俺の脳内選択肢が、呪術師としての尊厳を全力で破壊してくる   作:シモケンサンバ

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映画館の怪異と、不審すぎる勧誘

神奈川県川崎市、キネマシネマ。 レイトショーが終わった直後の劇場内には、鼻を突くような腐敗臭と、生理的な嫌悪感を呼び起こす呪いの残穢が立ち込めていた。

 

「いいですか、私は大人であり、君たちは子供です。私は君たちを死なせない義務がある」

 

七三分けの髪型に、特徴的なゴーグル。いかにも「デキるビジネスマン」という風貌の男、七海建人は、現場検証を前に虎杖と有沢を冷徹に、しかし誠実な眼差しで見据えていた。

 

(うわ……五条先生とは正反対の、ガチで真面目な人が来た……! ここでだけは失礼なことをしちゃいけない。有沢、お前は今、空気の一部になるんだ……!)

 

有沢は極限まで存在感を消そうと努めた。しかし、五条悟の「僕のイチオシの生徒だよ!」という無責任な紹介が、七海の眉間に深い皺を刻ませる。

 

「……五条さんから話は聞いています。有沢くん、ですね。挨拶は簡潔に願います。時間は有限ですので」

 

七海の冷たい、しかし知的な声。その瞬間、有沢の脳内で、株価大暴落の警報のような凄まじい衝撃波と共に「あの声」が響き渡った。

 

【選べ】

(嘘だろ!? ここで、この鋼鉄の理性を持ち合わせた大人の前で、俺に何をさせる気だ!?)

 

① 七海のゴーグルを「最新のVRヘッドセット」だと思い込み、「おっ、このゲーム、グラフィックがめちゃくちゃリアルだな!」とはしゃぎながら、七海の顔面を人差し指でペシペシとタップし続ける

② 七海のネクタイを「良い柄のウナギですね」と真顔で褒め、その場でネクタイを一本釣りするジェスチャーを全力で行う。

 

(①は……物理的に殴ったりはしてない! 指でツンツンするだけだ! ダメージはゼロだ! ……が、ダメだ! 初対面の相手に理由もなく触れるなんて、それはもう実質的に宣戦布告だ! 触れた瞬間に「私の顔面は液晶ではありません」とか言いながら、俺の指を7:3の比率でへし折ってくるに決まってる!!)

 

(ならば、まだ直接体に触れない②だ! 物理的な接触さえなければ、即死は免れるはず……! 変質者として軽蔑されるだけで済むはずなんだ!!)

 

「……ッ、七海さん!!」

 

 

有沢は突如、獲物を見つけた猛禽類のような鋭い眼差しで、七海の胸元を凝視した。

 

「……なんですか。時間は有限だと言ったはずですが」

 

七海が不審そうに眉を寄せた瞬間、有沢の口が、プロの鑑定士のようなトーンで滑らかに動き出す。

 

「七海さん……失礼ですが、そのネクタイ。実に脂の乗った、良い柄のウナギですね。 旬は冬だと言いますが、これほど瑞々しい個体は滅多にお目にかかれません」

 

「……は?」

 

七海の思考が、人生で初めて「停止」した。 自分のネクタイは、幾何学模様の至って標準的なデザインだ。どこをどう見ても、川を遡上する魚類には見えない。

 

しかし、有沢の暴走は止まらない。彼はその場で膝を深く折り曲げ、見えない釣竿を構えるポーズをとると、全身のバネを使って「フンッ!!」と空中に向かって竿を振り上げた。

 

「おぉっと、食いついたァ!! デカい、デカいですよ七海さん! さぁ、一気に引き上げますよ! せーの、ネクタイ一本釣りィィィ!!」

 

有沢は、七海の喉元にあるネクタイを「リールで巻き取る」ようなジェスチャーを、完璧なキレで完遂した。

 

静寂。 劇場内に、虚しい衣擦れの音だけが響く。

 

「…………」

 

七海建人は、ゴーグルの奥でこれ以上ないほど冷え切った視線を、目の前の「不可解な動作」を終えた少年に向けていた。

 

「……五条さん。やはり彼も、あなたと同じカテゴリーの人間(バカ)のようですね。……有沢くん。言っておきますが、これはネクタイであって、食用魚ではありません。そして、私の時間は今、貴様の茶番によって三秒ほど無駄に浪費されました」

 

「あ、ああ……ナナミン待って! こいつ、ちょっと魚類に対する感受性が豊かすぎるだけで、根は真面目なんだ!」 虎杖の、もはやフォローになっていない叫びが通路に消えた。

*

*

「……これは、ひどいな」

 

虎杖悠仁が、座席で無残に変形した三つの「元・人間」の遺体を見つめ、表情を硬くする。それらは何者かの術式によって弄ばれ、もはや生物としての原型を留めていない肉塊と化していた。

 

その横で、有沢は先ほどの「一本釣り」による社会的死と、目の前のグロテスクな光景のダブルパンチで、必死に胃の内容物が逆流するのを耐えていた。

 

(呪霊……だよな。こんな、粘土細工みたいに人間を……。おいおい、少年院の時よりエグくなってないか……?)

