どう? タツミ。わたし、すごいでしょ?   作:原作改編

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チェルシーが好きな愛読者全員に捧げます。


命綱を斬る!

 イェ―ガ―ズのボルスは、瀕死の重傷だった。

 拘束衣、顔をすっぽり覆った独特の覆面をした筋骨隆々の男性である。しかし、鍛えた肉体でも、首の急所を抉られた彼はもはや立ち上がることさえできない。

 それでもまだ、息があった。死にかけながらも、這いつくばって逃げていた。

 しかし、ここは森の中でだれも助けにはこない。

 ボルスが死ぬのは、時間の問題だった。

 そんなことを、彼は充分承知していた。それでも諦めきれなかった。

 いつか報復を受けると覚悟していながらも、諦めることができなかった。

 ボルスは、呪文のようにつぶやく。

――――かえらなくちゃ、ふたりとも、まってるから。

――――かえら、なく…………ちゃ――――。

 その言葉を最後に、ボルスは二度と動かなくなった。

 待っているふたりのところへ帰ることは永遠にない。

 ボルスがこと切れる様子を、致命傷を与えた張本人が看取る。

 名前を『チェルシー』赤いリボンとヘッドフォンが似合う、飴を舐めた女の子だった。可憐な少女のような風貌だが、高難度の暗殺をこなす一流の殺し屋である。

 木陰に隠れたまま、虚空をながめる。

 最期に残した、ボルスの言葉が頭に残っていた。

「ホント、裏のお仕事どうしの争いは、おぞましいものだね」

 どこか他人事のようにつぶやくのは、すこしでも冷静さを装うためのものだった。

 冷静さを欠けば、今度は自分がああなってしまう。

 暗殺のプロであるチェルシーにはよくわかっていた。

 

「逃がさずきっちり標的を仕留めるとは、さっすがチェルシーちゃん」

 彼女の前に現れたのは、ラバックだった。

 飄々とした態度と赤いゴーグルをした陽気な少年である。任務を終えたチェルシーをしっかり見届けたあとにこうして話しかけてきたのだ。女なら見境ないラバックだか、ちゃんと仕事ができる男だった。

 褒められたのに、チェルシーは浮かない表情だった。

 あるいは迎えが『彼』じゃなかったことが、無意識的に不満なのかもしれない。

 もしここで『彼』が来ていれば、運命は変わったかもしれなかった。

 ラバックはボルスの死体を指さして言う。

「ささ、後始末はおれがするから、チェルシーちゃんは皆と合流してくれていいぜ」

 撤退のお誘い。

 しかし、チェルシーは首を横に振った。

「ううん、わたしはこれからクロメを追って、エスデスと合流する前に仕留めるわ」

 ラバックは、驚きを隠せないでいた。

「いや、でもクロメもう『糸の結界』から逃げちまったし……」

「出ていった方向くらいわかるでしょ? なら追う事ぐらいできるわ」

「そりゃまあ、できるぜ。……できるけどさぁ」

 ―――あまりにも危険過ぎる、とラバックは言いたげである。

 言葉にせずとも、チェルシーにはわかっていた。それでもなお、意見は変わらない。

 チェルシーの説得ならぬ説教が始まる。

「ここでクロメを逃がしたら、新しい人形八体そろえてまた襲ってくるよ。そっちの方が危険でしょ? ラバはみんなと合流して、このことをボスたちに伝えて。それから戦闘タイプの援軍ふたりを派遣してくれればいいからさ」

