コロシアムにてエテモンの罠にハマり、グレイモン同士の闘いによって、グレイモンをスカルグレイモンに進化させてしまった太一。
その場は他の子供たちとパートナーデジモンたちの助けもあって何とか収まったものの、スカルグレイモンは無理な進化がたたってコロモンに退化してしまった。
エテモンからの追撃を逃れるために、急いでコロシアムを離れ、歩みを進める彼らの前には、広大な砂漠が広がっている。水もなく食料も乏しいこの灼熱の大地に加えて、いつもは元気いっぱいな太一の消沈具合。おまけに頼れる年上であるシンイチとの連絡も途絶しているとあって、子供たちは限界を迎えようとしていた。
「ごめんなコロモン。俺のせいで……」
そう謝る太一にコロモンは何も言えず、代わりにミミが嗜める。困ったような表情で、こんなところでいくら後悔してもどうしようもないと言うミミに、太一は寧ろありがたく思っていた。今は慰められるよりも、少しでも責められた方が気が楽だった。
こうして、砂漠を歩き続ける7人と7匹は、やがて暗い雰囲気すらも焼き尽くしてしまいそうな暑さにヘロヘロになっていく。砂漠特有の蜃気楼なのか、巨大なサボテンを見ては影に入ろうと足を早め、そしていつの間にか消えてしまうそれに落胆した。
そんな中、砂漠で精密機械を触る事を良しとせず、それでもシンイチからの連絡があるのではと気にしていた光子郎が、砂漠から突き出た一本の赤い旗を見つけた。
「何でしょう。これ?」
「これまでこんな物みいひんかったですけど。何や埋まっとるんとちゃいますか? 光子郎はん、掘り出してみたらどうや?」
「ええ、僕が? テントモンは分からないかも知れないけど、昼間の砂漠の砂ってすごく熱いんだよ?」
「せやけど、気になるやないですか。光子郎はんは気にならんのですか?」
「そう言われると気になってくる。よし、どうにか掘り出してみるか」
巨大サボテンが幻だったと知り、その場にへたり込んでいる皆をよそに、一人黙々と砂を掘る光子郎。ちなみに砂の熱さは持っていたハンドタオルで何とか誤魔化した。
掘り出してから数十秒後、光子郎は旗の下に大きめの木箱があるのを突き止める。そして、どうにかこうにか蓋を開けられるまで砂をどかすと、中にはフルーツやデジ肉、薬類に水など今必要としていたものが大量に入っていた。
「す、すごい! 皆さん、ちょっとこっちにきてください! 水と食料がありますよ!」
「「「ええっ!?」」」
全員がその場で飛び上がるようにして立つと、そのまま光子郎の元へと駆けて行く。そして木箱を覗き込むと、砂漠にオアシスを見つけたように歓喜した。
「すげえ! こんだけあれば一週間は待つぞ!」
「薬と、少しだけど衣類もあるわ! 前から着替え欲しかったのよね」
「水がこんなに! ああ、これで僕らは砂漠で干からびずにすむ!」
皆が思い思いに中身を確認して喜んでいると、光子郎が箱の下に小さな紙が落ちているのに気づく。二つ折りになったそれを開いてみると、そこには差出人の名前が書かれていた。
「シンイチさんだ! これはシンイチさんが僕らに届けてくれた物資だったんだ!」
嬉々としてそう言う光子郎に、太一が読んでくれと促す。
「えっと、メールを見てくれって書いてますね。ちょっと待ってください」
パソコンを開き受信メールを確認すると、そこには確かにシンイチからのメールが届いていた。
光子郎はメールを開くと内容を読み始める。メールにはまず最初に連絡ができなかったことの謝罪が書かれており、その後はエテモンとの戦闘があったことと、エテモンに対抗するための組織を立ち上げたこと、物資の運搬はエテモンに察知されないように子供たちの行き先を予測して隠して置いておくことが書かれていた。赤い旗が目印だそうだ。
「それと、スカルグレイモンとの戦いについても書かれてますね。心配と、よく生き残った、すごいって褒めてくれてます」
「あはは……まあ、何にせよシンイチさんが無事でよかったぜ」
シンイチはスカルグレイモンのことは知っていても、それがアグモンが進化したものだと言うことまでは知らなかったらしい。純粋な心配と称賛に苦笑いしつつも、シンイチが無事だったことに安堵する太一。
その他の子供たちも、連絡が途絶えていたシンイチがこうして物資と手紙を置いていてくれたことを喜んだ。
「それにしても、シンイチさん何だかすごいことをしてるみたいだな。組織って書いてあるって事は、ブイドラモンたち以外にも仲間のデジモンが増えたって事だろ?」
そう言ったヤマトに、内容の一部がいまいちわかっていなかったタケルが聞く。
「そうなの? お兄ちゃん?」
「たぶんな。組織って書いてあるだろう? これはエテモンに対抗するための大きなチームみたいなものの事なんだ」
「ヤマトさんの言う通りでしょうね。ここまでの道中でブリンプモンの姿は見ていませんし、少なくとも目立たない別の飛行できるデジモンが一体は仲間になっているはずですから」
光子郎がそう言うと、ミミは至極残念そうな声を出した。
「どうせならブリンプモンで来てくれたら良かったのに。そうすればこんな砂漠を歩かなくてすんだわ」
「ミミ君の言うこともわかるけど、それは流石に無理だよ。シンイチさんもエテモンに狙われてるなら、あんなに目立つ乗り物に乗って移動なんてできないさ」
