俺の脳内選択肢が、呪術師としての尊厳を全力で破壊してくる 作:シモケンサンバ
2018年10月31日、20時14分。渋谷、青山通り沿い。
三つの班が、降ろされた「帳」の外側で待機していた。
七海班、日下部班。
そして、禪院直毘人が率いる一班。そこには、4級の真希と3級の釘崎に加え、五条悟が「ネタ枠寄りの戦力キャラ」としてねじ込んだ有沢がいた 。
有沢は、「なんで俺がここにいるんだ。帰って鮭のムニエルでも食いたい」などと、ブツブツと小声で恨み言を呟きながら、冷や汗で湿った掌を何度もズボンで拭っていた 。
直毘人は、赤ら顔で酒瓶を傾けながら、隣で何やら不吉な呪文のように愚痴をこぼし続けている有沢を一瞥した。
老術師の脳裏に、数週間前の不愉快かつ愉快な光景が蘇る。
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それは、五条悟が呪術高専の上層部を相手に、交流戦の顛末を報告していた場でのことだ。
厳格な空気が支配し、威厳に満ちた老害たちが居並ぶ部屋。
そこで五条は、特級呪霊をマヨネーズで撃退したという、通常の呪術師では到底理解できない報告を平然と進めていた 。
その報告の最中、扉が勢いよく開け放たれた。
「――二人羽織よりマシだああああああ!!」
部屋の机を破壊せんばかりの勢いで滑走しながら乱入してきたのは、半裸で背中にケチャップで大きく『愛』と書き殴った有沢だった 。
彼はそのまま意味不明な咆哮を上げ、上層部をパニックに陥れた。
本来であれば退学すら妥当な狂行。
しかし、五条が強引に根回しをしたこと、そして何より『特級呪霊を撃退した』という異常な武功が考慮された結果、停学二週間の処分で済まされた男 。
(等級は、確か……)
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直毘人が有沢の秘匿された実力について思考を巡らせようとした時、補助監督の新田明が声を張り上げた。
「任務の概要を説明します。各班は帳の外側で待機ッス。五条さんが取りこぼした呪霊、および呪詛師を確実に討伐してください」
(待機? 楽勝じゃねーか! 助かった……。このまま何事もなく朝を迎えれば、俺の社会的HPを削らずに済む。脳内選択肢のクソ野郎も、これなら出る幕はないだろ)
有沢が小市民的な安堵に胸を撫で下ろしたのも束の間。数時間後、静寂を切り裂いたのは、建物内から響く一般人の絶叫だった。
闇の中から這い出した呪霊が一般人の四肢を掴み、粘土細工のように捻り切る。肉が裂け、断面から鮮血が噴き出す不快な湿った音が夜の空気に響いた。
「どうやら、待機してる場合じゃなさそうだな」直毘人が面倒くさそうに酒瓶を仕舞い、三つの班は示し合わせたように帳の内部へと侵入を開始した。
有沢たちの班は、駅構内へ続く通路で低級呪霊の群れに遭遇する。
有沢は無駄のない動きで呪具を振るうが、一体を処理した直後、脳髄を沸騰した鉛でかき回されるような激痛が彼を襲った 。
(このタイミングで来るのかよ、クソシステムが……!)
【選べ】
① 釘崎野薔薇の口調を完璧にコピーし、「このクソメガネが!」と叫びながら呪霊を罵倒しつつ祓う。
② 五条悟の目隠しを布で再現し、「僕、最強だから」と不遜な態度を崩さず、浮遊感を出しながら呪霊を祓う。
(……釘崎本人がすぐ横にいる状況で①を選ぶのは、死を意味する。ならば、まだマシなのは②だ! 乱戦の最中なら、これくらいの奇行、誰も見ていないはずだ……頼むから見てないでくれ!!)
有沢は血の涙を呑んで②を選択。因果の強制により、彼は瞬時に自分の制服の裾を引きちぎると、それを両目に巻きつけて視界を遮断した。
「――お待たせ。皆、元気してたかな? 大丈夫、僕、最強だから」
「……は? なにアイツ、ふざけてんの?」 釘崎が心底不愉快そうに鼻を鳴らし、
真希は「……関わったら負けだ。無視しろ」と冷徹に言い放った 。
有沢は重力を無視したような不自然なステップで空中を滑り、驚愕する呪霊の頭部を「蒼」を意識した呪力の収束で粉砕した。
因果の強制下にある有沢は、指先でアイマスクをずらすポーズまで完璧にトレースし続けた。
戦闘の最中、釘崎が険しい表情で真希に歩み寄る。
「真希さん、伊地知さんが敵に襲われたかもしれないわ。連絡が途絶えた」
「伊地知さんが一人の可能性があるな。野薔薇、お前は明さんを連れて急いで伊地知さんを確保しに行け。……有沢、お前は私とここに残って、ここの残党を掃除する。いいな?」
真希の指示に、有沢は目隠しを巻いたまま「了解。先生、期待に応えちゃうよ」と五条そっくりのトーンで頷いた。
背後では直毘人が、有沢を見て、「五条悟と同じカテゴリーのバカ」という評価を確信に変えていた 。
真希と有沢は、次々と湧き出す呪霊を排除しながら通路の奥へと突き進んだ。
生臭い呪力の残穢が鼻を突く中、前方から重苦しい足音が近づいてくる。 現れたのは、七海建人だった。
「……七海さん」
有沢の呼びかけに、七海は有沢の顔(自作アイマスク装着状態)を一瞥した。
その瞳には、これまでの任務で幾度となく「ネクタイの一本釣り」や「壁ドン唾液コーティング」という地獄に付き合わされてきた、言語化しがたい深い絶望と疲弊が浮かんでいた 。
「……有沢くん。その姿については今は問いません。そして、私の視界にも入らないでください」
七海は、ネクタイを締め直し、感情を押し殺した声で現状を報告した。
「釘崎さんと新田さんには先ほど会いました。安全な場所で待機させています。……それよりも、最悪の報告をしなければなりません」
「五条さんが、封印されました」
空気が鉛のように重く沈む。
五条悟という「最強」の抑止力が失われた。
「嘘だろ……。俺を『セット販売のポテト』扱いして守ってくれる唯一の盾が消えた!? 俺、明日からただの不審者として捕まるだけじゃねーか!!」
有沢が『社会的な死刑宣告』に震える中、一行がさらに地下へと足を進めたその時、巨大な柱の陰から、赤い皮膚を持つ呪霊・陀艮が現れた。
その瞬間、直毘人の姿が掻き消えた。
1秒間を24分割する『投射呪法』。直毘人の拳が、陀艮の側頭部を捉えた。 衝撃波が走り、陀艮の巨体が壁へと叩きつけられる。
陀艮は苦悶の声を上げながら、その巨大な口から大量の「人間の骨」を吐き出した。 白く脱色された頭蓋骨や大腿骨が床に散らばり、乾いた音を立てる。
その直後、陀艮の肉体が内側から不気味に脈動を始めた。
皮膚が裂け、粘り気のある体液と共に、より洗練された呪の形をした「真の姿」が這い出してくる。
呪胎から脱却し、完全な成体へと変態する呪霊から、大気を震わせるほどの膨大な呪力が放出された。