「どうしたの? ボルスさん。急に立ち止まって……」
「え、いや、いま私を呼ぶ声がした気がするのだよね」
「そうなの? わたしにはなにも聞こえなかったけど……」
クロメとボルスに変身したチェルシーが山道を歩く。ナイトレイドの追撃を避け、エスデスたちと合流するために草木をかき分けて道なき道を進んだ。帝都へと向かって進んでいく中、チェルシーは暗殺のためにクロメを観察していた。
チェルシーは困惑していた。弱弱しい、吹けば飛びそうなほど脆く見えるクロメ。彼女の経験則からしておそらくクロメは実際に弱い。他の骸人形もナタラなどの実力の高い骸人形に押さえつけさせて、帝具八房でトドメを刺して集めたのだろう。
そんな虚弱な相手を暗殺できないでいた。荒っぽいスキならいくつかあるのだけど、決定的、それこそ自分の命を預けてもいいほどのスキを見つけることができなかった。
チェルシーはクロメよりも強い敵も、硬い敵も、数えきれないほど暗殺してきたけど、ここまで『異質』と感じるのは初めてだった。
生き物として決定的に、何かが欠けている気がした。
チェルシーは状況を理解する。
―ーーこの進行速度だと、クロメは帝都に入ってしまう。理想としては『戦闘タイプの援軍』がわたし達に追いついて、クロメが応戦しようとしたところで背後から討つことなんだけど、どうやら援軍は間に合いそうにない。
チェルシーがクロメ暗殺に求める条件は『帝具・八房の奪取』と『致命的なスキ』のふたつだ。
―ーーわたしが、やる。やってみせる。
「ねえクロメちゃん、ちょっと休んでかない?」
「……ナイトレイドの追手が来たらもう撒けないから……早く帝都に入りたい」
「でも、クロメちゃん。すっごくつらそうだよ?」
「わたしはいいの、お菓子を食べればすぐに良くなるから」
「……クロメちゃん」
クロメはお菓子を食べていない。茂みに引っかかって転倒しないよう、片手に帝具・八房を握っているからだろう。片手ではどうしてもお菓子を食べることができないのだ。チェルシーはこのチャンス逃がさない。
すべては―――帝具・八房を奪うために。
「ねえ、クロメちゃん。お菓子食べなくていいの?」
「……八房を、持ってないと……いけないから……」
「あ、そうだね。片手じゃ食べられないもんね」
ボルスの裏の顔が、微笑む。それとなく、いま思いついかの声色で言った。
「重そうだね、クロメちゃんの刀……よかったら持とうか?」
「……え? でも……」
「いいのいいの、苦しいんでしょ? クロメちゃんがお菓子を食べてる間だけだからさ」
「……ボルスさん」
チェルシーに緊張が走る。これでもし、クロメが不信感を抱いたら、もう逃げるしかない。息が詰まりそうな緊張の中、クロメの手が八房に伸びる。
そして、――――八房を鞘ごと突きだしてきた。
「じゃあちょっとだけ、お願いするね。はいこれ」
チェルシーの手に帝具八房が渡る。日本刀型の帝具、黒い鞘と赤みを帯びた柄、そしてずっしりと重さが詰まった刀身だった。さすがは戦闘タイプの帝具なだけあってボルスに変身しているチェルシーにも重さを感じる。
「あ、でも鞘から抜かないでね。八房の毒にあてられちゃうから」
「うんわかった。気をつけるよ」
さすがは帝具である。奪われたとしても簡単に使われないのは兵器として非常に優秀だった。もし八房でクロメを斬りつけることができたなら、もっと容易に暗殺することができたのかもしれない。いまは帝具を奪うことに成功しただけでも充分だった。
―――これでもう骸人形は呼べないはず。
―――あとは『致命的なスキ』だけね。
クロメはさっそくお菓子をかじっている。クッキー型のお菓子、アカメからの情報では、お菓子を食べてもすぐに元気にはならず、少しだけ時間がかかるらしい。そんな時間をくれてやるほど殺し屋チェルシーは甘くない。
チェルシーは、すぐにスキをつくりにかかった。
ふたりが歩いてるのは山道。それも正規のルートを大きく外れた障害物の多い野山だった。男性であり、体格に恵まれたボルスが先頭に立ってふらふらのクロメのために道をつくっていた。チェルシーが前、クロメが背後の位置になる。
だったら、止まってやればいい。前触れもなくボルスが止まることで、弱っているクロメがどうなるかは明らかだ。チェルシーはなるべく自然体を振る舞って足を止めた。
すると、クロメはボルスにぶつかる。
クロメはボルスの背中に顔をぶつけた後、後ろへと倒れた。そして、手にした『クロメのお菓子袋』の中身を地面にぶちまけたのだ。前後不覚のクロメには、突然目の前に壁が出来たようにしかみえなかっただろう。
