俺の脳内選択肢が、呪術師としての尊厳を全力で破壊してくる 作:シモケンサンバ
数日後、東京都立呪術高専。鬱蒼とした森に囲まれたその学び舎の奥深く、重厚な扉の先にその部屋はあった。
「遅かったじゃないか、悟。8分遅刻だ」
薄暗い部屋の中に、線香の香りと共に厳格な声が響く。部屋の至る所には、およそ似つかわしくない可愛らしい縫いぐるみが無数に鎮座していた。
中央に座すのは、学長・夜蛾正道。その厳つい風貌で一心不乱に「呪骸」を縫い上げる姿は、初対面の者には異様な圧迫感を与えた。
「まーまー。いいじゃないですか、期待の大型新人二人も連れてきたんですから」
虎杖が「生き様」を問われ、呪骸にボコボコにされている横で、有沢は直立不動で冷や汗を流していた。 隣には、最強の呪術師・五条悟がニヤニヤと笑って立っている。
「で? 君が有沢か。報告は聞いている。宿儺の受肉を『介錯』したそうじゃないか」
夜蛾の鋭い視線が有沢を射抜く。サングラスの奥の瞳が、彼の本質を見定めようとしていた。
「君はなぜ、呪術師を目指す?」
(目指してねえよ! 連れてこられたんだよ!)
有沢が口を開こうとしたその時。 来た。あの頭痛だ。
【選べ】
(頼む、今はやめてくれ…! 相手は学長だぞ!?)
① 夜蛾学長が作っている可愛い呪骸を指差し、「それ、僕にも抱っこさせてください!」と目を輝かせて懇願する。
② 学長の顔面からサングラスを奪い取り、自分でかけてポーズを決め、「ザ・パーフェクト!」と叫ぶ。
有沢は奥歯が砕けるほど噛み締めた。
①はキャラ崩壊だが、まだ許されるかもしれない。だが、②は確実に殺される。しかし、この「絶対選択肢」の呪いは、有沢がより精神的ダメージを受ける方を推奨してくる傾向がある。
(くそっ、どうにでもなれ! …②だ!)
有沢の体が再び、思考を置き去りにして動いた。 彼は目にも止まらぬ速さで夜蛾との距離を詰め、その顔面からサングラスをひったくった。
「なっ!?」
夜蛾が驚愕する隙に、有沢はそれを自身の顔に装着。五条悟ばりのスタイリッシュなポーズを決め、部屋中に響き渡る声で叫んだ。
「ザ・パーフェクト!!」
次の瞬間、ドォォォン!! と凄まじい衝撃音が響いた。
有沢が気づいた時には、彼の体は背後の壁に叩きつけられていた。
しかし、彼を吹き飛ばしたのは夜蛾の拳ではない。夜蛾が即座に繰り出した、巨躯を誇る戦術用呪骸の強烈な張り手だった。
「……ぐっ、は……っ」
壁にめり込み、キャシィの巨大な綿の手に押し潰されながら、有沢は意識を失いかける。
サングラスを奪われ、その鋭すぎる素顔を晒した夜蛾正道は、椅子から立ち上がることもなく、ただ静かに、そして深淵のような威圧感を伴って有沢を凝視していた。
「……私から物品を奪い、その上で愚弄するか。死に直面した極限状態で、君が選ぶ行動がそれか」
夜蛾の声は低く、地を這うような怒りに満ちていた。その声色はあまりに異質で、理解不能な「狂気」の類だった。
戦術用呪骸が有沢を壁に固定したまま、その短い腕を振り上げる。もう一撃、教育的指導が入るかと思われたその時、夜蛾が短く指を鳴らした。
「……そこまでだ」
戦術用呪骸の力が抜け、有沢はずるずると壁から床へ崩れ落ちた。夜蛾は奪われたサングラスを拾い上げることもせず、静かに有沢を見据えたまま、鼻で短く笑った。
「呪術師は、常に死と隣り合わせだ。その際どい境界線において、これほどまでの愚行を貫ける胆力。あるいは、人智を超えた単なるバカか。……だが、その歪んだ精神性こそが、呪いに立ち向かう唯一の武器になることもある。…… 合格だ」
「……え?」 「え?」
壁に埋まった有沢と、横で見ていた虎杖の声が重なった。
五条だけが、「ハハハ! 傑作!」と腹を抱えて笑っていた。