俺の脳内選択肢が、呪術師としての尊厳を全力で破壊してくる 作:シモケンサンバ
吉野家での防衛戦から明けた翌朝。 真人の魔の手から凪を救い出した一行だったが、呪いの残穢は里桜高校へと色濃く続いていた。
色濃い残穢が真人の潜伏を暗に示す。
「いいですか。本来、一般人である吉野くんを同行させるのは教育方針に反します。ですが、元凶である呪霊に顔が割れている以上、私の保護下におくのが最も合理的です。……異論は認めません」
校門の前で、七海建人が定時までの残り時間を計算するように、冷徹に言い放つ。
隣では、凪を救ってもらった恩義と決意を固めた順平が立っていた。
……ただし、不審者を見るような目で、有沢から物理的に2メートル以上の距離を取って。
「……うん。僕も、あの男を野放しにしたくないんだ。母さんを殺そうとしたあいつを……。あと有沢さん、うちの廊下の壁を執拗に舐め回してたのは、……ええと、儀式、かな? 壁に謎の光沢が出てて、母さんが『ワックスがけ、したっけ?』って不思議がってたよ……」
順平の、怯えの混じった問いかけ。虎杖も「あー……あれは、その、保湿かな?」と苦しいフォローを入れる。その微妙な空気を切り裂くように、有沢の脳内で「全自動・尊厳破壊システム」が爆動した。
【選べ】
(必要な会話はもう終わってんだよ! なんでこのタイミングで、追い打ちの恥をかかせるんだよ!!)
① 順平の両手を握りしめ、「君は僕の運命のスペアパーツ(予備部品)だ! 共に戦場という名のキャンバスを、鮮やかな紅(血)で塗りたくろう!」と中二病全開でリクルートする。
② 七海のゴーグルを指差し、「その目、実はサイボーグですよね? レーザーとか出ます?」と、戦闘直前の緊迫感をゼロにする質問を真面目にぶつける。
(②は七海さんの『大人としての堪忍袋』を秒で破裂させて殺される! ①だ、順平に嫌われるだけで済む①を選ぶしかないんだ!!)
「ま、待てよ順平ッ!!……ククッ、静まれ……僕の右腕の黒龍よ……!」
有沢は突如、自らの右腕を左手で抑え、苦悶の表情を浮かべると、驚く順平の両手をガシッと、恋人同士のような距離感で握りしめた。
「君は……君は僕の運命のスペアパーツなんだ! 分かるかい? 君という部品が欠ければ、僕という不条理な時計は時を刻めない! さあ、共に行こう! 戦場という名のキャンバスを、鮮やかな紅で塗りたくろうじゃないか……ッ!!(死にたい)」
「…………」
順平の瞳から、戦士の決意が消え、純粋な「恐怖(昨晩の不審者行動への再認識)」が溢れ出した。虎杖は「あ、今日も絶好調だな」と遠くを見つめ、七海は深く、深いため息をついた。
「……五条さん。やはり私、この仕事を辞めて証券マンに戻るべきでした。……行きますよ、君の中二病の戯言に付き合っている暇はありません」
七海の冷たい言葉を背に、一行は校舎へと踏み込んだ。
*
*
放課後の体育館。静寂を破るように、排水溝から不気味な笑いと共に真人が姿を現した。
「あはは、また来たんだ。しかも今度は4人? あ、昨日の変態もいるね。……正直、君の舌の動きと湿り気、夢に出てきたんだけど」
真人が有沢を露骨に嫌悪の目で見つめる。だが、次の瞬間、彼は順平に向かって掌を向けた。
「でも、順平。君が母さんを失わなかったのは、僕の計算違いだった。だからここで君の『形』を変えて、虎杖へのプレゼントにするよ」
「させねぇッ!!」
虎杖が地を蹴り、七海が鉈(なた)を振るい、順平の式神「澱月」が毒の触手を放つ。 3人の怒涛の攻撃。しかし、一瞬の隙を突き、真人の手が順平の顔面に迫る。
「無為転変――」
「順平ッ!!」
虎杖の叫び。しかし、そこにはすでに「不条理の壁」が割り込んでいた。
【選べ】
① 順平を突き飛ばして「俺を改造しろ!」と叫び、変なポーズでダイブする
②掌に対して「生命線、短いですね」と手相鑑定を始める
(来いよ真人!! 俺の魂は、このクソみたいな『選択肢』に24時間365日縛られてんだ! お前の術式ごとき、割り込める隙間なんてねえんだよ!!)
「――どけぇぇぇ! 改造のセンターポジションは譲らねぇッ!!」
有沢は、物理法則を無視した超加速で順平を突き飛ばすと、自ら真人の掌へと、「情熱的なハグを求めるポーズ」で顔面から激突した。
「……え?」
真人の掌が、自分から突っ込んできた有沢の顔面をキャッチする。 「自ら改造されに来るなんて……いいよ、じゃあグチャグチャの肉塊に――」
「無為転変」
真人の呪力が有沢の魂に襲いかかる。しかし――。
ガギィィィィィィィン!!