 戦闘タイプと言えば、無事なのは三人しかいない。

 チェルシーが『彼』を指名することがなかったのは、彼女なりの気づかいと『きっと来てくれるだろう』という淡い期待が込められたリクエストだったのかもしれない。

「ま、そういうことで、わかった?」

 ラバは、彼女の剣幕に押される。

「で、でもさぁ……」

「わ・か・っ・た?」

 反論を許さぬ圧力に、ラバは押し切られた。

「……わかったわかったよ、でもくれぐれもムチャは……」

「―ーーしないよ」

 チェルシーは、嘘を吐いた。

「もしエスデスと合流してたら、ぱぱーっと引き上げてくるし、問題ないって」

 彼女の思惑は『大臣暗殺』だった。

 本当は、エスデスと合流したらそのままイェ―ガ―ズの一人として宮殿内部に侵入して、あわよくば大臣暗殺を遂げるつもりだった。こんな絶好の機会を逃すほど、殺し屋のチェルシーは甘くない。

 すべてはナイトレイドの皆を助けるためだ。

 ラバックは、チェルシーの瞳をのぞきこむ。

 そしてやれやれと言った表情で、核心的な言葉をぶつけてきた。

「なんかさぁ、チェルシーちゃんって前と変わったよね。いい意味で」

「―ーーえ?」

 チェルシーは、心臓を掴まれたような気分になった。

 これが、心を読まれた時の感覚なのか。一気に心拍数が跳ね上がり、汗がどっと背中から湧きだす。なにか穴があったら入りたい気持ちにさせられた。

 いわゆる『照れ』の状態に似ていた。

「そんなことよりっ! はやく援軍呼んでくれないとクロメが逃げちゃうでしょっ!」

「あ、ああそりゃそうだ。援軍はまかせてくれ」

「よろー」

 チェルシーは、ラバックの背中が見えなくなるまで見送った。

 そして、ひとりになった後、静けさの中にラバのあの言葉が頭をめぐる。

 

―――なんかさぁ、チェルシーちゃんって前と変わったよね。

 このセリフが頭にこびりついてはなれない。

「ホントにね、なんなんだろうこれ」

『正体不明の気持ち』に悩ませれる。

 冷静なわたしへ積極的に暗殺するように背中を押す気持ち。まるで坂道で立ち止まってるかのように、より難易度の高い暗殺へと引っ張られていくようだ。

 殺し屋としてのチェルシーが言う。

 自暴自棄になったわけじゃない。『報い』に対する恐怖心もある。

 ならば、この気持ちはなんなのだろう。

 答えは、きっと『彼』が握っている気がした。

 気が付けば目で追ってしまう『彼』、寝ても覚めても、いまもひょっとしたら援軍に来てくれるかも、なんて意識してしまっている。お仕事へ向かう大事な時なのに、頭から離れない。 任務達成後、『彼』がどんな顔をするか気にしてしまっている。

 

 チェルシーは顔を真っ赤にしていた。

 ―ーーダメだ、わたしってばおかしい。冷静にならないと。

 動揺する自分を押し殺すように、チェルシーはつぶやく。

「さーてさて、大仕事二つ目、張り切って行きましょうか!」

 腰にぶら下げた『化粧箱』へと手をかける。

 化粧品型帝具・ガイアファンデーション。

 薄紅色のカラーリング、蓋をあけると収納棚は三段になっており、なかには口紅やマスカラ、ありとあらゆる化粧品が入っていた。

 チェルシーは帝具からいくつかを指に挟み、その場でくるんと一回転した。

 すると彼女は白煙に包まれる。

 チェルシーは、さきほど始末したボルスに変身していた。

 いうなれば『世界さえ騙す完全変化』だ。

 すべてを模倣しきった完璧な変身こそ『変幻自在』の二つ名を持つ『ガイアファンデーション』のチカラだった。サイズ問わず、性別問わず、どんな種族にも変身することができる帝具はチェルシー最大の武器である。

「ふぅ、今回のはちょっと重いなぁ」

 倍近い重量と長い歩幅、そして喋り方、細かい仕草に慣れておく。いくら変幻自在といえど、人格を演じ切らなければただのそっくりさんになってしまうからだ。

 準備ができたチェルシーは、自分に言い聞かせるようにつぶやく。

「次はクロメ。かならず仕留める」

 




次回、地雷を斬る!
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