないはずなのに、何故か苦しくはなかった。
やがて、底に着いた。
あたりは漆黒に包まれていて、光明も刺していなかった。
はずだった。
見上げている方向から、月と星がふよふよと流れてきた。
【ほんとに手のかかる主だな!】
【流雅さんは充分頑張りましたよ、本当に】
何か喋っているようだが、意識がぼんやりしていてよく聞こえなかった。
【こっからが本番だぞ、分かってんのか?】
【私に言ってます?それとも流雅さんに?】
【両方だ、馬鹿】
【怖いんですね、あなたらしくもない】
【………無尾と戦うのが何年ぶりだと思ってんだ?】
【今だって震えが止まんねぇさ。けどま、こいつなら大丈夫だろ】
【ええ、私達が一番彼の努力を知っていますから】
【懐かしいな、こいつが稽古しすぎてぶっ倒れたのをよっこらよっこら俺らで運んだの】
【あなたは隣で文句言ってただけでしょう】
【う、うるせぇ!さっさと行くぞ!】
【ハイハイ、分かりましたよ】
僕は月と星の明かりに包み込まれて、そのまま上へと運ばれた。
それはほんの少しの温もりと、確かな安心を僕に与えた。
まるで、母上に抱かれているような。
僕がそれに浸っていると、水面が近づいてくる。
僕は、ゆっくりとゆっくりと水面から顔を出した。
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目をゆっくりと開ける。
まず目に入ったのは、黒を基調にしたオレンジのメッシュが入っている髪。
「…………朱鳶?」
朱鳶の顔が目の前にあった。
「……せ、先輩!め、ま、目をしゃ、覚ましたんですね!」
何故か酷く頬が紅潮している。
息も絶え絶えだった。
体を上げると、右にはスカーフを巻いたボンプがいた。
『え、ええと!流雅さんが詠唱を言い終わった後、おっきな狐火が出てきてね。宗一郎さんに聞いたらそのままで良いって言うから待ってたら、すぐに狐火は消えたんだけど流雅さんが倒れてて……ええと、それで朱鳶さんが………』
「て、店長さん!……て、適切な処置を……」
「そっか、二人ともごめん。迷惑かけちゃったみたいで」
朱鳶の手をとって立ち上がり、周りを見渡す。
二つ、大きく目に留まるものがあった。
(あれは………)
思わず、見入ってしまう。
『狐火は収まったんだけど……刀がずっと燃えててね。ひとまず流雅さんを遠ざけたんだ』
一歩一歩、それに近づいていく。それは半ば無意識的な物だった。
「せ、先輩!危ないですよ!」
朱鳶が声を掛けるが、僕には分かっていた。
この狐火は害ではないと。
(これは、僕の味方だ)
両手で同時に、子供が夢見るように月と星を掴んだ。
狐火が腕を伝って、足へと、頭へと伸びていき体を包み込む。
想像通り、少したりとも熱くは無かった。
いや、ほんの少しだけ温かい。
なにか大きなものに包まれているような感覚だった。
炎が立ち上った後、炎はまた小さくなっていき僕の胴に、いや、心臓に集まり急に消えた。
【よぉ!やっと起きたか!】
【おはようございます。流雅さん】
先程、聞き馴染んた声が頭に響く。
「……こんな事になるのか………」
【嫌そうにすんなよ!】
【うるさいです、星彩】
『え、えと流雅さん?だ、大丈夫?』
(他の人にこの声は聞こえてないのか……)
「大丈夫です、ちょっと頭が痛くて」
朱鳶が遠慮がちに聞いてきた。
「先輩……なにか、ありましたか?」
「ん?どうした?」
「いや、なんというか、憑き物が落ちたような……」
(憑き物………か)
確かに、僕はずっと憑かれていたのだろう。
それはきっと過去の自分だ。自分で雁字搦めにした、過去の鎖だ。
今となっては、恐ろしい程に自分が愚かに見える。
僕は贖罪を求めすぎていた。
そんな事を他の誰も、本当の自分も、雅も、母上も、求めてなどいなかったのに。
「うん………もう、大丈夫」
心に一遍もの霧はない。
ただ、美しい情景が写っていた。
「早く、雅の所に行こう」
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『こっちだよ!こっちにブリンガーの演説台がある!』