「もう、そんな事言われなくてもわかってるわよ、丈先輩。ちょっと言ってみただけじゃない」
ミミが口にした事は、この場にいる誰もが思っていた事だった。別れた時にブリンプモンにシャワーやエアコンを搭載する話もしていたのでなおさらだ。
しかし、自分たちもあのエテモンの脅威は嫌と言うほど知っている。物資を届けてくれただけでもありがたいと言うものだ。だから、口に出そうなのを我慢していた。
暑いのには変わりはないものの、十分な水分補給と食事が子供たちを再び歩ける程に回復させる。蜃気楼だった巨大サボテンも無い以上、ここに留まる意味もない。一緒に箱に入っていたリュックサックに物資を詰め込み、いざ出発しようと言うところで、突風。砂に隠れていた見覚えのある円形のホログラム装置が姿を見せた。
「選ばれし子供たちよ……」
自分たちを呼ぶ声。浮かび上がるのはファイル島で見たゲンナイの姿。
子供たちは再び足を止め、ゲンナイに向き直る。しかし、その顔はどこか怒りの様相をしていた。
「やいゲンナイのジジイ! お前の言った通りタグと紋章で進化したら、スカルグレイモンなんてバケモンになっちまったぞ! どうなってんだ!」
太一の言葉に、ゲンナイは何事もなく話す。
「落ち着け。アグモンがスカルグレイモンへ進化してしまった訳を話そう」
ゲンナイは語る。タグと紋章を持っていたとしても、正しい育て方をしなければ間違った進化をしてしまう事。正しい育て方とは、それぞれの紋章に込められた意味を正しく理解し、子供たち自身も含めて紋章の意味に沿った成長をする事が重要だと言う事。
その言い草はまるで紋章の意味という運命に逆らうなと言っているようで、子供たちの中には多少顔を顰めるものもいた。だが、現時点では自分の紋章がどのような意味を持つか分からないことで、この場は何も言わなかった。
ゲンナイは子供たちがそれぞれ考え、デジモンたちを正しく育てるようにと言うと、次の話を切り出す。
「して、お主らと一緒におったあやつの姿が見えぬが、トイレかの?」
ゲンナイの問いに、光子郎が反応する。
「あやつ? ……もしかして、シンイチさんのことですか?」
「おお! そうじゃ、そうじゃ!」
「シンイチさんなら、今は僕らと別行動をしています。定期的に僕らに物資を届けてくれる役を買ってでてくれたんです」
「おお、そうじゃったか。あやつにも伝えたいことがあったのだがのぅ……」
「あの、それなら良かったら僕らからシンイチさんに伝えましょうか?」
光子郎がそう提案すると、横で聞いていた空が光子郎に話しかける。
「光子郎君、伝えるってどうやってシンイチさんに伝える気なの? 今はまたメールが送れなくなっているんでしょう?」
「はい。ですが、僕たちが物資を受け取れたかどうかは必ず確認に来ると思うんです。なので、この小さな紙の裏に伝言を残して、次の物資を送る際には伝言役を用意してもらうか、こちらからのメールを受け取れる状態になっていてもらうんですよ。メールが送られてきたって事は、あの時はそれなりに近くにいたって事ですから」
光子郎の言うことに納得し、空も含め全員がゲンナイの話に集中する。
「うむ、では話そう。前回お主たちと話した時から、わしはあやつについて調べた。その結果、いくつかわかったことがあったのだ。まず一つ目は、あやつがお主たちの世界とは別の世界から来ておるということ。あやつの出現は前触れもなく、突然のことじゃった……」
ゲンナイの話はシンイチが子供たちが住んでいた世界とは違う。その点に関しては既に知っていたので、子供たちが驚く事はなかった。だが、それに伴って語られた事には、少なくとも話を理解できた者たちは衝撃を受けることとなる。
「あやつの出現についてはまだ詳しくわかっておらんが、今後も調査を続けるつもりじゃ。何かわかったらまたお主たちに伝えよう。そして、わかったことはもう一つある。それは、あやつのデータが破損しておると言うことだ。あやつの体は本来のそれから若返っておる。あやつの中にある情報が、抜け落ちておる証拠じゃ。それが意図的なのか、事故なのかはわからんが、これはおそらく通信容量の関係でそうせざるを得んかったのだろう」
ゲンナイはシンイチ自身がデータの塊であると言うことをハッキリと語っていた。そして、それは必然的に自分たちのこの体もデータであるということになってしまう。
デジタルワールド。デジタルモンスター。そのような単語から薄っすらと勘づいてはいたが、それがここでハッキリしてしまったのだ。
実感はない。だが確かに自分たちは今、データになっている。それは子供たちにとって受け入れ難い事実だった。
そんな中、子供たちの中でたった一人、光子郎だけは別の意味で戦慄を覚えていた。
データの破損、圧縮、送信。そしてそれに気がついている様子がないシンイチ。そのことが示しているのは、シンイチの記憶が違和感を覚えないように編集されている可能性。
「もしかしたら、僕たちも……」
光子郎はこの世界に来て初めて感じた、背筋の凍るような根源的恐怖に身を震わせる。
果たして自分は本当に『泉 光子郎』なのだろうか……?
光子郎はその問いをゲンナイに投げることが出来なかった。