クロメは木陰でお菓子をかじっていた。
黒髪黒目の少女、腰には鞘が黒い『帝具八房』、どこか脆い雰囲気を持つ女の子だった。ナイトレイドの罠に貶められたが、八房の能力を駆使して適当に逃げてきたのだ。まだ敵の追っ手が来るかもしれない状況で、彼女は休んでいたのには理由があった。
「こんな時に薬が切れるなんて、ついてないなぁ」
クロメのお菓子を食べないと動けないのだ。敵の襲撃に備えて八房から手を離さずにお菓子を食べるには、どうしても『お菓子袋』を地面に置かないといけない。仲間がいない以上、ここで休憩するのは仕方ないことだった。
「どんな時でも、お菓子はおいしい」
あと紅茶でもあれば最高なんだけど、とクロメは思う。
そう思ったところで、後ろから近づいてくる気配に気付いた。
クロメは反射的に八房の柄へと手をかける。しかし、鞘から引き抜く前に指の力が抜けた。
「あ! やっぱりクロメちゃんだ! 無事で良かった!」
「……ボルスさんこそ、あの大爆発でよく無事だったね」
帝具戦クライマックスの『大爆発』、あれに巻き込まれてボルスは死んだのだとクロメは勝手に思い込んでいた。ウォールの反応が消えたのも大爆発とほぼ同時だったからなおさらだった。
「ウォールさんが守ってくれたんだ。彼には酷いことしちゃったな」
「ううん、ボルスさんを守ったんだからウォールも喜んでるんじゃないかな」
「そう言ってくれると助かるよ」
ボルスの笑顔の裏で、チェルシーがしめしめと笑う。ボルスに変身しきったチェルシーは、表の声でボルスを演じながら状況を確認する。
―――よしよし、どうやら違和感ないみたい。
―――タツミから聞いたボルスの特徴は問題ないかな。
―――あとは、大きなミスが無ければいけそう。
クロメはよいしょと膝に手をかけて立ち上がる。
帝具八房を腰に下げて、ボルスのすこし前を歩き出した。
「はやく隊長たちと合流しよう。あいつらが追って来る前に」
「うん、そうだね」
クロメの背中を追う形でボルスは続く。
チェルシーはすぐに仕掛けなかった。相手は帝具持ち、なによりマインの狙撃を避けたあの異常な動き、あれをされたらひとたまりもない。あっという間に殺されるだろう。チェルシーは至って冷静だった。
―――クロメ暗殺に必要な『ふたつの条件』、かならず満たしてみせる。
殺し屋チェルシーは、クロメ暗殺の機会をうかがった。
ラバックは、すべての説明を終えた。
「さすがはチェルシーだ。あのボルスを仕留めてみせるか」
ナジェンダはチェルシーを褒める。もともと優れた殺し屋なのは知っていたが、今回の暗殺でチェルシーの評価は格段に上がった。さらにもうひとりの標的であるクロメを追撃する点においてもプロ意識の高さがうかがえる。
一方、アカメはソワソワしていた。チェルシーのことが心配なのだ。
「ボス、早くチェルシーに援軍を送ろう」
「もちろんだ。チェルシーのリクエストは『戦闘タイプの援軍』だから、透明化できるタツミは必須だな。あとはアカメか私のスサノオ、どちらかに行ってもらう。アカメはどうだ?」
「私が行く。スーさんは皆を守っててくれ」
スサノオは小さく頷いた。彼もまた、奥の手を使ったナジェンダの消耗を抑えたいがためにできるだけ彼女から離れたくなかったのだろう。アカメと利害が一致していた。
ラバックは急いでふたり分の地図を開く。クロメが結界を抜けた方向からおそらく進むであろう帝都までの退路をざっくりとマーキングしていった。チェルシーの援護をするため、最善の進路を絞っていく。
その様子をぼんやり眺めるマインは、すこし悔しそうにつぶやいた。
「むかつくけど、認めるしかないわね。チェルシーのやつ、わたしなんかよりずっと殺し屋やってるじゃない」
「……そうだな」
タツミは生返事をする。なにか考え事をしているようだった。
「どうしたのタツミ。なんか元気ないじゃない」
「いや、ちょっと気になることがあってさ」
「気になること? 言ってみなさいよ、聞いてあげるから」