「……………」
朱鳶は黙りこくっていた。
未だに、命の恩人のブリンガーが行った愚行を信じられないのだろう。
ひとまず、僕は朱鳶から離れた。
今は、一人で考えるのが最善だろう。
『朱鳶さん朱鳶さん、聞こえてる?』
「て、店長さん。なんで通信で連絡してきたんです?普通に話せば……」
『朱鳶さ〜ん?未だに心臓バックバクでしょ〜』
「え!?い、いや、そんな事あ、ありませんよ〜………」
『Fairy?』
『エージェント:朱鳶の心拍数は140を超えており、アドレナリンの排出量は規定値の1.7倍に当たります』
『ほら〜、言ったじゃ〜ん』
「そ、そりゃそうでしょう………あ、あんな事したんですから…………」
『人工呼吸のこと〜?だよね〜ドキドキしちゃうよね〜』
『いや〜朱鳶さんに好きな人がいるなんてね〜。しかも初恋!』
『さらにさらに!あれがファーストキスでしょ?初恋の人を助けるために、ファーストキス!まるで映画だよね〜!』
「ば、バカにしないでください!」
「朱鳶?どうした?」
「な、な、なんでもないです!先輩!」
「そう言えば、さっきの処置って何したの?」
「へ?」
「ほら、適切な処置って」
「あ、あ〜………あれは………」
「朱鳶?顔赤いけど……体調が悪いなら休んでた方がいいよ」
「ぜ、全然そんなことないですよ!」
「いや、だって……ほら」
流雅さんは立ち止まって、朱鳶さんの前髪をずらして、朱鳶さんのおでこに自分のおでこを当てた。
身長のせいで、流雅さんはちょっと背伸びしててかわいい。
「……あ、あの……先輩……ち、ちか……」
「…………やっぱり熱いよ。休んどきな」
朱鳶さんからプシュプシュと蒸気が出ているようだった。
「ほ、ほんとに!大丈夫……ですから!」
「?まぁ、朱鳶がそういうなら……けど、この後しっかり休みなよ」
「は………はい……」
『(これはあれだね……どっちもどっちってやつだね)』
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僕達はデッドエンドホロウから抜け出し、市街の皆さんと同じ道で演説台に向かっていた。
「流石に……混んでますね……」
人と人の合間を掻い潜りながら呟く。
「店長さん。雅の位置は?」
『ええと……今、あの道路ら辺!』
イアスの小さな手が指さした後ろの方向には小さな護送車が見えた。
(僕なら、飛んでいける……)
ザワザワと民衆は騒ぎ出した。
僕が着ていた六課の碧は、嫌がおうにも目立ってしまう。
ブリンガーの耳にこの騒ぎが聞こえたら、きっとブリンガーはこの場から逃げ出す。
「リンさん!僕はここを抜けて車の方に行きます!」
『分かった!』
膝を大きく曲げて、体のエーテルを脚に集中させる。
そのまま大きく跳躍し、民衆の中を抜ける。
おお〜!!
民衆の皆さんの歓声が聞こえる。
(何が……!)
苛立ちを、覚えてしまった。
すぐに、自分の未熟さを自覚する。
(………冷静になれ……冷静に!今、自分がするべき事を!)
刀を投げて飛び、車の方向に向かう。儀式を行ったおかげか、刀が今までより手に馴染む。
【無尾が近ぇぞ!】
速度を調整し、護送車に飛び乗った。中から、声が聞こえてくる。
「聞きしに勝る美しさね!」
(この声は……サラCEO)
「この輝かしいエネルギーこそ私達が本当に欲しかったもの!」
「…………なんだと!?」
(雅の声だ)
今すぐ、この壁を切って中に入らなければ。
雅が無尾を手にする前に。
刀を抜刀し、構える途中にも会話は続く。
「あなたの言う通り、誰もあなたの脅威にはなれない……だったら」
【早くしてください!流雅さん!】
刀を振り下ろし、護送車の天井を細切れにする。
「あなたが脅威になるのはどうかしら?」
一層、無尾が輝きを放つ。
「「無尾を離せ!」」
僕と雅の声が重なった。
が、それでも雅の方が早かった。
雅は両手で確かに無尾を手にし、扉から飛び降りた。
(クッッッソ!間に合わ無かった!)
