俺の脳内選択肢が、呪術師としての尊厳を全力で破壊してくる 作:シモケンサンバ
川崎市内の閑静な住宅街。吉野順平の自宅では、映画館での「不審すぎる出会い」からは想像もつかない、温かな夕食の時間が流れていた。
「あはは! 悠仁くん、有沢くん、そして……ええと、七海さん? 遠慮しないで食べてね。」
順平の母・凪は、お酒を片手に上機嫌で笑っていた。食卓には大皿に盛られたおかずが並び、虎杖は「うめー!」と快活に箸を動かしている。順平も、当初は「プリクラ勧誘男」の来訪に怯えていたが、虎杖の屈託のなさに少しずつ毒気を抜かれていた。
しかし、有沢の心境は穏やかではなかった。
(……おかしい。さっきから、家の外からネットリとした嫌な気配がする。)
すると、隣で静かにサンマを食べていた七海が、箸を置かずに呟いた。 「有沢くん。君の心拍数が異常です。そして、廊下から漂う呪力の残穢。……私が行きましょうか。大人の仕事です」
(ダメだ! 七海さんが行ったら、死闘の末にかっこよく負けるっていう『最高に盛り上がるけど全読者が泣く展開』になるかも! 俺が『ギャグ』に書き換えるしかないんだ!!)
そう考えた瞬間、世界が静止した。 脳髄を工事現場のドリルで穿たれるような激痛。視界を覆いつくす、地獄の選択肢。
【選べ】
① 凪さんが持ってきたお酒を奪い取り、「これは聖水だぁぁ!」と絶叫しながら自分の頭から被り、そのまま川崎から新宿まで全力疾走する。
② 廊下の暗闇に潜む呪霊を『究極のファッションモデル』だと思い込み、彼を壁に追い詰めて(壁ドン)、「君、エロすぎるよ。僕の唾液でコーティングしてあげようか?」と耳元で囁きながら、全身を舐め回そうとする。
(待て待て待て!! ①は物理的に無理だ! ここから新宿まで何キロあると思ってんだ!? 途中で脱水症状で死ぬわ!。 )
(そもそも②は何なんだ!? 呪霊相手に『壁ドン』して『唾液コーティング』だと!?未知の性病とかにならないよね!?)
迷っている間にも、廊下からは禍々しい気配が近づいている。有沢は血の涙を呑んで、後日、性病検査を受ける決断をした。
性病で死ぬよりも、目の前で笑っている凪さんが死ぬことの方が、きっと後味は最悪だ。
「……っ、すいません、ちょっとトイレ借ります!! 継ぎ接ぎの天使に呼ばれた気がするんで!!」
「天使!?」 虎杖が箸を止める中、有沢は脱兎の如き速さで廊下へ飛び出した。
一方、暗い廊下の突き当たり。 「さて、この辺に置いておけば、面白いことになるかな……」 真人が禍々しい宿儺の指を床に置こうとした、瞬間。
「――待てよ。その『縫い目』、ノーブランドの既製品じゃないな?」
真人が振り返るより早く、有沢が凄まじい「物理的な圧」で真人を壁際に追い込んだ。 ドォンッ!! と廊下に響く、完璧なまでの「壁ドン」
「な、なんだい君。ボクの魂を弄りたいのかい……?」 真人が面白そうに笑い、有沢の胸に触れようとした瞬間――有沢の瞳から「正気」が完全に消失した。
「黙れ。今、君の『ライン』を見ているんだ……。あぁ、たまらない。この顔面の継ぎ接ぎ、右から左へ流れるような絶妙なピッチ。……少し、湿り気が足りないんじゃないかな?」
「うわあああぁぁぁ!! 来るな!! 気持ち悪い!! 魂が汚れる!!!」
特級呪霊、真人。 常に他者を弄び、嘲笑してきた彼が、人生で初めて「生理的な恐怖」に敗北した。 彼は宿儺の指を置くことも忘れ、有沢という粘着質な存在から逃れるように、壁をすり抜けて夜の闇へと全力疾走で消えていった。
静寂が戻った廊下。 有沢はなおも、誰もいない壁に向かって、「次はどこを舐めてほしいんだい……?」と虚空を見つめて呟いていた。
「……勝った。俺、今、日本で一番汚い方法で、特級呪霊を追い払ったぞ……」
嵐が去った後。 有沢が憔悴しきった姿(※心は死んでいる)でリビングに戻ると、そこには凪、順平、そして警察に通報する直前の七海がいた。
「有沢くん……。廊下から何かを舐めるような音が聞こえてきたんだけど……。もしかして、うちの壁、美味しかったかしら?」
「…………」 有沢は静かに膝をつき、そのままサンマの骨のように力尽きた。
七海の「……通報しますか、吉野さん。今ならまだ間に合います」という、警察への発信ボタンに指をかけた冷徹な声が聞こえてくる。
こうして、吉野家の悲劇は、真人が「二度とあの廊下には近づきたくない」というトラウマを刻まれることで、最悪の形で回避されたのであった。