雅が本当の兄の様に慕っていた分家の兄が、雅の母親を介錯した話。   作:ザワザワする人

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それぞれの想い

『次のニュースです』

 

『先の事件において、治安局総監であったブリンガー長官が関与していた事がH.A.N.Dの調査によって判明しました』

 

『ブリンガーはホロウに逃走し、エーテリアス化。虚狩り星見雅が率いる対ホロウ六課によって撃退されました』

 

『今回の騒動による死者はゼロですが、対ホロウ六課隊員の星見流雅さんが重症を負いました。』

 

『星見流雅さんは未だに意識不明の重症です』

 

あの事件から三日が経っていた。

 

あの後、流雅さんは気を失って事態は収束に向かった。

 

幸運な事に、流雅さんが暴走していたのを見たのは私と六課のみんなだけ。

 

どうやらこの情報は秘匿する事にしたらしい。

 

「流雅さん………大丈夫かな…」

 

私は不安の声を漏らす。

 

「そんなリンに朗報だ。雅さんからお見舞いのお誘いが来た。早速行くかい?」

 

「行く!」

 

そうして私達は、車に飛び乗って病院に向かった。

 

病院に着いたら玄関前に雅さんが立っていた。

 

「おーい!雅さ〜ん!」

 

声を掛けると、雅さんは気がついてこちらに振り向く。

 

「よく来たなプロキシ、兄上はここの最上階だ」

 

雅さんは素早く歩いて、私たちに着いてくるよう促す。

 

病院特有のアンモニア臭が鼻に入ってくる。

 

エレベーターの中で雅さんは淡々と流雅さんの情報を教えてくれた。

 

ニュースで言っていた通り意識不明らしい。

 

チンとエレベーターの着く音が響く。

 

雅さんがガラガラと病室の扉を開ける。

 

そこには普通の病室と違ってベットが一つだけだった。

 

そこに流雅さんが横たわっている。

 

ベットの近くの席に雅さんは腰掛けて、私たちにも近くの椅子に座るよう促す。

 

私たちが座ると、雅さんは淡々と話す。

 

「兄上の主な外傷は、全身の切り傷、及び骨折。左肩の銃創。そして……」

 

「腹部の刺傷だ」

 

「腹部の傷は腹部大動脈を傷つけていて、普通の人間ならば数十秒で死に至るものらしい」

 

「兄上の意識不明の原因は、主にこの傷によるものらしい」

 

「プロキシ、正直に答えてくれ」

 

「兄上を……刺したのは私か?」

 

雅さんの目は真っ直ぐ私を捉える。

 

言い逃れなどさせないと、目で訴えられていた。

 

「うん……雅さんが暴走してた時にね」

 

「……そうか」

 

雅さんは流雅さんの方へと振り向いた。

 

辺りが沈黙に包まれる。

 

何分沈黙が流れただろうか、ふと思った瞬間雅さんが口を紡いだ。

 

「すまないプロキシ……一人にさせてくれないか」

 

その声はひどく、震えていた。

 

お兄ちゃんが私の肩に手を置いて、私達は病院を後にした。

 

 

 

 

 

 

(私が……兄上を………殺しかけた)

 

兄上が死ななかったのなんて結果論だ。

 

私が兄上の腹部を貫き、殺害しかけたというのは事実だ。

 

そこに私の意識が無かったとしても。

 

私が、暴走した兄上を止めたのだとしても。

 

(兄上は………私を嫌うだろうか…………)

 

兄上は、きっと助かる。

 

そこに私はこれっぽっちの疑いも持っていなかった。

 

けれど。

 

(冷たい……)

 

兄上の手にそっと触れる。

 

事実は、冷静に冷たく現実を突きつける。

 

その手はまるで人のものでないようだ。

 

兄上の表情は、少し苦しそうだった。

 

私がどれだけ刀を極めても、無尾を自在に扱えるようになっても。

 

今の兄上は、助けられない。

 

(兄上……)

 

兄上の手を握る事しか出来ない自分の無力さにひどく腹が立った。

 

 

 

 

 

 

 

「ここ……で合ってるわよね?」

 

「ニコ、手続きが終わった。エレベーターを使うって」

 

「…ふぅ……分かったわ、行きましょう」

 

