俺の脳内選択肢が、呪術師としての尊厳を全力で破壊してくる 作:シモケンサンバ
「領域展開――『歪想叙事(わいそうじょじ)』」
有沢の血に塗れた指先が交差した瞬間、特級呪霊・陀艮が構築した陽光降り注ぐ『蕩蘊平線』の南国の空間に、空間の理そのものを書き換える異物が混入した。
空間そのものが黒いヒビ割れを起こし、システムのエラー画面のように景色が剥がれ落ちていく。
それは、通常の領域の押し合いとは根本的に異なる現象だった。
『歪想叙事』
それは結界で空間を分断する「閉じた領域」ではない。
閉じない領域であることに加え、「術者自身も命を懸けて劇を演じる」という重い縛りが課される。
システムが無作為に抽出した「物語」を、殺戮と生存競争のルールへと強引に曲解し、領域内のすべての存在に配役と寸劇を強制する「因果律の暴力」である。
役割を演じきれなかった者、あるいは物語の進行を阻害する者には、敵味方の区別なくシステムから平等に「死」が与えられる。
有沢自身が物語を制御できないというリスクが、必中効果の強制力を極限まで高めている。
この「自己犠牲的な制約」と「選択権の放棄」の掛け合わせにより、通常の領域を外側から容易に粉砕するほどの洗練度を生み出していた。
脳髄に直接響くような無機質なアラート音と共に、領域内にいる全対象者――有沢、七海、直毘人、倒れ伏す真希、そして陀艮の脳内に、システムの【 強制通知 】が展開された。
【 演目確定:『狂演・桃太郎』 】
【 これより領域内の全対象者は、システムが割り当てた配役に従い物語を遂行すること。役割の破綻、および条件の未達は、領域のルールによる即死ペナルティの対象となる 】
直後、南国のビーチは完全に消失し、周囲の景色が暴力的に切り替わった。
「……ゴボォッ!?」
有沢の視界は、どす黒く濁った濁流に包まれていた。 息ができない。
周囲は、底知れぬ深さを持つ川の中だった。
第1幕:始まり桃拾い
【 配役『おばあさん』:禪院 真希 】
【 配役『鬼』:陀艮 (敵対勢力。水流の不可侵領域を付与) 】
【 配役『桃太郎候補』:有沢、『お供候補』:七海 建人、禪院 直毘人 】
【 クリア条件:桃太郎候補は、水中に浮かぶ『桃』を岸辺のおばあさんへ届けよ。お供候補はクリアまで呼吸を禁ず。失敗した場合は全員即座に溺死とする 】
水中の有沢が目を凝らすと、遥か上方の「岸辺」に、洗濯板の前に座らされた状態の真希が透明な結界で保護されているのが見えた。
彼女は先ほどの陀艮との戦闘によるダメージで既に意識を失いかけており、自力で動ける状態ではない。
システムがその生存能力の喪失を検知し、「川で洗濯をするおばあさん」という役柄に無理やり当てはめ、一時的な安全圏へ隔離したのだ。
そして有沢の少し先には、淡く光る「普通サイズの桃」が、濁流に揉まれながら浮かんでいる。
(ふざけんな! なんで俺らが溺れかけてんだよ!)
有沢は内心で絶叫しながら、死に物狂いで水を掻いた。
視界の端では、七海と直毘人が突然の水中への引きずり込みに身動きが取れず、苦悶の表情を浮かべて沈んでいくのが見えた。
領域のルールにより、この理不尽な空間では彼ら「お供候補」は自力で助かる術を持たない。
有沢が桃を届けるか、さもなくば特一級と一級術師が揃ってここで溺死する。
一方、陀艮の周囲だけはシステムによって水が避けられ、ぽっかりと呼吸可能な空間が確保されていた。
「鬼」としての役割を果たすため、第1幕では安全圏で待機させられているのだ。
(くそっ……死ぬ、七海さんたちが死ぬ……!)
限界まで呪力を足に込め、有沢は水を蹴り飛ばすように加速した。
肺が爆発しそうになる中、濁流に流されかけた桃を両手でガッチリとホールドし、そのままの勢いで水面へと急浮上する。
「ぶはぁっ!!」
有沢は水面から飛び出すと同時に、岸辺で保護されている真希の足元へ、渾身の力で桃を叩きつけた。
【 条件クリア。第1幕完了 】
そのアラートが鳴った瞬間、領域内を満たしていた濁流が嘘のように蒸発し、消失した。
地面に投げ出され、激しくむせる七海と直毘人。
「ゴホッ……ハァッ……一体、何が……」 七海が潰された左目から血を流しつつ、残った右目で前方を睨んだ。
真希の足元に置かれた桃が、眩い光を放ち始める。
そして、ぱっかーん、という間の抜けた効果音と共に、桃が綺麗に真っ二つに割れた。
第2幕:桃太郎の誕生
【 桃からの誕生という生命の始まりを再現するため、術者の肉体を初期状態へと遷移させる 】
「……は?」
有沢が間抜けな声を漏らした次の瞬間。
音もなく、ふわりと。
有沢が身に纏っていた高専の制服、靴、下着、そして目隠し代わりだった布の破片に至るまで、全身の衣類が細かな灰のように崩れ去った。
「あ」
初期状態、すなわち完全なる全裸となった有沢。
彼には股間を隠す自由すら与えられていなかった。
システムがヒーローとして「桃太郎」像を完成させるため、有沢の肉体を強制的に操作し、両手を腰に当て、胸を張り、股間を堂々と前へ突き出すという堂々としたなポージングで固定したのだ。
(なんで桃太郎として全裸でポージングなんだよ! たしかに生まれたては裸だろうけど、物語が始まるのは成長してからだろうが! クソシステムのガバガバ解釈で俺の尊厳を殺すな!)