マインの上から目線がタツミの癇に障った。けれど、マインに話せば少しはこの胸のもやもやに収まりがつくかもしれないと思い、大人しく聞いてもらうことにした。
「オレが猿たちと戦ってるとき、チェルシーが変身能力で助けてくれたんだ。おかげでおれは猿たちの連携を崩すことができたんだけど……」
「へー、意外と大胆なことするのねチェルシーの奴」
「……結果オーライだったけどよ、骸人形って急所を潰しても動くだろう? あの時は勢いで流しちまったけど、冷静に考えればチェルシーひとりじゃあトドメはさせなかっただろうな、って思っちまったんだ」
「言われてみれば、確かにそうね」
「だから、その、なんていうのかな」
タツミはすこしおかしいと思う。シェーレやアニキを『殺し屋失格』と呼んでいたチェルシーが、自ら進んで『殺し屋失格』であるはずの仲間を助ける行動を取ったんだ。以前のチェルシーと違う気がする。
「おれには、なんか無茶してるように見えた。だからその、いまも心配なんだ」
「気にしすぎよ。だいたいクロメは『骸人形』じゃないんだから、さすがに急所を抉られれば死ぬでしょ」
マインにバッサリと不安を斬られる。もっともな意見だった。
「たしかにな、考え過ぎか」
タツミはホッと胸をなで下ろす。チェルシーはホントに自信があって猿たちから助けてくれたり、いまクロメを追っているのだ。決して無茶などしていないのだ。急所を抉ってクロメも仕留めてくるに決まっている。
しかし、そんな考えをアカメが斬る。
「……いや、わからない」
「アカメ、急にどうした?」
「開発部の連中が言っていた。精鋭部隊にも負けない最強の兵士を造ると。そして強化兵士のなかでもクロメはトップクラスだった……もしかしたら」
「チェルシーじゃあ、火力不足だって言いたいのかよ?」
アカメは顔を真っ青にする。
「ひょっとすると、骸人形ほどではないにしろ、なんらかの不死性を持っているかもしれない。もし仮に、クロメがチェルシーの針を受けても生きてるとしたら―――」
最悪の状況が、脳裏に浮かび上がる。
針を受けてなお生きているクロメ。次の瞬間、チェルシーは骸人形どもに襲われるだろう。その時、彼女にあらがう術はない。
チェルシーは、たぶん気付いてない。
「ラバッ! チェルシーがクロメのとこへ向かったのはいつだッ!」
「もう三十分以上も前だぜ。距離的にクロメと接触しててもおかしくは―――ってタツミ!?」
タツミは瞬時にインクルシオを身に纏う。
そしてアカメと一緒にアジトの扉を蹴破る。ラバからひったくった地図を片手に目的地へと全力で駆けだした。走りながら地図に目を通したアカメの表情はサッと焦り一色になる。
「ダメだ、どんなに急いでも十五分……いや十分はかかる」
タツミは、過去の仲間を思い出していた。
シェーレやブラート、殉職したふたりの顔が浮かんでくる。こんな時に、なんで、ふたりの顔が浮かぶのか。タツミにはなんとなくわかっていた。わかっていたうえで、させてはいけないと強く思っている。
ふたりの横に、うっすらと浮かぶチェルシーの顔を必死で消した。
じんわりと、涙が滲み出てきた。
やらせるか、絶対にやらせるか!
タツミは叫ぶ、熱い魂で――――。
「―――『インクルシオ』ォォォオオオッ!」
鎧に眠った超級危険種・タイラントが雄たけびをあげる。白銀の鎧は更なる進化のため瓦解し、そして再構築されていく。なによりも速く、だれよりも速く、進化を求めたタツミに応えるように、自ら出した蒸気に包まれた鎧は産声をあげた。
悪鬼纏身・インクルシオ。
白銀のマントは、『鋼鉄の翼』へと進化を遂げていた。より軽量化と機動性を求めたフォームはインクルシオを空の領域へと押し上げる。進化の早さに追いつけないタツミの身体は悲鳴をあげるが、構っている場合じゃない。
タツミは空高く飛翔した。そして、全速力で彼女を追いかける。
「無事でいてくれッ! チェルシィィイイ―――ッ!」
チェルシーが殺し屋としての『意地』をみせる!
次回、クロメを斬る!