件の事件があらかたニュースなどで明らかにされた夜。

私達の元に一通の招待状が届いた。

ニコは最初、目をディニーに輝かせてたけどすぐに表情が変わった。

 

「アンビー、行くわよ」

 

私に短くそう言って私達は駅に向かった。

ビリーと猫又は寝ている時間で、もう深夜だ。

 

「………」

 

エレベーターに乗っている間もニコの表情は落ち着かない。

その顔が珍しいというわけでは無いけど、それが私が見た事のないどこか特別な表情に見えた。

早歩きのニコに着いて行く。

ニコはある病室の手前で止まる。扉の取手を握る。

けど、扉は開かない。

 

「っ……」

 

ニコの手は震えてた。だから私は、映画のワンシーンみたいに私の手を重ねた。

 

「アンビー……」

 

「大丈夫」

 

私だってバカではない。世間の事もある程度は知っている。

この先に、何が待っているかも知っている。

ニコと私は、ゆっくりと扉を横に引いた。

 

ピッ……ピッ……ピッ……

 

その部屋は静かだった。

部屋に反響する冷たい電子音が、彼の生命をかすかに表している。

ニコは彼のベットの隣。すぐそばの椅子に腰掛けた。

私はそれを2m程離れて見守った。

 

 

「あんた、なかなか頑張ったらしいじゃない」

 

「お武家狐の事を助けたり」

 

「あのブリンガーとまぁまぁいい勝負したり」

 

「郊外で私達を捕まえようとしたのは……ノーカンね」

 

「それに、お武家狐から聞いたわ。結局あんたがブリンガーを倒したらしいじゃない」

 

「全く、私としても鼻が高いわね。そんなあんたから、昔はギリギリ逃げれてたんだから」

 

「治安官の頃からあんたを知ってるけど、昔から無茶するのは変わらないわね」

 

「私……さ」

 

「あんたに謝らないといけない事があって……」

 

「私……星見家の掟なんかこれっぽっちも知らなくて…」

 

「内心どこかで、あんたの事を嫌ってた」

 

「初めて会ってお武家狐の刀を取られた時も、郊外で話した……っていうか結局破綻になったけど。あの時も」

 

「孤児院育ちの私を、どこか見下してるんじゃないかって」

 

「お武家狐の手紙にあったわ」

 

「あんたも小さい頃、苦労してたのね」

 

「だから……ね?謝らせてよ……」

 

「罪でも……何でも償うからさ………」

 

「目を……開けてよ……」

 

電子音に消される程の声しか出せなくなったニコを慰めようとした。

ただそれだけだった。

私がニコに近づけば、必然的に彼も近くなる。

彼の顔が、チラリと見えた。

その瞬間。

 

 

 

 

「隊長……たすけ………て…」

 

 

 

 

厳重に、絶対に漏れ出さないように蓋をした。

その箱から、記憶が溢れ出した。

隊長としての記憶。

上からの命令で、死ぬしか無かった隊員。クローン。姉妹。

その最期に、ピタリとそれが重なった。

 

「っっ………」

 

胃から何かが込み上げてきて、私は走ってその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

翌日、私はまた休暇を出した。

 

兄上の様子をずっと見ていたかったが、今日は星見家の食事会があった。

 

分家の方々も集まるらしく、父上から参加を強制させられた。

 

ブリンガーの悪事を暴いたという祝いもあるらしく、私は大いに褒められた。

 

あまりに長い長机を囲み、皆で食事をする。

 

(こんなものに意味など………)

 

そんな事を考えながら、食事を口に運ぶ。

 

食事をしながらも、分家の人々は父上への声掛けを忘れない。

 

自分の地位を少しでもあげようと必死だった。

 

「雅様も素晴らしいご活躍でございましたね」

 

声を上げた人の方を私は一瞥する。

 

それは、兄上の本当の父親だった。

 

「ブリンガーの悪事を暴いただけでなく、その撃退まで。まさに星見家次期当主として相応しいご活躍だったかと」

 

「ありがたく受け取っておく」

 

私が静止しようとしても、止まらない。

 

「なのに私の息子と来たら………」

 

「せっかく本家に入れたというのに、数年どこかの山に行き、帰ってきたと思えば、一隊員の立場に甘んじている!」

 

「今回の事件でもまともな活躍は無し……恥ずかしい限りです」

 

「あれは、そもそもがダメですからな〜」

 