有沢の魂が絶叫を上げる中、彼の右手にはいつの間にか「3つのキビ団子」が握られていた。
「有沢、くん……」 七海が、地の底から這い出るような、凄まじく冷たい声を出した。
「その直視に堪えない恰好と、手にあるそれは……何ですか」
(しかもなんだこれ、黒ずんでるぞ!? キビ団子っていうかカビ団子じゃないか! 絶対腹壊すやつだろ!)
第3幕:お供の契約
【 キビ団子を食し、配役を確定させよ。拒否すれば即死とする。 】
【 食せば己の魂に応じた強大なバフを得る。 】
【 ただし代償として、『桃太郎と命を共有する』狂戦士の生贄となる。以降、誰か一人が致命傷を負えば、連帯責任として3人全員が即死する 】
システムによる無慈悲な解説が、全員の脳内に響き渡る。
つまり、この全裸の変態と命を共有しなければ、この領域を生き残ることはできない。
「カカッ! 面白いじゃないか!」
右腕を失った直毘人が、血を吐きながらも獰猛に笑った。
「乗ろうじゃないか、その狂った童話に! このまま押し潰されるよりはマシだ!」
直毘人が有沢の手から黒ずんだ団子を奪い取り、躊躇なく口へ放り込む。
【 配役確定:『犬』 】
【 禪院直毘人に『最強の嗅覚』を付与。敵の動き、危険の気配を未来予知に近い精度で先読み可能となる。 】
直毘人の全身から、爆発的な呪力のオーラが噴き上がる。
失った右腕のハンデを感じさせないほどの闘気が満ちていた。
七海は、深々と、本当に深々と溜息をついた。
「……労働基準法も、呪術規定も、もはやこの空間には存在しないようですね」
己の美学と尊厳をかなぐり捨て、七海もまた団子を咀嚼して飲み込んだ。
【 配役確定:『猿』 】
【 七海建人に『猿の立体機動』を付与。重力や摩擦の法則を完全に無視し、あらゆる地形(空中や水面含む)を足場とする変幻自在の超絶駆動を獲得する 】
七海の残された右目に、尋常ではない光が宿る。
筋肉の繊維一本一本が、神速の領域へと強制的に引き上げられていた。
そして最後に、全裸で硬直したままの有沢のアラートが鳴る。
【 配役確定:『桃太郎』 】
【 有沢に主人公補正を付与。 】
(……は? 主人公補正? それだけ!? ちょっと待て、なんで俺だけこんなフワッとした説明なんだよ! 七海さんたちは『最強の嗅覚』とか『立体機動』とかめちゃくちゃ具体的に教えてくれただろうが! ダメージ無効化とか全ステータス100倍とか、そういう詳細を教えろよクソシステム!!)
【 条件クリア。第2幕完了 】
最終幕:鬼ヶ島決戦RTA
三人の配役が確定した瞬間、彼らの足元の空間が再び泥のように変質した。
現れたのは、どす黒い血の池と、無数の骸骨が転がる荒涼とした岩山――『鬼ヶ島』。
その中央で、陀艮は未知の事態に混乱しながらも、己の呪力を極限まで高めていた。
自身の領域の必中効果である『死累累湧軍』は、未だこの空間には適応されていない。
それどころか、有沢たちに向けようとすると、システムから「鬼は正々堂々、桃太郎の迎撃に当たらねばならない」という理不尽な圧力がかかり、術式の展開が著しく阻害されていた。
【 最終幕:鬼ヶ島決戦 】
【 物語の理に従い、桃太郎一行は『鬼をあっさりと討伐』しなければならない 】
【 制限時間:30秒 】
【 クリア条件:時間内に鬼(陀艮)を討伐すること。時間切れとなった場合、物語の破綻とみなし、桃太郎一行(有沢・七海・直毘人)を即時死亡とする。 】
上空の禍々しい血雲に、巨大なデジタルのタイマーが出現した。
【 00:30 】の数字が、無機質に時を刻み始める。
(30秒!? このバケモノを30秒で削り切れってのか!?)
有沢が、全裸のまま悲鳴を上げる。
だが、もう後戻りはできない。彼ら三人は今、一つの命で繋がっているのだ。
有沢が死ねば、七海も直毘人も死ぬ。
【 00:29 】
「行くぞ、お供たち!」 やけくそになった有沢が、全裸で股間を揺らしながら陀艮へ向かって突撃する。
その姿は「桃太郎」の名に恥じぬ、狂気そのものだった。
「……誰がお供ですか」 七海が静かに呟いた瞬間、その姿がブレた。
空間そのものを蹴り飛ばすように、陀艮が反応するよりも早く、七海は空中の足場から特級呪霊の背後へと回り込み、鉈を振りかぶっていた。
「未来が見えるぞ……そこだァ!!」 直毘人が『犬』の嗅覚による先読みで陀艮の回避ルートを完全に潰し、残された左腕で強烈な一撃を叩き込む準備に入る。
タイムリミットまで、残り27秒。
狂った童話の最終幕が、切って落とされた。