アカメはかつてないほどに落ち込んでいた。
数時間前に行われたイェ―ガ―ズとの帝具戦ではほぼ無傷にも関わらず、片腕を失ったレオーネや溶解液で全身に軽い炎症を負ったマインたちよりも陰気が漂ってる。彼女の周りだけ特別な磁場があるのではないか、と錯覚してしまうほどだった。
場所は、帝都郊外のとある小さなアジト。
だれにも知られることない緑に囲まれた場所だった。ナイトレイド本部とは違い、木材で造られた建物の壁や柱は温かさを持っている。ただ虫が入ってくることを除けば快適な避難所であった。
タツミは心配そうにアカメへと話しかける。
「なあ、アカメ。お前どうしちまったんだよ。お腹空いたのか?」
「……ボルスの首は取れず、クロメも殺してやれなかった。しかも私がついていながら、レオーネを、危ない目にあわせてしまった」
アカメは自分を責めていた。人一倍仲間想いな彼女の事だから、不甲斐ない自分が許せなかったのだろう。タツミにも経験があることだからよくわかる。
「い、いや、でも快挙だぜっ!? あのバカみたいに強い骸人形を六体も潰した上にこっちの死者ゼロじゃんッ! これもひとえにアカメの―――」
「……しかし、目的を達成しなければ、意味がない」
タツミは納得してしまう。たしかに善戦したが、これでもうクロメとボルスを暗殺する最大最高の機会がなくなってしまった。同じ手が二度と使えない以上、再度エスデスと分断させて叩く作戦は使えないだろう。絶好のチャンスを棒に振った形になるのだ。
落ち込んだアカメの隣へボスが座る。
右目眼帯と右腕義手の銀髪女性、髪を短く切りそろえており、ボーイッシュな顔立ちをしているナイトレイドのボス・ナジェンダはスサノオの奥の手を使って寿命の三分の一を使っているはずなのに、前と変わらぬ風貌だった。少なくとも見た感じは元気そうだ。
ボスが、アカメの肩を抱く。
「なぁアカメ。帝具ルビガンテを自爆に追い込んだのは間違いないんだろ?」
アカメはこくりと小さく頷く。
「なら、もうボルスは殺したも同然だ。革命軍の脅威が格段に減ったことになる」
「……はい」
「クロメに対しても同様だ。タツミの言った通り六体の骸人形を潰せたのは大きい。お前とレオーネは骸人形のウォールを葬って、なおかつ帝具ルビガンテを自爆に追い込んだんだ。これは誰にでもできることじゃないぞ」
「……」
「そして、お前は私情でクロメを斬りたかっただろうが、瀕死のレオーネを優先して救ってくれた。冷静に感情に流されずに行動してくれた。私はなによりも嬉しかったよ。アカメは私の誇りだ」
「……ありがとう、ボス」
タツミは心の中で拍手した。なんだ今のイケメンテク。アカメの話を聞いた後、まるで包み込むかのような褒め言葉の連発。アカメの自責の念を見事に取り払っているではないか。ボスイケメンである。きっとボスが男なら、アカメは斬られていたに違いない。
「そんなことよりアカメっ! あんたの妹はいったい何者よっ!」
ふたりの良い雰囲気をマインが撃ちぬく。
彼女は対イェ―ガ―ズ戦で骸人形のドーヤとカイザーフロッグを相手にした時に痛めた右腕を手当してもらってる最中だった。キッチリ傷口分だけ消毒しているのはナジェンダの帝具である『スサノオ』である。
マインはどうやらご立腹だった。
「あの距離で外すなんて、たぶん初めてよっ! 夢に出てきそうだわっ!」
あれはイェ―ガ―ズ戦の出来事だ。開戦の狼煙を上げるため、マインがクロメをパンプキンで狙撃したのだが、あろうことか寸前で躱されたのだ。自分の領域で絶対の自信があっただけに、プライドへの傷は大きかった。
「……クロメは薬で身体を強化してるから仕方ない」
「あんなもん、人間の動きじゃないわよっ! 帝国のお薬は第六感まで強化しちゃうわけ!? さくっと人間辞められるわけ―っ!?」
すると、タツミがマインの話に横やりを入れる。
「マインの腕が鈍ってんじゃねえの?」
「むきーっ! 脳筋猿に大苦戦の『チャック野郎』のくせに生意気だわっ!」
「もうそろそろチャック野郎って言うのやめろよ! いややめてくださいっ!」
「……いや、マインの言う通りかもしれない」
アカメは同意するようにうなずいた。
「あ、アカメまで!? おれを虐めてそんなに楽しいのかよ!?」
「……違う、クロメについてだ」