「ええ、まったく」

 

「"垂れ耳"……ですからな〜」

 

その言葉はどれも心からの侮辱の塊だ。

 

いてもたってもいられなくなり、私は立ち上がる。

 

「雅……殿?」

 

私の機嫌を損ねたことを恐れているのか、下手にでる。

 

「雅!」

 

父上の声が聞こえるが、私の頭は怒りの赤に埋め尽くされていた。

 

「貴殿の息子である星見流雅は対ホロウ六課の隊員として、その責務を全うした。貴殿にとやかく言われる筋合いは無い」

 

「対ホロウ六課隊長として断言する、流雅隊員なしではブリンガーを討つことは叶わなかった」

 

「私の兄上を、侮蔑するな」

 

周りの空気がうんと冷える。

 

すると、従者が急に入ってきた。

 

「談議の場だぞ!失礼だろう!」

 

声を荒らげる人を無視し、従者は私に一直線で向かってくる。

 

そして耳元で。

 

「流雅様が目を覚まされたと……病院から連絡が」

 

逡巡の余地もない。

 

「急用が出来た。この場は失礼する」

 

私は全速力で、病院に向かった。

 

 

 

 

病院に着くと、群衆が出来上がっていた。

 

どうやら兄上のいる病院を特定されたらしい。

 

(くそ……邪魔だ……)

 

そこにはマスコミであったり、六課のファンがいた。

 

「雅さん!!??」

 

誰かに見つかったらしく、皆がこちらを見る。

 

群衆は私を囲って、逃げれないようにする。

 

「雅さん!今回の事件において雅さんの感想は!」

 

「雅さん!流雅さんは大丈夫ですか!?」

 

「雅さん!サイン貰っていいですか!」

 

「雅さん!雅さん!雅さん!」

 

周りからの撮影のフラッシュと共に声が四方八方から声をかけられる。

 

すると。

 

「あれ?ボス〜?」

 

蒼角の声が聞こえる。

 

後ろには柳と悠真もいた。

 

「あれ……六課じゃないか?」

 

誰かが呟いた瞬間、みなの意識がそこに向く。

 

私にとってはそれで十分。

 

群衆の隙間を抜き、病院の入り口まで辿り着く。

 

エレベーターの少しの待ち時間が、永遠の様に感じた。

 

私は階段を駆け上がる。

 

(兄上……兄上兄上!)

 

私の頭にそれ以外の思考など入る余地もなかった。

 

扉に手をかけ、勢いよく引く。

 

「あ、雅」

 

兄上はベットの上で上体を起こして、こちらを向いた。

 

「ほら、君も挨拶してみ」

 

両手にはどこから来たのか分からない猫を抱えていた。

 

その猫は、完全に懐いているようでゴロゴロ喉を鳴らしていた。

 

「あに……うえ?」

 

私は何も考えられなくなって、ゆっくり、ゆっくり兄上に近づいていく。

 

兄上の目の前に近づくとなにか、感情が溢れ出して。

 

それと一緒に。

 

 

「あ………」

 

 

涙が込み上げた。

 

兄上が目覚めた安心と、兄上を傷つけた不安と後悔が一緒くたになって。

 

自分の心が、本心が、分からなくなって。

 

すると兄上が。

 

ギュッ

 

私を抱きしめて、頭をゆっくり撫でてくれて。

 

それがなんだか母上に似ていて。

 

私は、子供の頃のように泣いてしまった。

 

「ごめん……なさい……ごめんなさい…」

 

私がそう言っても、兄上はずっと頭を、背中を、そして心を、撫でてくれた。

 

兄上は二つの尾を私の体に巻き付けてくれた。

 

それは、太陽みたいに暖かくて。

 

まるで白昼夢のようだった。

 

私は夢じゃないと確かめたくて、兄上をぎゅっと強く抱く。

 

「み、雅………ちょっと痛い………」

 

兄上にそう言われて、ばっと手を離す。

 

その時、久しぶりに()()の顔を見た。

 

見つめ合った。

 

目が合った。

 

すると、兄上は優しく微笑んで。

 

「ただいま、雅」

 

ただ、昔の笑顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が戻り、ゆっくりと目を開けるとナースさんが走って行った。

すぐにお医者様が来て、ある程度の説明を受けた。

お医者様が帰って暫くぼーっとしていると、気づいたら太ももの上に猫がいた。

 