僕はサラCEOの方を向く。
「………何故、無尾を狙った」
「あらあら、六課のメンバーがこんな事をして……」
「質問に答えろ」
今までに無いほど、怒りが頭を支配していた。
サラCEOはこの状況でものらりくらりしている。
「それより……大丈夫かしら?あなたの妹さんは?」
「………まさか、もう……」
【おい、流雅。そんな奴に構ってる暇ねえぞ!】
【流雅さん!無尾が暴走を始めようとしています!】
二つの声が頭の声に響き渡る。
雅が飛び降りた扉から、下を覗き込む。
雅が刀を両手で押さえ込んでいた。
その様子が尋常でない事は、誰にでも分かるだろう。
なのに。
「み、雅さんじゃない!?あれ!」
「ほ、ほんとだ!」
さらに最悪な事に。
雅の落下場所は———
「これはこれは光栄だ!まさか、私の演説にあの星見雅執行官が足を運んでくれるとは!皆さん、拍手で迎えましょう!」
———ブリンガーの目の前。
(クソ………!)
跳躍し、雅に向かう。
『み、雅さん!』
「雅!大丈夫!?」
イアスと朱鳶が雅へと近づいていく。
「近づかないで!!」
出来る限りの声を出して、警告する。
雅の刀を地獄のような炎が覆っていく。
それは無尾だけでなく、雅の美しい赤い目すらも覆っていった。
無尾は、雅を飲み込んだ。
雅は、一番近い場所にいた朱鳶に切りかかる。
「…………え…?」
僕は、それを間一髪で受け止めた。
「朱鳶!リンさん!雅をホロウに連れて行きます!」
最短で必要な情報だけを伝える。
エーテルを腕へと流し、雅を吹き飛ばす。
そして僕は再び、デッドエンドホロウに入り込んだ。
『朱鳶さん!急いで流雅さんの所に行かないと!』
「え、えぇ!すみません、店長さん!」
私達は流雅さんに遅れて、デッドエンドホロウに入った。
ホロウの不思議な感覚に包み込まれた後、眼前に広がっていたのは、次々と至る所で火花を散らす光景だった。
『な……なにこれ……』
早すぎて、目に追えなかった。
それは夜に光る花火のようだった。
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雅をホロウに吹き飛ばした後、雅は一旦僕から距離を取った。
「二人共、雅はどうなった」
【あれは…………やべぇ………】
【嘘でしょう……】
「二人とも、どうした?」
血気盛んな星彩も、常に冷静な月影も酷く動揺していた。
【星見家の最高傑作ってのは伊達じゃないみたいだな……】
【……おい、流雅。お前死ぬぞ】
星彩の重い声が聞こえる。
「………今更。ちなみに割合は?」
【限りなく100に近いです……】
月影の悲しみに満ちた声が聞こえる。
「じゃあ、次。何パーセントで無尾を抑え込める?」
【あなた次第ですが……良くて50かと】
「なら、行くしかない」
【……そうかよ】
【あなたならそう言うと信じていましたよ】
「二人とも、雅の為に死んでくれ」
【俺らは主に従うだけだけどな】
【初代の任を承り、あなたの剣となりましょう】
声を大きく張り上げる。
「雅!聞こえてたら返事してくれ!」
雅は僕の声に反応することなく、淡々と刀を構えた。
【流雅、声なんか意味ねぇよ。ありゃ完全に無尾に飲み込まれてる。俺らを無尾に何度も何度もぶつけてエーテルを調和するしかねぇ】
「……分かった。ありがとう」
虚狩りとして名を馳せる雅に、どれほど持ち堪えれるだろうか。
(………来る)
雅が地を蹴る音が響き、一瞬で眼前に迫られる。
最速の、僕の命を奪う為の首への突き。
首を傾け、回避する。
雅は素早く構え直し、上から振り下ろす。
僕はそれを、
そのまま地面にうち下ろされた無尾は地を裂き、小石が舞う。
途端に、雅はバックステップで距離を取った。
おそらく無尾が、月影達に驚いたのだろう。
「ふぅ……ふぅ……」
星見流雅の呼吸は浅く、星見雅の剣術に反射で反応している。
彼は全身にエーテルを漲らせる事によって、全身の身体能力機能を上昇させている。
だが、それだけで星見雅の剣技を見切るには至らない。
それだけで、虚狩りの一撃を逸らすに至らない。
陰陽相生
これ自体は、ただの雲嶽山で培われる思想に過ぎない。
だが、星見流雅はこれを一つの名技へと昇華させる。
この世は、陰と陽が織りなす無限の循環によって成り立っている。
力とは強さではない。均衡を掴み、循環に従う。
それこそが強さ。
儀玄から学んだこの
深呼吸する間などあるはずも無く、雅は再び流雅へと切りかかった。
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「はぁ……はぁ……はぁ……」
それでも、無尾の力によって強化された雅の刀を完全に受けきれる訳ではなかった。
流雅の体には様々な場所に痛ましい切り傷が残っている。
赤い線が、其れらの痛みをひしひしと伝える。
(どれだけ無尾のエーテルの調和が進んだのか全く分からない……)
依然として雅の意識が戻ることもなく、また、それを暗示する行動もない。
『流雅さん!大丈夫!?』
遠くから、リンさんの声が聞こえる。
もはや、それに耳を傾ける余裕などなかった筈だった。
雅が距離をとった。
そして小さく口を開け、風に消されるような声を紡いだ。
「………や……め…ろ………」
エーテルによって強化された僕の五感がそれを見過ごすわけは無かった。
(雅の意識が……)
大きく声を上げて、雅を呼ぼうとした。
けれど。
視界の端に姿が映る。
その咆哮が鼓膜を微かに震わせる。
僕の肌にほんの少しの敵意が突き刺さる。
僕の五感は捉えてしまった。
朱鳶と小さな可愛らしいボンプに近づく、大型エーテリアスを。
(朱鳶は完全に警戒を解いてる!)
