どう? タツミ。わたし、すごいでしょ?   作:原作改編

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最終話です。


チェルシーを斬る!

 インクルシオを身に纏ったタツミは『アジサイ畑』へと着陸する。

 色とりどりのアジサイが一面に咲き乱れる場所である。山道が続く中、ここだけが空の開けた空間だったので、インクルシオが休憩するには絶好のスペースだった。

 飛行形態へと進化した悪鬼纏身・インクルシオを扱いきれないタツミは、発動を解かざる負えなかった。チェルシーの痕跡を追って随分と帝都へ近づいたはずなのに、まだ追いつけない。もしかしたら帝都入りを果たしたのかもしれない。

 タツミの汗が一気に冷える。

 おそらくチェルシーは、クロメの帝都入り前に仕掛けるだろう。一流の殺し屋として自信を持っている彼女の性格なら充分にありえることだ。そして、チェルシーの針が通じるか否かはまったくわからない。

 はやく援軍に行きたい。けど、身体が言う事を聞かない。

「チェルシーッ! どこだチェルシーッ!」

 タツミは彼女の名前を呼ぶ。タツミがここにいることを知ってくれるだけで、充分だった。インクルシオの中身がタツミだと敵にばれておらず、なおかつチェルシーはボルスに変身しているはずなので、クロメに聞こえてしまってもかまわなかった。

 しかし、返事がない。どうやらこの近くにいないらしい。

 タツミは、もう一度インクルシオを使おうと剣を構える。いつまで発動できるのかはわからない。もう体力のほとんどをインクルシオの中に眠る超級危険種タイラントに喰われてしまった。もしかしたら鎧に食いつぶされて、死んでしまうかもしれない。

 それでもタツミは、インクルシオを召喚しようとして―――。

 

「―――あれ? タツミじゃん」

 木陰から出てくる『チェルシー』を見つけた。

 タツミはチェルシーに近づく。特に変わったところはない。山道を歩いたことで足がちょっと汚れているだけのチェルシーだった。骸人形にされてないことは明らかだ。

 そして彼女は敬礼のポーズをすると、にこっと微笑む。

「じゃじゃーん。ナイトレイドのチェルシー、恥ずかしながら戻ってまいりました―っ」

 どことなく上機嫌に微笑む彼女を見ながら、タツミはホッと胸をなで下ろす。よかった、本当に良かったと、気が抜けてしまい、インクルシオの鍵を手から落としてしまいそうになった。

 安心したあと、タツミはさっそく報告を聞くことにした。

「……チェルシー、お前は……」

「―ーーえい、スキありっ!」

 しかし、チェルシーの返事は煙幕だった。チェルシーを包み込む白煙、アジサイ畑全体をちょっとだけ白くする目くらましはタツミの視界を奪った。そして、帝具・ガイアファンデーション発動の音がしたかと思うと、彼女の気配は白煙から消えてしまった。そして目くらましが完全に消えるころ、チェルシーの姿はなかった。

 タツミはチェルシーの不可解な行動に困惑した。なにがしたいのか、さっぱりわからなかった。

 そしてアジサイ畑のどこかから、冷静な彼女の声が響き渡る。

「お願いタツミ、そのまま聞いて」

「チ、チェルシー? これはいったい……」

「わたしね―――タツミにお別れを言いにきたの」

「―ーーえ? お別れって……」

 タツミは絶句する。なにかのドッキリかとも考えたが、こと仕事に関しては真剣に臨むチェルシーに限ってありえない。だから姿をくらましたのも、彼女は面と向かって話しにくいことを言うためだとすぐに直感した。

 タツミはアジサイ畑からチェルシーを探そうとする。

 しかし、アジサイ畑が広すぎてとても見つからない。彼女の薄紅色の長い髪を、真っ赤なリボンを、可愛らしいヘッドフォンを、いくら探してもみつけられなかった。一流の暗殺者であるチェルシーが本気で隠れたのだから見つけられるはずがないのだ。