「え?」
「……私が帝都にいた頃、クロメの骸人形にナタラはいなかったし、なにより超級危険種なんて伝説級の化け物を従えるデタラメな使い手じゃなかった。……私がいなくなってから、なんらかの変化があるのかもしれない」
アカメはそれからすっかり静かになった。クロメについて考えてるのだろう。
しかし、マインの怒りはまだ収まらない。
「なーにが悔しいって!? わたしは帝具つかって狙撃してんのに、あっちは帝具つかわずに躱したってのが悔しいのよ! せめて帝具で避けなさいよバカァ――――っ!!」
「はぁ……つまんねえことで怒鳴るなよマイン」
ベッドで横になる隻腕のレオーネが言う。
金髪金眼の女性、金色の猫耳と八重歯がチャームポイントの女だ。もう戦闘は終えたにも関わらず、治癒力を高めるために獣人化の帝具『ライオネル』を発動している。
休むのが退屈すぎて、マインに噛みついてきた。
「躱されただけだじゃん あたしなんてほら左腕をちょん斬られてんだよ」
左腕が肘から先が綺麗になくなっている。クロメに後ろから斬り落とされてしまったのだ。今回の暗殺において一番の被害者は間違いなく彼女だろう。
「あんたは腕くっつくからいいじゃないのっ! わたしのトラウマは消えないのよっ!」
「でも痛いもんは痛いんだよ」
「ふんっ! 繊細なわたしの狙撃を『珍獣』に同情してもらおうとしたわたしが馬鹿だったわ」
「……は? なに? お姐さんよく聞こえなかったなぁ」
レオーネから怒気が放たれる。彼女の地雷は『薬漬け』と『友だちへの悪口』、そして『珍獣発言』だった。マインは思いっきり地雷を踏みぬいたのである。
しかし、当のマインは謝る気配がない。
「事実じゃないっ! 取れた腕がくっつくなんて帝具界でも稀に見る『珍獣』っぷりよっ! 『珍獣レオーネ』っ!」
「……マイン、いくらわたしが大人だからって『限度』ってもんがあるんだぞ……っ」
ふたりのケンカが始まろうとしている。。マインの譲れない性格とレオーネの本音剥き出しの言葉が最悪のタイミングで噛み合ってしまった。殺し屋どうしのケンカなどシャレになったものではない。
「ま、待てッ! 話せばわかるッ!」
タツミはふたりの間に割り込む。
―ーーどうにかして、おれが止めないと。
しかし、タツミにはできない。逆に事態を悪化させてしまいかねない。現にタツミはボスに年齢のことを聞いて殴られたり、『ボスイケメン』という地雷を踏みぬいて殴られた苦い経験を持っている。
険悪な空気を、アカメが斬る。
「……本当に、レオーネが殺されなくてよかった」
アカメの発言で、緊張の糸が途切れる。
「お、なんだよ親友。いきなりどうした?」
「……レオーネが骸人形にされたら、斬っても斬っても再生してしまう」
「え、いや、ラバいないとくっつかないし、再生はしねえんじゃないかなー。っていうか、アカメは骸人形にされたとはいえ、あたしを容赦なく斬るんだって知ってお姐さんとしては複雑な気持ちだよ」
「……どっちにしても困る。レオーネは私の大事な親友だから」
「…………アカメっ!」
レオーネは目をキラキラと輝かせる。普段アカメがレオーネを『親友』と呼ぶことはめったにない。いつもレオーネからの一方通行だったけど、アカメがちゃんと親友だと思っていると確認できただけで、彼女は飛び上がるほど喜んだ。
嬉しさのあまり、アカメを抱き寄せる。
「かわいいやつめ、あたしはアカメという親友に出会えてホントによかったよ」
「……私もだ」
ふたりはひしひしと『ハグ』している。さっきまでの険悪ムードとマインの『珍獣発言』はアカメによって葬られた。しかも今のはたぶん狙っていない。『クロメから受けた被害』を真剣に考えて、仲間想いの素直な気持ちを伝えただけなのだ。
やばい、アカメやばい。
「まぁ、その、なんだ。あたしのゾンビがみんなを全滅に追い込む展開にならなくてホッとしてるよ。ほら、あたしってナイトレイドで一番強いし……」
「いやちょっと待て。レオーネ、一番強いのは『私のスサノオ』だろう?」
負けず嫌いのボス・ナジェンダが喰ってかかる。
やはり『ボス』という立場上、どうしても譲れぬものがあるらしい。それが『ナイトレイドの仲間はみんな強いけどやっぱり一番はスサノオ』というものだった。いくら仲間うちと言えどこれだけは聞き捨てならなかった。