いつもの完全無欠の治安官ならば、あの距離のエーテリアスに気付かないはずがない。
警戒を解くのも無理は無い。
彼女の眼前では、親友とその兄が命を懸けた真剣同士の斬り合いをしている。
『マスター!後方からエーテリアスが急速接近中!』
ボンプから機械音が響く前に。
僕は刀を投げていた。
【おい、馬鹿!】
投げる前に、星彩の声が少し聞こえた。
それとほぼ同時にエーテリアスのコアに刀が突き刺さり、力無く倒れた。
それを僕が視界で捉える余裕はなかった。
【来ます!流雅さん!】
刀が一本になったのを狙い、雅は再び突撃してきていた。
彼が致命傷を避けれていたのは、一重に刀が二本であったからに至る。
一本を弾かれたとしても、もう一本がギリギリでそれを補っていた。
今、それははるか彼方にある。
(星彩を戻す!)
雅の初撃の振り下ろしをギリギリで躱し、片手で星彩を引き寄せようとする。
けれど。
(っ……やられた……!)
僕と雅の直線上に星彩がある。
このまま引き寄せれば、雅に危害が及ぶ可能性がそこには確実に存在する。
離した片手を再び、月影に戻した。
【流雅さん!何やってるんです!】
頭に月影の怒りの声が響く。
(……捌き切る!)
先程の雅の声が聞こえた以上、雅の意識は微かにでも戻っているはず。
(もう一度、雅の意識が戻ってくるまで耐えれば……)
だが威力も、速度も、雅に軍配が上がる。
徐々に、後退を強いられる。
雅は僕と星彩の位置関係を理解し、必ずその間へと割り込んでくる。
雅に足で弾かれ、また大きく後退する。
ドンッ
背中に強い衝撃が走る。
(っ…壁!)
後ろには大きな建設用のコンクリート壁があった。
今、後退の道は無くなった。
真正面から、雅が迫る。
無尾は確かに突きの動きだった。
月影に触れる瞬間、反応能わぬその一瞬で雅は体ごと刀を回転させ月影を突き上げた。
【流雅さん!逃げ】
パキン
月影の言葉は遮られ、僕の手から弾かれ、数メートル前方に突き刺さった。
雅はすぐ様、体勢を立て直す。
そもそも、僕が雅の刀を捌ききれていたのは雅が本調子ではなかったからが大きい。
無尾に呑まれ、その剣術は荒れ狂っていた。
いつもの雅の豪快さに潜む繊細さが今まで無かった。
雅の意識が少し戻り、その繊細さを微かにでも取り戻した。
それらは無尾が、僕の鳩尾を貫く結果を齎す一因となった。
「………ッッッツ!!」
今度こそ、その剣技は突きだった。
突きの威力は絶大で、体を貫通し、壁に突き刺さる。
傷から、無尾の炎に負けないような赤い血が吹き出る。
顔のすぐ横に、雅の顔があった。
本当に、こんな時に思うことではないだろう。
けれど、本当に綺麗だと思った。
何も握っていない両手を震わせながら、雅の体を抱きしめる。
何も出来ない筈だった。
けれど口が、まだ動いた。
ただそれしか、喋ることしか出来なかった。
「ごめんね……雅……」
涙がポロポロと流れる。
腹を貫かれた痛みだろうか。
違う。
きっと、心の痛みだ。
「ずっと……ずっと……一人にして……」
僕も、母上も、雅は普通の女の子として育って欲しかった。
無尾なんて使わずに、幸せに生きて欲しかった。
その思いがあった筈なのに。
「………もう大丈夫だから………」
母上が亡くなったあと、雅の事は僕が見なければいけなかったのに。
自分を無責任に責めて、雅から逃げて、それは雅にとってどれだけ辛かったことなのか。
想像に固くない。
「…………僕が……いるから………」
けれど、もう大丈夫。
母上が、雅が、教えてくれたから。
雅の本心も。
僕の感情も。
「………大好きだよ……雅……」
意識が遠のきかけるが、ある声が片耳から聞こてきた。
(朱鳶……?リンさん……?)