ボルスはあわててクロメのお菓子を拾い集める。
「あ、ゴメンッ! クロメちゃん、だいじょうぶ?」
「……へいき、だよ。ちょっと前見てなかった、だけ、だから……」
「ああ、お菓子、ダメになっちゃったね」
「……まぁ、少しは食べれたから、帝都までは持つ……はず」
チェルシーは微笑む。なんという強運、クロメの『致命的なスキ』を生み出したあげく、クロメのお菓子補給を邪魔することができたなんて上出来すぎて怖いくらいだった。しかし、殺し屋チェルシーは手を抜かない。
キッチリ最後まで、念には念を入れる。
チェルシーはいつも舐めてる『キャンディ』を取り出した。
「はいこれ、飴ちゃん。代わりに舐めて」
「……ありがとう、ボルスさん」
クロメの身体を抱き起すと、キャンディを渡した。注意をすこしでもキャンディへと移すためである。すべては首筋へと炸裂する必殺の『針』に気付かれないためだ。
クロメを介助しながら、再び山道を歩き出す。
さりげなく背中に手を回し、重心をこちらへ預けるように誘導して歩く。先ほど転んだからか、クロメも大人しくボルスに身体を寄せていた。その背中に回した右手の人差し指と中指の間には仕事用の『針』が仕込んであることも知らずに。
―――完璧、あとは精神的なスキだけ。
チェルシーは、最後の仕上げに心の動揺を誘った。
「クロメちゃん、ホントにだいじょうぶ? 死にそうな顔してるよ?」
「……うん、だいじょうぶ、だよ。お菓子食べれば元に戻るし―――」
「かわいそう―――いま楽にしてあげるからね」
チェルシーは、針を縦に構える。この位置、この距離、このスキ。
必殺のタイミング、己の命を一本の針に託して。
チェルシーは、針を刺した―――
「―――おねえちゃんを殺すまで、わたしは終わらないから」
クロメの『闇』が、顔を出す。
チェルシーを追うタツミは、『あの夜』を思い出していた。
あれはクロメ奇襲戦の作戦立案時、ボスが集まったアカメ、ラバ、姐さん、マイン、スーさん、チェルシーに向かって放った一言である。
「もしこの中のだれかが『骸人形』にされた時、仲間を斬る覚悟があるか?」
皆が答えを出し渋るなか、姐さんだけはすぐに首を横に振った。
「あたしは仲間同士で殺し合いするなんてまっぴらごめんだね、どうせならクロメを仕留めるよ。ボスがなんと言おうと、あたしはこのスタンスを貫き通すんだ」
「……そうか」
意外にも、ボスは起こらなかった。
「え、ボス怒らないんですか?」
「レオーネのような考え方も間違ってはいないさ。結局のところ、クロメか八房自身を叩けば骸人形は止まるのだからな」
「まぁ、そうですけど……」
「しかしレオーネ。この話が終わったら調教部屋行きだ。おめでとう」
「え!? なんで!?」
「さて、お前たちはどうだ? 『ナイトレイド』としてではなく『殺し屋』としてのお前たちに問う。八房に斬られ、骸人形にされた仲間たちを――――斬れるか?」
重苦しい空気を、アカメが斬った。
「……私は、殺し屋としては斬らない」
「ほう、ではどのようにして斬るつもりだ」
「……私はこれまでクロメの骸人形を見てきた。彼らは人のカタチをしたクロメのおもちゃだった。遊ばれて、捨てられていった。だからもし、このなかのだれかが骸人形にされたら―――」
アカメは帝具・村雨を抜刀して宣言した。
「―ーー私が斬る! ……ナイトレイドの仲間だからな」
「そうか、仲間想いのお前らしい答えだ」
ボスは納得したように頷いた。
「ではタツミはどうだ? 骸人形にされた仲間を斬る覚悟はあるか?」
おれは目を閉じて考えた。八房に斬られたアカメ、ラバ、姐さん、ボス、マイン、スーさん、チェルシーの姿、そして、おれ自身が骸人形にされた時のことを連想する。
「……たぶん、もしひとりでも仲間が骸人形にされたら、きっと新しい犠牲者がどんどん出てくる。骸人形にされたらもう救いがないなら、おれが斬るよ。迷いはない」
「よし、では調教部屋行きはレオーネだけだな」
「え? マジでやるの? そいつは勘弁―――あうっ」
獣化して逃げる姐さんをボスの機械腕が逃がさない。捕まった姐さんはそのままボスに引きずられて部屋から出ていった。その日は、そのまま解散になり、後日全員一致で『仲間を斬る覚悟』を固めたのだ。
あの時のボスの問いに、立ち向かう必要がある。
アカメ、姐さん、マイン、ボス、ラバ、スーさん、そしてチェルシー。
だれが骸人形にされても、おれが―――。
最終回 『チェルシーを斬る!』