俺の脳内選択肢が、呪術師としての尊厳を全力で破壊してくる 作:シモケンサンバ
「なあ有沢、前から気になってたんだけどさ」
呪術高専の自販機前。虎杖悠仁がコーラの缶を片手に、屈託のない笑顔で隣の男に問いかけた。
「有沢って中学の頃、何してたの? 伏黒はなんか地元で伝説の不良扱いされてたらしいけど、有沢は落ち着いてるし、普通に図書委員とかやってそうなイメージあるわ」
「……中学、か」
有沢は手に持っていたお茶を飲み干した。途端、有沢の瞳は一瞬で光を失い、まるで深淵を覗き込むような暗い色を帯びる。
「……有沢?」
「いや……悪い。少し、思い出したくないことを思い出していただけだ」
有沢にとって、中学の三年間は地獄だった。
(……忘れるわけがない。まだ絶対選択肢との向き合い方を理解しておらず、ただ不条理な暴力に晒されるように、その「声」に振り回されていた日々を)
*
*
有沢の脳裏に、忌まわしき電子音と共に、逃げ場のない二択が蘇る。
【選べ】
① 全校朝礼の最中、壇上の教頭先生に向かって「お父さん!」と叫んで抱きつく。
② 昼休みの屋上から、大声で自作のポエムを朗読する。
(あの時は、迷わず②を選んだ。結果、俺は卒業まで『ポエムの有沢』として女子から遠巻きにされることになったが……①よりは、社会的死が数ミリだけ浅かったはずだ。いや、浅かったと信じたい……)
さらに記憶は加速する。修学旅行の夜、消灯時間。
【選べ】
① 枕投げに参戦し、必殺技『煉獄の咆哮』を叫びながら枕を破壊するまで投げる。
② 先生の見回り中、全裸で廊下を駆け回る。
(俺は①を選び、宿の備品を損壊させた罪で、担任と深夜までマンツーマンの面談をする羽目になった。……正直、あの時の担任の『何か悩みがあるなら言え』という同情の目が、何よりも辛かった)
*
*
「有沢ー? 生きてるか?」
虎杖の声で、意識が現代に引き戻される。有沢は、自分の肩を叩く虎杖の手の温かさを感じながら、ぽつりと漏らした。
「昔の俺を知ってる奴が見たら、今の状況は奇跡だって言うだろうな」
隣でコーラを飲む虎杖悠仁にそう漏らした。
「え、なんで? 有沢って昔からそんな感じじゃなかったのか?」
虎杖が不思議そうに首をかしげる。
その屈託のない視線が、有沢には眩しかった。 有沢の脳内には、物心ついた頃から抗えない「声」が響いている。
それは時と場所を選ばず、二つの理不尽な選択肢を突きつけ、どちらかを選ばなければ脳を焼かれるような激痛を与える不条理な縛り――『絶対選択肢』。
中学時代、その存在を理解してくれる者は一人もいなかった。
突然叫び出し、脈絡もなく奇行に走る。
そんな有沢に向けられたのは、気味が悪いという拒絶、近寄るなという警告、関わると何をされるかわからないという恐怖の視線。
ひそひそ話、向けられる蔑みの視線、誰も座ろうとしない隣の席。
有沢にとって中学の三年間は、自分の意志を奪われる絶望と、誰にも理解されない孤独が同居する、長く暗いトンネルのような日々だった。
「……中学の頃はさ、誰とも喋らなかったよ。変な奴だと思われて、皆から避けられてたから」
有沢の言葉に、少し離れた場所で話を聞いていた伏黒恵が顔を上げた。
「……お前のそれは、呪いの一種なんだろう。俺たち術師からすれば、不条理な縛りを受けているのと変わらない。お前の人格そのものとは無関係だ」
「そうよ。あんたの意思じゃないって分かってんだから、気にする方が馬鹿馬鹿しいわ」
釘崎がハンマーを手入れしながら、当たり前のように言い放つ。
有沢は胸の奥が熱くなるのを感じた。
高専に来て、自分のこの体質が「呪術」の範疇として理解され、そして何より、それを踏まえた上で「仲間」として受け入れられたことが、どれほど救いになったか。
しかし、無情にもその平穏を破る音が脳内に響く。
【選べ】
① 伏黒に向かって「恵……今日のご飯、あーんして?」と甘える。
② 釘崎の目の前で、全力で『コサックダンス』を踊りながら一周する。
「おい、有沢! また来たのか、その……『選択肢』ってやつ!」
虎杖がいち早く駆け寄る。
「……すまない、来る……! 伏黒……か、釘崎……どっちかを選ばなきゃ……」
「あー、もう! 迷ってる暇ないんでしょ! ほら、さっさと済ませなさいよ! 誰にも見られないようにしてあげるから!」
釘崎が面倒そうに言いながらも、周囲から見えないように自分の上着を広げて壁を作った。
伏黒も無言で位置を変え、さりげなく他人の視線を遮るように立つ。
*
*
踊りきり、地面に手をついて肩で息をする有沢に、伏黒が静かに言った。
「……終わったか。」
「……ありがとう」
有沢はタオルで顔を覆い、小さく笑った。
かつては自分を孤立させ、世界から切り離した不条理な呪縛。
だが今は、それを「不運な体質」として受け流し、フォローしてくれる仲間がいる。
奇行の後に残るのは、冷笑ではなく、虎杖の「キレッキレだったな!」という笑い声。
「……有沢。お前、中学の頃より今のほうが、ずっといい顔してると思うぞ」
虎杖の言葉に、有沢は深く頷いた。
脳内の選択肢は相変わらず最悪だが、選んだ先で仲間が待ってくれている。
一人で震えていたあの頃とは違う。それだけで、この呪われた日々も悪くないと思えるようになっていた。
(ずっと、誰にも選ばれない人生だと思ってた)
自分の意志とは無関係に、奇行を繰り返すだけの壊れたおもちゃ。 誰もが離れていく中で、こいつらだけは、俺の隣に座ってくれた。
(……だから決めたんだ)
こいつらを守るためなら、俺は喜んで「化物」にだって「道化」にだってなってやる。
タオルを外した有沢の瞳には、かつての陰りはなかった。ただ、自らの意志で選び取った「覚悟」だけが、静かに宿っていた。