そのどちらかだろうか。
遠のく意識でその声を聞き分けようとする。
それは、声ではなかった。
小さな子供のように、すすり泣く音だった。
(……雅…?)
涙が、雅の目に溜まっている。
だが、その目は無尾の炎のように赤いままだった。
けれど、僕の本能がその涙は本物だと訴えかける。
目から涙が溢れだし、雅の頬を滑っていく。
それは顎まで伝い、重力に従い地面に落ちようとする。
けれど、それは無尾に遮られた。
涙は炎で消える筈だった。
けれど、確かに刀に滴り落ちる。
それは瞬く間に炎を消し、美しい銀色が現れた。
(………これって……)
雅はゆっくり目を瞑り、僕の方に倒れてきた。
(気絶……してる……)
「はぁ……はぁ……はぁ………」
(苦しそう………)
僕は、ゆっくり手を動かして雅の頭を撫でる。
刀が腹部を貫いているのに、この時は。
木陰で二人で眠った、遠い過去のようだと思った。
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「先輩!大丈夫ですか!?」
朱鳶とリンさんが近づいてきて、僕を雅から離した。
刀が抜かれ、ある程度抑えられていた血が吹き出ようとする。
それを、エーテルを集中させ全力で抑える。
(血を抑えなきゃ……出血多量で死ぬ…)
『流雅さん!これ、流雅さんの刀!』
小さなボンプの手には、刀が握られている。
「ありがとう…リンさん」
刀を握ると、いきなり声が響いてきた。
【何やってんだ、お前!!俺の事ぶん投げて!戻さなくて!】
(ごめん……星彩)
【星彩、彼女は常に私とあなたの間に立っていました。引き寄せれば、彼女に被害が及ぶ。逆に、私達が星彩の方に行ったのなら、リンさんや朱鳶さんに被害が及ぶ。……流雅さんの考えを、無尾に利用されましたね】
【ったく……お前のお人好しにはうんざりだぞ!!】
【今は無尾を抑えるのが最善です。急ぎますよ、流雅さん、星彩】
僕は、雅が未だに握りしめる無尾へと歩く。
けれど、その途中でポツリと、星彩は言葉をこぼした。
【………
(どうしたの?星彩?)
【……流雅さん。雅さんは自らの類稀なる精神力によって、無尾に打ち勝ちました。よって、私達の任務は終わりです】
(そっか……)
【安心しろ、お前が役に立たなかった訳じゃねぇ。お前のお陰で、星見雅の意識が起こり始めた。無駄だった訳じゃねぇ】
(……ありがとう)
「もう、大丈夫だそうです」
『よ、良かった〜〜』
言葉にした事で酷く安堵して、僕は立ち上がり、歩き出す。
【あなたも治療を受けなければいけませんよ、流雅】
【ほんとにな!腹ぶち抜かれてんだ!今すぐ病院送りだ!】
(ブリンガーを捕らえる……それにサラCEOが黒幕で確定だ。けど、あの人を法では裁けない。裁ける理由がない。ブリンガーなら、柳が見つけた証拠で捕えれる。今すぐ、柳の支援に行くべきだ)
【お前が行く必要ねぇだろ!】
(必要性の話じゃない。やるべきだからやるんだ)
【……やるべきってなんですか】
珍しく、月影の声には怒りが籠っているように聞こえる。
(……上手く説明出来ないけど、やるべきだって思う)
【は、はぁ!?何言ってんだお前!】
(行きたくないなら、置いていく。今の僕だけでも軽い体術なら使える)
【流雅。本当に、死にます】
重く、苦しい月影の声が聞こえる。いつもの敬語が抜けている。本当に怒ってるんだろう。
(死にたいわけじゃない……。今、動かなきゃ絶対に一生後悔する。その予感がするだけ)
【……………はぁ】
ため息が、響く。
(着いて……来なくていいよ)
怖かったけれど、一人だけなのは幼い頃に慣れていた。
【私は行きますよ、流雅】
(……え?)