 

そこへ、劇場の出口付近を歩く一人の少年の背中が目に入る。吉野順平だ。彼は凄惨な現場のすぐ近くにいながら、恐怖に震えるでもなく、どこか虚ろな、それでいて鋭い眼差しでスクリーンを見つめていた。

 

「あいつ……何か知ってるのか?」

 

虎杖が順平を追おうとした、その瞬間だった。 有沢の脳内で、劇場音響システムが全て爆発したかのような、凄まじい衝撃波と共に「あの声」が響き渡る。

 

【選べ】

(ここでかよ!! 人の形をした怪物が近くにいるかもしれないんだぞ!? 命がかかってるんだぞ!!)

 

① 順平に対し、「君、影があるね! 良かったら今から一緒にプリクラ撮らない?」と爽やかな笑顔でナンパする。

② 変死体に向かって、「おい、二度寝は禁止だぞ!」と目覚まし時計の目覚まし音(ベル型)の真似をして叫び続ける。

 

(②は無理だ! 死体相手に目覚まし時計の真似なんてしたら、虎杖にさえ「こいつ関わっちゃダメなやつだ」って見捨てられる! だが、①だって相当な不審者だぞ!? 現場検証中の劇場の出口で野郎をプリクラに誘う奴がどこにいるんだよ!!)

 

頭痛は容赦なく加速する。有沢は白目を剥きながら、①を確定させた。

 

「……ま、待てよ、君ッ!!」

 

有沢の体は、まるで重力を無視したかのような滑らかな動きで、順平の進路を塞ぐように立ちはだかった。

 

「……っ、なんですか、あなたたちは」

 

順平が警戒心を剥き出しにし、一歩下がる。当然の反応だ。現場には自分以外の「普通じゃない」やつらがいる。そんな状況で、見知らぬ男に道を塞がれたのだから。

 

しかし、有沢の口は、彼の意志とは無関係に、渋谷のキャッチも驚くようなキラキラしたトーンで動き出す。

 

「いやぁ、一目見てビビッときちゃってさ! 君、すごく良い『影』を持ってるね! 滅多に出会えない逸材だよ! ねぇ、良かったらこの後、駅前のゲーセンで一緒にプリクラ撮らない? 盛れる機種、知ってるんだ!」

 

静寂。 ポップコーンの弾ける音すらしない、死を孕んだ劇場内に、有沢の爽やかなナンパの声が空虚に響き渡る。

 

「…………は?」

 

順平の瞳から、警戒心が「困惑」へと上書きされた。 目の前の男は、さっきまで遺体を調べていたはずだ。呪術師か、あるいは事件の関係者か。そう身構えていた順平にとって、「プリクラへの勧誘」は、真人の改造人間よりも理解不能な怪異だった。

 

「ぷ、プリクラ……? 男二人で……? 今、この状況で……?」

 

「そう! 今、この瞬間だからこそ撮れる一枚があると思うんだ! さぁ、行こうよ! 瞳を大きく加工して、友情の証を刻もうじゃないか!!」

 

七海の、ゴーグル越しでも分かるほど「私は今すぐ、この現場を放棄して帰宅したい。そして有沢という概念を記憶から抹消したい」という絶望。

 

有沢は心の中で「七海さぁぁぁん! 殺してくれぇぇぇ!」と絶叫しながら、順平の肩にガシッと手を回した。その横で見ていた虎杖は、あまりの展開に一瞬フリーズしたが、有沢の目が血走っているのを見て、「あ、これいつものやつだ」と察した。

 

「あ、ああ……そうなんだよ! こいつ、プリクラ大好きでさ! 俺も一緒に行くから、君もどうかな!? 悪い奴じゃないんだ、ちょっと頭の回路がプリクラ仕様なだけで!」

 

虎杖の精一杯のフォロー(追い打ち)が、劇場内に虚しく響いた。 吉野順平という孤独な少年の運命が、不審すぎるプリクラの誘いによって、原作のレールから大きく外れ始めた瞬間であった。

 

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