 アジサイ畑全体に響くように、チェルシーの声がする。

「まず結論からいうとね、クロメ暗殺は無理だった。ごめんね、援軍まで頼んでおいたのに、勝手に辞めちゃって……」

「……気にすることないぜ」

「このクロメ暗殺は、かなり成功率が低かった。自分でもなーんか変だと思ってたんだよね。こんな綱渡りみたいな作戦にさ、平気で挑むなんて。全然わたしらしくない。まるで別人みたいだって――自分でも思ってた」

「……」

「どうして、こんな無茶するか、その理由がやっとわかったの」

 チェルシーの声が少しだけ震える。ほんのちょっとだけ言うのをためらった後、吹っ切れたように彼女は『よくわからない気持ち』の正体を告白した。

 

「あぁ、わたし、タツミの気を引きたかったんだな、って―――」

 気になる人に見てほしくて、無茶をしてたのだと気付いたのだ。

「殺し屋の先輩として、タツミに良いカッコしたかった。戦闘に参加できないわたしがさ、猿たちからタツミを助けて、目標のふたりもパパーッと片付けて、それで、それでね―――どうしても、タツミに褒められたくて、張り切ってたみたいなの」

 チェルシーは、胸の内を初めて話した。

 『ウソ』を武器にして戦う彼女の、本当の気持ちだった。

「でも、クロメと接触して、ああ、これは難しいなって思って、でもタツミに、その、褒めてもらいたくて、だから頑張って、八房も奪って、スキもつくった、つくったけど―――」

 チェルシーは、すこしだけ動揺していた。

「―――だけど、刺せなかった……わたしにクロメは殺せなかったの。あの時、針を刺す瞬間……」

 チェルシーの声が怯えたように震える。あの時に見た『クロメの闇』を思い出していた。言葉にするのも恐ろしい『アレ』を伝えるため、必死になって口を動かす。

 

「……わたしが失敗する未来しか、見えなかったの」

 チェルシーの呼吸が荒くなっていく。胸の動悸が抑えられず、いつもの冷静さはなくなっていき、声だけを聴いているタツミにも緊張が伝わった。

「あれ以上行ってたら、わたし、殺されてた。わかるの、殺し屋歴長いから。相手がどれだけヤバいか、『アレ』に針を刺したら、もう、地獄だって、戻って来られなくなるって、チャンスなのに、気圧されちゃって……」

 チェルシーは自分を落ち着けようと深呼吸する。しかし、声はまだ震えたままだった。

「あれはもう、『八房』がどうとか『ドーピング』がこうとか関係ない。もっと奥にある『闇』、失敗したら、絶対に死ぬ、それがわかっちゃって、それがどうしても、怖くて、怖くて怖くて、どうしようもなくて。あんなに怖いのはもう、生まれて初めてで、それで……死ぬのが怖くなって、ここまで逃げてきたの」

 チェルシーは沈黙する。気持ちの整理がついたのか、しばらく黙った後の彼女の声は冷静だった。

「クロメに触れたいまだからわかる。クロメはもう、死んでる。肉体的じゃなくて精神的にもう死者の領域に行ってるの。『アレ』はアカメを殺すためだけの存在。生きてないから、わたしには、殺せなかった……死んだ人間なんて、殺したことないから」

 チェルシーの声が大きく震えた。顔面蒼白、がくがくと勝手に痙攣する肩を抱いて、落ち着けようとするけど止まらない。彼女は『クロメの闇』を見たときの気持ちを言うために喉を振り絞った。

「あんなのを見たら、もう、殺しなんて……できないよ……タツミぃ」

 チェルシーの心が、折れてしまった。

 クロメが見せた『闇』―――八房がクロメを認め、クロメがまた八房を求めた『根源』をみてしまったのだ。殺し屋として挫折を知らないチェルシーの、初めての挫折だった。

 ―――殺し屋として『報いを受ける覚悟』が殺されてしまった。

「殺しのできないわたしは、もうわたしじゃない……だから、わたしはこのまま消えるね。みんなの前にもう二度と現れないから……」

「……チェルシー」

「虫の良い話なのはわかってる。何人殺してるんだってのもわかってるつもり、だけど、いまわたしにはこれぐらいしかできないの。ひっそりと生きて、それから、だれも知らないところで死ぬから、それで許してね」