(……可愛い)

 

猫の頭をゆっくりと撫でると、心地良さそうに目を細める。

それがどこかの、昔の記憶に重なった。

 

「福姐元気かな……」

 

そう言えば雲嶽山を出てからは、皆と連絡すら取っていない。

余裕がない、と言えばそうだったけど。……ただの言い訳だ。

 

「師匠は……多分変わってないだろうな〜」

 

「潘さんの料理も、また食べたいな」

 

「釈淵は、相変わらず真面目かな」

 

「瞬光は………大丈夫かな……」

 

一抹の不安が過ぎる。

それもまた、彼が犯した()の一つ。

体に燻るどうしようもない取っ掛かりが、彼の胸をきつく締める。

 

「……君はどう思う?」

 

「にゃ〜」

 

「そっか〜、……やっぱり分かんないよね」

 

「にゃにゃ〜」

 

「ごめんごめん。バカにしてるつもりはないよ」

 

猫パンチを腿に喰らうのは意外と痛かった。

 

そうして猫と話している内に、()()()がやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何とか再び泣き出してしまった雅を、宥めた後に僕らはまた話し合う。

 

「あにうえのばか」

 

「うん…ごめんね雅」

 

「ずっとさびしかった」

 

「本当に、ごめん…」

 

「………ばか」

 

「……()()()言って。出来る範囲で叶えるから」

 

「……何でも?」

 

「うん。何でも」

 

「なら……………私と婚約「りゅうにぃ、起きたの!!??」

 

「あ、蒼か「りゅうにぃぃぃぃ!!!」

 

蒼角は流雅の抱きつき、雅は目を細めた。

 

「蒼角ちゃ〜ん?病院で騒いじゃダメでしょ〜?(婚約って言ってた。絶対言ってた)」

 

「浅羽隊員にしては珍しく正論ですね(婚約!?!?ここ、こ、婚約!?!?)」

 

「皆、久しぶり」

 

「流雅さ〜ん。報告書手伝ってくださいよ〜。流雅さんのも僕が書く羽目になったんですよ?」

 

「ご、ごめんね。ありがとう」

 

「流雅さん。体調はどうなんですか?」

 

「お医者さんが言うには、もうある程度の生活は出来るくらいにはなってるらしい。さっき来たんだけど、すっごい驚いてた」

(……ちょっとさっきから蒼角がお腹を僕の頭グリグリしてるせいで痛いのは黙っとこう)

 

「そうですか、それは良かったです。ご飯については何か注意を受けましたか?」

 

「ご飯?特には言ってなかったよ」

 

「じゃ、パパッと行きますか〜」

 

「どこに?」

 

「流雅さんの復活祝いですよ〜。副課長が美味しいお店を貸し切ったんです」

 

「そ、そうなの?」

 

「えぇ…まぁ…はい」

 

「な〜に副課長は照れてるんですか〜?流雅さんが起きたって聞いて、一人で休憩室に籠ってた事が恥ずかしいんですか〜?」

 

「……浅羽隊員。先日、私が受諾した休暇申請書は却下です」

 

「理不尽!!圧倒的、理不尽!!!」

 

二人は言い合いながら、病室をさりげなく出て行った。

 

「あ、なぎねぇ!待ってよ〜!!りゅうにぃ!早く来ないと蒼角がぜ〜んぶ食べちゃうよ〜!」

 

蒼角も、柳を追って出ていく。

 

残ったのは、二人の兄妹だけ。

 

「……兄上、着替えはそこの棚に置いてあった筈だ」

 

「あ、これ?ありがとう雅。……よいしょっと……じゃ行こっか」

 

そう言って、流雅は椅子に座っていた雅に手を差し出す。

 

そんな普通の光景が。

 

そんな当たり前が。

 

雅にはとても懐かしくて、嬉しくて、明るくて。

 

過去を、確かめるように。

 

未来を、少しだけ信じるように。

 

今を、出来るだけ長く感じられるように。

 

 

 

「うん……一緒に行こう」

 

 

 

 

「兄上!!」

 

 

 

固く、彼の手を握った。





(蒼角に邪魔された……)

(これもまた運命か……)

(朱鳶もおそらく兄上に気がある)





(諦めるつもりはない)










(兄上は、私のものだ)



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