暗黒の塊が飲み込んだ地面、そこにできた巨大な穴から砂漠に似つかわしくない冷たい風が吹いている。ビュォーとあまり聞かない強い風の音に紛れて、機械の動く金属音が混じり、そこに何かが潜んでいることをありありと伝えていた。
太一とメタルグレイモンが消えたショックに固まっていた俺たちも、その音を無視できずに身構える。
最初に見えたのは黄色い4つの目だった。闇の中に浮かぶように現れたそれは、次第にそのメカメカしい体を見せていく。
メガドラモンとギガドラモン。メタルグレイモンと同じ、体を機械に改造した二体の機械竜がそこにいた。
「か、完全体が二体……あの体を纏っている黒いモヤ。明らかに普通じゃない」
落ち着け。まだ襲ってくるとは限らない。
二体の機械竜がそれぞれ、手の代わりに取り付けられている三本爪のメタルアームを窄めた状態から開く。まずい……ッ!
「みんな逃げろ!」
そう叫んでみたけれど、避けるには遅すぎた。選ばれし子供たちの成熟期に進化したデジモンたちが咄嗟に前に出たその直後、二体のアームの中心から有機体系ミサイルが発射された。
「うわぁっ!」
「なに!? きゃあ!?」
とてつもない爆発。閃光と爆風がデジモンたちが壁になってくれているにも関わらず俺たちを襲ってくる。当然、目の前にいたデジモンたちはそのパワーをモロにくらって一撃で地面に沈んでしまった。
世代がひとつ上とはいえ、聖なる力で強化されているはずの子供たちのデジモンがたったの一撃でやられて退化してしまった。この事実は、目の前のメガドラモンとギガドラモンが、これまで最大の脅威だったエテモンすら上回るパワーを持つことを示していた。
残っているのは空にいたバードラモンと、毛皮の防御力の高さから辛うじて退化を免れたガルルモンだけか。
「ウィッチモン、子供たちを頼む」
「貴方はどうするの?」
「俺はエクスブイモンと一緒にアイツらの目を惹きつける」
「死なないでよ。まだ私の望みは半分しか叶えてもらってないんだから」
「もちろん。エクスブイモン頼む!」
「まかせろ!」
子供たちのデジモンのおかげで俺のそばにいたウィッチモンとエクスブイモンは無傷だ。ウィッチモンは魔法で子供たちと退化したデジモンたちに認識阻害をかけ、俺とエクスブイモンは子供たちから離れるように飛び出す。
「……」
一切声を発しないメガドラモンとギガドラモン。その目は理性を持っていないような無機質さで、俺とエクスブイモンを追ってくる。
「腕がこっちを向いた。けど撃ってこない。なぜだ?」
「いや違う。来る! しっかり掴まってシンイチ!」
エクスブイモンの言葉を受けて、抱えられていた腕に強くしがみつく。最高速度で移動をするエクスブイモン。けれど、気がつくとメガドラモンはもうすぐそこに迫っていた。結構離れていたのに、巨体に見合わず素早いな。
このまま俺を抱えたままじゃエクスブイモンが本気で逃げられない。追いつかれてやられてしまう。
「エクスブイモン! 適当なところで俺を下に落としてくれ! そうすれば君だけならうまく逃げ回れる!」
「けどそれじゃあシンイチが狙われたらどうするんだ!」
「大丈夫。下は砂漠だ。すぐに砂で隠れるさ!」
そう上手くいく保証はない。砂漠の砂に隠れられるのかもわからない。だけど今はそうするしかなかった。
「……わかった。高度を下げたら手を離す。上手く受け身を取って着地して!」
「了解!」
メガドラモンはもう近くまで来ている。そんな中でそのまま下に降りれば狙われるかもしれない。エクスブイモンは砂漠の砂が盛り上がっている場所の裏に回り込んで、旋回する合間に俺を離した。
砂に落ちると斜面だった。俺はそのまま下に転がり落ちていく。砂埃が舞うが、メガドラモンは気にせずエクスブイモンを追いかけていった。
「上手くいったか? ……ああ、クソ! 今度はギガドラモンかよ!」
メガドラモンからは目を逸らせたが、いつのまにか目前にギガドラモンが来ていた。こいつら最初からメガドラモンはエクスブイモン、ギガドラモンは俺を狙って動いていたんだ。
凄まじい速度で迫るギガドラモン。俺の視界がその巨体で埋め尽くされるほどに近くに来るまであと数秒しかない。なんとかあの腕の攻撃を受けないように飛び退こうとして足に力を入れると、砂が力を分散させて俺をその場に固定してしまう。
やられる……! そう思ったその時。
トガン! トガンドカン!
鳴り響く砲撃音。煙を上げるギガドラモン。今のは!
