俺の脳内選択肢が、呪術師としての尊厳を全力で破壊してくる 作:シモケンサンバ
英集少年院を包む帳は、内側の惨状を隠すかのように重く、暗い。
避難が遅れた在院者の安否確認――その任務は、虎杖悠仁、伏黒恵、釘崎野薔薇、そして「絶対選択肢」の呪いに翻弄される少年・有沢の4人にとって、生存を賭けた地獄へと変貌した。
本来、これは命を懸けた安否確認の任務である。
だが、「絶対選択肢」という理不尽すぎる呪いを背負った少年・有沢にとっては、いつ脳内に「死ぬか恥をかくか」の二択が降ってくるか分からない、精神的なロシアンルーレットの場でもあった。
「……待て、何だこれ。不動産屋のチラシと間取りが違いすぎるだろ」
有沢が、震える声で呟いた。かつて少年院の廊下だった場所は、生得領域の歪みによって、バブル期のディスコと悪夢を混ぜ合わせたような異界へと変貌していた。
有沢は必死に胃の腑から込み上げる酸っぱいものを飲み込み、心の中で絶叫する。
(おいおい、聞いてないぞ! こんな不法建築、リフォームの匠も匙を投げるレベルだろ! 帰りたい、今すぐセーブポイントまで戻ってリセットしたい!)
有沢が現実逃避の計算(昨日の晩飯のカロリー計算など)を始めた直後、異変は起きた。釘崎野薔薇の足元の影が、まるで意思を持つブラックホールのように蠢いたのだ。
「ちょっ、何よこれ!? 」
「釘崎ッ!!」
虎杖が手を伸ばすが届かない。
しかし、領域がさらに歪み、壁が崩落した先――広大な吹き抜けのような空間に、彼らは投げ出された。そこには、先ほど消えたはずの釘崎が、血を流し倒れていた。
「釘崎! 無事か!」
駆け寄ろうとした虎杖の足が止まる。 空間の真ん中に、「それ」がいた。
巨大な胎児を思わせる不気味な肉体、異様に長い四肢。そこから放たれる呪圧は、空気を物理的な重力へと変え、3人の肺を圧迫した。
これこそが、特級呪胎が変態を遂げた正真正銘の特級呪霊。
ガガッ、と乾いた音が響く。 次の瞬間、虎杖の左手首が赤黒い断面を残して宙を舞った。あまりの速さに、痛みすら遅れてやってくる。
「え……?」
虎杖の呟き。痛みすら通信遅延(ラグ)を起こし、断面から鮮血が噴き出した。
伏黒は一歩も動けず、死の予感に全身を支配されていた。特級呪霊は、不気味な笑みを浮かべながら、這いつくばる釘崎と、立ち尽くす虎杖・有沢をじっくりと見定めている。
有沢の脳内に、血管を焼き切るような激痛が走った。
【選べ】
(この状況で……ふざけるな……! 仲間が死にかけてるんだぞ!!)
① 特級呪霊に向かって歩み寄り、「せっせっせのよいよいよい」と手合わせ遊びを挑む。
② 特級呪霊の目の前で、全力の「恋ダンス」を無音で踊り続ける。
(①はダメだ! 「おててつないで」の瞬間に俺の腕も場外ホームランだろ! だが、②なら……この狂った状況をさらに狂わせることで、ワンチャンあるか!?)
「……ぅ、あああああああ!!」
有沢は絶叫とともに、②を選択した。 恐怖は瞬時に消え去り、脳は「完璧なダンス」を完遂するためのプログラムへと上書きされる。
有沢は、血に濡れた床の上で、目にも止まらぬキレで踊り始めた。 指先まで神経が行き届いた、あまりに場違いで、あまりに陽気な「恋ダンス」。
「…………?」
特級呪霊の動きが、目に見えて止まった。
呪霊というものは人間の負の感情から生まれる。恐怖、怒り、憎悪――それらを糧とする怪物にとって、目の前で「ニコニコと踊る少年」という存在は、脳の処理限界を超えていた。
「伏黒! 今だ! 虎杖と釘崎を連れて逃げろ!!」
ステップを踏みながら、有沢が叫ぶ。
「有沢! お前、何を……そのダンス、何の術式だ! 新手の呪詞か!?」
「いいから行けッ! 俺は……踊り終わるまで、ここから一歩も動けねえんだよ! 呪いなんだよ、これは!!」
有沢の体は、選択肢を完遂するまで「逃げる」というコマンドを一切受け付けない。
虎杖が、残った右拳を固めて有沢の前に立ちはだかった。
「伏黒、釘崎は怪我してる! お前が連れて出ろ!有沢は俺が守る……宿儺を出してでもな!」
「……クソッ! 死ぬなよ、二人とも!外に出たら合図を送る!」
伏黒は意識の朦朧とする釘崎を背負い、出口へと走り出した。
残されたのは、無音で踊り続ける少年、腕のない少年、そして「何これ……」と困惑し続ける最強の怪物の3人(?)だけであった。