俺の脳内選択肢が、呪術師としての尊厳を全力で破壊してくる   作:シモケンサンバ

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ヒーローはいつだって遅れてやってくる(※ただしノーパンで)

「……ああ、悪い。こっちは五条先生からの直命だ」

有沢はスマートフォンの受話口に向かって、虚無を湛えた声で事実を告げた。

 

現在、有沢は「絶対選択肢」の命令により、片足立ちで高速スクワットを繰り返しながら通話している。

 

電話の向こう側では、虎杖悠仁が伏黒恵、釘崎野薔薇と共に「八十八橋」の呪霊を調査する任務に就くことを報告していた。

 

虎杖の声には、これから向かう任務への緊張感が漂っているが、有沢の頭にあるのは、先ほどから悲鳴を上げている右大腿四頭筋の限界についてだった。

 

「内通者の捕縛任務。高専の中に呪霊側と通じている奴がいるらしい……あ、今、右大腿四頭筋の繊維が断裂するような不吉な音が……ヌ、ヌオォッ!」

 

スピーカー越しに響いた有沢の断末魔に、虎杖が息を呑む。

 

「有沢!? 大丈夫かよ! 敵にやられたのか!?」

 

「い、いや……これは自分との戦いだ。……クソ、選択肢が……」

 

「自分との戦い……? 有沢、お前……自分の体を壊してまで……」

 

虎杖の声に、強い畏敬の念が混ざり始める。有沢は否定したかったが、新たな選択肢が提示され、喉から「ワンッ!」という野太い鳴き声が勝手に漏れ出した。

 

「有沢!? 今のは敵への威嚇か!? 返事してくれ!」

 

「……気にするな。潜伏に必要な……一種の、カモフラージュだ。とにかく、任務を完遂するまでは戻れない。……悪い、限界だ」

 

有沢の「ワン!!」という獣じみた咆哮。

 

虎杖はそれを「人知れず極限状態の戦場に身を置く術師の悲痛な叫び」と解釈した。

 

「わかった。有沢、お前……そんなボロボロになるまで。無茶すんなよ。……お互い生きて会おうぜ!」

「……ああ。そっちもな」

 

通話を終了し、有沢は震える手で端末をポケットにねじ込んだ。

 

虎杖は隣に立つ伏黒と釘崎に、有沢が現在、高専内部の裏切り者を追う単独任務に就いていることを手短に伝達した。

 

有沢の脳裏には、数日前に五条悟から受けたあまりに無責任な説明の光景が再生された。

*

*

*

「有沢。君には一人で高専内部の内通者を捕まえに行ってもらう」

五条は、新作のスイーツを口に運びながら、軽い調子で言い放った。

 

「一人、ですか。相手が抵抗して戦闘になった場合、対応が遅れます。死にます。私が。というか死にたくないので行きません」

 

有沢は必死の形相で訴えた。しかし、五条は口の周りにクリームをつけたまま笑った。

 

「相手は特級呪霊と接触してるっぽいんだよね。呪術規定では、特級との戦闘が想定される任務を単独でこなせるのは、特定の等級以上に限られる。」

 

五条は有沢の肩を親指で突き、無責任な太鼓判を押した。

 

「今の高専で、この条件をクリアして動けるのは君しかいない。それに交流戦で黒閃を決めたんだから、何とかなるっしょ。根性だよ、根性」

 

「嫌です。絶対嫌です。自宅の玄関から一歩も出たくありません。一歩でも出たら死ぬ呪いにかかっています、今。あと、根性で解決するなら呪術師は要りません」

 

有沢は畳の上でのたうち回るような勢いで辞退を申し出た。しかし、五条は既に手に提げた「究極の生大福」と書かれた紙袋を、宝物のように左右に揺らしていた。

 

「忙しいから、あとは伊地知に聞いて。じゃ、期待してるよ」

 

「待て、話を聞け目隠し野郎! 詳細は!? 装備は!? 労災は下りるのか!?」

 

喚き散らす有沢を背景に、五条は「あ、あそこの大福並ばなきゃ」と独り言を漏らしながら、軽快な足取りで去っていった。

 

喚き散らす有沢の横で、それまで存在を消していた伊地知潔高が重い溜息をついた。

 

「……有沢君。諦めてください。五条さんはもう、頭の中が大福のことでいっぱいです」

 

伊地知は、自分と同じ「組織の理不尽に振り回される側」の人間を見る慈愛に満ちた目で、有沢の肩に手を置いた。

 

「伊地知さん……その、全てを悟ったような濁った瞳で私を見ないでください」

有沢は絶望に打ちひしがれながら、伊地知に引きずられるようにして高専を後にした。

*

*

*

場面は現在に戻る。

 

京都府立医科大学附属病院からほど近い、静まり返ったダムの周辺。

 

巨大な究極メカ丸・絶対形態(モード・アブソリュート)と、特級呪霊・真人の戦闘は互いの命を削り合う最終局面を迎えていた。

 

「皆に……会うんだッ!!」

 

与幸吉の絶叫と共に、メカ丸の本体が真人の懐へと飛び込んだ。魂を削り取る一撃を放とうとする与に対し、真人の掌がその顔面に触れようと伸びる。

 

無為転変の発動まで、コンマ数秒。

 

その刹那。

 

真人の掌と与幸吉の間に、物理法則と尊厳を置き去りにした回転が加わった布状の物体が、空気を切り裂いて割り込んだ。

 

真人の掌が触れたのは、与の肉体ではなく、微かな体温と、それ以上の不快な湿り気を帯びた男性用ボクサーパンツだった。

 

「……あ?」 真人の思考が停止した。

 

ブーメランのように投擲されたそれは、真人の術式発動を物理的に阻害した。

 

万物の霊長たる人間の、最も隠すべき部位を保護していた布きれが、今、特級呪霊の掌にジャストフィットしている。

 

「……あー、なんだ。……その、洗いたてじゃなくて済まないな」

 

コンクリートの縁から、血涙を流し、絶望的な表情で自分を見下ろす一人の男がいた。

 

その手には既に、次の行動に移るための呪力が収束されている。

下半身に拭い去れないスースーとした涼やかで残酷な解放感を覚えながら、敵を見据える男。

 

その異様な威圧感と、あまりに整合性の取れない装備に、真人は頬の傷を歪めて呟いた。

 

「——お前か」

 

そのやり取りを、少し離れた影から眺めていた夏油傑が、ふっと口角を上げた。

その瞳には、世界の理を撹乱する不確定要素への、深い好奇心と確信めいた悦びが宿っていた。

 

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