「間に合ったッピ!」
「ピッコロモンさん!」
「まったく何やってるッピ! 君は自分がレジスタンスの最重要人物であることを少しは自覚して行動してほしいッピ。無闇に動けば危険になると分からなかったのかッピ?」
「わ、悪かったです。そ、それよりも遠距離部隊が攻撃してくれて、そのうえピッコロモンさんも来てくれたのなら、あのギガドラモンも倒せますね!」
「それは無理だッピ。エテモンとの戦いで消耗してしまって、あの二体を相手にするのは流石の私でも勝てないッピ」
「一体は引きつけられると思います。それならどうです?」
「それでも厳しいッピ。全快ならまだなんとかなったかもしれないッピが、そもそも私はウイルス種のデジモンと相性が悪いんだッピ。だからここは君たちがやるしかないんだッピ」
俺たちがやるしかないと言われても完全体二体相手にこちらは成熟期ばかり。その上で満足に戦えるのはエクスブイモンとウィッチモン、それから偵察部隊の面々ぐらいだ。
スマホを取り出してウィッチモンの進化画面を開く。相変わらず進化不可能のままだ。
「進化もまだできませんし、こちらのデジモンたちは消耗しているものばかり。選ばれし子供のデジモンは彼らの護衛についていて離れられない。戦えるデジモンは成熟期が4体程度……」
勝てるわけがない。
最悪ダメージを受けてブラスト進化できればなんとかなるかもしれない。だけどそれも敵の攻撃に耐えられたらの話だ。
「し、シンイチさん。大丈夫ですか!」
そうこうしていると、やってきたのは偵察部隊のスティングモン。偵察を主としていたため、スティングモンにはやはり目立った傷はない。
「スティングモン。良かった、無事だったんだね」
「は、はい、なんとか。そ、それより遠距離部隊から連絡です。もう間もなく砲撃の弾がなくなるので、急いでギガドラモンから離れてください! とのことでした!」
「わかった。じゃあ申し訳ないけどスティングモンは俺を運んでもらえる? ピッコロモンさんはできれば一緒についてきてほしいんですが、どうでしょう?」
「私は遠距離部隊と近接部隊の指揮を取らなければならないから戻るッピ。できる限りのサポートはするッピ」
「わかりました。じゃあスティングモン頼む」
「りょ、了解です!」
敬礼をしてから、俺を抱えて飛び上がるスティングモン。偵察部隊はスティングモン以外後方待機しているらしいので、スティングモンには一時的にうちのパーティに入ってもらう。ブリンプモンが輸送の方に行っているので、今の俺のスマホ画面にはエクスブイモン、ウィッチモン、スティングモンの三体のみが表示されている。
空を飛ぶ微かな揺れの中、スマホの表示が一瞬ブレたような気がした。
「し、シンイチさん! ぜ、前方でエクスブイモンと選ばれし子供の一人のデジモンがメガドラモンと戦っています! 子供も一緒にいるみたいです」
スティングモンの言葉に進行方向を見ると、エクスブイモンとガルルモンがメガドラモンに立ち向かっていた。ということは一緒にいるのはヤマトか。おそらくヤマトとガルルモンが来て標的が切り替わってしまったために、エクスブイモンも逃げるのをやめて戦うことにしたのだろう。
「ヤマトくん!」
「シンイチさん! もう一体のデジモンは?」
「後ろから来てる。君たちは大丈夫なの?」
「なんとか。太一のことを探すにしても、コイツらをどうにかしなきゃ始まらないし」
「あの二体は完全体で、たぶんパワーだけならエテモンより強い。君たちが逃げる間くらいなら俺たちで時間を稼ぐよ?」
「だったら尚更だ。シンイチさんのデジモンたちだって、もう戦えるやつはほとんどいないだろ。そんな状態で俺たちだけ逃げてられない。特に今逃げるのはダメだ」
なるほど、ヤマトは実質選ばれし子供たちのリーダーであった太一がいなくなったうえに、ここでエテモンより強力なデジモンから逃げた場合の皆の精神状態を危惧してるわけか。
「それに、俺も紋章を持ってる。太一たちができたなら俺たちも進化できるはずだ」
そう言って右手に持った紋章を高く掲げるヤマト。その手から微かに淡い光が漏れるものの、太一の時のように眩い光ではないからなのか進化しない。
「なんでだ! なんで!」
焦燥感が伝わってくる微かに震えの混じった声。俺自身も進化のことで悩んでいる身だ。だから、なんの言葉もかけてやれない。
「うわーッ!」
「グアッ!」
後ろで何もできないうちに、戦っていたエクスブイモンとガルルモンが強烈な一撃でぶっ飛ばされる。スティングモンもギリギリだ。
「結局なにもできないのか……」
そう思って、もう一度スマホを見た時だった。画面に映るスティングモンの進化ページで、他の完全体が軒並み進化不可の中、一つだけ色鮮やかな進化可能の文字が輝いていた。そしてその文字の下に『スマホ』と『デジヴァイス』が描かれている。
「これは……そうか! 端末の数が足りないから進化出来なかったのか!」
今ここにはヤマトがいる。しかも、紋章の光り具合からして超進化の条件は多少なりとも満たしているんだろう。もしかしたらこれが要素の一つになっているのかもしれない。
「ヤマトくん。今から俺のデジモンを進化させる。そのためには君のデジヴァイスの力が必要だ。デジヴァイスを持って、画面をエクスブイモンに向けて掲げてくれ!」
「えっ? わ、わかりました!」
よし! これで!
「いけーッ!!」
ボタンを押して俺もスマホを掲げれば、画面が激しく発光した。そして、その光は隣にいるヤマトのデジヴァイスとスティングモンの二方向へと別れて飛び出す。ヤマトのデジヴァイスを経由した光がエクスブイモンに届き、エクスブイモンとスティングモンの体が青と緑の光に包まれた。
「スティングモン!」
「エクスブイモン!」
「「ジョグレス進化ーッ!!!」」
「「ディノビーモン!!!」」
スティングモンを基準とした体に、エクスブイモンの竜の要素が加わった合体デジモン。武骨でまがまがしさすら感じる姿は、しかし俺たちにとって最大の希望だった。
同時にその背中から発せられる独特の虫の羽音は、メガドラモンには『悪魔の羽音』に聞こえたことだろう。
何せ既にメガドラモンの左の翼は、ディノビーモンによって切り落とされているのだから。