「あの超級危険種『デスタグール』をひとりで倒したのは私のスサノオだぞ」
「え、そうなんだすげー。でもさ、スーさんって弱点の『核』が剥き出しだろ? 帝具使い相手のガチバトルじゃあきついんじゃないかなーなんて」
「いやいやいや、奥の手は正直、エスデス相手に闘えるほど強力なんだぞ……?」
「だからさ、いまは防御面の話をしてるんだってばボス―っ」
「…………私のスサノオの回復はレオーネと違って一瞬だぞ、レオーネと違ってな」
「でも『核』やられたらおわりでしょ?」
ナジェンダが目に見えて不機嫌になる。
負けず嫌いのナジェンダと本音でまくしたてるレオーネによる言葉のドッジボールはタツミにどうにかできるものではなかった。このままでは、晩飯の空気が最低最悪なものになってしまう。
険悪な未来を、アカメが斬る。
「……核が弱点のスーさんとひとりでは腕がくっつかないレオーネ、私はそんなふたりも大好きだ」
アジトはすっかり静まり返った。
アカメの言葉には、『ここに弱点があるからこそお互いをカバーしあおうとする『連携』が生まれる』という意味が込められていた。その真意をくみ取った二人はそれっきり言い争うのを止めた。アカメの懐の広さをみて、恥ずかしくなったからだ。
「ゴメンね、ボス。……なんかあたし、ボスの気持ち全然考えてなかった」
「私こそすまない。雑談とはいえ、ついムキになってしまった」
「あたしさ、スーさんが『核』を狙われないよういろいろ工夫してみるよっ!」
「私もレオーネの回復力が活かせるように作戦の配置を検討しよう」
ふたりはお互いを許し合った。むしろお互いの本音でぶつかった後だから前よりも強固な絆で結ばれているように感じた。
タツミとマインは、ふたりのやり取りをぼんやり眺める。
「なぁマイン、いまのアカメみたか?」
「ド天然、ド直球な発言でバッサリと話の流れを斬るけど、ああやってまとめちゃうカリスマ性があるのよね。ああいうのを『才能』っていうのかしら」
「アカメって人間以外も斬れるんだな」
「うちらの中であの空気を斬れるのはアカメぐらいなもんでしょ」
皮肉っぽく言うマインの言葉をタツミは考える。
もうひとり、ナイトレイドの仲間でアレを斬れるひとがいる。
―――『チェルシー』なら斬れる。マインの『珍獣』発言が出る前に『スキありっ』とマインの傷口をつんつんと指で突っついた後『ふっふーん、そーんなスキ見せるから当たるものも当たんないんだよーっ』と茶化してその場を切り抜けそうだ。
そして、ボスと姐さんの時もだ。ふたりの間にひょっこりと現れて『っていうかさ、殺し屋に脆いとか弱いなんて関係ないよね。わたしなんて豆腐より脆いしノラネコより弱いけど殺し屋としては一流だよ、なーんて言ったらボスとレオーネは怒っちゃうかな?』とおどけた風にその場を和ませるに違いない。
これまでの付き合いで、なんとなくわかっていた。
「そういえばチェルシーまだかな?」
「ラバが迎えに行ってるから心配ないでしょ……、でもホントに遅いわね」
「ラバ、ひょっとしてチェルシーに変なことして殺されたんじゃ……」
「それはそれでアリだと思うわ」
すると、外から人の気配がする。
足音や息遣い、どうやらラバックがひとりで戻ってきたみたいだ。ナイトレイド全員が瞬時に、チェルシーの不在を把握する。しかしチェルシーを迎えに言ったはずのラバックがなぜ? もしかしてクロメにやられたのか? と疑問が頭を巡っている最中に小屋の扉が勢いよく開いた。
汗だらけのラバックが、息を切らせていた。
「た、たたたた大変だ――――っ!」
「なんだよラバ。チェルシーは……」
「たたッタツミ、チェルシーが、暗殺するって―――ッ」
ナイトレイド全員に緊張が走る。
さっきまでの浮ついた空気はすっかり消えていた。まだ作戦実行中の仲間がいると知っただけで、全員の頭の切り替えはすさまじく早かった
「……そうか、やはり行ってしまったか」
状況を分析したナジェンダが、キンキンに冷えた水をラバックへと差し出した。
「すべてを話すんだ、ラバ。チェルシーが何を望んでるかも含め全部だ」
落ち着いたラバックは、ゆっくりと話し出した。
アカメは野菜だけじゃなくて、こういう空気も斬ってたらいいな。
次回、不穏な影を斬る!