「……っ!? な、なんだい、この魂……! 動かない……動かせない……ッ!?」
真人の顔が驚愕に歪む。 有沢の魂は、「絶対選択肢」という上位概念の呪いによって、「選んだ行動を完遂するまで、その形を絶対に維持しなければならない」というプロテクトがかかっていた。 今、有沢の魂はシステムによって「ダイブして顔面を差し出す形」に完璧に固定されており、特級呪霊の術式では1ミリも変形させることができない。
それどころか、有沢の魂から溢れ出す「絶対に変えられない」という拒絶の力が、真人の呪力を押し返した。
「あ、熱っ……!? 術式が、逆流して……っ!!」
「(勝手に人の顔触ってんじゃねえ! そのツギハギ、縫い直してやるぞ!!)……ぐ、ああああああ!!」
バチンッ!!
ショートした変圧器のような爆音と共に、真人の右腕が内側から弾け飛ぶ。
「アハハハ! 痛い、痛いよ君!! 魂がガチガチすぎて、触るだけで生理的に不愉快だ!!」
「有沢、ナイス!! ナナミン、今だ!!」
虎杖の拳と、七海の「十劃呪法」が、腕を失って悶える真人に炸裂する。
「……有沢くん、あなたの奇行には吐き気がしますが、今の隙だけは評価しましょう。定時まで残り10分。これで終わりにします!」
七海の鉈が真人の胴体を断ち切るが、真人は執念で液体化し、排水溝へと逃げ込んでいった。
*
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静寂が戻った体育館。有沢は、真人に触られた生理的な気持ち悪さと、ハグポーズの羞恥心でガタガタと震えながら、四つん這いになっていた。
「……有沢さん。僕を、二度も守ってくれたんだね……。あんな、熱烈な抱擁を求めるような不審な動きで……」
順平が、涙と困惑の混ざった複雑な表情で有沢を見つめる。
「……勘違いするな。俺はただ、抱擁に最適な角度を探していただけだ……」
有沢の強がりが、夕暮れの体育館に虚しく響く。 こうして、吉野順平は生存し、七海は無事に(ギリギリ)定時で退社し、有沢は「魂がガチガチの変態」として特級呪霊にトラウマを植え付けたのであった。
*
*
数日後。川崎の住宅街には、一台の大きな引越しトラックが停まっていた。
「悠仁くん、有沢くん、本当に色々ありがとう。」
凪は、相変わらずの上機嫌で笑いながら、有沢の肩を叩いた。
真人が逃走し、依然として脅威は残っている。だが、呪術高専と七海の配慮により、吉野親子は呪術界の手の届かない、遠く離れた土地へと戸籍ごと移住し、やり直すことになったのである。
「……有沢さん」
荷物を積み終えた順平が、有沢の前に立った。その表情には、かつての陰鬱な影はなく、未来を見据えた少年の光が宿っていた。
「母さんを助けてくれて、本当に感謝してる。……たとえ、その方法が『特級呪霊への壁ドンと唾液コーティング』っていう、法に触れるギリギリの不審者行動だったとしても、僕にとっては一生のヒーローだよ」
「……順平、頼むから感謝の中に変な単語を混ぜないでくれ。俺のライフはもうマイナスなんだ」
有沢は天を仰いだ。順平はクスリと笑うと、最後に虎杖と力強く握手を交わした。
「いつかまたどこかで。……その時は、有沢さんがまともな人間になってることを祈ってるよ」
「おう! 任せとけ! 俺が責任を持って、こいつを更生……じゃなくて、鍛えとくからよ!」
虎杖の頼もしい言葉と共に、引越しトラックはゆっくりと動き出した。窓から大きく手を振る凪と、少し照れくさそうに頭を下げる順平。
悲劇が待っていたはずの運命のレールは、一人の少年の「不条理な選択」によって、誰も死なない、騒がしくて汚いハッピーエンドへと強引に繋ぎ替えられた。
「……さて。感動の別れも済みましたし、高専に戻りますよ。五条さんが、今回の詳細を聞かせろとうるさいので」
「帰る場所が地獄すぎる!! 七海さん、俺もどこか遠くに引越しさせてください!!」
有沢の悲痛な叫びを無視して、七海は無慈悲に車のエンジンをかけた。 吉野順平が新しい地平へと歩み出した一方で、有沢の「尊厳を削り、不条理を殴り倒す日々」は、まだまだ終わる気配を見せない。
こうして、川崎の空には、一人の少年の再出発と、一人の少年の社会的死亡診断書が、夕焼けに染まっていくのであった。