「……待て、待ってくれチェルシーッ!」

「待たないよ。これで終わり、つらい役目を押し付けちゃってごめんね」

 チェルシーはすこし沈黙する。これを言えば、タツミの心の隅にしこりを残してしまうかもしれないという懸念はあったが、やはりケジメというのは必要だと思った。だから、力いっぱい空元気を振り絞って、タツミに別れの言葉を残していく。

「じゃあねタツミ―――最後に会えたのが、あなたでよかった」

 それっきり、チェルシーの気配が遠のいていく。アジサイ畑から消える彼女を追うチャンスはこれが最後だとタツミには予感があった。そして、それは事実当たっていた。

 タツミは考える―――闇雲に探してもダメだ。おれにできること、おれにしかできないことを探せ。これがラストチャンス、生涯最後になるかもしれないチェルシーへの言葉が欲しい。

 タツミはチェルシーとの思い出を振り返りながら、気付いたら彼女への想いを口にしていた。

 

「チェルシーは、やっぱりすげえよ」

「―――え?」

チェルシーは思わず息を飲む。

タツミの言葉に、耳を傾けてしまう。聞いてしまえば、たぶん迷いが生まれることは何となくわかっているのに、それでも、耳を傾けずにはいられなかった。

「おれがチェルシーなら絶対に引き下がれなかった。引き際の天才だ。ギリギリまで粘って粘って、それで引いたんだよな、すげえよ。ちゃんと状況判断できるんだ。だれが何と言おうと、チェルシーがすごいやつだって、本気でそう思うよ」

「う、うぅ、タツミぃ」

 ―ーータツミが、褒めてくれた。

 チェルシーの頬を一筋の涙が伝う。

 彼女はあわてて両手で口を塞いだ。声を出して、タツミに見つからないように、叫びたい気持ちが、零れてしまわぬように震える手でなんとかこらえた。

「それにナイトレイドの仕事は『暗殺』だけじゃないぜ。掃除洗濯料理、チェルシーにやってほしいことが山ほどあるんだ。なのに、消えるとか、悲しいこというなよ。寂しいこと、言わないでくれよ」

 喉からもれる涙声を押し殺す。

 声を上げないように口を塞いでも、チェルシーの目から流れる熱い涙は止めることができなかった。大粒の涙が、彼女の瞳から滴り落ちる。

「殺しができなくても、おれたちは、チェルシーにいてほしいんだよッ!」

 ―ーータツミ、タツミぃ……。

 もう、限界だった。必死で押さえてチェルシーの口から、ホントの気持ちがこぼれる。

 

「ゔん、わたじも、いっしょにいたいよぉ」

 チェルシーが子どもみたいに泣きじゃくる。あふれだす涙声を抑えようと何度も熱い息を吐くけど、なにをやっても収まってくれなかった。もう涙を我慢できないと思った彼女は、恥ずかしそうに両手で顔を隠しながら思いっきり泣いた。

 チェルシーは最後の抵抗として、『ある生物』に変身した。

 タツミは、チェルシーの声が上がった場所へと向かう。

 そして、ついにアジサイ畑から彼女を見つけることができた。

 『涙を流すマーグパンサーの子ども』。茶色の虎柄、小動物だが危険種のこどもである。しかしタツミには正体がわかっていた。そしてどうすればもとに戻るのかもなんとなく知っていた。

 タツミが抱き締めると、白煙とともにチェルシーの変身が解けていく。本音を殺してきた彼女が呪縛から解放された瞬間でもあった。

タツミに抱き寄せられながら、チェルシーは涙が枯れるまで泣き続けた。長い葛藤を経て、ようやくたどり着いた場所だった。

 タツミは、間にあった。他の世界線では間に合わなかった未来もあるだろうけど、ここにいるチェルシーだけはこうして助けられたと思った。

 チェルシーは自分の気持ちを確かめる。

 ―――あぁ、やっぱりだ。

 わたしはどうしても、タツミに褒めてもらいたかったんだ。

 どう? タツミ。わたし、すごいでしょ? って。

 それで―――。

 ―――――ぎゅって、抱き締めてほしかったんだ。

 ひとしきり泣いた後、チェルシーは最高の笑顔になる。

 こうして殺し屋チェルシーは、ただの女の子へと戻っていった。

 

 




以上、『どう? タツミ。わたし、すごいでしょ?』でした。
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