【な、何言ってんだ!】
【よくよく考えれば、主に従うのは従者の摂理です。それに私がいなきゃすぐ死んじゃいそうですし】
(……ありがとう、月影)
【礼は要りませんよ。流雅。……あなたが今までの私達の主の中で一番、手入れが上手かっただけですから】
(ふふ……そっか)
刀も照れ隠しというのをするらしい。
【あなたはどうするんですか?星彩】
【…………………月影も、お前もイカれてんぜ】
【どうせ、月影が行くんなら俺が引っ張られるのも必然だ】
【しょうがないから!仕方なく!俺もついていってやるよ!】
(本当に……ありがとう、二人共)
【しみったれた顔すんな!ほら行くぞ!】
僕は、走り出した。
「先輩!」
後ろから、凛とした声が聞こえる。
「………朱鳶、雅を
「……納得はしませんよ!」
後ろから治安官としてではなく、雅の友として、そして初恋の相手に向けての大きな声がホロウに響く。
「私も!雅も!
片手を上げて返事をして、僕はまた走り出した。
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「柳……ブリンガーの方はどうなった」
六課の無線で連絡を取った。
『流雅さん、雅の方は?』
「雅は助け出した。安心していい」
柳が安堵の声を漏らす。
『………はぁ、良かった……』
『流雅さんの方は大丈夫ですか〜?』
悠真ののらりくらりとした声が聞こえる。……多分悠真は僕が無傷じゃないって気付いてるんだろうな。
「………問題無い。ブリンガーの方に行くよ。逃げたんでしょ?」
『そうなの!悪いおじさんがピュー!って逃げちゃった!』
蒼角の無邪気な声が聞こえてくる。
『おそらく方角的に、ポート・エルピスのホロウです。船での逃亡の可能性がありますね』
「了解」
ぶつりと、無線を切る。
僕の血だらけの六課のシャツを見たら、三人とも僕のことを止めるに決まってる。
(僕なら三人より早くホロウに着ける)
月影達で飛び、ポール・エルピスへと向かった。
ホロウの奇妙な感覚は、今となってはどこか心地よいものだった。
(プロキシとしての知識があるといっても……このホロウを一人で探索しきるのは不可能…)
手当り次第しかないと思い、ホロウで一歩目を踏み出そうとした瞬間。
【後ろだ!】
星彩の声で振り向くと、反乱軍の銃弾が迫っていた。
既の所まで迫った銃弾達を、居合で弾く。
「隊長、発報許可を」
一人の兵隊が報告する。
後ろからもぞろぞろと反乱軍は出てくる。
「………一旦止まれ」
「は!」
隊長らしき男が、部下の間をぬって出てくる。
「お前……対ホロウ六課の星見流雅、だな」
六課の碧はこの状況でも、明白に、そして確実に僕の立場を表す。
「だったら何ですか」
「ははは!これは幸運!まさか、お前から来てくれるとは!」
隊長格の男は高笑いをする。
(ブリンガーは随分と用意周到だな……)
「お前か星見雅を拘留して差し出せば、一生遊んで暮らせる金が手に入る!」
(やっぱり、あいつらの狙いは星見家か)
「……大人しく捕まるとでも?」
「何のために、俺らがいると?」
彼の後ろにはおよそ百名の兵隊がいる。
1対101
(逃げることは簡単。けれど)
こいつらを逃がした場合、六課のみんな、ひいては雅か父上に被害が及ぶ可能性がある。
隊長の男が、手を挙げる。
一斉射撃の一歩手前の合図。
統率は完璧、今すぐにでも対象を蜂の巣に出来るだろう。
「大人しく投降すれば、無傷で済ましてやる。それに………大きな大きな傷を負っているようだしなぁ」
真紅に染まった白色のシャツを一瞥し、男は煽る。
なら。
「ははは!良いハンディキャップでしょ?」
煽り返す。
頭の血管が切れるような声で男は叫ぶ。
「蜂の巣にしてやれ!!」
一斉に百発を優に超える銃弾が豪雨のように降り注いだ。
エーテルってどこまで出来るんだろうか。
自分的には、ハンターハンターのオーラみたいな感じと思っていたり。
「陰陽相生」は、もう自己強化系の術法って感じです。
雅の意識が無いとはいえ、素の力で対処出来てたら流雅が強すぎるんで。
雲嶽山様様です。